Discover聴くおいしい記憶#6 「おぬくとおこげ」 山本一力
#6 「おぬくとおこげ」 山本一力

#6 「おぬくとおこげ」 山本一力

Update: 2023-03-27
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キッコーマンは、食にまつわる楽しさやうれしさをつづっていただく「あなたの『おいしい記憶』をおしえてください。」エッセー、作文コンテストを応援しています。


今回は、第6回「あなたの『おいしい記憶』をおしえてください。」エッセーコンテスト」のために直木賞作家の山本一力さんが書き下ろしたエッセー「おぬくとおこげ」をお届けします。


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「おぬくとおこげ」 山本一力


細い稼ぎで妹とわたしを養育していた母は、朝食を大事にした。
こどもを学校に送り出すと、自分も仕事に出た。
検番(芸者周旋所)の帳場という仕事柄、帰宅は深夜だ。
しかも一年を通じて休みは数日だけである。
こどもと一緒は朝食だけだ。
ゆえに母は毎朝釜でごはんを炊き、おぬく(炊きたて)を一緒に食べた。
釜の周りや底にへばりついていた焦げ飯は、おひつにうつしたごはんの上に載っていた。
学校から帰ったあとは塩を散らした小さな手で、焦げ飯を握った。
毎日の小遣いが5円だった子には、おこげの握り飯はもっとも身近なおやつだった。
電気釜(炊飯器)新発売時、家電メーカーは「もうおこげの心配は無用です」と謳った。
釜で炊くごはんは、気を抜けばたちまち焦げた。電気釜は家庭からおこげを追い払った。
釜にできた焦げ飯の塩おにぎりをもう一度と、願う気を募らせていたら……
2014年の年の瀬。3泊した福島県磐梯熱海の宿で、願いがかなった。
初日の夕食で、釜炊きのおぬくだと分かった。大きな釜に、ずっしり重たい木のふた。
大きさは違うが、こども時分に炊きたてをおひつにうつした、あの釜と同じに見えた。
ならばおこげもあるはずだと思い、宿のおねえさんに問うた。
「ほかのお客様がよそわれたあとなら、できています」
まさにその通りだった。釜の周りや底には、あのおこげがくっついていた。
しゃもじで剥がしてくれたおねえさんの手は、水仕事で荒れていた。
山の水は飛び切り美味い。そして冷たい。
おいしいごはんを供するために、指先が凍えそうになるあの水で、毎日何升もの米を研ぐに違いない。
素敵な笑顔は作り物ではないことを、おねえさんの両手が教えてくれた。
茶碗によそわれた、焦げ色まで美味そうなおこげ。
昔を思い出しつつ、塩をパラパラッ。
こどものころに味わえたあの美味さが、茶碗に凝縮されていた。
その後は朝食でも夕食でも、塩を散らしたおこげばかりを食していた。
様子を見ていたおねえさんが……
「塩もいいですが、お醤油もおいしいですよ」
言われた通りに醤油を垂らした。
焦げたごはんと醤油が絡まり合っている。
運んだ口のなかで、互いの美味さが溶け合ったのだろう。
塩もいいが、醤油をまとったおこげは、呑み込むことまで惜しまれた。
福島県は全国有数の米どころである。
山間の温泉地は、雪国となって年を越す。
その雪が解けてできた水は、石清水もかくやの美味さである。
恵まれた素材の美味さを引き出すのは、宿泊客を大事に思う、おねえさんのあの両手だ。


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食を通して、誰かを大切に想う気持ち、そして感謝の気持ち。そのすべてが積み重なって「おいしい記憶」へと、つながります。そんな「おいしい記憶」を思い出し、明日の笑顔につながりますように。


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■コンテストの受賞作はこちらからご覧いただけます
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