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ゴリけんの諸説あります!
ゴリけんの諸説あります!
Author: RKB毎日放送
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© RKB毎日放送
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毎週日曜午前11時からRKBラジオで放送中「ゴリけんのぐるぐるマップ」内の人気コーナー。
ワタナベエンターテインメントの芸人ゴリけんが、学校の教科書には載っていない歴史について毎回語ります。
ただしタイトル通りに、ゴリけんが語ってる内容には諸説あります!
<ハッシュタグ>
#ぐるぐるマップ
<番組公式X>
<番組公式Instagram>
https://www.instagram.com/rkb.ggmap/
<番組公式サイト>
#ゴリけん https://x.com/goriken1024
https://listen.style/p/shosetsu?f4KSjNxK
91 Episodes
Reverse
・年神さまをお迎えするために、注連飾りで邪気を払い、門松を立てて目印とする。
・三方ヶ原の戦いに武田信玄に惨敗した徳川家康が、次こそ信玄をぶった斬るという思いで門松の竹を斜めに斬った。
・正月飾りは、12月13日から年神さまが戻られる1月7日(関東・九州)または15日(関西)まで。
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・博多の承天寺を作ったは円爾弁円(聖一国師)は、宋から様々なものを日本に持ち帰った。
・製粉技術を伝え饂飩・蕎麦・饅頭の元祖であり、博多祇園山笠の起源。さらに博多織の献上柄を考案した。
・年越し蕎麦は、承天寺が世直し蕎麦(餅)として振舞ったことが起源。
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・室町幕府3代将軍足利義満は、南北朝を統一させた後、権力を持ち、その証に金閣寺を作った。
・さらに相国寺には七重の塔を作ったが、落雷で燃えてしまった。ただこれは本当は恨みをかった放火ではないか?
・室町幕府の栄華を残すために13代義輝が屏風絵に描かせたのは、七重の塔の姿ではなく、そこから見た景色だった。
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・幕末、来日したペリー一行のおもてなし料理を任されたのは、日本橋にあった当時超一流の料亭百川。
・お一人3両(30万円相当)の魚をメインにした会席料理をなんと500人分用意した。
・ところが、淡泊な味が口に合わずペリー達はその料理に手をつけることがなく、明治時代に百川のその名はなかった。
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・2004年、FIFAは「サッカーの起源は中国で紀元前300年頃に始まったとされる『蹴鞠』にある」と認定した。
・日本でも平安時代に蹴鞠が流行し、そのスター選手が藤原成道だった。
・藤原成道が蹴鞠上達のために何度も参拝した熊野神社に祀られているのが、サッカー日本代表エンブレムの八咫烏。
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・空海は真言密教を日本に持ち帰り、真言宗を開いた。
・空海の教えにはキリスト教と通ずるところがあり、空海はキリスト教の影響も受けていた。
・空海が作ったとされる「いろは歌」には、イエス・キリストへのメッセージが隠されていた。
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・山岡鉄舟は、単身で乗り込み西郷隆盛を説き伏せて、江戸城無血開城に一翼を担った人物。
・木村屋のアンパンに感動して明治天皇に献上し、木村屋の看板の文字は山岡が書いた。
・自らを犠牲にしてでも日本を守りたかった山岡の生き方を参考にしたのが、愛と勇気のヒーローアンパンマン!?
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・第11代将軍徳川家斉は在任50年で、歴代最長の将軍。
・在任中は子作りに励み、正妻・側室24人・使用人など併せて40人以上の女性との間に子供53人を授かった。
・その元気の秘訣は、早起きして散歩、冬でも薄着、そしてインドから輸入した白牛酪を食べていた。
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・太陽王と呼ばれ華やかな宮廷文化を築き、フランスをヨーロッパ最強の国にまでしたのがフランス国王ルイ14世。
・めちゃくちゃ大喰いだったルイ14世は、主治医の助言で歯を全部抜いてしまった。
・それで消化不良となり下剤を飲むことで慢性的にお腹を壊していたルイ14世はオマルに座って仕事をしていた。
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・明治以前は数え年が使われていて、元日に日本国民が一斉に一つ歳をとり、誕生日を祝う文化はなかった。
・ただ一人、織田信長は自分の誕生日を祝わせたという記録があり、日本で最初に自分の誕生日を祝った男。
・明治32年に誕生日ごとに歳をとる法律が出来、さらに戦後になってようやく、日本人も誕生日を祝うようになった。
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・明治以降、西洋の倫理観が教育に取り入れられたことで「命を頂きます。」いう意味が加わった。
・「いただきます。」は、最上位の経緯を意味する言葉で、一品を作るのに奔走したすべての人、その手間への感謝の意。
・「ごちそうさま。」の馳走は、走り回るといった意味で、その一品に走り回てくれた多くの人への感謝の意。
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・早稲田大学の創設者大隈重信は日本初の鉄道敷設に貢献。その鉄道によって日本社会に時間制度が導入された。
・その鉄道キャンペーンで「正月は川崎大師に行こう!」というのが初詣のはじまり。
・日米学生による野球の親善試合の始球式で大隈が投げた大暴投をワザと空振り。これが始球式で空振りのはじまり。
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・山梨「ほうとう」は戦場で武田信玄が自らの刀で麺を切っていた!?
・土佐「カツオのたたき」は庶民が禁止されたカツオの生食をごまかすためだった。
・熊本「からし蓮根」は細川忠利が医者に勧められたが嫌いな蓮根をなんとか食べるため。など。
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・世界三大美女の一人クレオパトラは、恋人であるローマのカエサルと手を組み、弟である王を殺してエジプト女王に。
・その後、夫のカエサルを殺したアントニウスと結婚することで、勢力を広げた。
・二人の英雄を虜にしたクレオパトラの魅力は、彼女の美貌ではなくその知性と自らを売り込む演出力だった。
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・薩摩藩島津義弘は鬼島津と呼ばれ敵に恐れられたが、家臣には優しかった。
・西軍として戦った関ヶ原合戦で西軍が敗北すると、敵中突破で逃げた。
・敵中突破後は、自分は食べずに家臣に馬を食べさせ栄養を取らせることで、見事薩摩まで逃げ戻った。
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・童謡あんたがたどこさで唄われている場所は熊本ではない。
・熊本に船場町はあっても山はなく、千波山があるのは埼玉県川越、千波東照宮があり徳川家康(タヌキ)が祀ってある。
・戊辰戦争では千波山でも戦いがあり、新政府軍として戦いに来た肥後の人と地元の子供の問答を唄っている。
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・徳川5代将軍綱吉による悪法をいわれたのが、生類憐みの令。蚊を殺して島流しになったという記録もある。
・生類憐みの令は、動物愛護の観点からではなく、綱吉の母が動物を殺すなと僧侶に助言されたことによるもの。
・徳川家菩提寺の大樹寺にある歴代将軍の位牌は、その身長と同じ高さで、綱吉は124cmと本当に小さい男だった。
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聴いててよかったRKBラジオ
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・江戸時代、蛤の貝殻がピタッと合わない事をグレハマ。ずれていることを表すようになって動詞化されたのがグレる。
・平安時代末期、鎧が擦れ合う音をビビる音。平家軍が水鳥の羽ばたきを源氏の軍勢と間違えて逃げたことからビビる。
・ばってんは英語のbut
thenが語源。意味も同じ。他にもGood Sleepがぐっすり。など。
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・佐々木小次郎との決戦、巌流島の戦いに宮本武蔵は遅刻していなかった。
・小次郎は一人で来たが、武蔵は前もって弟子を島に渡らせて、見張らせていた。
・武蔵の一太刀で小次郎は気絶しただけで、息を吹き返したところを武蔵の弟子達にボコボコにされて命を落とした。
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