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ホッとする仏教のおはなし - ほうわの樹 -
ホッとする仏教のおはなし - ほうわの樹 -
Author: Hiroki.daiju
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© Hiroki.daiju
Description
「みんな何かを背負いながら生きている🏃♂️」。営業職時代の挫折や身近な人の抱える困難を契機に、私が学び大切にしている考えです。そんな世界に、ホッとできる一時を提供できたら、ちょっとした気づきのキッカケをお届けできたら。そんな気持ちでお送りしております。皆様の日常に、少しでもやわらかな瞬間が訪れますように✨
プロフィール
藤井大樹
1984年生まれ。関西外国語大学卒(英米語学科)。 音楽療法カウンセラー。浄土真宗本願寺派 教雲寺 住職。営業職時代の挫折や身近な人の抱える困難を契機に、仏教の説く「苦」や「不条理」に焦点をあてながら僧侶として歩む。「みんな何かを背負いながら生きている」ことを大切にしながら、傾聴活動や配信業務など様々な分野に挑戦中。
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https://www.instagram.com/hiroki.daiju/
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https://www.facebook.com/fujii.hiroki1
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藤井大樹
1984年生まれ。関西外国語大学卒(英米語学科)。 音楽療法カウンセラー。浄土真宗本願寺派 教雲寺 住職。営業職時代の挫折や身近な人の抱える困難を契機に、仏教の説く「苦」や「不条理」に焦点をあてながら僧侶として歩む。「みんな何かを背負いながら生きている」ことを大切にしながら、傾聴活動や配信業務など様々な分野に挑戦中。
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65 Episodes
Reverse
のどが渇いたとき、目の前に水があれば、私たちは迷わず飛びついてしまうかもしれません。ジャータカの物語「アシの茎の物語」では、池に潜む鬼が動物たちの“欲”につけ込もうと待ち構えています。しかし、サルの王さまは危険を見抜き、仲間たちが安全に水を飲める方法を考え出しました。欲しいという気持ちは、生きる力にもなりますが、その欲が強くなると、周りが見えなくなり、本当に大切なものを見失ってしまうこともあります。私たちは、何に心を奪われ、何を見失いがちなのでしょうか。そして、そんな私たちを見守り続けるはたらきとは──。欲と向き合いながら生きる私たちの姿を、仏教のまなざしから見つめます。
何が正しいのかわからない。考えても考えても迷いが消えず、同じ失敗を繰り返してしまう――。この回では、「愚かさ(愚痴)」をテーマに、わからなさの中で生きる私たちの姿を、仏教の言葉から見つめていきます。仏教でいう「愚かさ」とは、頭が悪いことでも、努力が足りないことでもありません。それは「無明(むみょう)」見えていないことがあるという、闇の状態を指す言葉です。情報があふれ、選択肢が多すぎる現代。私たちは流され、主体性を失い、時にいのちさえモノのように扱ってしまいます。けれど仏教は、そんな愚かさから自由になれない私たちを責めるのではなく、「愚者の救い」を語ってきました。影に気づいたということは、すでに光が当たっているということ。迷いの闇の中で立ち止まりながらも、それでも歩もうとする私たちに、仏さまは決して背を向けることはありません。「わからないまま生きる」ことを、肯定する時間になれば幸いです。
満たされたはずなのに、なぜか心が落ち着かない。欲しいものを手に入れても、評価を得ても、どこか物足りない――。この回では、仏教で三毒の一つとされる「貪り(貪欲)」をテーマに、現代の私たちの日常感覚から考えていきます。仏教では、貪りは「欲が強すぎること」そのものではなく、満たされることのない心のあり方として描かれてきました。その象徴が、食べても飲んでも決して満たされない存在「餓鬼」です。さらに今回は、グリーフケアの視点から、貪りの奥にある「喪失」や「空虚感」にも目を向けます。物を求め続けること、承認を欲し続けること――それは本当は、安心やつながり、愛を求める心の表れかもしれません。欲を消そうとせず、欲の奥にある声に、耳を澄ませてみる。そんな時間をご一緒できたらと思います。
怒りたくないのに、つい怒ってしまう。子育てや日常のなかで、そんな自分に自己嫌悪を感じることはありませんか。今回は「怒り(瞋恚)」をテーマに、アンガーマネジメント、仏教、そしてグリーフケアの視点から怒りとその奥にあるものを見つめていきます。仏教では、怒りは「瞋恚(しんに)」と呼ばれ、貪欲・愚痴と並ぶ「三毒」のうちのひとつとされてきました。怒りは自分を焼いてしまう“火”です。一方、グリーフケアの視点では、怒りは二次的なであり、一次的なものは、その奥には喪失があると考えられます。怒りを抱いたとき「私は今、何を守りたかったのだろう」そんな問いを持つことで、怒りが自分の大切なものに気づくキッカケへ変わっていきます。8秒待つことの意味も、怒りを抑えるためではなく、その根っこや奥に耳を澄ませるための時間として少し違って見えてくるかもしれません。怒りに振り回されてしまう私たちが、それを抱えながら生きていくための視点をお届けします。
★皆様の感想やご意見をお聞かせください!https://forms.gle/Vdy5x2iZ9Zx9oBi67お寄せいただいた内容を元に配信することも、今後チャレンジしてみたいと思います。--------------------大切な人や大切な物、存在、環境などを失ったあと、私たちはその喪失とどう向き合い、どのように想いを寄せていけばいいのでしょうか。お盆という季節は、亡き方のことを考え、語らい、そして自分の生き方を見つめる、特別な時間です。だからこそ、この時期にあらためて、「想うこと」の大切さに目を向けてみたいと思います。3回にわたってお届けするこの特集では、第1回「言葉を通して」第2回「宗教儀礼を通して」第3回「身体や行動を通して」この3つの視点から、グリーフワーク=喪失と共に生きる、喪失を大切にしていく営みを考え見つめていきます。
★皆様の感想やご意見をお聞かせください!https://forms.gle/Vdy5x2iZ9Zx9oBi67お寄せいただいた内容を元に配信することも、今後チャレンジしてみたいと思います。--------------------大切な人や大切な物、存在、環境などを失ったあと、私たちはその喪失とどう向き合い、どのように想いを寄せていけばいいのでしょうか。お盆という季節は、亡き方のことを考え、語らい、そして自分の生き方を見つめる、特別な時間です。だからこそ、この時期にあらためて、「想うこと」の大切さに目を向けてみたいと思います。3回にわたってお届けするこの特集では、第1回「言葉を通して」第2回「宗教儀礼を通して」第3回「身体や行動を通して」この3つの視点から、グリーフワーク=喪失と共に生きる、喪失を大切にしていく営みを考え見つめていきます。
★皆様の感想やご意見をお聞かせください!https://forms.gle/Vdy5x2iZ9Zx9oBi67お寄せいただいた内容を元に配信することも、今後チャレンジしてみたいと思います。--------------------大切な人や大切な物、存在、環境などを失ったあと、私たちはその喪失とどう向き合い、どのように想いを寄せていけばいいのでしょうか。お盆という季節は、亡き方のことを考え、語らい、そして自分の生き方を見つめる、特別な時間です。だからこそ、この時期にあらためて、「想うこと」の大切さに目を向けてみたいと思います。3回にわたってお届けするこの特集では、第1回「言葉を通して」第2回「宗教儀礼を通して」第3回「身体や行動を通して」この3つの視点から、グリーフワーク=喪失と共に生きる、喪失を大切にしていく営みを考え見つめていきます。
「それって本物なの?」私たちはつい、正しいかどうか、本物かどうかを確かめたくなります。それはとても大切な姿勢です。けれど――本物であることに縛られるあまり、もっと豊かなものを見落としてはいないでしょうか。広島に伝わるお盆の盆灯籠の風景。経典には出てこない「賽の河原」の物語。ディズニーランドのミッキーマウス。そして、プロレスの世界。それは「本物ではない」と言えてしまうものかもしれません。でも、私たちの心を動かし、宗教性を育み、世界を豊かにしてくれる力を持っています。浄土真宗の宗祖・親鸞聖人は「本物」を徹底して求められた方でした。だからこそ今、あらためて問い直してみたいのです。本物かどうかよりも、私たちを豊かにしてくれるものとは何か。視野を少し広げてみる、そんなひとときになれば嬉しいです。どうぞ、ほっとする時間をお過ごしください
今日は「杖」を手がかりに、普段は意識していないけれど、ふとした瞬間に私たちを支えてくれる“心の支え”についてお話しします。あるご家族との出遇いを通して感じた「享年」という数え方の意味。数字がひとつ増えるだけで、悲しみを抱える心がふっと支えられることがあります。どうぞ肩の力を抜いてお聴きください。
「徳がある人」と聞いて、私たちはどんな人を思い浮かべるでしょうか。早起きは三文の徳。徳あるものは必ず言あり。徳をもって怨みに報ず。ことわざに触れながら、今回の配信では仏教における「徳」という言葉を、行い・結果・性質という三つの視点から考えていきます。徳とは、何かを頑張って集める“ポイント”のようなものではなく、日々の行動と、その積み重ねの先で、その人自身に備わっていく「性質」なのかもしれません。辞書には、徳は「卓越性」とも記されています。それは能力の高さや強さだけではなく、喪失や痛みを通して育まれるやさしさや思いやりも含めた、その人らしさ。金継ぎの器のように、欠けたところを抱えながら、以前とは違う深みをもって生きていくこと。そんな「徳」のあり方を、味わう時間になれば幸いです。どうぞ、無理のないひとときにお聴きください。
今の社会では、「一人で頑張ること」「自立すること」が当たり前のように求められています。でも、人は本当に一人で生きられるのでしょうか。人類は、誰かとつながり、感じ合い、支え合うことで安心を得てきた存在です。その営みの中で大切に育まれてきたものの一つが、音楽でした。音楽には、「私とあなた」という境界をやわらかく溶かし、一体感や安心感を生み出す力があります。そして仏教もまた、「あなたは一人ではない」と私たちに語りかけ続けてきました。音楽療法の現場での体験と、浄土真宗の教えを手がかりに、孤独な社会を生きる私たちの在り方を一緒に考えてみたいと思います。どうぞ、お聴きください。
私が私らしくいられる、ということ。それは、強くなることでも、立派になることでもなく、条件なしで、存在を肯定されている世界を知ること。「自分は自分で大丈夫」という居場所を得て、人生という凸凹道を歩んでいける、そんな仏教の教えのほんの一部をお伝えします。
なくしたものは、なかったことにはできない。けれど、なくしたものと共に生きていくことはできる。今回は「グリーフケア」をテーマに、大切な人との死別だけでなく、関係、役割、健康、場所、自己イメージなど、私たちが人生で経験するさまざまな「喪失」についてお話しします。グリーフは、人それぞれ。悲しみ方に正解はなく、揺れ動くことも、自然な反応です。このお話は、答えを出すためのものではありません。ただ、もし今、悲しみの只中におられる方や、これまでの喪失が今も心に影響している方がいたら、少し呼吸がしやすくなるような「言葉」を置いていけたらと思っています。シリーズ第1回「なくしたものと共に生きていく ― グリーフケアについて ―」どうぞ、静かな時間のお供にお聴きください。
大切な存在を失ったとき、私たちの心や身体にはさまざまな影響があらわれます。その「揺れ」や「プロセス」全体を、グリーフと呼びます。そして、その揺れに寄り添い、大切に扱っていく営みがグリーフワークです。今回は、あるご家族の49日の場面で出会った一つの手紙を通して、「グリーフの主導権はその人自身にある」という気づきをお話しします。悲しみや後悔などのグリーフをどう扱ってよいか分からないとき、その“自然な揺れ”を大切にしていいのだと背中を押す、そんな内容になれば幸いです。
仏教は2500年前、インドでお釈迦さまによって開かれました。その誕生の背景には、バラモン教のカースト制度による差別がありました。、お話では今回の宗教に基づいた差別をどう克服しようとしたのかを探りながら、仏教が説く「すべての人は平等」「世界は縁起で成り立つ」という教えに焦点を当てます。
今回のエピソードでは、雪が太陽の光でとけていく姿を手がかりに、仏教の根本原理である「縁起」についてお話ししています。子どもの頃の雪景色の思い出から始まり、雪や氷が「自分の力でとけるのではなく、光によって姿を変えていく」ことを通して、私たちの心のありように気づかされます。私たちもまた、「私が、私が」「あいつが、あいつが」と固くなりがちな心を、仏さまの光によってそっと溶かされていく存在。そんな大切な気づきを、雪のたとえとともに味わう時間です。ぜひ、あたたかい飲み物とともにお聴きください。毎日の暮らしが少しやさしくなるヒントになれば嬉しく思います。
一人でいると寂しくなる。けれど、誰かと一緒にいると煩わしく感じる。そんな相反する思いを、私たちは誰もが抱えています。今回は「ひとりじゃなかもん」という詩をきっかけに、孤独とつながり、愛と煩わしさ、そのあいだを生きる人間の姿を見つめます。縁に生かされる「いのち」のつながりを味わっていきます。
仏教は2500年を超える歴史と世界的な広がりを持つ大きな宗教です。その全体像を一言で表すことは難しいですが、仏教を理解する鍵は「仏」という視点にあります。本動画では、①仏に成る教え(成仏教)、②仏が説いた教え(仏説教)、③仏とは何かを説いた教え(説仏教)の三つの切り口から、仏教の概要をわかりやすくご案内します。
子どもに「どうして耳は二つあって、口は一つなの?」と尋ねられたら、あなたはどう答えますか。耳は聴くために二つ、口は語るために一つ。そんな“あたりまえ”の中にも、仏さまの教えが息づいています。相手の声に、そして自分の心の声に耳を澄ますこと。「聴く」ことの大切さを、日々の暮らしの中でそっと思い出すすことができるように。そんな思いをのせたお話しです。
🌿今回のエピソード🌿「うわさを信じちゃいけないよ」人は噂に弱く、真偽を確かめる前に慌ててしまうことがあります。今回は、仏教説話 『世界の壊れる音』(ジャータカ322) をもとに、噂に流されて大混乱する動物たちと、それを止める賢いライオンのお話を紹介します。ライオンが示したのは、ただの強さではなく「真実を見つける勇気」。うわさや不安に出会ったときこそ、立ち止まって確かめることの大切さを考えます。藤井大樹1984年広島市の教雲寺に生まれる。関西外国語大学卒(英米語学科)。 営業職時代の挫折や身近な人との死別、自身や大切な人の抱える困難を契機に、仏教の説く「苦」や「不条理」に焦点をあてながら僧侶として歩む。「みんな何かを背負いながら生きている」ことを大切にしながら、傾聴活動や配信業務など様々な分野に挑戦中。音楽療法カウンセラー。浄土真宗本願寺派教雲寺住職。Instagramhttps://www.instagram.com/hiroki.daiju/YouTubehttps://www.youtube.com/channel/UCQ1BCtZQL-McT5VdcZbphTQTwitterhttps://twitter.com/hiroki_daijuFacebookhttps://www.facebook.com/fujii.hiroki1























