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残間光太郎の"闘うものの歌が聞こえるか"
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映画"おいハンサム!!"のお父さん(吉田鋼太郎)さんの言葉に、痺れました曰く"お前たちは。今のところ平和な国に生まれ育った。美味しいものを食べていい服を着て楽しく暮らしことは簡単だろう。でも。ただ、消費して。それを疑問に思わない人間にはなるな。消費することが幸せなら、たくさんお金を使える人が、たくさんお金を持っている人が一番幸せということになる。そうではなくて。なんでもいい。何かを生み出すことを心がけなさい。どんなに平凡な仕事だって、掃除だって、料理だって、ゴミの分別だって困っている人を助けること、悲しんでいる人を力づけること、迷っている人に寄り添うこと。転んでしまった人を見捨てないこと、みんな立派な生産だ。立派な創造だ。だから、これから各自どう生きるのか立ち止まって、ゆっくり考えなさい。一日一日を精一杯生きられなくたていい。普通に生き続けなさい。明日からもお前たちの人生は続くんだから。そうだ、それが重要。生き続けなさい。"ここから私は思いました1、消費と創造2、誰もが創造者3、立ち止まって考えること1、消費と創造このドラマは大好きで、シーズン1からシーズン2、そして映画までを、一気に見返してしまいました!吉田鋼太郎さんという、少しウザがられながらも毎回ハンサムな言葉を言おうとする家族を愛する親父と、マイペースな母(MEGUMIさん)、個性あふれる三姉妹(木南晴夏さん、佐久間由衣さん、武田玲奈さん)の毎回コメディだけれども、とても深く考えさせられるテーマに、釘付けでしたその中で、今回の映画のラストシーンの言葉は、原作の伊藤理佐さん、脚本・監督の山口雅俊さんのパッションが炸裂する、感動の涙なしでは見られないハンサムな言葉でした消費と創造、という世の中を二項対立で表現するのは、複雑な世の中をわかりやすく表現するのにとても便利なやり方だと思いました。太刀川さんの進化思考における、変異と適応、または、オライリーさんの両利きの経営における、探索と深堀、のように、内容は違いますが、人の人生において、消費と創造が、くるくる回っているイメージは、確かになあと思いましたとかく、生きるため、贅沢をするための消費の方に目が向かってしまいますが、必ずどこかで創造をする人がいなければならない、そして、自分はどちら側にいるんだろうという問いを、持つことにとても重要な意味がある気がしました2、誰もが創造者このお父さんのお話を聞いて、まず思い出したのが、ハーバード大学・京都大学名誉教授の広中平祐先生の「創造のある人生こそ最高の人生である」という言葉です結婚をすることだって、庭の手入れをすることだって、編み物をすることだって、実は全て、創造的な活動であるということです。それが、誰かの痛みや顔を思い浮かべながらやることこそが、イノベーションの種に繋がり、自分一人で出来なくなったら、仲間と共に、みんなが喜んでくれる大義を実現する、パッション、仲間、大義と広がるイノベーターリップルモデルに繋がると思ってますそこから誰かが喜んでくれたり、感謝のループが回り始めると、それはその人の生きがいに繋がっていく誰もが創造者やイノベーターになれるし、それこそが生きがいにつながる道筋の一つだと、そんなことを思いました3、立ち止まって考えることお父さんが最後に言ってくれてますが、それを感じるためには、一度立ち止まって、自分の今を見つめてみるということと思いましたとかく忙しすぎて、毎日のタスクをこなすだけで精一杯になっちゃって、自分が大好きなこと、誰かのためにしてあげたいこと、個性を発揮したいこと、成長・脱出したいことが、見えなくなってしまう、ということが誰にも起こる、ということかと思いましたこれを私は、自らのパッションの源を見つめ直してみること、と言ってますが、ほんの少しだけでも、それを考えるだけで、変わってくるんじゃないのか、そんなことを改めて思わせてもらいましたと言う事で一言で言えば何かを生み出すことを心がけなさいノベーションそんなことを思いました^ ^参考:映画 おい、ハンサム!! 原作 伊藤理佐、脚本・監督 山口雅俊、出演 吉田鋼太郎、木南晴夏、佐久間由衣、武田玲奈、MEGUMIなど 公開日 2024年6月21日配給 東宝 https://www.oihandsome.com/movie/動画で見たい方はこちらhttps://youtu.be/A6lbkgNjbwE
画家の有元利夫さんと、演劇評論家の松岡和子さんとの、対談に、真実への向き合い方を、教えて頂きました曰く"有元さんやっぱ象徴性がないとねいっぱい嘘つかないとさ、真実から遠ざかるって感じがあるじゃない松岡さんいっぱい嘘ついて、いっぱい演技して、ある様式を抽出すれば、それがより真実になるってことよねシェイクスピアの芝居っていうのはものすごく双子がたくさん出てくるのが多いわけそういう場合ね本当の双子を使っちゃったら面白くないわけ有元さん女工さんの役やるから、女工さんのね、衣装借りてきたとかさその汚れた作業着をそのまま舞台で着るなんていうこと自体がね もうすごいナンセンスでリアリティーからどんどん、離れていくっていう感じがするのね松岡さん舞台というところは演技をする空間である。嘘をつく空間である有元さんそれで真実に近づく"ここから私は思いました1、真実はない、あるのは解釈だけ2、具体と抽象の往復運動3、伝えるべき真実をいかに伝えるか1、真実はない、あるのは解釈だけ有元さんの絵画は、とても個性的で、様々なものがシュールに組み合わさっていて、そしてとても静かに止まっているようでいて、それがこれから動き出すのか、どこからか動いてきたのか、静かでありながら音楽が流れてくるようで、こちらの心をうごささざるを得ないような素敵な絵なのですが何故このような絵を描くに至ったのかを、このお二人の対談によって、一つのヒントを頂いたような気がしました真実はない、あるのは解釈だけ、とは、ニーチェの言葉ですが、現実の事象があったとしても、それをどのように見るのか?または、その背景に何があってそうなったのか?という、真実は、実は見る人各々によって変わってくるという話かと思います各人にいろんな真実がある中で、誰かから伝えたい本当の真実と信じるものがあるとすれば、嘘も含めたあらゆる角度からの、アプローチでそれを炙り出させる、または、これまで真実だと思われていたものに楔を刺す、そんな考え方もあるかなと思いました2、具体と抽象の往復運動細谷功さんの、具体と抽象の本が好きなのですが、ある具体的な事象のものを、さらなる抽象化をすることで、そこにある本質的な価値や意味を見出して、そして、さらに別の具体的な事情として表現するということがあるかと思いますイノベーションの世界でも、ある業界における個別のイノベーションがあったとして、それを一旦抽象化してみることによって、提供される価値を抽象的に把握して、そしてそれを具体的な別業界に転用していくということが、イノベーションを横に展開する手法としてありますここで言われている話も、女工さんの個別具体な衣装を持ってくるよりも、もっとそこで伝えたい価値を抽象化した上で、全然違う衣装としてやった方が、伝えたい価値が伝わる、そんなことがあるのかもしれないなあと思いました3、伝えるべき真実をいかに伝えるか舞台やアート、音楽でも、創作物は、ある意味、人間が作り出す新しい物語でよくて、嘘だらけのものだからこそ、真実が炙り出てくる、ということがあるんだなあと思いました例えばアートで、写実的な精巧な写真のような絵画でその時の感動を伝えることもあれば、印象派のように、近づくと何を描いてるのかわからないのに、遠目で見ると、ものすごい光の爆発があって、そこに作者の伝えたい感動があるのかあ、みたいなことがあるよなあと思いましたそれは、ある意味、絵の具という嘘の線で描かれたものだけれども、それがより集まって一つの様式になると、爆発的な伝えたい真実が浮かび上がってくる、そんなことってあるのだなあと思います真実は一つではないし、各人によって全く解釈で違うのだけれども、そこにある抽象的な価値のようなら伝えたい真実は、発信する人からは明確に、自分の中にあって、でもそれを伝えるためには、嘘で表現することを重ねることが1番伝えたいことに近づく、そんな試行錯誤の連続なんだろうなあと思いましたイノベーションの世界でも、そこにどんな価値を提供したいのか、どんな世界を実現したいのか、という大きな真実や大義があって、あらゆる手段を使ってそこに近づこうとする、それが直接的な解決策ではなくても。そんなことが、大切なのかもしれないと思わせていただきましたといえことで、一言で言えばいっぱい嘘をつかないと真実から遠ざかるノベーションそんなことを思いました^ ^ 参考:Eテレ東京 NHK 日曜美術館 だからあんな不思議な絵を~天折の画家・有元利夫と家族~2025/9/14 https://www.nhk.jp/p/nichibi/ts/3PGYQN55NP/episode/te/47N8R8X7W1/動画で見たい方はこちらhttps://youtu.be/KTh_Cyb3S04
ダンサーで俳優の田中泯さんと俳優の橋本愛さんの対談で、田中さんからの言葉に痺れました"一生懸命体を鍛えて、その動きができるようにしていくっていうのも。 1つの方法で、それも踊りの 1つのあり方なです。それを否定する気全くないし。でも、一番大事大切なのは、競争のためにそれをやっちゃいけない。踊りのためにやらなくちゃないそこが一つの番重要なことだと思います。競争をすると、多分自意識がさらに高まってきます。確かに。そうすると見たくない人が、絶対現れてきます。要するに、見る人って動いている人の踊っている人の体の中に入りたくなるんです。なりますよね。そこが踊りなんです。"ここから私は思いました1、内発的動機から動いてるか2、パッションの源を見つめ直す3、大義が仲間を連れてくる1、内発的動機から動いてるか田中泯さんが、フリーダンサーだったということが、衝撃だったのですが、それであの存在感のある演技が生まれてるのかと、勝手に合点が行った気がしました競争のためにやっちゃいけない、との言葉には、田中さんの生き様が反映された言葉なのかと思いました。そこから思うのは、他の人たちがどうであろうと、自分が信じることをやる、という、田中さんの内発的動機から動く姿勢が現れた言葉かと思いましたデシさん&ライアンさんの有名な自己決定理論からですが、報酬や評価、罰などから生じる外発的動機からは、「外的報酬は、一時的に行動を強めるが、内発的な興味を損なう可能性がある。」とのことがあり逆に内発的動機は、「人は自分の行為を自分自身の選択として経験する時、最も強い動機を感じる。」と言われておりイノベーティブな活動は「やらされ感」ではなく「自ら選んだ感覚」からこそ生まれる。自律性を守ることが創造性の持続の鍵。」ということに、とてもシナジーがある考え方だなあと思いました2、パッションの源を見つめ直す内発的動機を持つためにはどうしたら良いかということについては、デシさんとライアンさんは、自立性、有能感、関係性が大切と言われてますが私は自らのパッションの源がわかっていることがとても大切だと思っています。忙しすぎるととかく、やらされ仕事や、また日々生活をするためにやってることに忙殺されますがそこでほんの一瞬でも、みずからのパッションの源ってなんだっけ?という時間を、お風呂の時でも、寝る前でも、考えることが大切と思ってます田中さんは、その自らのパッションの源は、ずっとブレずに、踊る、ということにあったということだと思うと、大好きパッションの炸裂であり、さらにとにかく個性的なその場踊りをするという唯一無二さをみるに、個性派パッションも、同時に炸裂していたのではと、勝手に想像しましたそんな田中さんは、もはや誰と競争をするとは別次元の自らの踊りを追求する、ということにあったのではないかと思いました3、大義が仲間を連れてくる田中さんが俳優の世界に入ったのは、ある映画に誘われたからとのことでしたが、その映画の中でも、踊るシーンではないのに、田中さん踊ってましたね、と言われたそうです田中さんは全くの俳優としては初めての経験だったにも関わらず、絶賛されて、そこから俳優の道が今に続いているということを伺うに田中さんの、踊る、ということにより、人がその人の踊りに入りたくなってくる、という大義が生まれて、その大義は、踊りだけじゃなく、俳優という表現方法にも、同じく、演じてる人に没入していく感覚と同じなのかもしれないなあと思いましたそれを見出した映画監督もすごいし、さらにそれを見事に受けて表現し切った田中さんも凄いなと、思わざるを得ませんでしたイノベーションの世界でも、オープンイノベーションでベンチャーと大企業が共に仕事をする上で大切なのは、目指すべき大義が同じ方向を向いている、ということがあるので、ある意味、オープンイノベーションの一つとして、新しい価値が生まれたのかもしれないなあとも思いましたということで、一言で言えば外敵動機ではなく、内的動機に基づいて競争のためにやっちゃいけないノベーションそれがとても大切と教えてくれているような気がしましたそんな話をしています^ ^参考: スイッチインタビュー 選 橋本愛×田中泯EP1「国宝」「べらぼう」の2人が対談!初回放送日:2025年9月5日https://www.nhk.jp/p/switch-int/ts/K7Y4X59JG7/episode/te/Z2PW2GXRYP/
徹子の部屋での、藤井さんと徹子さんとの会話に、めちゃくちゃ感動してしまいました"徹子さんでも、お父様岡山から出んでもええっておっしゃってたんですって。風さんそうですね。それはでもね、お願いするんじゃなくて、される方になりなさいみたいなね。教えがです。徹子さんで、今そうでしょ。お願いしてくれる人が現れて。みたいなのでしょうね。風さん求められる人になれ。本当に我慢しました。だから僕も。徹子さんあなた自身は、岡山から出られないと思ってらしゃんですって、初めは。だから、本当に求められる人にならなきゃ、ここから。 風さんうん、ここからどこかへはいけないだろうなっと思ってましたね。だから本当に求められる人になろうっていう努力を自宅でしてたし。 まあ、時代もあって、自宅からいろんなものが配信できる時代でもあったのでそうですよね。そう、できることしようってなりました。"ここから私は思いました1、脱出・成長パッション2、受け入れる素直さ・信頼・愛3、やり切る力1、脱出・成長パッションあれよあれよという間に、世界的アーティストになった藤井風さんの、素敵な性格と価値観が伝わってくる、本当に素敵な対談でした私はいつも、情熱のポートフォリオというのがあって、縦軸に、ポジティブネガティヴ、横軸にオープンクローズをとると、大好きパッション、利他パッション、個性派パッション、脱出成長パッションというのが、誰にでもあるパッションとして整理しやすいよという話をしていますが今回の風さんの話は、まさに、脱出成長パッションに、お父様が火をつけてくれた、ということなのかもしれないなあと思いました脱出成長パッションは、世界的なイノベーターの、例えばスティーブ・ジョブズさんや、イーロンマスクさんなどのような方々が、幼少期の経験から、そこから抜け出して、更なる成長をしたいという感情やコンプレックスが、将来すごい花を咲かせるということに繋がる、非常に強いパッションとなる可能性を秘めているのでまさに、お父様がその火付け役となり、それに風さんが答えた、ということの結果として、今の風さんに繋がってるのかもしれないと感動しました2、受け入れる素直さ・信頼・愛風さんのお話を聞いていると、とてもお父ちゃんとおかあちゃんが好きで、強い信頼関係と、もっと言えば、愛し愛されてるんだなあと思いましたここから出さない、なんて言われたら、ぐれてしまってもいいようなところを、素直に実直にその教えを守り抜いて貫いていくことができたのは、そのためではないかと思いましたWBCで栗山監督が、黒板に、できるやつはやるな、書かれたという、信頼してるぞ、というメッセージが、大谷さんと村上さんを大活躍させたように家族の信頼関係が、すべての基盤にあるからこそ、今の風さんがおられるのかなあと、思いましたBCGの秘伝のタレにも、素直である心、というのがあって、ビジネスにも実はそれは、繋がるよなあと思いました3、やり切る力求められる人になるために努力し続けました、というのはいうのは簡単ですが、並大抵のことではないよなあとも思いました成功したベンチャー企業の方に、何故成功したと思いますか?と聞いた際に、必ず言われるのが、諦めなかったらです、という答えです何故、諦めずに進むことができたのかは、私は、それが、自らのパッションの源に繋がっていたから、なのではと思いますいくら人から、信頼されてる人から、言われたとしても、それが自分のパッションの源に乗っかってないと、どんなことがあっても諦めないパワーは生まれないのではないかと思いますそういう意味では、風さんは、もちろん、お父様にパッションの火をつけられたのかもしれないけれども、同時に自らのパッションの源が、音楽にあったからこそ、諦めない気持ちでここまで来られたのかなあと、ひたすら感動してしまいましたそれらの鍵を握る言葉として求められる人になれ、というお父さんの愛に溢れた言葉かなあと思いひとことで言うと求められる人になれノベーションそんなことを思いました^ ^参考: 徹子の部屋 <藤井風>父の教えを胸に・・・「努力」積み重ねた日々 テレビ朝日 9月8日(月)放送 TVerhttps://tver.jp〈藤井風〉父の教えを胸に…「努力」積み重ねた日々動画で見たい方はこちらhttps://youtu.be/9g_p4KtdLSI
13年ぶりの来日のSTOMPに心揺さぶられました!
"バケツ、デッキブラシ、ゴミ箱のふた、そしてビニール袋。日常の身の回りのものから、爆発的に気持ちいいリズムを刻む"
"パーカッション、ダンス、演劇、そして日常の「音」と「動き」が混ざり合う、リズム溢れる衝撃の体感型パフォーマンス!"
"イギリスから旋風を巻き起こし、ニューヨーク・オフ・ブロードウェイで29年のロングラン。世界53カ国で1500万人以上の動員数を誇るショー"
まさに革命的なショーな訳ですが、何故こんなに心揺すぶられるのかを、イノベーター3つのフレームで見てみました
1、パッション
生きる喜び
2、仲間
プリミティブな協調
3、大義
自然への回帰
身の回りにあるものを叩くというのは、もしかすると、もっともプリミティブな音楽の始まりだったんじゃないか
何かやり遂げた時や、わかって欲しい時、思わず周りのものを叩いたり叫んだり、感情の爆発的なものを表現したくなって
そしてそれは、まさに生きる喜びそのもののパッションの爆発なのではないかと
さらにそれが、誰かと協調して行うということに発展して、それが仲間とのコミュニケーションの始まりなんじゃないか
まだ言語がなくても、何かを叩き合って、それでなんらかのコミュニケーションをすることで
最もプリミティブなコミュニケーションが生まれたんじゃないか
そしてそれがどんどん広がっていくことによって、先日の福島さんの音楽の役割のとおり、人間が実は自然の一部だということを思い出させてくれる
そんな素敵な大義が生まれてくるものなんじゃないか
そんなことを、STOMPを見ながら、泣きたくなるほどの感動を味わいながら、血湧き肉踊りながら、思いました
やはりプリミティブなパッションの爆発が、イノベーションとしては、最も強力になるなぁと
そんな話をしています^ ^
参考: STOMP ストンプ シアターオーブ 2023/8/16(水)~8/27(日) たたく!! 鳴らす!! 音と動きが舞うリズム!!
https://theatre-orb.com/s/lineup/23_stomp/
動画で見たい方はこちら
https://youtu.be/YCAZP-Az_5s
山川隆義さんの、"知る知らないマトリクス"に目から鱗が落ちる思いでした
"「横軸に、クライアント(相手の社長)が知っていること、知らないこと。縦軸にクライアント(相手の社長)が知るべきこと、知る必要がないこと。我々は、クライアントが知らなくて、かつ、知るべきことを捻り出すのですよ」"
とても単純ですが、刺さる提案をするために、明快にやるべきことがわかる気がしました
ここから私は、刺さる提案について考えてみました
1、知らないことを徹底的に調べる
→被提案者が触れられない情報
2、知るべきことを徹底的に調べる
→被提案者の真の課題
3、刺さる提案
→得られた示唆
お客様への提案の際に、とかく情報収集も一生懸命やりますが
まずはお客様が触れられない情報はなにか?を一瞬考えることは、刺さる提案にまずは一歩進めるお話かと思いました
また、お客様が知るべきことは何なのか?これはなかなかに難しいお話ですが
これこそ、お客様の真の課題を抉ることになるので、お客様および関連者への何度も対話を重ねていくことかと
この2つを何度も繰り返していくことが、少しずつ刺さる提案に近づいていくことかと思いました
刺さる提案ができないと、よくご相談を受けるのですが、この基本原則を抑えるだけで、ずいぶん変わってくるような気がしました
そんな話をしています^ ^
参考:書籍:瞬考 メカニズムを捉え、仮説を一瞬ではじき出す 発行日 2023年6月5日 第1刷発行 著者 山川隆義 発行所 株式会社かんき出版
動画で見たい方はこちら
https://youtu.be/gQiqhwRpiko
とかく寂しがりな私ですが笑、そんな私に元気を頂けるお話を伺いました
哲学者の岸見一郎さん曰く
"相互依存状態において、各自は自立しているのですが、存在の次元では自分だけで完結しているのではなく、自分が完成するためには他者を必要とし、他者も自分を必要とするので、自分もまた他者を支えなければなりません"
"そこには支配、被支配関係はありません。自分が持てるものが、しかるべき相手の中で共鳴し、自分もまた共鳴します"
"かくて、たとえいつも一緒にいなくても、また、遠く離れていても、互いに影響を及ぼし合うことができるのです"
ここから私は、この状態を作るには?と考えました
1、まずは自分から他者を支える
2、共鳴を感じる
3、課題の分離
イノベーター3つのフレーム、パッション、仲間、大義における、仲間とのあり方だなと
仲間には、家族、恋人、友人、同僚、SNS仲間など、様々な人との関係、全てに当てはまることかと
"相互依存状態"を作ることがポイントになりますが、これも、自分起点、すなわち「パッション」から、他者を支えようとすることから、始まるんだなあと思いました
そして、相互に共鳴を感じてみるということ
さらには、相手の反応などは考えない、つまり考えても分かりようがないことは、気にしない
とかく寂しい時には、誰々が連絡をくれないから!とか、放置プレイなのか?とか、相手に原因を見つけがちですが
どっこい自分起点で支えていこうとしないからであったという衝撃の話かなと思いました
大好きな、ももクロの白金の夜明け、曰く
"誰も1人じゃない、1人になろうとするだけなんだ"
沁みてきます
そんな話をしています^ ^
参考:書籍: 愛とためらいの哲学 著者 岸見一郎 発行所 株式会社PHP研究所 製作日 2022年6月6日
動画で見たい方はこちら
https://youtu.be/GwtNRrHrKJo
ピアニスト 角野隼斗さんの言葉に、これからの創造の在り方を、静かに教えられた気がしました。曰く「クラシック音楽という伝統的歴史が長い音楽の上に、自分だからこそできる何か現代さを付け加えるということ。または、自分自身が本当に心からワクワクすることをやるということまたは、多くの人のためになることをすること。それでより良いチャンスが自分に舞い込んできたら嬉しい、ぐらいに思っておくのがいいかなと思って。あとはなんか流れてくる波に乗って、サーフィンしている感じ。サーフィンできていればどこにたどり着きたいとかもないです。それで波に飲まれなければ。」(参考:NHK「ここから」ピアニスト 角野隼斗さん 2026年1月12日放送)そのうえで、3つのことを思いました。1、伝統の上に共感を編み直す2、パッションと大義が仲間を連れてくる3、波に乗りながら広げていく1、伝統の上に共感を編み直すクラシックという長い歴史の上に、自分なりの現代性を重ねる。これは、何かをゼロから生み出すというよりも、すでにあるものとの関係性の中で、自分の位置を見つけていく営みなのだと思います。以前お話しされていた、養老孟司さんの「新しい共感こそがオリジナリティ」という視点とも重なります。誰も見たことのないものではなく、誰かと共有できる何かを、新しいかたちで接続すること。その共感の編み直しが、その人ならではの表現になる。2、パッションと大義が仲間を連れてくる「自分がワクワクすること」と「多くの人のためになること」。この二つが重なったとき、そこに人が集まり始めるのだと思います。ただ、それだけでは広がらない。そこに「誰かにとって意味がある」という大義が重なったとき、その熱は自分の中にとどまらず、周囲に伝わっていく。結果として、仲間が自然と増えていく。これは、まさにリップルモデルのように、中心の小さな波紋が外へ外へと広がっていく構造。無理に人を集めるのではなく、パッションと大義が重なった場所に、人が引き寄せられてくる。そんな広がり方が、これからのイノベーションには合っている気がします。3、波に乗りながら広げていくどこにたどり着くかを決めすぎない。ただ、目の前に来た波に、きちんと乗り続ける。この姿勢は、戦略を持たないということではなく、状況に応じて選び続けるということだと思います。ジョン・ケージが語っていたように「私は何かをコントロールしようとはしない。起こることに任せる。」(出典:ジョン・ケージの講演・インタビュー等で繰り返し語られる思想)あらかじめ固定されたゴールよりも、「いま来ている波」にどう応答するかの方が重要になる。そして、その応答の積み重ねが、結果として思いもよらない場所へと連れていく。ただし、その過程で波に飲まれないための軸は必要で、それがパッションであり、大義であり、自分が立っている位置なのだと思います。一言でいうとパッションと大義で波に乗るノベーション参考:NHK「ここから」ピアニスト 角野隼斗さん 2026年1月12日放送
片岡愛之助主演の新作歌舞伎『流白浪燦星(ルパン三世)』は、めちゃくちゃ笑って感動して涙して、最高の作品だったのですが、その脚本・演出を手がけられた戸部和久さんの言葉に、深く考えさせられました。”不二子は言う、「自由に生きるとは全部自分で決める事、誰かのせいに出来ない人生、逃げ道の無い選択だ」また、「自分で選んだ道だから間違いと知っても間違いでないようにしなければならない」流白浪の如く自由に生きるとは、覚悟が要る道なのだ。今や自由を追求しなくなりつつある世の中で、流白浪の姿はどう映るのだろうか?”ここから自由についていろいろ考えさせられました1、自由を求める人と求めない人 2、自分の人生を生きる快感 3、正しい選択よりも選択後の正しい行動 ---1、自由を求める人と求めない人完全な自由なんてあるのか?というお話もあるかと思いますが、不二子や流白浪(ルパン)は、限りなく自由度の範囲が広い世界を求めている気はします「すべての人間は、生まれつき知ることを欲する」(アリストテレス)と言われている通り、少なからず自分なりの好奇心のない人なんていないと思います。それが原動力になって、より知らない世界を知りたい、そのためにここから飛び出したい、そんな欲求も誰もが持ってると思いますとはいえ、エーリッヒフロムの「自由からの逃走」のように、自由には孤独や不安がつきまとうという、光と影があるなので、フリーハンドな自由度は少ないけれども、安定の制約の中で自らの自由な価値を出すことに、しっくりくる人もいると思います不二子やルパン、それに対する、銭形のとっつぁん、どちらも、自分にとって、しっくりくる自由度と制約を、自らが選択して、自分らしい自由を謳歌しているような気もしましたこれはまさしく、太刀川英輔さんの進化思考の適応と変異、または、オライリーの両利きの経営における深掘と探索企業の中に、きっちりしっかりやる人と、枠をはみ出した新しいことに挑戦する人、大企業とベンチャー企業、2つの要素がおりなって、できる世界もしかすると、1人の人生の中にも、人生フェーズによってそれらのバランスが行ったり来たりする、それができることも大切なことかもしれないなあと思いました2、自分の人生を生きる快感一度でも、自分で決めて、自分で動いて、何かが少しでも前に進んだそんな経験をすると、ああ、自分の人生を生きているな、という感覚が残る気がします。「人が最も幸福を感じるのは、能力を最大限に発揮し、何かに没頭しているときである」(チクセントミハイ)この感覚を知ってしまうと、決められた安定だけでは、少し物足りなくなる。それを一度でも味わうと、その感覚を求めてしまうのかもしれません。幼稚園教諭の加用先生が、幼稚園児に、光る泥団子を一所懸命作ることを教えると、みんな没頭して、一心不乱に光る泥団子を作るお話のように何でもいいので、自分で唯一の価値あるものを創り上げた、そんな感覚を持たせてあげることが、大切かなと思いますイノベーターリップルモデルも、自らのパッションから、仲間を通じて、みんなが喜ぶ大義を作っていくこの構造は、光る泥団子と何ら変わらないと思いますジョブズやイーロンにならなくても、人生の中で、何らかの価値を作り上げる、それは自由の制限の多いのか、少ないのか、それには関わらず大切な気がしました3、正しい選択よりも選択後の正しい行動制限の多い自由、少ない自由に関わらず、その中で自由に選択できるということは、とても大切だと思いますそこで難しいのは、自由に選べるということは、当然、間違うこともあるので、なかなか選べない、ということかなと思いますでも、「自分で選んだ道だから間違いと知っても間違いでないようにしなければならない」この言葉を見ていると、問われているのは、選択の正しさではなく、その後どう生きるか、ということのように感じました。「意思決定とは、正しい答えを見つけることではなく、それを正しくすることである」(ピーター・ドラッカー)イノベーションも同じで、最初から正解があるわけではなく、動きながら正解にしていくもの。だから、選ぶことを怖がるよりも、選んだあとをどう生きるかに、少し重心を置いてもいいのかもしれません。それが実は、自分の中における、自由に生きることの、とても大きな考え方かもしれないなと思いましたということで、一言で言えば 自由に生きるノベーションそんな話をしています参考:新作歌舞伎『流白浪燦星(ルパン三世)碧翠の麗城』脚本・演出 戸部和久 原作:モンキー・パンチ『ルパン三世』 出演:片岡愛之助 市川中車 他 制作:松竹 プログラムより
アンドリュー・グローブの著書『パラノイアだけが生き残る』の中の言葉から、考えさせられました。「戦略転換点とは、企業の生涯において根本的な変化が起こるタイミングである。その変化は、企業が新たなレベルへとステップアップするチャンスであるかもしれないし、終焉に向けての第一歩ということも多分にありうる。」「戦略転換点を通るのは、ハイキングで道に迷うというよりも、死の谷に危険を冒して立ち入ることだといったほうが的を射ているかもしれない。従来の経営手法から新しい手法へと移行するための危険な綱渡りだからだ。経営者は、仲間の何人かは谷の向こう側まで一緒に渡りきれないと知りながらも、進んでいくのである。」この言葉を読みながら、私はむしろこう思いました。本当に怖いのは、その「戦略転換点にいる」ということに、気づけないことなのではないかと。1、大事な変化は見えない2、現場に兆しが発現する3、パラノイア組織化1、大事な変化は見えない変化というのは、劇的に現れるとは限らない。むしろ多くの場合、ゆっくりと、しかし確実に前提を侵食していく。いわゆる「茹でガエル」のように、気づかないまま環境が変わり、気づいたときにはもう戻れない。ダニエル・カーネマンが示したように、人は現状を維持しようとする傾向を持っています。だからこそ、「まだ大丈夫」という感覚のまま、静かに臨界点を越えてしまう。戦略転換点の本質は、その危険性以上に「見えなさ」にあるのだと思います。2、現場に兆しが発現するでは、その見えない変化にどう気づくのか。カール・ワイクが言う「センスメイキング」は、そのヒントを与えてくれます。現場にある違和感や小さな出来事は、そのままではただのノイズかもしれない。しかし、それに意味を与えた瞬間に、それは「変化の兆し」に変わる。重要なのは、情報の量ではなく、解釈の質。どれだけ兆しがあっても、それが意味づけされなければ、組織としては何も起きていないのと同じになってしまう。だからこそ、兆しを拾い、つなぎ、解釈する力が問われるのだと思います。3、パラノイア組織化グローブの言う「パラノイア」は、単なる神経質ではなく、問い続ける姿勢だと思います。今の前提は本当に正しいのかこの成功は持続するのかこの違和感は見過ごしていいのかこうした問いを、個人ではなく、組織として持てるかどうか。ピーター・ドラッカーは、「最大の危険は、昨日の論理で行動することだ」と言いました。その「昨日」に安住しないためには、疑い続けることを、文化ではなく構造にする必要がある。クリティカルシンキングと仮説検証を、日常の営みとして回し続ける。それは、現場の教育も必要になると思います。そして、現場の気付きが上にスムーズに上がっていくことができる、気づける組織をつくるのだと思います。戦略転換点は、未来にやってくるものではなく、すでに静かに始まっているものなのかもしれません。だからこそ必要なのは、予測ではなく感度。そして、個人の勘ではなく、組織の仕組み。一言でいうと生き残る組織とは、疑い続ける力を構造にしている組織パラノイア組織ノベーションそんな話をしています(参考)『パラノイアだけが生き残る』アンドリュー・S・グローブ(著)/佐々木かをり(訳)/日経BP社ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』カール・ワイク「センスメイキング論」ピーター・ドラッカー関連著作
NHK朝ドラ「虎に翼」の脚本家吉田恵里香さんの言葉に、考えさせられました。曰く「やっぱその怒るほどでもないなとか、場の空気を乱さない方がいいなとかでも、この人のこと嫌いなわけじゃないしな、みたいなことで、言わないで言う機会を逃して、なんかそれがオッケーの世界線になっていく“はて”って言葉が、そういう意味では言い出しやすい、なんかこう合図みたいになったのかなというかちょっとまあ、ちょっと冗談めかしても言えるし、そういう面ではいいのかなと思ってはいます。」(参考:NHK「あさイチ」2026年3月18日)この言葉の中に、イノベーションのとても大事な入り口がある気がしました。3つ、思ったことがあります。1、違和感に立ち止まる勇気2、笑いのオブラート3、世界を一緒に考えるための合図1、違和感に立ち止まる勇気日常の中で、まあいいか、空気を壊したくない、わざわざ言うほどでもない、そうやって違和感を飲み込んでしまうこと、結構あるなと思います。でもその瞬間、本当は変わるかもしれなかったことが、そのまま残ってしまう。20世紀の哲学者 ハンナ・アーレントは、「思考するとは、立ち止まって考えることである」と述べています(『精神の生活』)。「はて?」って、まさにこれだなと思いました。一度立ち止まる、そして、自分の頭で考え始める。ほんの小さなことですが、そこからしか何も変わらないんだなと感じました。2、笑いのオブラート「はて?」のいいところは、その軽さだと思います。強く言わない、でも、ちゃんと伝わる。フランスの哲学者 アンリ・ベルクソンは、「笑いは社会的なものである」と述べていて、笑いは人や社会の硬さをやわらかくして、結果的に調整する働きがあると考えています(『笑い』)。「はて?」も似ているなと思いました。攻撃しないけれど、ズレは伝える。しかも、空気を壊さずに。こういう伝え方だからこそ、受け取ってもらえるのかなと感じます。3、世界を一緒に考えるための合図「はて?」は答えではなくて、入口なんだと思います。決めつけない、否定しない、でも、ちょっと立ち止まる。その結果、自然と会話が生まれる。強い主張だと、どうしてもぶつかってしまうことがありますが、問いだと、不思議と開かれていく。「はて?」は、相手と一緒に考えるための合図なんだなと感じました。イノベーションの始まりって、特別なアイデアというより、立ち止まること、やわらかく伝えること、そして対話が生まれること、そういうところにあるのかもしれません。一言でいうと、世界を変えるのは、大きな声ではなく、小さな「はて?」ノベーションそんな話をしています。参考:NHK「あさイチ」2026年3月18日「虎に翼」メンバー再集結SP
映画『教場Requiem』の脚本家、君塚良一さんの言葉に、私は深く考えさせられました。曰く「現代社会では組織も含め、皆が嘘をついたりごまかしたりして生きていかざるを得ない。それに対して風間公親は冷徹にすべてを見抜いていきます。そのとき、人はどうするべきか。それが“真実を受け入れる勇気”なんです。」この言葉の中に、私はイノベーションの本質を見たような気がしました。私は、3つのことを思いました。1、真実は不快である2、真実を突きつけてくれる仲間と信頼の力3、みたくなかった現実に向き合える人が未来をつくる1、真実は不快であるまず感じたのは、真実というのは、基本的にあまり気持ちのいいものではないんだな、ということでした。人はどうしても、自分にとって都合のいい物語の中で生きてしまうと思います。組織も同じで、見たくない現実には蓋をしてしまう。「まあ大丈夫だろう」「まだいけるだろう」そんなふうに思いながら進んでいくことって、あると思うんです。でも、そのままだと、どこかで止まってしまう。ここでふと、ニーチェの言葉を思い出しました。人は真理そのものよりも、生きるための幻想を求める、という話です。確かに、真実を見るというのは、自分の思い込みが崩れることでもあって、少し怖いことでもある。だからこそ、人は避けたくなる。でも、イノベーションって、この「見たくなかったもの」に向き合うところから始まるんじゃないかなと感じました。2、真実を突きつけてくれる仲間と信頼の力風間公親のように、ごまかしを見抜いて、真実を突きつけてくる存在。正直、できれば関わりたくないと思ってしまうかもしれません。でもよく考えると、その人の可能性を信じているからこそ、あえて厳しく向き合っているようにも見えました。そこに「信頼」があるんじゃないかと思いました。もし信頼がなければ、ただ否定されたとしか感じられなくて、人は受け入れられないと思うんです。ここで思い出したのが、社会学者ハワード・ベッカーの考え方です。人は一人で完結するのではなく、他者との関係の中で変わっていく。だからこそ、真実を受け入れる勇気って、一人で持つものというよりも、「どんな人と一緒にいるか」によって支えられているものなのかもしれません。一人で立つのではなく、誰かとの関係の中で立てるようになる。誰かが真実に向き合う姿を見ると、自分も少しだけ向き合ってみようと思える。そんなふうに、少しずつ広がっていく。この感覚は、岡本太郎の「本当に生きるとは、自分に正直であることだ」という言葉にも、どこか通じるものがある気がしました。一人の正直さや覚悟が、周囲の人の在り方にも影響していく。風間のような存在が一人いるだけで、場の空気や基準が変わっていくように感じました。そしてこれは、私が普段考えているイノベーターリップルモデルでいう「仲間の存在の大切さ」にもつながっているように思いました。一人では難しいことも、信頼できる関係性の中では、少しだけ乗り越えられる。そんな気がしました。3、みたくなかった現実に向き合える人が未来をつくる最後に思ったのは、これからの時代は、「みたくなかった現実に向き合える人」が少しずつ増えていくことで、未来が変わっていくんじゃないか、ということでした。ここで思い出すのが、科学哲学者カール・ポパーの考え方です。進歩とは、誤りを認めて修正していくプロセスの中にある、というものです。つまり、現実を見ること。受け入れること。そして、そこから考え直すこと。この繰り返しが、前に進む力になる。すごく当たり前のことなんですが、それが一番難しいのかもしれません。AIが進化して、いろんなことが見えるようになっていく中で、ごまかし続けることは、だんだん難しくなっていくと思います。でも、そこに向き合える人が増えていくことで、新しい価値が生まれていくのではないかと感じました。イノベーションって、何か特別なことをすることではなくて、みたくなかった現実に、少しずつ向き合っていくことなんじゃないかなと思いました。そして、その背後にはきっと、支え合える関係性がある。その関係性が、少しずつ広がっていくことで、未来も変わっていくのかもしれません。一言でいうと、真実を受け入れる勇気ノベーション。そんな話をしています。参考:映画『教場Requiem』原作:長岡弘樹「教場」シリーズ(小学館)主演:木村拓哉/監督:中江功/脚本:君塚良一制作:映画「教場」制作委員会/配給:東宝※プログラムより
芸術家の岡本太郎さんの言葉に、ハッとさせられました。曰く「自分を大事にしたら、自分を失いますよ。自己否定することが逆に自分が生きることなんで、自分を大切にすると自分は死んじゃう。」(参考:NHK 日曜美術館 日美50特別アンコール「私とピカソ 岡本太郎」2026/3/15)「非認知能力を育てることが大切」「自己肯定感を高めることが重要」この2つ、どこか違和感がありませんか?特に子供の教育の場面では、よく聞く言葉ですが、この岡本太郎さんの言葉とは、かなり対照的だなと思いましたその意味について、私なりに、3つのことを思いました。1、存在の肯定2、要素の破壊3、要素を破壊しても壊れない自己肯定感の醸成1、存在の肯定岡本太郎さんの言葉は、決して、存在そのものを否定すると言う意味ではないと思います。むしろ、そこには、自己を否定してでも、揺るがない圧倒的な自己肯定感があると言ってもいいのではないか、と思いました「自分はここにいていい」「自分には価値がある」この感覚がなければ、人は挑戦しないし、失敗も引き受けられない。心理学者カール・ロジャーズは「無条件の肯定的関心が、人の成長の基盤になる」と述べています。ただし、ここに安住した瞬間に、“守るための自己肯定感”になる危険性があるそう言う意味が込められている、自己否定、そんなふうに思いました2、要素の破壊少し前に、リスキリングや学び直しの話がよく話題になってましたが、それは決して、自己の存在そのものを破壊することではなく、自己の存在の上に載っかってる、要素を、破壊するここでいう自己否定とは、「存在」ではなく「要素」を壊すことだと思いました・できていたことを手放す・得意だったやり方を捨てる・自分の定義を更新する哲学者ヘーゲルは「否定性こそが精神の生命である」と述べました。つまり、自分の中にある、様々な要素を、壊すことこそが、進化の本質ということなのだと思いますともすると、自己肯定感がとても大切という文脈から、否定は悪、という極端な解釈もありうるなと思いますが、自分の要素は常日頃、本当なのか?と破壊し続けることが専門性の罠からも抜け出す方法なのかもしれないと思いました3、要素を破壊しても壊れない自己肯定感の醸成そう考えると、自己肯定感と、自己否定は、一見矛盾するように思えますが、両方ともに共存させることが大事ということかなと思いますではどのようにするのか?についてですが 自らの存在自体を肯定する自己肯定感の醸成には、よく「安全基地が大切」との話がありますが、その安全性があれば、自らを壊しにいくかというと少し違う気がします本当に壊し続けられる人は、安全だから壊しているのではなくて、壊さずにはいられないから、壊しているのではないか。と、思いますつまり、外側の安心ではなく、内側から湧き上がる動機。私はこれを、イノベーターリップルモデルにおけるパッションが鍵になると捉えています。圧倒的な自己肯定感のもとに、自身を破壊し続ける人というのは、自らが自らのパッションの源に沿って生きているという実感と、その内側から突き動かされている、自らの成長のための破壊、そういう構造なのではないかと私は思います。自らを壊せる強さの正体とは、自己肯定感minamototonaruhaパッションであるそんなふうに思いました一言で言えば自己肯定と自己否定のあいだノベーションそんな話をしています参考:NHK 日曜美術館 日美50特別アンコール「私とピカソ 岡本太郎」2026/3/15
劇作家 ベルトルト・ブレヒト の代表作コーカサスの白墨の輪 に触れて、私は、イノベーションの本質に深く迫る感覚を頂きました講演プログラムより、翻訳家の酒寄真一さんの言葉です。「演劇は観客にカタルシスを起こさせるものとしたアリストテレスの古典的な演劇観(劇的演劇)に対して舞台を通して出来事を説明し、観客に批判的な思考を促す演劇(叙事的演劇)を追究しその具体的な方法として「異化効果」という用語を生みだした。簡単にいえば、観客にとって当たり前になっている物事に違和感を与えることで、批判的な観点を醸成する技法といえる。」この作品の中に、私は「異化効果」という極めて本質的なイノベーションの構造を見させて頂きました私は3つのことを思いました。1、常識を壊すことで、本質が見える2、感情ではなく“思考”を動かす設計3、あらゆるものごとを異化してみる1、常識を壊すことで、本質が見える本来であれば、没入させる演劇に、一歩引いた視点、言ってみれば、メタ認知的な視点を与えながら、普通のことにおける違和感を考えさせることに主眼をおくという、めちゃくちゃ新鮮な体験でした「自分は何を当然だと思っていたのか?」これは、まさにイノベーションにおける、日常における違和感を、そういうものだと言わずに、掬い上げて、本当にそうなんだっけと、問いを投げかけるのと同じようにこの問いを産ませる構造を、舞台上で繰り広げるという、舞台のイノベーションなのだなあと、新たな体験に驚きをいただきました2、感情ではなく“思考”を動かす設計そういう意味では、感情よりも、思考を動かす仕掛け作りという意味でこれは、従来の演劇とは真逆かもしれないなと思いましたある意味、ベルトルトは、体験の設計そのものを再定義したと言ってもいいのかもしれません例えば、•共感させるのではなく、問いを生む•没入させるのではなく、距離を生む•快楽ではなく、違和感を提供するエンタメは感情に訴えるもの、という当たり前がある中で、“思考を動かすエンタメ”を作り上げる物凄いイノベーションに出会った時に、目から鱗が落ちて、これまでと世界の見え方が全く変わってしまうようなそんな体験設計だなあと思いました3、あらゆるものごとを異化してみる異化するとは、一言で言うと、ものごとをちょっとだけずらして見る、と言うことかなと思います• 毎日通る道を観光客として見てみる• 自分の会社を初訪問者として見てみる• 家族を“初対面の人”として見てみるそしたら初めて、気づいていなかったことに気づけるかもしれない本当は違和感なのに、当たり前になってしまったことに気づけるかもしれないそれは、イノベーションの始まりにつながるそんなことを思いました一言で言えば異化効果ノベーションそんな話をしています参考:音楽劇 コーカサスの白墨の輪 原作 ベルトルトブレヒト 上演台本・演出 瀬戸山美咲 出演 木下春香 眞島秀和 一路真輝 他 主催 公益財団法人せたがや文化財団 企画制作 世田谷パブリックシアター
福島・いわきの震災の時、コミュニティラジオ「FMいわき」のパーソナリティ、ベティさんの言葉に、私は深く心を揺さぶられました。(※番組内発言の要旨)「リスナーさんから本当に頑張れとか、いつも聞いてるよとか、頼りにしてるよとか、本当に毎日メッセージをいただいて、それを壁中に全部プリントアウトして貼って。疲れたらその前に行って読んで、よしって元気をもらって。パワーの源がそのリスナーさんからいただいたメッセージ。」(参考:NHK「新プロジェクトX〜挑戦者たち〜 命をつないだラジオ〜FMいわきの3.11〜」2026年3月14日放送)この言葉の中に、私は人間の関係性の本質を見た気がしました。私は3つのことを思いました。1、与えるだけで与えられている2、ギブアンドテイクの罠3、贈与が世界を回している⸻1、与えるだけで与えられているラジオは「与える側」です。しかし実際には、与える行為の中で、同時に受け取っている。そんな一面があると思いました心理学の自己決定理論(Deci & Ryan)では、人は「誰かに貢献している」と感じたとき、内発的動機づけが最も高まるとされています。つまり、与えることそのものが、最大の報酬になるイノベーターリップルモデルにおいても、自分のパッションから始まって、仲間とともに、みんなが喜ぶ大義を作っていくその大義でみんなが喜んでもらえた時に、自らのパッションにも、最大の報酬が与えられる、つまり、火が燃え盛ることになる、そんなふうに思います私がライブで歌う時に、1番の力になるのは、聴いてくれてるお客様の笑顔や応援です。それだけで、元気百倍になる。実は与えてるつもりが、与えられている。そんなふうに思います2、ギブアンドテイクの罠一方で、「与えたら返してもらう」という発想は、社会心理学でいう「社会的交換理論」に近い考え方です。人はコストとリターンを計算し、関係のバランスを取ろうとする。それこそが資本主義における合理性ですが、この枠組みに入った瞬間、全ての関係は「取引」に変わってしまう面があると思います。心理学のロバート・チャルディーニが示したように、返報性は「義務感」として働くとき、人を動かす一方で、自由を奪う側面もある。という恐ろしい一面としての罠があると思います関係性をどんな関係性にしておきたいのか、それを意識することがとても大切だなあと思いました⸻3、贈与が世界を回している文化人類学者のマルセル・モースは『贈与論』の中で、「贈与は無償ではなく、社会関係を生み出す力である」と述べています。さらに哲学者のジャック・デリダは、「純粋な贈与とは、見返りが意識された瞬間に成立しなくなる」と指摘しています。つまり、贈与とは、交換でも無償でもない、関係性そのものを生成する行為なのだとベティさんたちのラジオは、返してもらうためでもなく、義務でもなく、ただ「届けたい」という行為だった。しかしその結果として、強い関係性と循環が生まれていた。それが、ベティさんにも、リスナーにも、力を与えていたこの「贈与の循環」をいかに設計できるかというのは資本主義だけでは捉えきれない価値として、これからのイノベーションの鍵になり得る話なのかもしれないなあと、そんなことも思いましたということで、一言で言えば与えると与えられるノベーション取引だけではない、そんな関係性を創造する、そんな仕組みづくりができないものかそんなことを考えさせてくれましただからこそ私は、こう問い続けたいと思います。「それは取引か。それとも贈与か?」と。参考:NHK 新プロジェクトX〜挑戦者たち〜命をつないだラジオ~FMいわきの3.11~ 3月14日(土)
芸術家 岡本太郎 さんが、ピカソに出会い衝撃を受けて語った言葉に、深く感動しました。曰く「もし感動したらそれを乗り越える。僕はよくアンチピカソっていうこと言う。それはピカソに感動してるから、それを乗り越えなきゃいけない。」(参考:NHK 日曜美術館 日美50特別アンコール「私とピカソ 岡本太郎」2026/3/15)この言葉の中に、私はイノベーションの本質を見た気がしました。私は 3つのことを思いました。1、創造とは「憧れ」を超えること2、「否定」は「進化」につながる3、イノベーションは「衝撃」から始まる⸻1、創造とは「憧れ」を超えること私は学生時代、ハードロックやプログレにめちゃくちゃハマって、ギターや歌をたくさんコピーしていました。そのうちに、自分でも曲を創りたいと思うようになり、オリジナル曲を創っては、みんなに聴いてもらいたい。そんな風にのめり込んでいきました。でも、ハードロックやプログレに対してアンチだったかというと、まったく逆で、むしろ 憧れの存在として君臨していた という感じでした。だからこそ、岡本太郎さんの「感動したら乗り越える」という言葉には衝撃を受けました。哲学者ニーチェは『ツァラトゥストラはこう語った』で「人間とは、乗り越えられるべきものである。」と語っています。人間の本質とは超克(Überwindung)・乗り越える・更新する・自分自身を破るという運動なのだと言われています。岡本太郎さんの「アンチピカソ」という言葉は、まさに 自らの超克 だったのかもしれないなと思いました。まず感動する。そして「自分ならどうするんだ」と問い続ける。敬意を持ちながらアンチを宣言する。そこに私は ロックスピリッツ を感じました。⸻2、「否定」は「進化」につながるそう考えると、「アンチ」という言葉は、単なる敵対や否定ではないのかもしれません。イノベーションとは、現状の当たり前を疑うことでもありますし、哲学もまた「本当にそうなのか」と問い続ける営みです。つまり 否定は創造のエンジン とも言えるのではないでしょうか。アイディエーションの場では「心理的安全性を確保して、出てきたアイディアは否定せず、どんどん乗せていこう」という考え方もあります。それも一つの大切な形だと思います。ただ、否定そのものを否定してしまうと、実はバイアスを壊すことはできないこともあるのではないでしょうか。否定的な意見もどんどん出せる。それでいて共感もしまくる。そんなフラットな環境こそが、本当の意味で心理的安全性のある世界で、創造的な環境なのかもしれないなあと改めて思いました。岡本太郎はピカソを乗り越えようとした。アンチとは破壊ではなく次の創造の入口 なのだと思います。⸻3、イノベーションは「衝撃」から始まる科学哲学者 トーマス・クーン は『科学革命の構造』の中で科学は・通常科学・矛盾の蓄積・パラダイム転換によって進むと説明しました。つまり科学は、純粋に合理的に進むわけではなく・世代交代・思想の衝突・新しい視点によって進むというのです。既存の世界観が壊れた瞬間に新しい世界が始まる。岡本太郎がピカソに出会った瞬間は、まさに 芸術的パラダイム転換 だったのではないかと思います。そしてその衝撃が、岡本太郎さんにとっての 芸術の爆発の瞬間 でもあったのかもしれません。ピカソはアフリカ芸術から着想を得たと言います。そして岡本太郎は、そこから縄文文化への着想につながり、太陽の塔のような唯一無二の表現を生み出したのかもしれません。⸻例えば、人が本当に偉大な人に出会い、衝撃を受けたとき・信者になるか・挑戦者になるかその選択があるのかもしれないなと思います。岡本太郎は 後者 を選んだ。だからピカソのフォロワーではなく岡本太郎というジャンルを生み出したのだと思います。もしかしたらイノベーションとは憧れを超えようとする勇気なのかもしれません。一言で言えばアンチノベーションそんなことを思いました。参考:NHK 日曜美術館 日美50特別アンコール「私とピカソ 岡本太郎」2026/3/15
歌舞伎役者の 中村獅童 さんが、映画で人気を得て、歌舞伎でも主役を張れる役者になろうと必死に挑戦していた頃、十八代目 中村勘三郎 さんからこんな言葉をかけられたそうです。曰く「あなた、映像・映画であれだけの芝居、心で演じることができる役者なんだから。歌舞伎で型がある世界だって、今はできないかもしれないけど、必ずできるようになるから。型をやろうやろうとして気持ちが入らなくなっちゃうんだったら、型なんか今はどうでもいいから、心でがむしゃらに演じられる役者、思い切ってやってくれ。」(参考:NHKアカデミア「中村獅童(後編)」2026年3月11日放送)この言葉の中に、私は創造の本質を感じました。私はここから、三つの気づきを頂きました。1、創造は「がむしゃら」から生まれる2、「型破り」は型を極めた人にしかできない3、イノベーターは「人の可能性」を信じられる1、創造は「がむしゃら」から生まれるイノベーションプロジェクトでも、ビジネス創発でも、様々なフレームや、アクセラレーションの代表的な型があって、まずはその型にはめながら議論を進めましょうとかそのためには、まずは、その型をきちんと理解して、使いこなせるようになりたい、というようなお話を伺うことがありますが確かに型はとても整理されていて、効率的に進めやすいとは思いますが、それをやったからといってイノベーションや、ビジネスを起こせるわけではないということに、とても似ている気がしました哲学者 フリードリヒ・ニーチェ が「人は自分の中に混沌を持たなければ、踊る星を生み出すことはできない。」(出典:『ツァラトゥストラはこう語った』)と言われているように、まだ整理されていない感情や衝動、葛藤こそが、新しいものを生み出すエネルギーになるので勘三郎さんが言った「心でがむしゃらにやれ」という言葉は、まさにこの混沌の力を信じる言葉だったのだと思いました。私はパッションや情熱の源という言葉を使いますが、新しい物事を始める時には、もちろん型も大事です。しかし自分の心の中にある、説明できないけれども、ほと走る思い、これがないと、新しいことはなかなか前に進められない、そんなことをがむしゃらという言葉で、言ってくれた、そんな気がしました2、「型破り」は型を極めた人にしかできない世阿弥 の有名な言葉として「型を極めて型を破るを型破り。型を知らずして破るを型無し。」(出典:『風姿花伝』)というのがありますが、 • 型を知らずに自由にやる → 型無し • 型を極めた上で新しい表現を生む → 型破りなので、まずは型を習得することがとても重要で、そこから守破離として、独自の型を創造していくというのが、やはり王道なのだと思います型に縛られて魂がどこかに行ってしまってもダメだし、型を習得せずに自由にやってもいけない両方がとても大事だということなのだと思いますそして、初めて創造はその先に訪れる、勘三郎さんは「型なんかどうでもいい」と言いながらも、その先には必ず 獅童さんが、型に到達する未来 を見ていたのだと思いました3、イノベーターは「人の可能性」を信じられるもう一つ、私は、勘三郎さんのリーダーシップ の素晴らしさを感じました18代中村勘三郎さんといえば、平成中村座という、江戸時代の仮設芝居小屋を再現して、客席との近さだったり、お弁当売りだったり、さらには、海外への進出など、イノベーターの真髄のような方ですが中村獅童さんへの、この言葉が、今でも獅童さんの心に残っているということは、文字通り、型どうりの育て方というよりも、獅童さんの 心で演じる力 を見抜いていたのかなとも思いましたつまり、ある意味、型ではなく、人の可能性 を信じた。ビジネスの世界では、例えば、王道ビジネスモデルが一つの型とするとそれよりも、そこにいるメンバー、つまり、人に焦点を当ててみている、ということかと思いますそれは、ベンチャーキャピタルが、出資先を見る際に、ビジネスモデルよりも、誰が何故やろうとしているのか?をまずは見ようとしている、そんなことにも通じるような気もしました実はこれは、イノベーションを起こすリーダーの共通点なのかもしれないなあと思いましたということで、一言で言えばがむしゃらノベーションそんな話をしています^ ^参考:NHKアカデミア「中村獅童(後編)」2026年3月11日放送
日本酒の獺祭は世界的なブランドへ上り詰めていますが、その桜井博志会長の言葉から、これからのイノベーションに大切な考えをいただきました。曰く「日本酒ってやってみればやってみるほど手間をかけなければいい酒にならない。手間をかけて物を作っていくといいものができるというのは、人間にとって優しいんですよ。だってそれだけ人間がいるんだ。これがちゃんと理解してもらえないと将来はないと思います。」(参考:テレビ東京「カンブリア宮殿」2026年3月12日放送「放送20年の総決算スペシャル月間 第2弾 “ニッポンの食”グローバル化の未来」)この言葉に、私は思いました。1、人間の手間が価値を生む2、手間は「優しさ」である3、産業は人の生きがいをつくるためにある1、人間の手間が価値を生む技術の進歩があるから新たな価値がさらに創出される。そして、DXやAIが登場してきて「いかに効率化するか」「いかに手間を減らすか」事実、獺祭は、実はものすごく詳細なデータ分析をされているということにも、めちゃくちゃ驚きましたしかし、お酒の世界は、最終的には、人間には勝てないんだ、という会長の言葉に、衝撃を受けましたどんなに技術を導入しても、手間をかけないとお酒は良くならないつまりこれは「人間の関与が価値を生む」という世界が、歴然と存在しているのだと思いました。哲学者のハンナ・アーレントは「人間の活動の価値は、労働そのものの中にある。」(『人間の条件』)と言われましたがつまり、これは、人間が関わるプロセス自体が大きな価値であるということ。これは、これからのイノベーションも同じで、単にAIや技術を導入するだけではなく、そこから、人間の関わり方をどう設計しなおすのかそこに本質がある気がしました。2、手間は「優しさ」である手間=優しさというのも、衝撃の言葉でした。ライフワークバランスなどを考えたら、できるだけ仕事の手間は減らして、自分の時間、または創造的な時間に使いましょうみたいなことが、一見正しいことに思えますが、実は全く反対の側面もあると社会学者のリチャード・セネットは「よい仕事とは、物と人に対する注意深い関係から生まれる。」(『クラフツマン』)と言われていましたが、それはある意味、効率化とは真逆の関係性にもなりうることもあるなと実は、人が手間をかけるからこそ、サスティナブルであり続けるという観点もあってもいいのかもしれないそして、その手間は、特に、人の感性や感情へ働きかける価値を作る際には、実は、目に見えてないようで、間違いなく感じさせてくれる生産活動においても、手間は、人に優しいし、創り上げる価値においても、とても人に優しいものになるそれは忘れちゃいけないなと思いました3、産業は人の生きがいをつくるためにある経済学者のE.F.シューマッハーは、「生産は人間を不要にするためではなく、人間を生かすためにある。」(『スモール・イズ・ビューティフル』)と言われていました。つまり、産業における生産活動は、人を減らして効率化して利潤を稼ぐのも重要ですがしかし同時に、人が生きるためにあるもっと言えば、生きがいを作るためにあるという考え方もあるなあと改めて忘れちゃいけないと思いました。そいう意味で、イノベーションは人間が関わる意味を作り直すことこれからは、そこも大切なポイントなのではないかと、思わせていただきました。手間をかける。人が関わる。人の手が残る。技術が進む時代だからこそ、人間の手間の価値を、もう一度考えたい。それが、これからのイノベーションなのかもしれません。一言で言うと、手間の価値ノベーションそんな話をしています^^(参考:テレビ東京「カンブリア宮殿」2026年3月12日放送「放送20年の総決算スペシャル月間 第2弾 “ニッポンの食”グローバル化の未来」) https://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/smp/backnumber/2026/0312/
「風の電話」という電話ボックスがあります。電話線はつながっていません。でも、その電話は世界中の人とつながっています。亡くなってしまった人。今はもう会えない人。あるいは、生きているけれど、どうしても言えないことがある人。そんな人に話しかけるために、多くの人がこの電話を訪れます。今では海外からも人が訪れるそうです。この電話を取材されたNHK番組ディレクターの 伊藤麻衣さん の言葉が、とても印象的でした。「あのボックスだと2人きりになれる。電話だと一対一で話すから、他の人にも聞かれないし、生前とまったく行為が一緒だから、今もいる気がするっていうふうに言ってたのがすごく印象的で」(参考:NHK「週末のNスペは…それからの、風の電話」2026年3月7日放送)この言葉の中に、私はイノベーションの本質を見た気がしました。私はそこから3つの気づきを思いました。1、見えないから「いる」と思える2、繋がってないから繋がっている3、思いは時空を超える1、見えないから「いる」と思える普段、私たちは見えるものだけを現実だと思いがちですが哲学者 マルティン・ハイデガー は人間の存在についてこう言っています。「人間は世界の中で、すでに関係の中に投げ込まれている存在である。」(『存在と時間』)つまり、人間は物理的な存在だけで生きているのではなく、関係性の中で存在しているということかなと思いますだからこそ、姿が見えなくても関係が残っていればその人はまだ「いる」。風の電話は、この 関係の存在 を思い出させてくれる装置なのだと思いました。イノベーションも同じで、新しい価値は、見えるものからではなく見えない関係性そこを如何に捉えていくか?から生まれることもあるなあと思いました2、繋がってないから繋がっている電話線はつながっていません。でもその電話は世界中、さらには、全宇宙、もっと言えば、現世を超えた場所ともつながっています。ここに、デザインの本質を感じました。デザイナー 佐藤卓さん は、こんなことを言っていました。「ありとあらゆるものは、人に届くとき必ずデザインを経る。」(NHK「最後の講義」)つまり、デザインとは形を作ることだけではなくいろんなものや、ことの、意味をつなぐこと、だと言ってもいいのかなあと思いました。風の電話は、通信機能はありませんがでも • 電話ボックス • 受話器 • 一対一の空間この 行為のデザイン によって、つながっていないものをつなげる意味を持たせることができる。技術はゼロでも意味は最大。ここに、イノベーションの面白さがあるなあと、改めて思いました。3、思いは時空を超える芸術家や哲学者は、昔から「思いは時間を越える」と言い続けてきましたように思います。詩人 リルケ はこう書いています。「愛する者は、死者であっても私たちの中で生き続ける。」(『若き詩人への手紙』)人間の記憶や感情は、時間に閉じ込められません。だからこそ、亡くなった人にも電話をかけることもできる。そしてそれは、ただの感傷ではなく人間の精神の構造そのものなのかもしれないと思いました。我々は、いろんなものや人の、かけらでできている。だからもしかしたら、そのかけら達と、改めて会話をしているのかもしれないなと。これまで、接続できなかった、かけらたちと、新しいつながる意味を与えることで、改めて会話をすることができるようになるのかもしれないなと。このイノベーションは人の心の奥にあるかけらの関係を、そっとつなぎ直すことなのかもしれません。風の電話は、そんなことを教えてくれるとても静かでとても深いイノベーションなのだと思いました。一言で言えばつながっていないからつながるノベーションそんな話をしています参考:NHK 週末のNスペは...それからの、風の電話3月7日(土)
山崎豊子さんの命を賭けたと言われる名作、大地の子の、舞台を観て、心から魂が打ち震えました私は以下のことを思いました1、我々は誰の子なのか?2、我々はどこに還るのか?3、共感力を発動させられるか?1、我々は誰の子なのか?この大地の子と言うタイトルは、本当に深く考えさせられましたどの国に生まれ、どの国に育ち、誰から生まれ、誰に育てられたのか?それは、そんなに大切なことなのか?と思ってしまいました私は世界20都市でオープンイノベーションコンテストを主催してきて、5大陸を巡りながら、様々な国の人たちとお会いして、お食事をして、ビジネスについてたくさんお話ししできましたその時に感じたのは、どの国の人でも、どんな風習、風土の人たちでも、みんな話せばおんなじなんだなということでしたもちろん、国があって、風土が違って、文化が違って、それがとても面白いと思います。そしてみんなが、大地は1つ。自分が大地の子であると、思えればだなぁと思いました。2、我々はどこに還るのか?大地から生まれた子は、大地に還る。そしてその大地から、草木が生まれて、花が咲いて、虫が集う。そこに動物たちも集って、いつしか木々が育って、森になる。その森から生まれた恵みを、大地の子が頂いて、恋に落ちて、新たな生命が生まれて、そして大地に還っていく。そんな当たり前のことを、想像するだけで、とても幸せな気持ちになれるような気がしました人は1人で生まれて1人で死ぬのだそれは真実だと思いますが、全てが繋がっていることも、真実だと思いました3、共感力を発動させられるかイノベーションを行う上では、共感力がとても大切と言われますデザインシンキングをする時にも、そこに本当のペインのある人をいかに炙り出せるか、が求められると思いますコンサルをしていた時には、「それで、お前は、実際に現場でユーザーになったのか?!」とよく怒られましたユーザーヒアリングをして、机上で付箋紙を貼って、ホワイトボードに書いて、議論をしているだけでは、とてもじゃないけど、本当の痛みは、わからないよなあと、限界を感じることがあります今回、舞台を見させていただき、奈緒さんの鬼気迫る叫びと、そして無感情と、その起伏に、まるでその時代のその場に居合わせているかのような、思いを味わいました演劇は、その時その場の感情を、ある意味、本当のこと以上に、真実に近づくことができるのだなあと、思ってしまいました哲学者リチャード・ローティは、小説や物語が、人の痛みを理解する力を育てる「感情教育」の役割を持つと語っています。まさにそんな感じを覚えました。山崎豊子さんは、本小説を書くために、現地現場に赴き、何人もの現人にインタビューをして、真実を炙り出そうとしたそうです畑村洋太郎さんの言われる、三現主義そのものだと思いますイノベーションにおいても、三現主義、そして、他の人々に、共感力を発動させるための伝え方、これがとても大切だと思い知りましたということで一言で言えば大地の子ノベーションそんな話をしています参考:舞台 大地の子 原作 山崎豊子『大地の子」脚本•マキノノゾミ 演出・栗山民也 出演 井上芳雄 奈緒 上白石萌歌 ほか 主催・制作 明治座 東宝























