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キリストの平和教会

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キリストの平和教会
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使徒 19:11 神は、パウロの手を通して数々の目覚ましい奇跡を行われた。使徒 19:12 彼が身に着けていた手拭いや前掛けを持って行って病人に当てると、病気は癒やされ、悪霊どもも出て行くほどであった。使徒 19:13 ところが、各地を巡り歩くユダヤ人の祈祷師たちの中にも、悪霊に取りつかれている人々に向かい、試みに、主イエスの名を唱えて、「パウロが宣べ伝えているイエスによって、お前たちに命じる」と言う者があった。使徒 19:14 ユダヤ人の祭司長スケワと言う者の七人の息子たちがこんなことをしていた。使徒 19:15 悪霊は彼らに言い返した。「イエスのことは知っているし、パウロのこともよく知っている。だが、一体お前たちは何者だ。」使徒 19:16 そして、悪霊に取りつかれている男が、この祈祷師たちに飛びかかって押さえつけ、ひどい目に遭わせたので、彼らは裸にされ、傷つけられて、その家から逃げ出した。使徒 19:17 このことがエフェソに住むユダヤ人やギリシア人すべてに知れ渡ったので、人々は皆畏れを抱き、主イエスの名を崇めるようになった。使徒 19:18 信仰に入った大勢の人が来て、自分たちの悪行を告白し、打ち明けた。使徒 19:19 また、魔術を行っていた多くの者も、その書物を持って来て、皆の前で焼き捨てた。その値段を合計してみると、銀貨五万枚分にもなった。使徒 19:20 このようにして、主の言葉はますます勢いよく広まり、力を増していった。
使徒 19:1 アポロがコリントにいたときのことである。パウロは、内陸の地方を通ってエフェソに下って来て、何人かの弟子に会い、使徒 19:2 彼らに、「信仰に入ったとき、聖霊を受けましたか」と言うと、彼らは、「いいえ、聖霊があるということなど、聞いたこともありません」と言った。使徒 19:3 パウロが、「それでは、どんな洗礼を受けたのですか」と言うと、彼らは、「ヨハネの洗礼です」と言った。使徒 19:4 そこで、パウロは言った。「ヨハネは、自分の後から来る方、つまりイエスを信じるようにと、民に告げて、悔い改めの洗礼を授けたのです。」使徒 19:5 人々はこれを聞いて、主イエスの名によって洗礼を受けた。使徒 19:6 パウロが彼らの上に手を置くと、聖霊が降り、彼らは異言を語ったり、預言をしたりした。使徒 19:7 この人たちは、皆で十二人ほどであった。使徒 19:8 パウロは会堂に入って、三か月間、神の国について堂々と論じ、人々の説得に努めた。使徒 19:9 しかしある者たちが、かたくなで信じようとせず、会衆の前でこの道を非難したので、パウロは彼らから離れ、弟子たちをも退かせ、ティラノと言う人の講堂で毎日論じ合った。使徒 19:10 このようなことが二年も続いたので、アジア州に住む者は皆、ユダヤ人もギリシア人も主の言葉を聞くことになった。使徒 19:11 神は、パウロの手を通して数々の目覚ましい奇跡を行われた。使徒 19:12 彼が身に着けていた手拭いや前掛けを持って行って病人に当てると、病気は癒やされ、悪霊どもも出て行くほどであった。
使徒 18:24 さて、アレクサンドリア生まれのユダヤ人で、聖書に詳しいアポロと言う雄弁家が、エフェソに来た。使徒 18:25 彼は主の道をよく学び、イエスのことについて熱心に語り、また正確に教えていたが、ヨハネの洗礼しか知らなかった。使徒 18:26 このアポロが会堂で堂々と教え始めた。これを聞いたプリスキラとアキラは、彼を招いて、もっと正確に神の道を説明した。使徒 18:27 それから、アポロがアカイア州に渡ることを望んでいたので、きょうだいたちはアポロを励まし、かの地の弟子たちに彼を歓迎してくれるようにと手紙を書いた。アポロはそこに着くと、すでに恵みによって信じていた人々を大いに助けた。使徒 18:28 彼は聖書に基づいて、メシアはイエスであると公然と立証し、ユダヤ人たちを力強く論破したからである。
使徒 18:18 パウロは、なお幾日もの間そこに滞在した後、きょうだいたちに別れを告げて、シリア州に向かって船出した。プリスキラとアキラも同行した。パウロは誓願を立てていたので、ケンクレアイで髪をそった。使徒 18:19 一行がエフェソに到着すると、パウロは二人をそこに残して自分だけ会堂に入り、ユダヤ人と論じ合った。使徒 18:20 人々はもうしばらく滞在するように願ったが、パウロは聞き入れず、使徒 18:21 「神の御心ならば、また戻って来ます」と言って、別れを告げ、エフェソから船出した。使徒 18:22 そして、カイサリアに到着してエルサレムに上り、教会に挨拶してから、アンティオキアに下った。
使徒 18:9 ある夜のこと、主は幻の中でパウロにこう言われた。「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。使徒 18:10 私はあなたと共にいる。だから、あなたを襲って危害を加える者はない。この町には、私の民が大勢いるからだ。」使徒 18:11 パウロは一年六か月の間ここにとどまって、人々の間で神の言葉を教えた。使徒 18:12 ガリオンがアカイア州の総督であったときのことである。ユダヤ人たちが一団となってパウロを襲い、法廷に引き立てて行って、使徒 18:13 「この男は、律法に違反するようなしかたで神を崇めるようにと、人々を唆しています」と言った。使徒 18:14 パウロが話し始めようとしたとき、ガリオンはユダヤ人に向かって言った。「ユダヤ人諸君、これが不正な行為や悪質な犯罪であるなら、当然諸君の訴えを取り上げるが、使徒 18:15 問題が教えとか名称とか諸君の律法に関するものならば、自分たちで解決するがよい。私は、そのようなことの審判者になるつもりはない。」使徒 18:16 そして、彼らを法廷から追い出した。使徒 18:17 すると、皆は会堂長のソステネを捕まえて、法廷の前で打ち叩いた。しかし、ガリオンはそれに全く心を留めなかった。
使徒 18:1 その後、パウロはアテネを去ってコリントへ行った。使徒 18:2 ここで、ポントス州出身のアキラと言うユダヤ人とその妻プリスキラに出会った。クラウディウス帝が、全ユダヤ人をローマから退去させるようにと命令したので、最近イタリアから来たのである。パウロはこの二人を訪ね、使徒 18:3 自分も同業者であったので、彼らの家に住み込んで、一緒に仕事をした。その職業はテント造りであった。使徒 18:4 パウロは安息日ごとに会堂で論じ、ユダヤ人やギリシア人の説得に努めていた。使徒 18:5 シラスとテモテがマケドニア州からやって来ると、パウロは御言葉を語ることに専念し、ユダヤ人に対して、メシアはイエスであると力強く証しした。使徒 18:6 しかし、彼らが反抗し、口汚く罵ったので、パウロは衣の塵を振り払って言った。「あなたがたの血は、あなたがたの頭に降りかかれ。私には責任がない。今後、私は異邦人のところへ行く。」使徒 18:7 パウロはそこを去り、神を崇めるティティオ・ユストと言う人の家に移った。彼の家は会堂の隣にあった。使徒 18:8 会堂長のクリスポは、一家を挙げて主を信じるようになった。また、コリントの多くの人も、パウロの言葉を聞いて信じ、洗礼を受けた。
インマヌエル長崎キリスト教会で行われた長崎原爆80年の平和記念礼拝のメッセージ・被爆者は被曝体験について語りたがらない。自分が見、体験した地獄を語ろうとすることによって、再びその地獄が自分の中でよみがえるから。被爆者であることによって被爆地の中で差別され、虐められるから。・自分は原爆を生き延びてはならなかったという思いと、幸せになりたいという思いで、被爆者の方々の存在は真ん中から引き裂かれている。・この岩本遠億は、長崎に原爆が投下され、それによって7万数千人が殺され、そして、その後亡くなった方を含め、20万人以上の方々が原爆によって命を落とさなければ生まれることはなかった。原爆が投下されたことによってこの岩本遠億は存在している。存在すべきではなかったのが岩本遠億である。・この存在の矛盾、存在の分裂に苦しむ岩本遠億に聖霊を注いでくださったイエス・キリストがいた。聖霊に満たされた時から、岩本遠億は声を大にして「長崎原爆は決してあってはならなかった。原爆、核兵器絶対反対」と心から叫ぶことができるようになった。そのことによって存在が痛むことがなくなった。・今も、原爆によって存在が引き裂かれたままの方々がいる。その方々の存在の分裂、存在の痛みを癒すことができるお方がいる。それがイエス・キリストだ。あなたのところにも聖霊の風は吹いてくる。あなたの存在の痛みを癒すお方に出会うことができるよう、私は祈る。・「これらの雀の一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない」(マタイ10:29)と訳されているイエスの言葉には、ギリシャ語原文では「許し」という言葉は入っていない。「これらのスズメの一羽さえ、あなたがたの父に伴われることなく地に落ちることはない」というのが原文そのままの意味である。私たちの天の父は、原爆で多くの方々が殺されることを決してお許しになどなっていない。アメリカが広島と長崎に原爆を落とすことをお許しになったことなど決してない。この悪魔の兵器によって尊い命が失われた時、そのお一人お一人と共におられたのが私たちの天の父である。インマヌエル(神が私たちと共におられる)の神である。このお方は、イエスを死者の中から甦らせたように、お一人お一人をも甦らせてくださる。その時が必ず来る。
インマヌエル長崎キリスト教会で行われた長崎原爆80年の講演【長崎原爆80年 響き合う平和の祈り】岩本の講演は、被爆地長崎こそが戦後日本の急速な復興を牽引したということを、これまでに一般には知られていない歴史的事実をもって明らかにするものです。そして、そこには、原爆炸裂時に、常識では考えられない神の直接的な介入があったことを証するものです。以下、歴史的事実をそのまま述べていきます。+++【長崎原爆炸裂、この世の地獄】1945年8月9日午前11時アメリカのB29が長崎に襲来。空襲警報が鳴る。三菱重工業長崎製鋼所所長の久保田豊(岩本遠億の義祖父)は、ラジオで情報を得るために地下室へ。11時2分原子爆弾が炸裂。工場は爆心地から約1kmの至近距離。原子爆弾は、長崎の町を一瞬にしてこの世の地獄に。おびただしい数の人々が瞬時に失われ、焼けただれ、阿鼻叫喚の苦しみの中、命を失っていった。久保田豊の妻徳子(岩本遠億の大伯母)は一瞬にして原爆の熱線で焼き尽くされ、遺体もこの世に残らなかった。久保田が地下室から地上に上がるとそこはこの世の地獄。彼は生き残った工員たちを指揮し、三日三晩一睡もせず、負傷した人たちを救護し続け、亡くなった方々の遺体を焼き続ける。当日の出勤者数1,721名のうち、亡くなった方は1,019名、重傷の方は149名...。日本は8月15日にポツダム宣言を受諾、敗戦。【神の呼びかけ】翌日娘たちが学徒動員から帰ってくる。娘たちは、炊き出しの握り飯を貪るように食らい、事務所の地下室の机の上に寝てしまう。久保田は、呆然自失。絶望に襲われる。その時、突然神が彼に語りかけた。「恐れるな!進め!汝を助くる者多し!」久保田は、広島中学校の時、英語教師岩本秀太郎(岩本遠億の曽祖父)の影響でキリスト教に触れ、高校生の時に洗礼。久保田は、神の声を聞き、立ち上がる。廃墟と化した長崎の人々にパンを与えなければならない。パンを与えるためには産業を復興しなければならない。産業を復興するためには工場を再建しなければならない。久保田は、すぐに長崎製鋼所再建の計画を立て始める。三菱製鋼の常務取締役中村道方氏が8月20日に長崎製鋼所を視察。翌21日に社長宛に報告を送付。「長鋼(長崎製鋼所)復興方針に付いては既に復案(復興案)を得居り、保険金の支払いと連合軍の出方を見て此を実行に移す事と可相成候(あいなるべくそうろう)。」久保田は神の声を聞き、4日後には既に復興案を考えており、それを中村常務に伝えていた。しかし、被爆した長崎製鋼所の復興の青写真を何故こんなに短期間で描くことができたのか。【神の直接介入】 長崎製鋼所は原爆の爆風で破壊された一方、熱線による焼失を免れた。爆心地を中心に南北1.5km〜2km、東西1kmの圏内では、爆風と熱線によって他の建物はすべて全壊全焼しているにもかかわらず、工場を境とする径300〜750mだけは火災が起きなかったのである。これは、長崎大学原爆後障害医療研究所の長崎原爆全壊全焼地図で確認される。一つの工場建屋の被害は比較的小さく、これを中心に再建が行われた。爆心地から1km圏内では、原爆の熱線は瓦を溶解させ、爆風は160m/秒以上に達し鉄筋コンクリートの建物を大破させる。しかし、工場の一部の建屋も本館事務所も火災による焼失を免れ、修復継続利用可能であったのである。久保田は、壊滅した長崎工場再建のために邁進。【三菱長崎製鋼所再建の道】三菱長崎製鋼所再建計画は嘲笑の的。日本の鉄鋼産業は膨大な軍事需要に支えられていた。日本は戦争に負けた。もう鉄鋼は必要ない!当時の商工省の方針1945年8月26日「これからの日本に鉄鋼業は必要ない。単圧メーカー(屑鉄や加工用の鉄板から製品を作るメーカー)だけで良い。ビレット(加工用鉄板)をアメリカから輸入。製品を輸出すれば良い。」1945年11月1日 久保田は復員者、生存者を含む全従業員の前で再建の決意を語る。「事の成否は分からぬが、自分について来てくれる者は残ってくれ!」多くの退職者。残ったのは百数十名。(被害前の総従業員数5307名)1945年11月21日 平和産業に徹することを前提とした再建計画を、長崎県知事とGHQ長崎地区司令官に提出。12月31日GHQから、1946年1月22日長崎県から民需転換指令を受ける。1946年2月12日 第三工場での操業を開始。財閥解体と公職追放の嵐の中、軍事産業に関わった三菱製鋼も、整理解散(1949年9月15日)。再建のために三菱の名を外した第二会社(長崎製鋼)を設立。久保田を社長に任命。長崎製鋼の得意分野:大型船への鉄鋼製品の供給GHQが大型船の建造を制限。大型船用の鉄鋼の需要はなかった。しかし、将来の再開に備え、久保田は1948年に大型船舶用の鉄鋼部品製造計画を立てる。1949年1月完工。1949年5月GHQが制限を撤廃。1949年フィリピン向け豪華客船(7500トン級)3隻の建造許可。1952年 三菱製鋼株式会社再興1955年 三菱造船による輸出船ブーム。「もはや戦後ではない。」戦後日本の復興を可能にしたのは三菱製鋼の再建。「人は笑った。しかし神の力は偉大だった。満足に残ったのは金床二つぐらいしかなかった所から、不思議な助けが次々と差し伸べられて、ついに再建できた。」(久保田豊談)工場再建中、社長就任後も社用車は使わず、徒歩で自宅から工場に通勤。その行き帰り「歌いつつ歩まん」を歌いながら、原爆の荒野を歩いた。【この世の地獄に立つ神】長崎原爆という地獄の中でご自分のしもべ久保田豊を呼び、この久保田を立ち上がらせて三菱製鋼を再建させた神がこのことを行われた。瓦をも溶解させる原爆の熱線と爆風を受けながら、工場から径300〜750mだけは火災が起きず、長崎製鋼所の一部は継続利用可能だったという歴史的事実がこれに重なる。神ご自身が原爆の只中に立たれた。原爆は、人類が悪魔の囁きによって作り出した悪魔の兵器。アメリカは悪魔の囁きに屈して多くの人々を殺し、地獄の苦しみに陥れた。しかし、この世の地獄の中に立ち、ご自分の僕を立たせ、そこに神の国を作る働きを行わせる神がいた。これを神は、長崎の歴史の中で証明なさった。悪魔の囁きに屈してこの世に地獄をもたらしたアメリカの罪は大きい。日本の軍国主義は、外国人のみならず自国民の命をも奪い、苦しみの中に閉じ込めた。この罪も大きい。しかし、そこに直接介入して、新たな創造の業を行わせ、この地に神の国を作られる神がおられた。神は、人間が作り出した最悪の状況に介入し、最善手で、そこから祝福を生み出される。神の僕たちを、そのために用いられる。神は現実的に歴史に介入し、私たちを救われる。私たちを平和を造る者に作り変えられる。この地に平和と喜びを満たすために、私たちをお用いになる。「実に、私たちは滅び失せなかった。主のあわれみは尽きないからだ。それは朝ごとに新しい。」 哀歌3:22〜23 「光は闇の中に輝いている。闇は光に打ち勝たなかった。」 ヨハネの福音書1:5
使徒 17:16 パウロはアテネで二人を待っている間に、この町の至るところに偶像があるのを見て、憤りを覚えた。使徒 17:17 それで、会堂ではユダヤ人や神を崇める人々と諭じ、また、広場では居合わせた人々と毎日論じ合った。使徒 17:18 また、エピクロス派やストア派の幾人かの哲学者もパウロと討論したが、その中には、「このおしゃべりは、何が言いたいのか」と言う者もいれば、「彼は外国の神々を宣伝する者らしい」と言う者もいた。パウロが、イエスと復活について福音を告げ知らせていたからである。使徒 17:19 そこで、彼らはパウロをアレオパゴスに連れて行き、こう言った。「あなたが説いているこの新しい教えがどんなものか、説明してもらえないか。使徒 17:20 奇妙なことを私たちに聞かせているが、それが一体どんなものなのか、知りたいのだ。」使徒 17:21 すべてのアテネ人やそこに滞在する外国人は、何か耳新しいことを話したり聞いたりすることだけで、時を過ごしていたのである。使徒 17:22 パウロは、アレオパゴスの真ん中に立って言った。「アテネの皆さん、あなたがたがあらゆる点で信仰のあつい方であることを、私は認めます。使徒 17:23 道を歩きながら、あなたがたが拝むいろいろなものを見ていると、『知られざる神に』と刻まれている祭壇さえ見つけたからです。それで、あなたがたが知らずに拝んでいるもの、それを私はお知らせしましょう。使徒 17:24 世界とその中の万物とを造られた神が、その方です。この神は天地の主ですから、人の手で造った神殿などにはお住みになりません。使徒 17:25 また、何か足りないことでもあるかのように、人の手によって仕えてもらう必要もありません。すべての人に命と息と万物とを与えてくださるのは、この神だからです。使徒 17:26 神は、一人の人からすべての民族を造り出して、地上の全域に住まわせ、季節を定め、その居住地の境界をお決めになりました。使徒 17:27 これは、人に神を求めさせるためであり、また、彼らが探し求めさえすれば、神を見いだすことができるようにということなのです。実際、神は私たち一人一人から遠く離れてはおられません。使徒 17:28 私たちは神の中に生き、動き、存在しているからです。皆さんのうちのある詩人たちも、『我らもその子孫である』と言っているとおりです。使徒 17:29 私たちは神の子孫なのですから、神である方を、人間の技や考えで刻んだ金、銀、石などの像と同じものと考えてはなりません。使徒 17:30 さて、神はこのような無知な時代を大目に見てくださいましたが、今はどこにいる人でも皆悔い改めるようにと、命じておられます。使徒 17:31 先にお選びになった一人の方によって、この世界を正しく裁く日をお決めになったからです。神はこの方を死者の中から復活させて、すべての人にそのことの確証をお与えになったのです。」使徒 17:32 死者の復活ということを聞くと、ある者は嘲笑い、ある者は、「それについては、いずれまた聞かせてもらうことにしよう」と言った。使徒 17:33 それで、パウロはその場を立ち去った。使徒 17:34 しかし、彼に付いて行って信仰に入った者も、何人かいた。その中にはアレオパゴスの議員ディオニシオ、またダマリスと言う女やその他の人々もいた。
使徒 17:10 きょうだいたちは、直ちに夜のうちにパウロとシラスをベレアへ送り出した。二人はそこに到着すると、ユダヤ人の会堂に入った。使徒 17:11 ここのユダヤ人は、テサロニケのユダヤ人よりも素直で、非常に熱心に御言葉を受け入れ、そのとおりかどうか、毎日聖書を調べていた。使徒 17:12 そこで、そのうちの多くの人が信じ、ギリシア人の貴婦人や男たちも少なからず信仰に入った。使徒 17:13 ところが、テサロニケのユダヤ人たちは、ベレアでもパウロによって神の言葉が宣べ伝えられていることを知ると、そこへも押しかけて来て、群衆を扇動し騒がせた。使徒 17:14 それで、きょうだいたちは直ちにパウロを送り出して、海岸の地方へ行かせたが、シラスとテモテはベレアに残った。使徒 17:15 パウロに付き添った人々は、彼をアテネまで連れて行った。そして、できるだけ早く来るようにという、シラスとテモテに対するパウロの指示を受けて、帰って行った。
使徒 17:1 パウロとシラスは、アンフィポリスとアポロニアを経てテサロニケに着いた。ここにはユダヤ人の会堂があった。使徒 17:2 パウロは、いつものように、会堂へ入って行き、三回の安息日にわたって聖書を引用して論じ合い、使徒 17:3 「メシアは必ず苦しみを受け、死者の中から復活することになっていた」と、また、「このメシアは、私が伝えているイエスである」と説明し、論証した。使徒 17:4 それで、彼らのうちのある者は信じて、パウロとシラスの仲間になった。その中には、神を崇めるギリシア人が大勢おり、貴婦人たちも少なくなかった。使徒 17:5 しかし、ユダヤ人たちはそれを妬み、広場にたむろしているならず者たちを抱き込んで暴動を起こし、町を混乱させ、ヤソンの家を襲い、二人を民衆の前に引き出そうとして捜した。使徒 17:6 しかし、二人が見つからなかったので、ヤソンと数人のきょうだいを町の当局者たちのところへ引き立てて行って、大声で言った。「世界中を騒がせてきた連中が、ここにも来ています。使徒 17:7 ヤソンが彼らを家に泊めています。彼らは皆、皇帝の勅令に背き、『イエスという別の王がいる』と言っています。」使徒 17:8 これを聞いた群衆と町の当局者たちは動揺した。使徒 17:9 当局者たちは、ヤソンやほかの者たちから保証金を取ったうえで彼らを釈放した。使徒 17:10 きょうだいたちは、直ちに夜のうちにパウロとシラスをベレアへ送り出した。二人はそこに到着すると、ユダヤ人の会堂に入った。使徒 17:11 ここのユダヤ人は、テサロニケのユダヤ人よりも素直で、非常に熱心に御言葉を受け入れ、そのとおりかどうか、毎日聖書を調べていた。使徒 17:12 そこで、そのうちの多くの人が信じ、ギリシア人の貴婦人や男たちも少なからず信仰に入った。使徒 17:13 ところが、テサロニケのユダヤ人たちは、ベレアでもパウロによって神の言葉が宣べ伝えられていることを知ると、そこへも押しかけて来て、群衆を扇動し騒がせた。使徒 17:14 それで、きょうだいたちは直ちにパウロを送り出して、海岸の地方へ行かせたが、シラスとテモテはベレアに残った。使徒 17:15 パウロに付き添った人々は、彼をアテネまで連れて行った。そして、できるだけ早く来るようにという、シラスとテモテに対するパウロの指示を受けて、帰って行った。
使徒 16:35 夜が明けると、高官たちは警吏たちを差し向けて、「あの者どもを釈放せよ」と言わせた。使徒 16:36 それで、看守はパウロにこの言葉を伝えた。「高官たちが、あなたがたを釈放するようにと、言ってよこしました。さあ、牢から出て、安心して行きなさい。」使徒 16:37 ところが、パウロは警吏たちに言った。「高官たちは、ローマ市民である私たちを、裁判にもかけずに公衆の面前で鞭打ったあげく投獄したのに、今ひそかに釈放しようとするのか。いや、それはいけない。高官たちが自分でここへ来て、私たちを連れ出すべきだ。」使徒 16:38 警吏たちは、この言葉を高官たちに報告した。高官たちは、二人がローマ市民であると聞いて恐れ、使徒 16:39 出向いて来て、わびを言い、二人を牢から連れ出し、町から出て行くように頼んだ。使徒 16:40 牢を出た二人は、リディアの家に行ってきょうだいたちに会い、彼らを励ましてから出発した。
使徒 16:19 ところが、この女の主人たちは、金儲けの望みがなくなってしまったことを知り、パウロとシラスを捕らえ、広場の役人のところに引き立てて行った。使徒 16:20 そして、二人を高官の前に引き出してこう言った。「この者たちはユダヤ人で、私たちの町を混乱させております。使徒 16:21 ローマ人である私たちが受け入れることも、行うことも許されない風習を宣伝しているのです。」 使徒 16:22 群衆も一緒になって二人を責めたてたので、高官たちは、二人の衣服を剥ぎ取り、鞭で打つように命じた。 使徒 16:23 そして、何度も鞭で打ってから二人を牢に入れ、看守に厳重に見張るように命じた。使徒 16:24 この命令を受けた看守は、二人をいちばん奥の牢に入れて、足には木の足枷をはめておいた。使徒 16:25 真夜中頃、パウロとシラスが神への賛美の歌を歌って祈っていると、ほかの囚人たちはこれに聞き入っていた。使徒 16:26 突然、大地震が起こり、年の土台が揺れ動いた。たちまちの戸がみな開き、すべての囚人の鎖も外れてしまった。使徒 16:27 目を覚ました看守は、の戸が開いているのを見て、囚人たちが逃げてしまったと思い込み、剣を抜いて自殺しようとした。 使徒 16:28 パウロは大声で叫んだ。「自害してはいけない。私たちは皆ここにいる。」 使徒 16:29 看守は、明かりを持って来させ、駆け込んで来て、パウロとシラスの前に震えながらひれ伏し、使徒 16:30 二人を外へ連れ出して言った。「先生方、救われるためにはどうすべきでしょうか。」使徒 16:31 二人は言った。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。」使徒 16:32 そして、看守とその家族一同に主の言葉を語った。使徒 16:33 まだ真夜中であったが、看守は二人を連れて行って打ち傷を洗ってやり、自分も家族の者も皆すぐに洗礼を受けた。使徒 16:34 この後、二人を自分の家に案内して食事を出し、神をじる者になったことを家族ともども喜んだ。
使徒 16:16 私たちは、祈りの場に行く途中、占いの霊に取りつかれている女奴隷に出会った。この女は、占いをして主人たちに多くの利益を得させていた。使徒 16:17 彼女は、パウロや私たちの後ろに付いて来てこう叫ぶのであった。「この人たちは、いと高き神の僕で、皆さんに救いの道を宣べ伝えているのです。」使徒 16:18 彼女がこんなことを幾日も繰り返すので、パウロはたまりかねて振り向き、その霊に言った。「イエス・キリストの名によって命じる。この女から出て行け。」すると、霊は即座に彼女から出て行った。使徒 16:19 ところが、この女の主人たちは、金儲けの望みがなくなってしまったことを知り、パウロとシラスを捕らえ、広場の役人のところに引き立てて行った。使徒 16:20 そして、二人を高官の前に引き出してこう言った。「この者たちはユダヤ人で、私たちの町を混乱させております。使徒 16:21 ローマ人である私たちが受け入れることも、行うことも許されない風習を宣伝しているのです。」使徒 16:22 群衆も一緒になって二人を責めたてたので、高官たちは、二人の衣服を?ぎ取り、鞭で打つように命じた。使徒 16:23 そして、何度も鞭で打ってから二人を牢に入れ、看守に厳重に見張るように命じた。使徒 16:24 この命令を受けた看守は、二人をいちばん奥の牢に入れて、足には木の足枷をはめておいた。
使徒 16:11 私たちはトロアスから船出してサモトラケ島に直航し、翌日ネアポリスに着き、使徒 16:12 そこから、マケドニア州第一区の都市で、ローマの植民市であるフィリピに行った。そして、この町に数日間滞在した。使徒 16:13 安息日に、私たちは町の門を出て、祈りの場があると思われる川岸に行った。そして、そこに座って、集まっていた女たちに話をした。使徒 16:14 ティアティラ市出身の紫布を扱う商人で、神を崇めるリディアと言う女も話を聞いていたが、主が彼女の心を開かれたので、彼女はパウロの話を注意深く聞いた。使徒 16:15 そして、彼女も家族の者も洗礼(バプテスマ)を受けたが、その時、「私が主を信じる者だとお思いでしたら、どうぞ、私の家に来てお泊まりください」と言って、無理やり招き入れた。
使徒 15:36 数日の後、パウロはバルナバに言った。「さあ、前に主の言葉を宣べ伝えたすべての町にもう一度行ってきょうだいたちを訪問し、どのようにしているかを見て来ようではないか。」使徒 15:37 バルナバは、マルコと呼ばれるヨハネも連れて行きたいと思った。使徒 15:38 しかしパウロは、以前パンフィリア州で自分たちから離れ、一緒に宣教に行かなかったような者は、連れて行くべきでないと考えた。使徒 15:39 そこで、激しく意見が衝突し、彼らはついに別行動をとるようになって、バルナバはマルコを連れてキプロス島に向かって船出したが、使徒 15:40 一方、パウロはシラスを選び、きょうだいたちから主の恵みに委ねられて出発した。使徒 15:41 そして、シリア州やキリキア州を回って諸教会を力づけた。
使徒 15:1 ある人々がユダヤから下って来て、「モーセの慣習に従って割礼を受けなければ、あなたがたは救われない」と兄弟たちに教えていた。使徒 15:2 そして、パウロやバルナバとその人たちとの間に、激しい対立と論争が生じたので、この件について、使徒や長老たちと協議するために、パウロとバルナバ、そのほか数名の者がエルサレムに上ることになった。使徒 15:3 一行は教会の人々から送り出されて、フェニキアとサマリア地方を通り、道すがら、きょうだいたちに異邦人が改宗した次第を詳しく伝え、皆を大いに喜ばせた。使徒 15:4 エルサレムに到着すると、彼らは教会の人々、使徒たち、長老たちに歓迎され、神が自分たちと共にいて行われたことを、ことごとく報告した。使徒 15:5 ところが、ファリサイ派から信者になった人が数名立って、「異邦人にも割礼を受けさせて、モーセの律法を守るように命じるべきだ」と言った。使徒 15:6 そこで、使徒たちと長老たちは、この問題について協議するために集まった。使徒 15:7 議論を重ねた後、ペトロが立って言った。「兄弟の皆さん、ご存じのとおり、ずっと以前に、神は、あなたがたの間で私をお選びになりました。それは、異邦人が私の口から福音の言葉を聞いて信じるようになるためです。使徒 15:8 人の心をお見通しになる神は、私たちに与えてくださったように異邦人にも聖霊を与えて、彼らを受け入れられたことを証明なさったのです。使徒 15:9 また、彼らの心を信仰によって清め、私たちと彼らとの間に何の差別もなさいませんでした。使徒 15:10 それなのに、なぜ今あなたがたは、先祖も私たちも負いきれなかった軛を、あの弟子たちの首に掛けて、神を試みようとするのですか。使徒 15:11 私たちは、主イエスの恵みによって救われると信じていますが、これは、彼ら異邦人も同じことです。」使徒 15:12 すると全会衆は静かになり、バルナバとパウロが、自分たちを通して神が異邦人の間で行われた、あらゆるしるしと不思議な業について話すのを聞いていた。使徒 15:13 二人が話を終えると、ヤコブが答えた。「兄弟の皆さん、聞いてください。使徒 15:14 神が初めに心を配られ、異邦人の中からご自分の名を信じる民を選び出された次第については、シメオンが話してくれました。使徒 15:15 預言者たちの言ったことも、これと一致しています。次のように書いてあるとおりです。使徒 15:16 『「その後、私は戻って来て、/ダビデの倒れた幕屋を建て直す。/その破壊された所を建て直して/元どおりにする。使徒 15:17-18 それは、人々のうちの残った者や/私の名で呼ばれるすべての異邦人が/主を求めるようになるためである。」/昔から知らされていたことを行う主は/こう言われる。』使徒 15:19 それで、私はこう判断します。神に立ち帰る異邦人を悩ませてはなりません。使徒 15:20 ただ、偶像に供えて汚れた物と、淫らな行いと、絞め殺した動物の肉と、血とを避けるようにと、手紙を書くべきです。使徒 15:21 モーセの律法は、昔からどの町にも告げ知らせる人がいて、安息日ごとに会堂で読まれているからです。」◆使徒会議の決議使徒 15:22 そこで、使徒と長老たちは、教会全体と協議して自分たちの中から人を選び、パウロやバルナバと一緒にアンティオキアに派遣することにした。選ばれたのは、バルサバと呼ばれるユダおよびシラスで、兄弟たちの間で指導的な立場にいた人たちである。使徒 15:23 使徒たちは、次の手紙を彼らに託した。「使徒と長老たちが兄弟として、アンティオキアとシリア州とキリキア州に住む、異邦人の兄弟たちに挨拶いたします。使徒 15:24 聞くところによると、私たちのうちのある者がそちらに行き、私たちから何の指示もないのに、いろいろなことを言って、あなたがたを騒がせ動揺させたとのことです。使徒 15:25 そこで、人を選び、私たちの愛するバルナバとパウロとに同行させて、そちらに派遣することを、私たちは満場一致で決定しました。使徒 15:26 このバルナバとパウロは、私たちの主イエス・キリストの名のために身を献げている人たちです。使徒 15:27 それで、彼らと共にユダとシラスを派遣しますが、二人は同じことを口頭で伝えるでしょう。使徒 15:28 聖霊と私たちは、次の必要な事柄以外、一切あなたがたに重荷を負わせないことにしました。使徒 15:29 すなわち、偶像に献げた肉と、血と、絞め殺した動物の肉と、淫らな行いとを避けることです。以上を慎めばよいのです。では、お元気で。」使徒 15:30 さて、彼ら一同は見送りを受けて出発し、アンティオキアに到着すると、信者全体を集めて手紙を手渡した。使徒 15:31 彼らはそれを読み、励ましに満ちた言葉を知って喜んだ。使徒 15:32 ユダとシラスは預言者でもあったので、いろいろと話をしてきょうだいたちを励まし力づけ、使徒 15:33 しばらくそこに滞在した後、きょうだいたちから平和の挨拶を受けて送り出され、自分たちを派遣した人々のところへ帰って行った。?使徒 15:35 しかし、パウロとバルナバはアンティオキアにとどまり、他の多くの人と共に、主の言葉を教え、福音を告げ知らせた。
使徒 14:19 ところが、ユダヤ人たちがアンティオキアとイコニオンからやって来て、群衆を抱き込み、パウロに石を投げつけ、死んでしまったものと思って、町の外へ引きずり出した。使徒 14:20 しかし、弟子たちが周りを取り囲むと、パウロは起き上がって町に入って行った。そして翌日、バルナバと一緒にデルベへ向かった。使徒 14:21 二人はこの町で福音を告げ知らせ、多くの人を弟子にした後、リストラ、イコニオン、アンティオキアへと引き返しながら、使徒 14:22 弟子たちを力づけ、「私たちが神の国に入るには、多くの苦しみを経なくてはならない」と言って、信仰に踏みとどまるように励ました。使徒 14:23 また、弟子たちのために教会ごとに長老たちを任命し、断食して祈り、彼らをその信ずる主に委ねた。使徒 14:24 それから、二人はピシディア州を通り、パンフィリア州に至り、使徒 14:25 ペルゲで御言葉を語った後、アタリアに下り、使徒 14:26 そこからアンティオキアへ向かって船出した。そこは、二人が今成し遂げた働きをするようにと、神の恵みに委ねられて送り出された所である。使徒 14:27 到着すると教会の人々を集めて、神が彼らと共にいて行われたすべてのことと、異邦人に信仰の門を開いてくださったことを報告した。使徒 14:28 そして、しばらくの間、弟子たちと共に過ごした。
2025年5月3日「平和音楽祭」のメッセージと同内容
使徒 14:14 使徒たち、すなわちバルナバとパウロはこのことを聞くと、衣を引き裂いて、群衆の中に飛び込んで行き、叫んで、使徒 14:15 言った。「皆さん、なぜ、こんなことをするのですか。私たちも、あなたがたと同じ人間にすぎません。あなたがたが、このような偶像を離れて、生ける神に立ち帰るように、私たちは福音を告げ知らせているのです。この神こそ、天と地と海と、そこにあるすべてのものを造られた方です。使徒 14:16 神は過ぎ去った時代には、すべての民族が思い思いの道を行くままにしておかれました。使徒 14:17 しかし、神はご自分のことを証ししないでおられたわけではありません。恵みをくださり、天から雨を降らせて実りの季節を与え、あなたがたの心を食物と喜びとで満たしてくださっているのです。」使徒 14:18 こう言って、二人は、群衆が自分たちにいけにえを献げようとするのを、やっとやめさせることができた。使徒 14:19 ところが、ユダヤ人たちがアンティオキアとイコニオンからやって来て、群衆を抱き込み、パウロに石を投げつけ、死んでしまったものと思って、町の外へ引きずり出した。使徒 14:20 しかし、弟子たちが周りを取り囲むと、パウロは起き上がって町に入って行った。そして翌日、バルナバと一緒にデルベへ向かった。
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