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古代の福岡を歩く
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磐井の乱で磐井が戦った相手は継体天皇です。
継体天皇は応神天皇五世孫といわれる人物で、謎の多い天皇です。
古事記、日本書紀によりますと、越前の国又は近江の国から迎えられた天皇だといわれます。
即位後20年程も都に入らなかったといわれ、没年もはっきりせず、謎だらけですが、生前は磐井と仲がよかった証拠もあるとか
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筑紫の君磐井は、乱でヤマト王権に敗れてしまいますが、この時、息子の葛子がヤマト王権に差し出したのが粕屋の屯倉。
この屯倉とは一体どのような機能をもっていたのか、単なる倉庫群があっただけではありません。豪族たちの動きを監視する機能もあったとか。
ヤマト王権が各地に展開した屯倉のさまざまな機能を紹介していきます。
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土地の人が「アッズミ」という、有冨地区の有冨公民館にあるのがカッパ神像。
もともと隣の有冨若宮神社にあったものです。
全部で20体程ある人形の像。
その中の半分ほどが上半身裸で腰蓑をつけ、顔は目をカッと開き、歯をくいしばり、恐ろしい形相をしています。
この神像を区長の古川さんは魏志倭人伝に出てくる持衰(じさい)だとみています。
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平原遺跡の王墓で注目されるのは副葬品です。
この王墓からは武器がほとんど出土していません。そして、「耳とう」 といわれる
イヤリングや、ブレスレットなどの副葬品が多いことなどから、葬られているのは、女性ではないかとみられていることが注目点の一つ。
さらに、内行花文鏡という巨大な銅鏡が5面出土していること等々が注目されます。
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糸島には三つの遺跡に王墓があります。
一つ目は三雲南小路遺跡。それから100年後くらいの王墓があるのが井原鑓溝遺跡。そして、三つ目が3世紀頃の平原遺跡です。
平原遺跡の王墓の正面に見えるのが日向峠。
この峠を中心に糸島平野の農業が営まれていて、その農業と深いつながりをもっていたのが墓に葬られている女王だったという話し。
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磐井の乱が始まって1年半後に戦いは磐井の敗北で終わります。
この1年半の間、ヤマト王権は密かに動きました。
ヤマト王権は磐井の懐柔策に動いていたといわれます。
その一つの策が「国造」といわれるものだったんでは。
というのが解説いただいている大塚さんの説。
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磐井の乱が起こった時、朝鮮半島の情勢は一体どうなっていたんでしょう。
当時は北に高句麗、東に新羅、西に百済、南に伽耶諸国という情勢でした。
そして、高句麗が南下してきて百済と新羅の情勢が混沌としてきます。
そこへ伽耶諸国と百済の援助をする倭がからんでさらに複雑になっていきます。
その辺を解き明かしていきます。
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527年に起こった磐井の乱。倭王権との戦いで1年半後に磐井は敗れてしまいます。
この乱の要因はどういった点にあったのか。
筑紫君磐井の当時の勢力は乱当時どの範囲であったのか。
一体どういった豪族が磐井の味方をしたのか、等々多くの謎があります。
そういった謎を一つ一つ解明していきます。
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春日市の須玖遺跡群からこの程一度に3面の小型鏡を作ることができる石製の鋳型の破片が出土しました。
こういった量産用の鋳型は全国でも初めてだということです。
展示会で見てきました。
出土した鋳型は約9センチ四方、厚さ4センチの板状のものです。
しかし、この鋳型で作られた鏡は現在のところ見つかっておらず、どのような使い方をされたのかも判明していないのだとか。
バッジみたいなものだった可能性もありかな?という見方もあるそうです。
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浮嶽神社はJR福吉駅近くのまむし温泉から少し坂道を登ったところにあります。
この神社に保管してあるのが九州で最も古いとみられる仏像です。
仏像は如来立像、地蔵菩薩、伝・薬師如来像、そして阿弥陀如来像の4体です。
そして、海岸を東へ出て櫻井神社を歩きました。
ここの楼門や拝殿、本殿は重要文化財の指定をうけていて、実に見事なものでした。
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糸島の可也山のふもと、引津湾に面したところに、敷地面積150坪程の「万葉の里植物園」はあります。
ここには、万葉集に歌われた草花が植えてあります。
万葉集には4516首の歌が登場しますが、その中で草花が出てくるのが200ほどで、その中で糸島にある万葉集の草花は50首ほどだそうです。
引津湾には、大宰府の観世音寺創建の際、中国から仏像を運び、一時保管たしたという寺もあります。
万葉集の中に登場する花で一番多いのが萩、そして二番目が梅だそうで、どこか、大宰府との深いつながりも感じます。
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雷神社は神宮皇后が朝鮮半島に出兵する時、戦勝を祈願したところ。
神社は巨大な木が多く、中には樹齢1000年を超える木もありました。
その神社へ上がってくる途中にある雷山千如寺大悲王院の大楓の紅葉も仏像と同じようにすばらしいものがありました。
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石人山古墳の入り口近くにあるのが資料館。
入口に、近くにある弘化谷古墳の彩色壁画と彫刻文様の複製が展示してあります。
壁画は横2メートル、縦1メートル50センチ程のもので、大きな赤い円や、黒の三角形などの文様がたくさん描かれているのがわかります。
それに、全国的にも大変珍しい双脚輪状文という、塩を吹いた鯨を横にしたような、文様が描かれたいます。
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石人山古墳は、岩戸山古墳の近くにあり、筑紫の君磐井の祖父の代に当たる古墳で、墳丘の長さは120メートル程の前方後円墳です。
古墳の入り口には武装石人像が一体あり、後方にある石棺を守っているかのようです。
石棺は長さ3メートル程の家形石棺で、屋根に刻まれた装飾文様は見事なものです。
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岩戸山古墳に隣接してるのが「八女市岩戸山歴史文化交流館、いわいの郷」といった
施設。
「筑後の国風土記・逸文」には岩戸山古墳には、150以上の石人・石馬像があったと記述されているのだそうです。
展示室には盾や刀といった武具や、猪、鶏といった動物などの石像が展示されています。
中でも、実物大の馬の像では、馬の背に「杏葉」といった飾り物が精巧に彫ってあるのは見ものです。
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「磐井の乱」については様々に記したものがあります。
筑紫の君磐井は「古事記」「日本書紀」では物部氏と大伴氏によって殺されたとあり、一方「筑後の国の風土記・逸文」には、官軍に追われ豊前の国へ逃げたとあり、さらに、怒った官軍は岩戸山古墳の石人・石馬を壊したとあります。
磐井は殺されたのか、逃げたのか、解りません。。
磐井の乱についてはまだまだ未解明の謎の部分がたくさんあります。
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「古代の福岡を歩く」も11年目に入りました。
八女市の岩戸山古墳から今回はスタートします。
この古墳の墳丘は135メートル。巨大な前方後円墳です。
古墳に葬られているのは、現在のところ筑紫の君磐井だといわれています。
「磐井の乱」で知られる豪族です。
古墳に付属してある別区といわれる広場は石人石馬を飾ったところ。
ここから巨大な古墳の方へと歩いていきます
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聴いててよかったRKBラジオ
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「神功皇后伝承を歩く」の著者、綾杉るなさんに話を聞いています。
遠賀郡芦屋町の岡湊神社には神功皇后の夫、仲哀天皇の伝承が残っています。
仲哀天皇の船が遠賀川の河口付近で動かなくなります。
案内人の熊鰐の忠告で大蔵主の命とつぶら姫を祀ると船がスムーズに動いたという伝承です。
芦屋は昔から海運で栄えた町。岡湊神社境内の大きな石灯籠は、芦屋や伊万里の商人が寄付したものだそうです。
今回が「シーズン10」の最終回です。
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「神功皇后伝承を歩く」の著者、綾杉るなさんに話を聞いていきます。
九州にいた熊襲が叛乱を起こしたと聞き、仲哀天皇とお后の神功皇后は山口県の豊浦の宮へやってきて、軍勢を整え、それぞれの船で香椎宮へ向かいます。
今回は北九州市戸畑区の飛幡八幡宮、若松区の恵比須神社、魚鳥池神社、貴船神社といった神社に伝わる仲哀天皇と神功皇后の伝説を聞きます。
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