Discover偉人の名言366命日編〜人生が豊かになる一日一言〜
偉人の名言366命日編〜人生が豊かになる一日一言〜
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偉人の名言366命日編〜人生が豊かになる一日一言〜

Author: 久恒啓一

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2005年から本格的に始めた全国を巡る私の「人物記念館の旅」は800館を越えるところまでになってきました。

この「聖人巡礼」では、主に近代現代日本を創った偉人たちの崇高な人生を観察し、そこから絞り出された珠玉の名言を蒐集してきました。

「偉人の名言366 命日編」では、その日に亡くなった偉人の名言を音声で紹介し、私の感想などを簡単に記した文章も配信いたします。

偉人の名言は人生百年時代の人生観を磨き上げるためのソフトインフラです。

一日一言を深く味わうことによって、充実した日々と、その集積である素晴らしい生涯を実現される一助になれば幸いです。

【久恒啓一】

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天下をとれる人というのは、結局、最上のコンディションをその日にピタリと持ってゆくことの出来る人、ということです 升田 幸三(ますだ こうぞう、1918年3月21日 - 1991年4月5日)は、将棋棋士。実力制第四代名人。 スポーツもそうだが、勝負というものは本番の前に勝敗は決している。体調を整え、心の調子を整えて、心身を最高の状態に持って行き、磨き抜いた技を存分に発揮できるものが勝つのだ。どの分野でも「天下人」とはそういう人である。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
照葉樹林文化論 佐々木 高明(ささき こうめい、1929年11月17日 - 2013年4月4日)は、日本の民族学者。国立民族学博物館館長。 この佐々木らの理論は『文明の生態史観』とともに、西洋を相対化するという視点で、戦後の日本人に自信を持たせたのである。『文明の生態史観』は西洋と日本は親せきであるとしたが、『照葉樹林文化論』はアジア世界の中に日本を位置づけた。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
仕事をするということは自分を開発し発見していくことに他なりません 菊村 到(きくむら いたる 1925年5月15日 - 1999年4月3日)は作家、小説家。本名は戸川雄次郎。 1948年、大学卒業と共に読売新聞社へ入社。社会部の記者として活動する傍らで執筆活動を行う。 仕事は全力を注がなければ成果はでないから、いい仕事をしている人は自分の中の資源を開発している人であり、日々新しい自分を発見し続けている人である。菊村到は小説を書き続ける中で、自身の関心や興味のありどころを発見し、能力を確認し、それを天命として受け入れていったのだ。自己発見とは、自己開発、自己創造していく道程の末にようやく見えてくるのものなのだ。そうして、やがて自分は本当の自分になる。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
成功は窮苦の間に芽生えており、失敗は得意満面の間に宿る 越後 正一(えちご まさかず、1901年(明治34年)4月26日 - 1991年(平成3年)4月2日)は滋賀県出身の実業家。伊藤忠商事社長・会長。 越後以後の歴代社長の語録を並べてみる。戸崎誠喜「不撓不屈」。米倉功「現状維持は、すなわち、これ脱落である」。室伏稔「Nothing is impossible」。丹羽宇一郎「清く、正しく、美しく」。小林栄「Challenje,Create,Commit」。 以下、岡藤正広、鈴木善久と続くのだが、2016年3月決算では、伊藤忠は財閥系の三菱商事、三井物産を抜いてトップに立った。2017年3月には純利益3522億円の最高益をたたき出した。越後正一の「失敗は得意満面の間に宿る」という戒めに改めて心すべき時代になったということだろう。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
まあまあ幸せ 大川 ミサヲ(おおかわ みさお、1898年(明治31年)3月5日 - 2015年(平成27年)4月1日)は、長寿の日本人女性。 19世紀、20世紀、21世紀の足掛け3世紀を生きた人。 大川ミサヲは長寿の秘訣を聞かれて、「美味しいものを食べること」「ゆっくり暮らすこと」「よく寝ること」をあげている。大川の日常そのままだ。19世紀末の明治から始まり、大正、昭和、戦後、平成、そして21世紀初頭までという気の遠くなるような117年の人生には、並大抵でない苦労があっただろうと推察される。人生を振り返って「まあまあ幸せ」と総括していることに安堵を覚える。平成末になって言われるようになった、迫り来る人生100年時代にも多くの人がこの言葉を吐けるようにしたいものだ。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
謙虚さをなくしたら芸はダメ 六代目 中村 歌右衛門(なかむら うたえもん、1917年(大正6年)1月20日 - 2001年(平成13年)3月31日)は、日本の歌舞伎役者。 偉人たちは切磋する敵、琢磨する友によって偉大になっているのであるが、このような優れた好敵手、異業界のトップとの切磋琢磨によって、中村歌右衛門は磨かれたのだ。歌右衛門は「謙虚さ」を武器に、ライバルや友人から学び続け「芸」を磨き続けたのであろう。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
底光りするような個性というものは、競技者が一番でゴールに入るときの鍛錬にも似て、作家人生の終盤に出るのが本当ではないだろうか 佐藤 忠良(さとう ちゅうりょう、1912年7月4日 - 2011年3月30日)は日本の彫刻家。 「彫刻家と人が認めてくれたとき、五十歳を越えていた」遅咲きの人・佐藤忠良は強い浮揚力で滑走路に足がつかないように低空飛行を長い期間続け、作家人生の終盤にようやく底光りする個性と品格を表現できたのだろう。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
日本のインチキギタリストは、、、 成毛 滋(なるも しげる、1947年1月29日 - 2007年3月29日)は日本のギタリスト、キーボーディスト。 同時代のギタリストを「インチキギタリスト」と厳しく批判するなど、人をけなす言い方は名物だったようだ。当時のギターの教則本を真っ向から否定していた挑戦的な人だった。成毛滋は誰も反論できないほどの膨大な知識とたゆまぬ努力の末に得た高度なテクニックを持つ伝説のギタリストだった。専門分野について、表現はともかくこういう言葉を吐ける自負を持ちたいものだ。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
70年以上生きてきて、何もやってこなかった男の寂しさが分かるか 氏家 齊一郎(うじいえ せいいちろう、1926年(大正15年)5月17日 - 2011年(平成23年)3月28日)は、日本の実業家。 外見には立身出世を果たしてきたとみえる氏家は、「この世の中で大成した人で、人騙して上がってきたっていう人いないもの」と言う。そして意外にも「俺の人生、振り返ると何もやっていない」「死ぬ前に何かやりたい、、、」と語っている。刹那主義で目前の課題の解決や闘いに勝ち続けて来たが、しかし何も残せなかったと振り返る寂しい姿がみえる。氏家には自らの存在証明としてのライフワークがなかったのだ。最後は、氏家は共産主義者の匂いの残る高畑勲監督の『かぐや姫』に日本テレビの20億円を注ぎ込み、製作=氏家齋一郎と書き込んだ。それが残った。人は何を遺すかを考えなければならない。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
劇場空間は生き物なのです。それに応えるべく、劇場空間が喜んでくれるような仕事に挑みたいといつも思っています 朝倉 摂(あさくら せつ、1922年7月16日 - 2014年3月27日)は、日本の舞台美術家・画家。父は彫刻家の朝倉文夫。妹は彫刻家の朝倉響子。 若い頃から一貫して、「芸術家の行為はレジスタンスです」、「すべてに闘わないとだめ」といった姿勢を貫いた朝倉摂は、常に若々しいエネルギーに満ちた前衛の人であった。草分けとなった舞台美術という分野を創り上げた朝倉摂は、生涯現役で、生き物である劇場を喜ばせる仕事を天職としたのである。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
私はただ事に当って全力を尽くしただけのことである 山口 誓子(やまぐち せいし、1901年(明治34年)11月3日 - 1994年(平成6年)3月26日)は京都府出身の俳人。 57歳では、なりたい職業はなかったが、「ただ事に当って全力を尽く」すという態度を貫いた結果、俳句につながる現在の職業が、うってつけの職業になったと語っている。ここに天職への扉を開く秘密がある。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
料理或いは食べ物、というレンズのフィルターをつけて歩いてきた 田村 魚菜(たむら ぎょさい、1914年11月23日 - 1991年3月25日)は、料理研究家。 田村魚菜のいう、その人独特のレンズのフィルターとは専門性のことである。職業人とは、長い間に身につけた独特のフィルターで世の中を見る人である。損害保険のトップ企業の幹部の方と食事をしたとき、世の事象をすべてリスクという観点から見ていて敬服したことがある。学校歴という意味での学歴ではなく、生涯を通じての学習の歴史である学習歴が重要であることが田村魚菜の人生からもみえてくる。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
「方」がつくのは偉いのよ。だって、「親方」と「奥方」には頭があがらないでしょ 田村 喜子(たむら よしこ、1932年10月25日 - 2012年3月24日)は、日本のノンフィクション作家。 土石・木材・鉄材などを使用して、道路・橋梁・鉄道・港湾・堤防・河川・上下水道などを造る建設工事を行う地味な技術者は、「土方」と呼ばれることがある。冒頭の言葉は、その一人である苦瀬博仁(東京海洋大学教授)を田村喜子がユーモアを交えて励ました言葉である。「家」がつく偉い人よりも、現場に立ってものづくりを行う技術者たちは励まされて土木学会の賞を贈られたのであろう。この賞は、その後、八田與一を書いた古川勝三、伊能忠敬を書いた井上ひさし、ローマ人の物語を書いた塩野七生などが受章している。2010年に出張で台湾の八田ダムを訪問したときに私が読んだ古川勝三の本がこの賞を受賞していたことを思い出した。その第一回受賞者が田村喜子だったのだ。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
私は『暮らしの手帖』一冊全体を『戦争中の暮らしの記録』だけで作りましょう、と提案しました。臨時増刊、特別号、単行本などにするよりも、定期の『暮らしの手帖』に載せたほうが、よりたくさんの人に手に取ってもらえ、読んでもらえる。しかも、雑誌もよく売れ、営業的にプラスになると思ったからです 大橋 鎭子(おおはし しずこ、1920年3月10日 - 2013年3月23日)は、日本の編集者、エッセイスト。暮しの手帖社社主・社長。雑誌『暮しの手帖』を創刊した。 冒頭の言葉は、大橋鎮子がヒットを生む企画力と時代をつかむ営業力を兼ね備えた経営者であったことをうかがわせる。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
稿料格安 締め切り遵守 胡桃沢 耕史(くるみざわ こうし、1925年4月26日 - 1994年3月22日)は日本の作家。 1955年のデビュー作『壮士再び帰らず』で第7回オール讀物新人賞受章から、1983年の『黒パン俘虜記』での直木賞。 『〆切本』という興味深い本がある。明治以降の数多くの原稿締め切りを守れない作家たちの〆切を巡るエピソードが満載の本だ。この中に胡桃沢耕史が載っている。ある記者の「作家名刺ホルダー」には取材した多くの作家の名刺を収められており、胡桃沢耕史の名刺の右肩には「稿料格安 締切厳守」というメモが書かれていたという。源氏鶏太の『精力絶倫物語』は胡桃沢がモデルというから魅力のある快男児だったのだろう。自由奔放な行動派作家というイメージだが、意外にも締め切りを守ることを信条としていたのである。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
仕事を全うしたい 四代目江戸家 猫八(えどや ねこはち、1949年11月30日 - 2016年3月21日)は、動物の声帯模写を得意とする、落語協会所属の物真似芸人である。 2016年3月8日の『徹子の部屋』に、四代目猫八、二代目小猫で出演した。私も見た。この時の「親子競演動物モノマネ芸」をユーチューブで改めて見たが、ウグイスやカエルの鳴き声の競演は実に楽しかった。親の猫八はすでに胃がんに冒されていてやや痩せていた。その猫八は「仕事を全うしたい」と入院を拒否していたのである。これが最後の仕事となった。その心意気には感ずるものがある。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
書くべき仕事が見つかった。いままでの仕事はゴミみたいなもんだから 須賀 敦子(すが あつこ、1929年1月19日 - 1998年3月20日)は、日本の随筆家・イタリア文学者。 18歳で洗礼を受ける。24歳で渡欧、以後日欧を往き来する。 少女時代から「書く人」になりたいと願った。書くということは「息をするのとおなじくらい大切なこと」という須賀は、『ミラノ 霧の風景』から始まる完成度の高いエッセイ群によって、たどってきた時間を生き直したと『須賀敦子を読む』の著者・湯川豊はいう。信仰と文学の一体化を実現する小説の道を発見した須賀敦子が語った「書くべき仕事が見つかった。、、」は、死の直前の1998年2月4日の言葉だ。「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり」(孔子)を彷彿とさせる。孔子の言う道は真理という意味であるが、須賀敦子の場合は自分の進むべき道であったろう。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
この本を、私に心身の健康を取り戻して下さった平木英人先生に捧げます 夏樹 静子(なつき しずこ、1938年12月21日 - 2016年3月19日)は、日本の小説家、推理作家。 内科と心療内科の医師である平木英人は「典型的な心身症」という診断を下し、自律訓練法、森田療法、絶食療法などで、自身の心では支えきれなくなったワーカホリック夏樹静子から別れ、出光静子への再生を図り、ようやく平穏な日々が訪れる。そしてまた本の執筆が始まる。冒頭の感謝の言葉には、万感の思いが凝縮されている。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
一人ひとりの能力を最大限に発揮しよう 稲森 俊介(いなもり しゅんすけ、1930年8月29日 - 2011年3月18日)は、日本の実業家。 冒頭に掲げた言葉は、業績不振に陥ったカルピスを立て直すときの社員に対する明快なメッセージだ。経営の再建にあたって社員への激励という急所を抑えたマネジメント、トップとしての引き際の見事さなど、この人の人生観などはもっと深追いしたい。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
教育の主役は、幼稚園から大学院までの教師だ 永井 道雄(ながい みちお、1923年3月4日 - 2000年3月17日)は、日本の教育社会学者。文部大臣(第95代)。 永井のメッセージは、制度改革は教育現場の教師を支援するものであり、主役たちが力一杯働ける姿を取り戻すためだった。幼稚園から大学院までの教師たるものの果たす役割は大きい。 【久恒啓一】 図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ ■Produced by KOELAB
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