8月19日 尚泰王(琉球国王)

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Update: 2018-08-18
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命どぅ宝(ぬちどうたから)


尚 泰王(しょう たいおう、1843年8月3日(道光23年7月8日) – 1901年(明治34年)8月19日)は、第二尚氏王統第19代にして最後の琉球国王(在位:1848年6月8日 – 1872年10月16日)、後に日本の華族として琉球藩王(在位:1872年10月16日 – 1879年4月4日)、侯爵。童名は思次良金。父は、第18代国王尚育王。


「命どぅ宝」とは、「命こそ宝。命は宝物であり、最も尊いもの」という意味の言葉である。沖縄の反戦運動で使われる言葉であるが、事故や病気等、広い意味で命を大切にしようという意味で使われている。命があれば希望が残る。最後の琉球王・尚泰が残したとされる悲痛な名言だ。


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2月23日 田中久重(発明家)
知識は失敗より学ぶ。事を成就するには、志があり、忍耐があり、勇気があり、失敗があり、その後に、成就があるのである田中 久重(たなか ひさしげ、寛政11年9月18日(1799年10月16日) - 明治14年(1881年)1月11日)は、江戸時代後期から明治にかけての発明家。「東洋のエジソン」「からくり儀右衛門」と呼ばれた。芝浦製作所(後の東芝の重電部門)の創業者。二代目・田中久重(たなか ひさしげ、1846年-1905年 弘化(こうか)3年9月1日 - 明治38年2月23日)は、初代の遺志を継ぎ初代が銀座に構えた田中工場を引き継ぎ、芝浦に田中製造所を設立。後に三井の懇望により譲り、芝浦製作所と改称された。後の東京芝浦電気、現在の東芝である。東芝は近代随一の大発明家・田中久重の「人間に奉仕する技術者精神」を東芝の初心として社運営の基盤としている。2月23日は二代目田中久重の命日である。同じ名前を引き継ぐことがある。歌舞伎や落語などの世界の名跡がそれにあたるが、田中久重という稀代の天才の名前も養子が引き継いで、仕事を完成させている。二人で一つの人生であったということもできる。江戸時代の商家も養子で保っていたし、明治時代の斉藤茂吉も吉田茂も養子だった。養子は実子よりも親の志を引き継ぐ場合が多い。養子であることの意味を深く自らに問い、求められている課題を追うからだろう。【お知らせ】この番組のもとになった書籍『偉人の命日366名言集―人生が豊かになる一日一言』をポッドキャストリスナーへ特別価格で販売いたします。『久恒啓一オンライン書店』(https://hisatune.official.ec/items/9322532)にアクセスして、クーポンコード入力欄に『MEIGEN』と入力いただくと500円引きでご購入いただけます。【久恒啓一】図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ■Produced by KOELAB
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