DiscoverBOOK 沼 RADIO
BOOK 沼 RADIO
Claim Ownership

BOOK 沼 RADIO

Author: BOOK 沼 RADIO

Subscribed: 2Played: 30
Share

Description

「BOOK 沼 RADIO」は、オカ・コン・カフカの3人が、毎回、1冊の書籍を取り上げ、そこから生まれた問いに対して、具体と抽象を行き来しながら、答えを出そうとする。そんな対話番組です。3人で思考の沼を楽しんでいきます。
Notionページ→
https://tricky-wallaby-04e.notion.site/BOOK-RADIO-1ec73bca327f4adca851a40ab543134a?pvs=4

毎月第二、第四日曜日に更新予定。
69 Episodes
Reverse
今回取り上げる書籍はカン・ハンナ著『コンテンツ・ボーダーレス』。オカさん復帰回!本書によれば、“あなたらしい”コンテンツこそが、より多くの人に届く。そこで“あなたらしさ”の見つけ方について、3人で話していきます。 ・日本らしさは余白の美しさ ・ニンジャやサムライは“らしい”けど刺さる部分が狭い? ・孤独のグルメは“らしい”かつ“余白がある” ・“らしさ”は世界観なのでは? ・オカの好きな世界観は“Eテレ” ・「〜み」と言われて何が嬉しい? ・カフカの好きな世界観は“ドラクエ” ・“ドラクエ”と何かを組み合わせよう! ・ビジュアルボードを作る意味 ・掛け合わせた“世界観”は外から繋がってくる
今回も取り上げる書籍は『熟達論』。#13に引き続き、naomiさんがゲスト。 イシューは「アスリートにコーチは必要なのか?」 本書における「観」のフェーズでは、自分自身と向き合う内省の時間が大事 さらに為末さんはセルフコーチングを貫かれたそう。 3人ともアスリートにコーチだと思う。ではなぜ必要なのか?話していきます。 ・アスリートにおけるコーチの役割とは ・カフカの先輩の話 ・コーチの役割はコーチングとマネジメントがある ・アスリートは孤独 ・naomiが合気道歴20年で気づいたこと ・アスリート側とコーチ側の課題 ・カフカのアスリート人生と受けたコーチング ・中村天風は自分のメンターに出会えなかった ・人として好きになることから始まる ・人との出会いは運
今回も取り上げる書籍は『投資家みたいに生きろ』。#12に引き続き、みづゐさんがゲスト。 本書では自己紹介すらも投資になると言う。 では、良い自己紹介ってどんなものなんだろう?という問いを3人で対話していきます。 ・自己紹介の苦い思い出 ・良い自己紹介は良い引っ掛かりを生む ・行動を現在、過去、未来の順で話す ・どういうキャラとして認識してほしいのか? ・今好きなことを言ってみる ・周囲とのギャップを意識してみる ・記憶に残る自己紹介をしてみよう
今回取り上げる書籍は藤野英人著『投資家みたいに生きろ』。(ゲスト:みずゐさん) 本書によれば、すべての行為の前に「これって投資?それとも浪費?」と自問自答せよ、とのこと。 投資は未来に向けられている。一方、浪費は現在を向いている。 でも、浪費には良い浪費と悪い浪費があるのでは?そんな話をしています。 「馬とジョッキー」「ラーニングパレット」「美意識」「スノードーム」など、今回は補助線多め。
今回取り上げる書籍はジリアン・テッド著『アンソロ・ビジョン』。 本書によれば、アンソロ・ビジョン(人類学的視点)を持って「インサイダー兼アウトサイダー」になることを目指すべし、とのこと。 でも、我々は人類学者のように見知らぬ土地に行ってフィールドワークをすることは難しい。 そこで今回は、様々な切り口で「インサイダー兼アウトサイダー」になる方法を探っていきます。 ・日本→アメリカ→日本への転居による違和感 ・まずはプチインサイダーとプチアウトサイダー目指せ! ・インサイダーになりやすい人とアウトサイダーになりやすい人 ・両極のどちらかに居続けるのは危険? ・身体性を持って没入して、複数の場所にインサイドしていく
今回も『独学の地図』を取り上げて、「2ミリの学びの削り出し」の楽しみ方について語っています。 ・「2ミリの学び」を楽しむコツは対話にあり! ・『独学の地図』は果たしてマッチョ本なのか? ・学びはふわふわと浮かせる必要がある ・“それっぽいまとめ”にならないコツ そんな内容を3人で語っています。
第6回目。今回も引き続き、クレイトン・M・クリステンセン著『イノベーション・オブ・ライフ』を切り口に、個人や組織で「計画通りにいかない場合に”やめ時”をどう判断するか?」を考えていきます。 キャリア、プロジェクト、読書、サブスク、人間関係。。。“やめること”はとても難しい。なので3人それぞれの視点から“やめ時”や“やめ方”について探っていきます!
第5回目の今回は、クレイトン・M・クリステンセン著『イノベーション・オブ・ライフ』を切り口に「意図的戦略と創発的戦略のバランス」について話していきます。「意図的戦略」とは最初から逆算で考えられた戦略、「創発的戦略」とは行動して結果として起こった問題や機会に対処する中で、形成される戦略のこと。良いキャリアを築く上ではどちらも大事。あなたはどうバランスをとっていますか?
第4回、取り上げた書籍は引き続き『失敗の科学』(マシュー・サイド著)。 3人それぞれの「失敗の線引き」について語るはずが、お互いの「失敗の定義」が違っていて、話がなかなか噛み合わない。。 番組のコンセプトからは外れてしまったけれど、お互いの価値観に気づくのも対話の醍醐味。 あなたはどこからが「失敗」だと思いますか?
第3回、取り上げた書籍は『失敗の科学』(マシュー・サイド著) 組織や個人は失敗を経験しても変わることが出来ない場合がある。それはなぜなのか?conさんの経験をきっかけに対話していきます。
第2回、取り上げた書籍は引き続き『思考の整理学』(外山滋比古著)。 話題の「ChatGPT」をテーマに“対話の本質"について対話していきます。
第1回、取り上げた書籍は『思考の整理学』(外山滋比古著)。書籍に登場する「三人会」をテーマに“思考が深まる対話の条件とは何か?”について対話していきます。
今回は、コンの選書。『母という呪縛 娘という牢獄』を取り上げます。本書は、2018年に滋賀県で起きた、9年もの浪人生活を強いられた娘が実の母を殺害・遺棄した実在の事件を、記者による取材と被告となった娘の手記から解き明かしたノンフィクションです。「母娘の共依存と支配」「教育虐待」「心理的な逃げ場のなさ」。傍目には逃げ出せるように見えても、当事者の心の中では「母を殺すか、自分が死ぬか」しか選択肢がないと感じるほど煮詰まった「牢獄」の闇について描かれています。親による「過度な同一視」。母自身の不遇な生い立ちやコンプレックスを埋めるために、娘を「自分自身」だと思い込み、支配を強めていった歪んだ愛情の形とは。この回では、親の意向と自分の意志の狭間で葛藤した過去を持つコンの実感を交えて話しています。特に、「愛情の裏返し」という名目で正当化される支配の残酷さや、誰もが一歩間違えれば「異常」とされる世界線に入りうる危うさについて深く語り合います。 最終的に、私たちは「他者を自分とは別の人間としていかに尊重し、理性で支配欲を制御し続けるか」という、家族関係の深淵にある問いに立ち返ります。
今回は、オカの選書。漫画『本なら売るほど』を取り上げます。「本をテーマにした漫画」といえば、名著の素晴らしさを語り合ったり、読書の崇高さや楽しさをキラキラと描いたりするものが一般的。しかし本作は、古書店を舞台に「本を手放す人々」や、必ずしも本を読み通せない人々の姿を描き、本と人との関わりが決して綺麗な側面だけではないというリアリティを肯定してくれています。そこで今回は「読書への罪悪感」をキーワードに、3つのトピックを中心にお話ししました。まず、本を読まない「本好き」の存在について。内容よりも本の情報や流通が好きだったり、買って満足してしまう「積読派」や、読んでいて寝落ちしてしまう人など、完璧な読書家ではない人々の心情を肯定する視点について。 次に、読書につきまとう「高尚さ」の呪縛について。本は綺麗に扱わねばならない、最後まで読まねばならないというプレッシャーと、そこから解放されて自由に(書き込みをしたり、途中でやめたり)本と付き合うことの豊かさ。最後に、本のある空間の居心地の良さについて。コンの祖父の書斎の原体験や、カフカが感じる書店の安心感など、読む行為そのものよりも「本に囲まれる」こと自体が持つ、癒やしの効果です。この回では、「積読」に引け目を感じていたオカが本作に救われたエピソードや、アスリート時代のカフカが「読めない時期」に感じた葛藤、そして図書館や書店に見える「人の生活」を愛するコンの感性を交えて議論します。 特に、「読書はオン(頑張る時)にするものか、オフ(休む時)にするものか」という問いや、本を崇高なものとして扱いすぎない「生活に溶け込んだ読書」のあり方について語り合います。 最終的に、私たちは「知識を得るための読書ではなく、ただその時間を味わうための読書とは何か」という、本との幸福な距離感を問う議論に立ち返ります。
今回は、カフカの選書。森下彰大さんの著書『戦略的暇 人生を変える新しい休み方』を取り上げます。スマホの登場以来、私たちは常に何かに接続し、隙間時間を埋めることに躍起になっている。しかし本書は、デジタルデバイスへの「依存」から「共存」へとシフトし、意識的に「暇」を作り出すことこそが、脳のパフォーマンスを高め、人生を豊かにすると説いています。今回は「良質な暇」をキーワードに、3つのトピックを中心に展開しました。 第一に、「良質な暇」と「悪質な暇」の違い。単なるうさ晴らしやSNSによるドーパミン消費(悪質)ではなく、軽い運動や瞑想、創作活動など、脳のデフォルト・モード・ネットワークを整える活動(良質)の重要性について。第二に、現代を覆う「ナウイズム(今至上主義)」の弊害。SNSのタイムラインや即時的な成果に追われ、過去に学び未来を構想する「長い時間軸」での思考が失われている現状への警鐘。 第三に、反射から内省への転換。情報は「反射」的に消費させるように設計されています。そこから距離を置き、五感や身体感覚(内受容感覚)に耳を澄ませる時間の必要性を話しています。最終的に、私たちは「空白の時間を恐れず、いかにして自分自身との対話を取り戻すか」という、デジタル社会におけるウェルビーイングの問いに立ち返ります。
今回は、conの選書。岩宮恵子さんの著書『思春期センサー 子どもの感度・大人の感度』(岩波書店)を取り上げます。大人にとって、かつての自分の記憶を頼りに語ってしまいがちな「思春期」。しかし本書は、時代や環境の変化に伴い、現代の思春期の子どもたちが感じている世界は、大人の想像とは大きく異なることを示唆しています。「思春期センサー」という独特な感性をキーワードに、現代の思春期を取り巻く環境の変化として、主に3つのトピックが挙がりました。 ・SNSの普及により「逃げ場がない」状況が生まれていること。・「いつメン(いつものメンバー)」という独特な人間関係の在り方。・自分の感情や状況を説明するための「言葉」をまだ持たない子どもたちと、自身の経験則で「分かった気になってしまう」大人との間にある決定的なズレ。今回は、これから思春期の子どもに向き合うことになるconの実感と、自身の高校時代を振り返りながら「センサー」の働きを議論します。 「悪いことだと分かっていないのではなく、断るための言葉を持っていないだけ」という視点や、大人が自身の過去の経験をそのまま当てはめることの危うさについて深く語り合います。最終的に、私たちは「大人になる過程で弱まっていく『センサー』の存在を認め、いかにして『分かった気にならず』に他者の痛みを想像するか」という、世代を超えた対話の問いに立ち返ります。
今回は、オカの選書。 澤田智洋さんの著書『人生にコンセプトを』(ちくまプリマー新書)を取り上げます。 一般的に「コンセプト」といえば、ビジネスにおいて競合と差別化し、市場でポジションを獲得するための「戦略」を指す言葉として使われます。 しかし本書は、そうした「勝つための戦略」ではなく、社会から「浮いてしまっている」状態を肯定し、その違和感に名前を与えることで自分を支えるための「コンセプト」の重要性を説いています。著者の澤田さんは、自身の「運動音痴」という弱さを逆手に取り、誰もが楽しめる「ゆるスポーツ」を生み出した経験などを背景に、コンセプトを持つことの意義を語ります。 本書によると、夢は「目的地」であり、コンセプトは武士道や茶道のような「道(スタンス)」。子育てなどを経て、ポジティブな生き方が難しいと感じているオカの個人的な葛藤と、モヤモヤから始める本書のアプローチを重ね合わせながら議論を展開します。特に、社会的に評価される「A面(表題曲)」のような自分だけでなく、悩みや弱さを含んだ「B面(カップリング曲)」のような自分こそが、その人のアイデンティティや深みを作るという「人生のB面」論について語り合います。最終的に、私たちは「解決できない悩みや弱さを否定せず、いかにして人生の味わい深さに変えていくか」という、成熟した生き方の問いに立ち返ります。
今回は、カフカの選書。 2015年に初版が刊行された『物欲なき世界』を取り上げます。 かつての日本では、良い家、良い車、ブランド品といった「物」を持つことが豊かさの象徴でした。 しかし本書は、物を持つことが幸せの条件ではない社会の構造を描き出し、若者を中心にもはや物を所有することが幸せの条件ではない社会が到来しつつあることを予言しています。社会構造の変化の背景として、著者の菅付さんは主に3つの理由を挙げています。第一に、情報が多すぎることによりブランド品のような分かりやすいステータスの価値が相対的に下がったこと。第二に、SNSやゲームなど、お金をほとんど使わずに満足できる別の快楽が増えたこと。そして第三に、物よりも物語、体験、関係性(例:推し活やオンラインコミュニティ)といった、別のものに人々が価値を見い出すようになったこと。これは、現代社会が「定常型社会」(脱成長に近い)にあり、成長に代わる価値や目的を見つける必要性を示唆しています。この回では、資本主義の中で働きながらも「それでいいのか」という問いを持つカフカの個人的な葛藤と、脱資本主義の理想像として描かれたポートランドが現実には困難な状況にあるという考察を対比させながら、「物欲なき世界」の実現が資本主義との共存という点でいかに難しいかという問題を深く議論します。最終的に、私たちは「時間とお金とリソースを何に投資すれば幸せになれるのか」という、極めて抽象的で普遍的な問いに立ち返ります。
今回は、conの選書。2023年に出版された『ケアしケアされ、生きていく』(著者:竹端寛)を取り上げます。「ケア」と聞くと、あなたは誰かが“する側”あるいは“される側”という、一方向の関係を想像しがちかもしれません。たしかに、物理的なケアや心のケアというイメージがしっくりきやすい。しかし本書で竹端さんが深く掘り下げるのは、ケアが「する/される」の二極で完結するのではなく、むしろ互いに入り混じりながら交互に行き来する関係性である、という視点です。社会福祉学者であり大学教員である竹端さんは、自身の子育て経験を通じて、「仕事に全力を注ぎ続けられない状況」や「自分がケアされる側になる経験」をまざまざと感じ、その体験をもとにケアの概念を問い直します。この回では、「なぜ現代社会では“迷惑をかけてはいけない”という意識が強くなりがちなのか」「ケアを提供すること・受け取ることのどちらにも難しさが生まれるのはなぜか」という問題を、3人のリアルな経験や社会の構造の観点から議論します。
今回はゲストのいっちーさんの選書。・死刑囚となった女性をその周りの人々の視点から描いたミステリー小説。・イノセント、無垢すぎた主人公は他者の悪意に気づかなかった。・見えてるものをそのまま信じていないか?人は見たいものしか見ない。・相手の受け取り方が怖くなる。・言葉に繊細か、ことばに繊細か。・言わなきゃよかった、と思うか思わないか。・おしゃべりマシーンはやめられない。・いらんことを言ってしまう、その根源的な欲求とは?・ロッキード事件を調査した結果、結局、「空気」がそうさせた。・一周回ってケアが大事?
loading
Comments 
loading