DiscoverPLENUS RICE TO BE HERE
PLENUS RICE TO BE HERE

PLENUS RICE TO BE HERE

Author: J-WAVE

Subscribed: 21Played: 327
Share

Description

この番組は作家・文献学者の山口謠司が、日本の食文化を通して全国各地で育まれてきた“日本ならではの知恵”を紐解くポッドキャストです。(FMラジオ局 J-WAVE 81.3FM では毎週月曜日から木曜日11:40〜11:50にオンエア中。)



595 Episodes
Reverse
先日、石川県加賀市で、かつての教え子にお願いして講演会を開きました。書家の彼は、一緒に行ったお寿司屋さんで出されたお刺身がのった「九谷焼」のお皿を見て、こんなことを言いました。「なんとお刺身の映えるお皿でしょう」と。この時「器は味を変えている」と思いました。着るものによって人が変わるように。日本には磁器の文化と陶器の文化があります。磁器は冷えやすく温度がすぐに変わるので、冷菜や酢の物、お刺身などに向いています。陶器は熱を抱えてゆっくり温度を下げるので、煮物や汁物など優しく温かさを届けてくれます。SNSなどの写真を眺める時、どういう器に盛り付けられているのかなどを注意してみるのも楽しいです。味の世界、器の世界は無限の組み合わせが可能です。この組み合わせを楽しむのも新しい料理の楽しみ方です。
ちゃんぽんという言葉は、「混ぜる・混合する」という意味があります。今でも長崎では「何でもちゃんぽんにすればよかたい」といった言い方が残っています。組み合わせによって味の方向が決まります。ローリエを入れればフレンチ風、トマトならイタリアン、だしや味噌なら和風といった具合です。最近はその手助けをしてくれるのがAIです。冷蔵庫にある食材を伝えると、和風・洋風などの提案をしてくれて、料理の幅が広がる。特に年配の方から「料理が楽しくなった」という声も増えています。長崎の丸山にある「花月」では、幕末の志士たちが卓袱料理を囲みました。和洋中が一つのテーブルに並び、皆で分け合うそのスタイルは、まさに“ちゃんぽん”。異なるものを混ぜることで新しい価値が生まれる。その発想は、これからの季節、新しい一歩を踏み出すヒントにもなりそうです。
東京・丸の内といえば、老舗の社交場「東京會舘」。そして東京會舘といえば、名物のコンソメスープです。スーパーで見かける顆粒のコンソメとは違い、本来のコンソメは、牛肉や鶏肉のブイヨンにさらに肉や野菜、卵白を加え、丁寧に澄ませて作る琥珀色のスープ。東京會舘では、このスープを完成させるのに三日間をかけます。ブイヨンを作り、素材を加えて煮込み、布でこして澄ませる。その工程を繰り返しながら、余分な脂や雑味を取り除き、素材の味が完全に調和した一杯へと仕上げていくのです。丸の内で味わう一杯のコンソメ。その言葉の意味を知って飲めば、なぜ人がここに集まり、共に食事をするのか。その理由まで、伝わってくるかもしれません。
千代田区丸の内には1丁目から3丁目までありますが、何世帯何人のかたが暮らされているかご存知ですか? ちょっと驚くかもしれません。この丸の内の名前がついた地下鉄「丸ノ内線」(地下鉄はカタカナの「ノ」)の「赤い色」。英語では「スカーレット」と呼ばれる赤。なぜこの色になったのか?そしてスカーレットの赤は、厚切りのフィレミニヨンの柔らかな赤身もイメージさせて、ステーキを食べたくなります。さらにこの赤は、シャーロック・ホームズが初登場した名作「緋色の研究」(原題「A Study In Scarlet」)も思い出させます。コナン・ドイルは「スカーレット」に、シャーロック・ホームズの「熱い探究心」をタイトルに込めたと言われています。丸の内を起点にして次々とイメージされたことで、「丸の内」は探究心を刺激する場所になっています。
フライドポテトで、世界で最も有名な国はベルギーだと思います。このベルキーと丸の内はつながっています。そのつながりを持つ場所が「KITTE」という商業施設です。その2,3階には「インターメディアテク」という博物館があり、そこにはベルギーから送られた「色のない地球儀」が展示されています。なぜ色がつけられていないのか? そこには第一次大戦という戦火の中、日本とベルギーが築き上げてきた友好の物語がありました。まだ明確な色分けされていない地球儀を見ると「平和への願い」がこめられていたような気がします。世界中にどこにでもある「フライドポテト」が平和につながる言葉になるといいなと思います。
東京ステーションホテルのお話です。山手線や中央線、丸ノ内線などたくさんの路線が集まる東京駅、その上に泊まれるのがこのクラシックホテル。1915年開業で、今も生きる文化遺産と呼ばれています。ホテル内のバー&カフェ〈カメリア〉でいただくビーフシチューは、どこか昭和の家庭を思わせるような、温かくて懐かしい味です。そこで出会った三姉妹の方々、1年に一度ここで集まって、近況を語り合うのが楽しみなんだそうです。そして、着物を着て東銀座の歌舞伎座へ向かう、その時間も含めて大切な思い出になっているんですね。ご両親との思い出もこの場所に重なっていて、ここに来ると自然と心がほどけていく。全国から人が集まり、また帰ってきたくなる――東京の真ん中にある、そんなあたたかな居場所です。 プレナスからイベントのお知らせです。「お米のひみつ、親子で学んでみませんか?」 4月5日(日) 東京のプレナス茅場町オフィスで『親子で学ぶ!お米のワークショップ』を開催します。 お米の収穫や品種の違いを学びながら、4種類のお米の食べ比べも体験できます。 参加は無料。ご応募は、プレナスの公式ホームページのニュースリリースからどうぞ。ぜひ、ご参加ください。     https://0405okome.hp.peraichi.com/
利根川流域には「ダムカレー」と呼ばれるユニークな料理があります。その背景には、日本の歴史を大きく変えた“川の流れ”の物語があります。徳川家康は、群馬の山々を源に関東平野を流れる利根川の流路を変える大工事を行いました。かつて江戸湾へ注いでいた川を、渡良瀬川や鬼怒川と結び、現在のように千葉・銚子へ流すように変えたのです。そして戦後、利根川に上流に建設された数々のダムです。その一つ、群馬県長野原町の八ッ場ダム。近くの「八ッ場ふるさと館」の食堂では、名物のカツダムカレーがいただけます。ご飯をダムの堤体に見立て、その向こう側にカレーを流し込む。カツが堤防のように置かれたユニークな一皿です。川の流れを変えた歴史、そしてダムが生み出す現代の暮らし。そのことを、ひと皿のカレーが楽しく教えてくれます。
群馬県安中市は、アテネで近代オリンピックが開かれる41年も前に、「マラソン大会」が開かれていました。1855年(安政2年)、ペリー来航の2年後のことです。当時の安中藩主・板倉勝明が藩士の鍛錬のため、安中城門から碓氷峠の熊野神社まで走らせました。これは「安政遠足(あんせいとおあし)」と呼ばれ、日本におけるマラソンの発祥と言われています。ゴールしたものには、きゅうりもみ、力餅などが振る舞われたと言われています。現在も「安政遠足侍マラソン」として開催されており、ゴールすると当時と同じように「力餅」が用意されたり、この力餅が入ったうどんも用意されています。走って食べて元気になる。大切なことですね。
時間が足りない年度末、巻いて巻いてということで「太巻」そして絹織物の巻物のお話です。いろいろなものが入っている太巻は、しょっぱいものと甘いものが入っていたりして、デザート感覚もあり、お弁当にうってつけです。群馬県桐生市は奈良時代から絹織物で知られていました。特にその名を高めたのは、1600年、関ヶ原の戦いに臨む徳川家康のために、たった1日で1日で2,410疋(着物約4,800着分以上に相当)もの旗絹を織り上げて献上したことです。この迅速な献上により、家康の勝利に貢献したと言われています。現在では、その高度な技術をもとに、桐生市はニットの生産地となっています。市内に残っている織物工場なども見学でき、都内から電車で2時間半ほど。太巻きを一本持って訪ねてみてはいかがですか?
今日は「備え、共有、そして支援」というお話です。東日本大震災から15年。自然災害は、私たちの暮らしだけでなく、食のあり方も大きく変えてきました。たとえば1783年、群馬の浅間山が噴火し、天明の大飢饉が起こります。東北だけでなく西日本まで作物が育たなくなり、多くの人が苦しみました。この経験から、人々は「食べ物を備える」という意識を持つようになり、さつまいもを育てるなど、飢えに備える知恵が広がっていったんですね。ヨーロッパでも、1755年のリスボン地震をきっかけに、国を超えた支援が行われるようになりました。災害はいつ起こるかわかりません。だからこそ、自分の命を守る備え、そして困った人に分け合う心を持つことが大切なんだと思います。食は生きる基本。だからこそ、いつでも食べ物を少し持っておく、そんな小さな備えを大切にしたいですね。
上野に行ったら、とにかく「とんかつ」。とんかつの街・上野には名店が並びますが、中でも「蓬莱屋」はヒレカツ専門店として知られ、大正時代に屋台から店を構えた老舗です。かつて上野には、とんかつの名店が四つありました。ヒレカツの「蓬莱屋」、カツサンド発祥とされる「井泉本店」、明治38年創業の「ぽん多本家」、そして今は幻となった「双葉」。蓬莱屋のヒレカツは、濃いめにこんがりと揚がる独特の衣が魅力。小津安二郎作品にちなんだ「東京物語御膳」もあり、上野らしい文化の香りが食卓に重なります。上野にはロダンの「考える人」がいますが、ここでは考えている暇などない。上野の一皿は、日本の洋食史そのものを、熱々の定食として差し出してくれます。
上野の国立西洋美術館でランチをしませんか? 美術館併設されている「CAFÉすいれん」というレストランは、美術館に入らなくても利用することができます。名前すいれんは、フランスの印象派の画家・モネの有名な作品「睡蓮」にちなんだもの。モネは日本の浮世絵などにも影響を受け、コレクションもしておりました。国立西洋美術館の所蔵品の基礎は、このモネからも直接、作品を買ったという、初代「川崎造船所」社長・松方幸次郎が集めたものです。その数、およそ10,000点とも言われていましたが、第二次大戦中、フランスに置いておいたものは、敵国ということで没収されてしまいました。戦後、フランスが美術館を建てること、その建築をフランスの建築家ル・コルビュジェに任せることを条件に返還されました。「CAFÉすいれん」のメニューには、その印象的な建物を表現した「ル・コルビュジエ ランチプレート」があります。国立西洋美術館の物語を感じながら食べるみるのもいいかもしれません。
上野動物園におにぎりを持って出かけてみませんか。園内には、持ち込んだお弁当を食べる場所もあり、童心に帰る場所でもあります。園内には約300種2500頭の動物が飼育されています。感覚を研ぎ澄まして、声、匂い、色を感じながら回ると、やっぱりお腹が空きます。おにぎりは、ちょうど季節の筍の皮で包んで持っていきます。筍の皮には「抗菌作用」があり、それだけでエコロジーな感じです。食べていると、フランス人観光客が「それ、どこで買えるのですか」と話しかけてきました。ひとつあげると感激していました。おにぎりはコミュニーケーションの道具にもなります。また、アートのアイデアを見つけるためにも、時々行くと大きな刺激になります。
西洋料理の草分け「上野精養軒」は、明治時代の文明開化の只中で生まれてきたレストランです。創業者は、北村重威さん。政治家の岩倉具視に使えていた人で、築地精養軒を創業したあと、岩倉の進言もあって、上野公園のオープンに合わせて、本格的なフランス料理を提供する「上野精養軒」を開くことになりました。この「精養軒」の二代目料理長をつとめたのが、プレナスの創業者・塩井末幸さんの祖父にあたる塩井民次郎さんという人。1886(明治19)年、日本橋区南茅場町(みなみかやばちょう)に、西洋料理店「彌生軒(やよいけん)」を開業しました。ここから、「洋食」が、日本橋から全国へ、「フルーコース」から「毎日の定食」へと受け継がれて行くことになりました。
荒川や隅田川の土手に、つくしが顔を出す季節。つくしは“土の筆”と書くように、土を割って伸びる春の使者。節についている茶色い「はかま」を丁寧に外し、アクを抜く手間が必要です。2~3センチほどの若いものを選び、オムレツにすると、ほろ苦さが卵の甘みと重なり、この時期だけの味わいになります。もうひとつの春の苦味、ふきのとう。「薹が立つ」という言葉は、旬を過ぎることのたとえですが、だからこそ“今”が食べ頃。摘んですぐ天ぷらにし、塩だけでいただけば、口いっぱいに広がるほろ苦さが、体に春を知らせてくれます。今しか味わえない苦味。薹が立つ前に、春の一口をいただいてみませんか。
海苔、召し上がってますか? 実は「海苔」は江戸っ子が発明したものです。江戸時代、大森や品川の遠浅だった海で採れた海苔を、浅草で製品化したものです。この海苔、松尾芭蕉は好きで食べていました。48歳の時に訪れた大津(滋賀県)でのりを食べた芭蕉は、海苔に付いた砂まで食べてしまいこんな句を詠んでいます。「衰ひや 歯に喰ひ当てし 海苔の砂」。海苔の砂を噛んでしまったことで、自分の衰え、年老いたことを実感する句です。この句の2年後に芭蕉はなくなります。また芭蕉の弟子の其角も、「行く水や 何にとゞまる のりの味」と海苔の味を表現した句を残しています。光の粒のような白いご飯に黒い海苔を乗せると「俳味」(俳句の味わい)がします。
片栗粉は、袋に入れて手で揉むと「キュッキュッ」と音がします。片栗粉の原料となる「カタクリ」は、「春の妖精」と言われる紫の美しい花を咲かせます。かつては、どこにでもあった植物ですが、今は見かけることはほとんどなくなりました。料理で使う「片栗粉」も、今ではカタクリを原料としたものでなく、じゃがいものデンプンになってしまいました。カタクリの名前の由来は、地下に埋まっている「球根」か栗を半分に割った形に似ているという説があります。鴨肉のすき焼きなどでは、鴨肉に片栗粉をまぶして味を閉じ込める役割をします。この肉に、冬の味、ゆずこしょうを塗って食べると、冬から春へ。鴨が北に向かって飛び立つようなあじがします。カタクリがちょっとした「味のジャケット」になっているようです。
「竹の子の炊き込みご飯」、美味しいですよね。タケノコを取ってきたら、大きなお鍋に「竹の子」がたっぷり浮かぶぐらいにお水を入れて「米ぬか」を加えて、ぐつぐつ煮て、冷やすと「竹の子」のあく抜きができます。この「米ぬか」というのは玄米を精米する時に取り除かれる外皮の部分、そして「胚芽」と呼ばれるところ。お米を守る栄養の塊ですけれども、これがタケノコのえぐみアクと呼ばれる部分をよく取り除いてくれるんです。お米の力ってすごいですよね。そして、「たけのこ炊き込みご飯」のおいしさを引き出してくれるのが「木の芽」ですね。山椒の葉っぱを手のひらに置いて乗せて叩くと、山椒の香りがふわっと手のひらから広がっていきます。3月、芽が吹き出す命の美味しさを味わって、元気をもらいませんか?
「新じゃがの季節」が近づくと、思い出すのが「じゃがバター」。ほくほくの新じゃがにバターをのせ、さらに醤油を一滴垂らせば、香りは一気に“日本の味”へと変わります。バター醤油は、和と洋が出会った軽やかな調和。一方、味噌バターはまろやかで奥深く、余韻が長く続く「滞在型」の味わい。サーモンやタラ、ホタテを野菜とともに包み焼きにすれば、体の芯まで染み込むようなコクが広がります。調味料の違いが料理の印象を大きく変える、日本の食文化の奥深さを感じさせます。季節は冬から春へ。新じゃがの香りとともに、醤油バターか、味噌バターか。好みの一皿で、新しい季節を迎えてみてはいかがでしょうか
日本の文化には大別すると「昆布だし」と「かつおだし」 の2種類。「昆布だし」は「京都の文化」、一方「かつおだし」は「江戸の文化」と言えると思います。昆布は、江戸時代にはじまった「北前船」で、北海道から京都に持ち込まれたことで、日本の食文化に大きな影響を与えました。これに対して「昆布だし」は、控えめで素材の味をおいしく「演出」。「かつおだし」はその(味の)場を盛り上げるような華やかに味を引き立ててくれます。この2つを合わせて使うと際立つ旨味に。この味の具合がわかるようになると「大人」と言えるのかも知れませんね。
loading
Comments 
loading