Discover聴くおいしい記憶#4 「身体がぬくもるきに」 山本一力
#4 「身体がぬくもるきに」 山本一力

#4 「身体がぬくもるきに」 山本一力

Update: 2023-03-27
Share

Description

キッコーマンは、食にまつわる楽しさやうれしさをつづっていただく「あなたの『おいしい記憶』をおしえてください。」エッセー、作文コンテストを応援しています。


今回は、第4回「あなたの『おいしい記憶』をおしえてください。」エッセーコンテスト」のために直木賞作家の山本一力さんが書き下ろしたエッセー「身体がぬくもるきに」をお届けします。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「身体がぬくもるきに」 山本一力


減塩意識の高まりという、時代の流れに逆行することにもなりそうだが······。
興りは半世紀以上の昔にさかのぼる。
「ええ塩加減が美味い粕汁を作るコツやきに」
亡母は出刃包丁で叩き切ったブリのあらに、気前よく塩をまぶした。
「だいこん・ニンジン・コンニャク・油揚げを、あんたが好きなばあ、短冊に刻んでいれたらええきに」
それじゃあ、味の決め手となる酒粕は?
「灘やら伏見やらと面倒なことは言わんと、酒粕やったらなんでもかまわんがやき」
量はどうするのかと問うたら。
「あんたが好きなばあ溶かしたらええ」
ばあとは「ぐらいに」を意味する土佐弁だ。
真新しいブリのあらにまぶす塩以外のことは、酒粕までもすべてばあで片付けていた。
鍋の内で煮えたぎっている湯に、ブリをドサドサッ。
一気に鎮まった湯が再び沸騰したら、表面に浮いたアクを取り除く。
そのあと短冊に刻んだ具をドサドサッ。
鍋にふたをかぶせて、ブリと具がほどよく煮えるのを待つ。
湯気が立ち始めたらふたを取り、味噌漉しでたっぷりの酒粕を溶かす。
「粕の甘みとブリの塩とが、うまいこと混ざりおうてくれるように、あとはいらんことせんと、煮えるがを待つがぞね」
頃合いを見て味見をする。
「ちょっと味が足らんかなと思うたら、それが一番ええ出来になっちゅうときやきに」
おたまに落とした少量の醤油を足して、ゆっくりとかき回せば出来上がりだ。
粕汁は上品な椀ではなく、無骨な肉厚のどんぶりによそう。あらが盛り上がるばあに。
そしてどんぶりよりもさらに大きな器を、ガラ入れとして使う。
「粕汁は出来立てが値打ちやきにねえ。よそわれたら親の仇に会うたと思うて、ものも言わんと食べないかん」
親の教えに従い、わたしはハフハフ言いつつ、夢中で食べた。
おふくろの味だと思い込んでいた粕汁。
なんと親父が母に伝授した一品だったと知ったのは、成人したあとだった。
わたしがまだ四歳のとき、両親は協議離婚した。
別れた真の理由がなにだったのかは、両親ともに鬼籍に入って久しいいまでは、知る手立てもないのだが……。
別れた亭主に教わった粕汁を、おふくろは我が子に伝えていた。大事な一品として。
ブリの塩加減が美味さを決めるコツ。
思えばこれを言うときの母は、伝授してくれた男に思いを馳せるような表情をしていた。
                   *                   
いまではうちのカミさんの得意料理だ。
ブリを鍋に入れたあとには、亡母よろしく短冊に切った具をドサドサッと。
出来上がりはどんぶりで、ものも言わずに。
食すれば身体が芯からぬくもるのは、酒粕の効能のみにあらずだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


世代を超えて受け継がれる、こころあたたまる一品。あなたにも、そんな「特別な味」はありますか?「おいしい記憶」を思い出し、優しい気持ちで満たされますように。


■キッコーマン企業サイト ブランドページ
https://www.kikkoman.com/jp/memory/index.html


■コンテストの受賞作はこちらからご覧いただけます
https://yab.yomiuri.co.jp/adv/oishiikioku/

See omnystudio.com/listener for privacy information.

Comments 
00:00
00:00
x

0.5x

0.8x

1.0x

1.25x

1.5x

2.0x

3.0x

Sleep Timer

Off

End of Episode

5 Minutes

10 Minutes

15 Minutes

30 Minutes

45 Minutes

60 Minutes

120 Minutes

#4 「身体がぬくもるきに」 山本一力

#4 「身体がぬくもるきに」 山本一力

キッコーマン