Discover偉人の名言366命日編〜人生が豊かになる一日一言〜1月14日 三鬼隆(日本製鐵・八幡製鐵元社長、経営者団体連盟会長)
1月14日 三鬼隆(日本製鐵・八幡製鐵元社長、経営者団体連盟会長)

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Update: 2019-01-14
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自分たちの目の黒いうちに必ずまた合同しようではないか


三鬼隆(みき たかし、1892年1月14日 – 1952年4月9日)は、日本製鐵・八幡製鐵(現・新日鐵住金)元社長。鉄鋼業界の大御所だった。第二代日本経営者団体連盟会長。岩手県花巻市出身。父は実業家・政治家の三鬼鑑太郎。長男は元新日本製鐵会長の三鬼彰。


この言葉は、三鬼が分割された八幡製鐵初代社長となった時に発した言葉である。三鬼の目が黒いうちには叶わなかったが1970年、八幡製鐵と富士製鐵が合併し、新日本製鐵株式會社となった。三井物産の統合を志した水上達三も同じだが、統合という志が人々を結びつけ奮い起こした。リーダーの発する志が組織の命運を握っている。


【久恒啓一】

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1月28日 西堀栄三郎(登山家、無機化学者、技術者)
石橋は叩けば渡れない西堀 栄三郎(にしぼり えいざぶろう、1903年(明治36年)1月28日 - 1989年(平成元年)4月13日)は、日本の登山家、無機化学者、技術者。「石橋を叩いて渡れ」は用心に用心を重ねよという意味である。「石橋を叩いても渡らない」は慎重すぎて結局実行しない人を揶揄する言葉である。また「石橋を叩いて壊す」は用心深く成りすぎて失敗する意味で使う。西堀栄三郎は、そういう慎重居士に対して強固で崩れるはずのない石橋を叩いて安全性を確かめるようなことをしておったのでは、独創は生まれないと1999年に刊行された『石橋を叩けば渡れない』(生産性出版)で喝破して、世間の度肝を抜いた。この本は2010年現在で9刷りとなるベストセラーとなった。私も西堀の創造的生き方を記したこの本をわくわくしながら読んだ記憶がある。「 キノコはせ千人の股をくぐる」・性格は変えられないが、能力は変えられる」「目的は絶対、手段は自由」「統率は教育と同義語である」「育てるということは、「成功」の味をしめさせ、「失敗」に学ばせることです」「専門のないのが私の専門です」。以上、6つの言葉を書き抜いて紹介してみたが、西堀栄三郎の探検精神に深く感じ入る。【久恒啓一】図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ■Produced by KOELAB
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