Claim Ownership

Author:

Subscribed: 0Played: 0
Share

Description

 Episodes
Reverse
台湾で生まれ、太平洋戦争の際、台湾で日本軍に召集された川平朝清さん。台湾でどのように敗戦・終戦の日を迎えたのか。
第1回目のエピソードは、太平洋戦争中、そして日本の敗戦まで、川平朝清さんが過ごした台湾での日々について。
台湾で生まれ育ち、太平洋戦争の際には台湾で日本軍に召集され、そのまま台湾で終戦、敗戦の日を迎えた川平朝清さん。彼が家族とともに沖縄へ渡った時のエピソード。
川平朝清さんが沖縄に渡ったあと、アメリカ軍と対峙した時のこと、そして、焼け野原と化した沖縄で感じたこととは?
台湾から沖縄へ渡ったあと、アメリカ軍基地内の診療所で検査助手として働いていた川平朝清さんですが、大きな転機が訪れます。
アメリカ軍政府が始めた日本語のラジオ放送でアナウンサーとなった川平朝清さんですが、そもそも川平朝清さんのお兄さん朝申さんが、ラジオが必要だと思ったのは、なぜだったか?そして、どんな内容の放送がおこなわれたのか? ※途中「1957年」と触れていますが、正しくは「1947年」です。お詫びして訂正させて頂きます。
戦後の沖縄で最初のラジオ放送を立ち上げた川平朝清さん。 その後、NHKのアナウンサー養成所に入ることになります。 その経緯と養成所での経験について。
NHKのアナウンサー養成所で研修を受けた川平朝清さん。 沖縄へ戻ったあと、今度は、アメリカへ留学することに。
ミシガン州立大学に留学した川平朝清さんが体験した出来事や、ライブ、テレビ放送とは?
ミシガン州立大学に留学した川平朝清さんにとっての大きな出会いや、沖縄に戻ったあとに取り組んだ仕事についてのお話。
アメリカ留学から沖縄へ戻り、琉球放送の仕事についた川平朝清が、ベトナム戦争の時代、沖縄でどんな放送をおこなっていたのか?そして、沖縄返還のときのお話。
ジョン・カビラさんが、お父様、川平朝清さんにインタビューしました。今回は、沖縄の公共放送、沖縄放送協会設立の経緯について。
辺野古の問題から自衛隊のことまで。
沖縄について、川平朝清さんが伝えたいこと。そして、今の日本について思うこと。
今、朝清さんが思う「放送の役割」について。
実はジョン・カビラさんと、お父様、川平朝清さんで、ちょっとした温かいやり取りもありました。
Comments 
Download from Google Play
Download from App Store