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推しタカボイスドラマ「空と海の彼方に〜ちいさなちいさな海辺のまちのエモエモ物語」

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1944年、戦時下の愛知県・高浜市。世界の美しい海に憧れながら、衣浦の小さな海で修行をする人魚姫ルイーズ。彼女が出会ったのは、徴兵検査で落ち、居場所を失った青年サトシ。二人は密かに愛を育むが、やがて三河地震、そして終戦の波が押し寄せる――。歴史とファンタジーが交錯する切なくも美しいボイスドラマ【ペルソナ】主人公・ルイーズ(年齢不詳):北欧生まれの人魚。プリンセス候補の1人。修行のために衣浦の海に住んでいるが、この小さな海がどうしても好きになれない。サトシ(21):高浜の電気工。友達が次々と出征して戦地にいくなか、徴兵検査で丁種となり悶々としている。そんなとき幼馴染のマサルの戦死公報が届く。(CV:山﨑るい)【ストーリー】[シーン1:1944年夏/衣浦の海】※ルイーズのモノローグ◾️SE:潮騒の音/海鳥の声/遠くに聞こえる汽笛赤、青、黄色。色とりどりの魚たちが珊瑚礁の間を泳いでいく。光のカーテンがゆらゆら揺れて、まるで宝石みたいに美しい海。パラオ。透き通るようなエメラルドグリーンの水面。白い砂浜に打ち寄せる波。マンタと一緒に、空を飛ぶように泳ぐ海。モルディブ。エメラルドグリーンからコバルトブルーへ。息をのむような美しいグラデーション。天国に一番近い島。ニューカレドニア。ああ〜、なんて素敵なの〜美しい海は世界中にこんなにいっぱいあるのに・・・◾️SE:暑苦しいセミの声なんで私は衣浦?なんで高浜?海か川か、わかんないような海。いつまでここにいればいいの〜!?私の名前はルイーズ。おわかりだと思うけど、マーメイド。場所によっては、セイレーンとか、ローレライって呼ぶ人もいるわね。日本では、そ、人魚。ジュゴン?マナティ?ちょっと勘弁して。あの海棲哺乳類のどこから麗しい人魚の姿が想像できるっていうの?それに人魚の世界って厳しいのよ。ポセイドンっていう神様の下で何年も修行してやっと自分の海を持たせてもらえるんだから。で、私の海は・・・衣浦?夏だというのにカラフルな熱帯魚もいないし、海亀だっていない。真っ白な砂浜だって・・・なんで?なんでよ〜?ポセイドンさま〜しかも・・・いまって何年?私たち人魚には時間という概念がないからよくわかんないけど・・・1944年?たしか世界中で戦争が起こってたんじゃない?そうそう。ポセイドンさまが言ってたわ。”戦争とは、神々の時代から幾度となく繰り返されてきた愚かな所業。人間たちの欲のために、陸(おか)は火の海となり、美しく青い海は血で赤く染まっている。かつては美しく、清らかであったこの海も、今や醜い憎悪と悲しみを吸い込み、深く澱んでしまった。人間たちよ、いつか、その報いを受けるであろう”だって。この高浜ってところには、まだ爆弾とかは落ちてないんだけど、人間の数がどんどん減っているんじゃない?男の人は戦地に送られ、女の人や学生さんは名古屋の工場に行ってる。畑とか田んぼとかどうするのかしら?陸(おか)の食べものがないからって、魚をもっといっぱい獲っちゃうの?魚って私たち人魚の眷属だから、守ってあげないと。チヌ、セイゴ、メバル、カサゴ、サッパ、ハゼ、イサキ、シイラ。みんな、隠れなさい。逃げなさい。人間なんかにつかまっちゃだめよ。私が魚たちを転進させている頃、陸(おか)の上ではいろんなことが起こってたみたい。知らんけど。[シーン2:1944年秋/出会い】◾️SE:友人の葬式(棺桶に入っているのは戦死の知らせの紙だけ)「このたびはご愁傷さまで・・・」「あ、サトシです。ほら、小さい頃マサルと一緒に遊んだ・・」「ああ、ボクには赤紙はまだ・・・」「そ、そうです。徴兵検査で丁種(ていしゅ)だったので・・・」「非国民?そんな・・そんな・・・ボクだって」「帰れ?お願いです!線香の1本くらいあげさせてください」「マサルの・・」◾️SE:バシャっと水をかけられる音「失礼、しました」海沿いの古民家でおこなわれていたお葬式。一人の若者が、水をかけられて、追い出された。ってか、家にもあげてもらえなかったのね。なんか、陰鬱な顔してひとりで海の方へとぼとぼ歩いてくる。私は退屈だから、浜辺に腰掛けて、人間の営みをぼんやりと眺めていた。どこの家も軒先に赤い提灯を飾るんだ。ほおずき提灯っていうの?いまの時期だけかしら。きれいだな。衣浦に夕陽が沈む。夕陽のオレンジとほおずき提灯の赤が混ざり合って幻想的な風景を作り出す。まあまあ、かな。悪くない。そのとき・・・◾️SE:海に身を投げる音「ザバ〜ン!」え?なに?向こうの岩場だわ。尾鰭を素早くくねらせて水音がした方へ泳ぐ。あれは・・・人間だ。あっ。さっき、夕方。お水をかけられていた男の人。私は、迷うことなく彼を水から引き揚げる。だって、この海で土左衛門なんて、冗談じゃないわ。土左衛門?水死者のことでしょ。春先に、貝掘りにきてたおばあちゃんに聞いたもん。なんか、可愛い呼び方。と〜っても不謹慎だけど。彼を抱えて浜の方へ。よっこらしょっと。なんとか砂浜に寝かせた。意外と軽いわね。ちゃんと栄養とってないんじゃない。よく見ると、可愛い顔。タイプってわけじゃないけど、悪くないわ。思わずじぃ〜っと見つめる。ゆっくりと彼の目が開いた。予想外の展開。私は慌てて、海の中へ飛び込む。人魚の掟では、人間に姿を見られるのは御法度。もしも見られたのが男の人だったら、その人と結ばれないといけないの。女の人だったら?あ、それは聞かない方がいいと思うわ。それに、私たち人魚に見つめられた男の人は、例外なく恋に落ちるの。これは、ま、絶滅危惧種でもある人魚の、種を維持する本能かも。あ〜、でも危ない危ない。もう少しで結婚しなきゃいけなくなるとこだった。波の下からそうっと陸を覗くと・・・月の明かりに照らされた彼が、浜辺に立っていつまでも海を見つめていた。[シーン3:1944年秋/逢瀬】◾️SE:潮騒の音その日から彼は、毎日浜辺に来るようになった。日が昇る時間からひとりで海にきて、帷が降りるまで海を眺めている。なんで?まさか・・まさか。彼・・私に魅入られてる?夏が過ぎ、秋になって、稗田川から彼岸花の花びらが流れてくる。花びらがピンク、黄色、赤と変わっていっても、彼は浜辺に立ち続けた。これは・・・間違いないわね。わかった、もう私の負け。高浜川からも稗田川からも真っ赤な紅葉が流れてくる季節。私は、彼の前に姿を見せた。波の上に顔だけだして。◾️SE:潮騒の音「やっぱり・・幻覚じゃなかったんだ」「あなた、名前は?」「サトシ。君は?」「私はルイーズ。年はいくつ?」「廾壱(にじゅういち)。君は?ルイーズ」「失礼ね、女性に年を聞くもんじゃないわよ」「これは失敬」「年が明けると120歳くらいかしら・・」「ひゃ、ひゃくにじゅっさい・・・」「繰り返さないでよ」「ご、ごめん。でもまだ信じられない」「そりゃそうよね。人魚は人間の前に決して姿を見せないんだから」「え・・・じゃ、どうして姿を見せてくれた の?」「それは・・・ま、おいおいわかるわよ」「なんか・・怖いな」「臆病なのね」「臆病・・・そんなことはない!!どんな理由だって構わないさ。僕は・・・君のことを慕っているのだから」「やっぱりそうよねー」「すごい自信だな・・」「いや、そういうわけじゃないけど」「君のことをもっと知りたいんだ」「いいわ、教えてあげる」私は、波の上に腰から上を出した。長い髪で胸を隠して。立ち泳ぎしながら、尻尾の先を波間から出す。「本当に・・人魚なんだ」「私、こう見えて王家の出なのよ。プリンセス候補のひとりってわけ」「プリ・・・?」「プリンセス。お姫様ってこと」「お姫様・・」「そ。で、いまはこの衣浦の海で修行中」「そっか・・・」「あなたのことももっとちゃんと教えて」「わかった」私たちはこのあと、1時間以上も語り合った。サトシの身の上。父も母もサトシが幼い頃に亡くなって、身寄りもなく物乞いのような生活。食べ物につられて戦争の徴兵検査に行ったけど持病で落とされたこと。幼馴染の両親から、非国民と言われて、身を投げたこと。そうだったんだ。人間の世界も楽じゃないのね。いつの間にか、サトシは波打ち際まできて、かがんでいる。私も首だけ出していた波間からサトシの前へ。尾鰭もあらわに、ぺたんと波打ち際に座っている。話を聞きながら、私はサトシの手を握った。私を見つめるサトシの瞳が潤む。高浜の誰もいない砂浜。月明かりの下。サトシと私は人目を忍んで逢瀬を重ねていった・・・※続きは音声でお楽しみください。
忘れ物を届けた先にあったのは、過去の自分だった——。セントレア空港で働くルイ(28歳)は、ロスト&ファウンドでNBA選手のボールを預かる。持ち主は、プロ入り4年目・未だ無得点の控え選手エバン・ヒーロー。夢を諦めかけたふたりに訪れた、「セカンドチャンス」とは?・高浜市×セントレア×NBA・感動のクライマックスはまさかのゴール下!バスケ経験者にも、そうでない人にも届けたい、再出発の物語。(CV:山崎るい)【ストーリー】<『セカンドチャンス』>主人公・ルイ(28):セントレア空港のロスト&ファウンド係。几帳面で冷静、でも実は学生時代バスケ部でNBAの大ファンだったがインターハイ予選の決勝でセカンドチャンスを外して敗退。それがきっかけでトラウマに。エバン・ヒーロー(24):NBAのベンチメンバー(補欠)。来日試合のためにセントレア経由で入国。誰よりも努力家だが入団以来公式戦で得点がない。日本が嫌い[シーン1:インターハイ決勝のトラウマ/2015年8月高浜市体育館(碧海)】◾️SE:会場の大歓声「ルイ、スクリーン!」「OK!」2015年5月30日。その日、碧海町の高浜市体育館は、熱狂的な歓声に包まれ、シューズの摩擦音が響いていた。インターハイ予選決勝、残り時間はあと10秒。1点ビハインドで迎えた、九死に一生の場面。ポイントガードがインサイドに切れ込むセンターのミサキにパスを送る。だが、相手チームの厳しいディフェンスがミサキのシュートを阻んだ。ボールはリングに嫌われ、無情にもリムを叩いて転がっていく。その瞬間、私は無意識に動き、ルーズボールに飛び込む。「ルイ!今よ!セカンドチャンス!」視界の端に、赤く点滅するショットクロックが見えた。もう時間がない。拾い上げたボールを抱え、私は迷わずドライブを仕掛ける。マークについていた相手フォワードをクロスオーバーで抜き去り、ゴール下へ。ノーマークだ。誰もが私のシュートが決まることを確信した。しかし、放たれたボールは・・・◾️SE:会場のためいきと大歓声実況アナウンサーの絶叫が、耳に突き刺さる。ボールはリングに弾かれ、無情にもアウトオブバウンズ。その瞬間、試合終了を告げるブザーが、私の心を打ち砕いた。鼓膜から歓声は消え去り、凍り付いた時間の中でコートは静まり返る。チームメイトの慰める声も私の耳には入らない。ベンチから歩いてくる監督は、作り笑顔の中に落胆した表情が隠せない。この日を境に、私の心からバスケットボールという言葉は消えた。あんなに好きだったNBAの試合ですら怖くて見れない。高校最後の初夏が、私の一番好きなものを奪っていった。[シーン2:中部国際空港セントレア】◾️SE:空港のガヤ「え?忘れ物?もう〜。帰ろうと思ったのに」あれから10年後の2025年。私は高浜から毎日車でセントレアへ通う。中部国際空港・第1ターミナル1階 総合案内所裏「遺失物取扱所」通称“ロスト&ファウンド”。それが私の職場だ。ガラス越しに見える滑走路と、遠ざかっていく白い機体。カウンターの奥、仕切られた一角で私は丁寧にグローブをはめた。目の前の“拾得物預かり票”にボールペンで書き込んでいく。国内線112便・到着ロビーC付近で拾得。品目・・・・・・ボール?え?ロスト&ファウンドに普段届くのは、財布やスマホ、書類がほとんど。スポーツ用品が届くのは珍しい。しかも・・・このサイズ、この形状、このカラーは・・・バスケットボール。一目見ただけでわかる。プロ仕様のバスケットボールだ。深いオレンジ色の革には、使い込まれた証拠の擦れ。かすかに汗の匂いが染み込んでいる。「・・・まじか」ためらいながら、手を伸ばす。手のひらで感じる感触。顔を近づけたとき、微かに漂う皮の匂い。記憶の奥底に封じ込めたはずの感情が、ふいに呼び覚まされる。ボールのパネルには、筆記体で「E. HERO(イー・ヒーロー)」と刺繍されていた。その下には、見慣れない猛禽類のマークが縫い付けられている。どこかのチームロゴだろうか。高校のとき、あんなに夢中だったNBA。10年という歳月は、私をここまでバスケから遠ざけちゃったんだな。名前まで入れて・・よっぽど大切にしていたボールなんだろう。なんとか返してあげなくちゃ。全然気にもとめなかったけど、何チームかエキシビジョンマッチで来日していたらしい。「イー・ヒーロー・・・?どっかで聞いたような・・」その名前が、私の頭の中をかすめた。ベンチメンバーにそんな名前の選手がいたような・・・でも、NBAの選手がこんな大事なボールを忘れるか・・・?[シーン3:ルイの自宅】◾️SE:自宅の雑踏/ノンアルコールビールを注ぐ音その夜、私はノンアルコールビールを飲みながら自宅のパソコンで名前を検索した。(だって私、お酒飲めないんだもん)検索窓に「E・ヒーロー ・・」と打ち込むと、「エバン・ヒーロー?」続けて「0(ゼロ)」と表示される。なにこれ?ヒットした記事はどれも、彼の短いNBAキャリアと、ベンチウォーマーとしての不遇な日々を報じていた。出場機会はほとんどなく、コートに立っても数分で交代。シュートを放つチャンスすら滅多にない。「garbage time」に少しだけコートに出させてもらってもパスを回すだけでシュートを打たせてもらえない。シュートを打ってもプレッシャーから外してしまう。エバンの公式プロフィールには「キャリア通算得点:0」という数字が、冷たく刻まれていた。なんか、私みたい。胸の奥が締め付けられるような共感を覚える。高校最後の試合。1点のビハインドをひっくり返せるはずだったセカンドチャンス。得点は、2ではなく、0。あの日から私はずっと「0」という数字に追いかけられていた。彼もきっと誰にも理解されない孤独な戦いを続けてきたのだろう。エバンのボールは、ただの遺失物ではない。それは、私自身のトラウマを映し出す鏡のようだった。[シーン4:エバンの泊まる衣浦グランドホテル】◾️SE:空港の雑踏/朝のイメージ遺失物取扱所に並べられた、拾得物預かり票。ロスト&ファウンドの係員として、遺失物の処理には厳格な手順があった。遺失物法に基づいて、拾得物は警察に届け出る。公示された後、一定期間、通常は3ヶ月、持ち主が現れなければ、拾得者のものとなるか、国庫に帰属。国際空港で拾得された場合は、税関や出入国在留管理局との連携も必要になる。通常の手続きを踏んでいたら、間に合わない。エバンが日本に滞在している間に、ボールが彼の元へ戻る可能性は限りなく低い。彼のチームが日本にいるのは数日間。その間に手続きが完了するのは極めて難しい。どうしよう・・・気がつくと、私はエバンたちが宿泊するホテルの前に立っていた・・・※続きは音声でお楽しみください。
「その声は、命を削って届いた」新人声優ルイが挑んだのは、異色の鬼アニメ『鬼師』のラスボス「禍ツ魂」。過酷な現場、突きつけられる現実、そして自身の病——それでも、彼女の声は人々の心を震わせた。SNSでバズり、異例の主人公交代。感動と希望のラスト、そして次回作『蛇抜』へ繋がる予告も─心震える45分、あなたも“あの演技”を聴いてください。(CV:山崎るい)【ストーリー】[シーン1:スタジオオーディション『鬼師 vs 禍ツ魂』】◾️SE:雷鳴轟く豪雨の中『おのれぇ!こざかしい鬼師どもめがぁ!おまえらごときにこの禍ツ魂の術が破れるものか!?これでもくらえ〜!!』◾️SE:爆発音『なん・・だとぉ〜!!!術が効かぬ!鬼瓦に吸い込まれる!!!くそぉぉぉぉ〜!鬼師めが!これで終わりと思うなぁ〜!きさまを倒すまでわれは何度も蘇えるからなぁ!』◾️SE:音響監督のモブ声「はい!オッケー!」あ〜、しまったぁ。ちょいと、やりすぎちゃったかも。いつもの調子で、ハラから思いっきり声だしちゃった。最後、アドリブまで入れてるし・・・ってか今日、バイト先で超ムカついたんだよねー。店長に。早朝のシフト終わって私にかけた言葉が、『おつかれ〜。オーディションがんばって。あでもー。声優なんて食ってけないんだからいい加減あきらめたら〜?』だって。ざけんな、っつうの。あ〜!ったく、セリフに力入ったわ〜。あ、いかんいかん。まだオーディション終わってないし。今日は、一年後に放送される2026年夏アニメのCVオーディション。って早すぎ?いやいや、TVアニメなんてそんなもんよ。絵が出来上がる前のアフレコなんてザラだから。タイトルは『鬼師』。鬼師というのは、鬼瓦を作る職人のことらしい。舞台は愛知県高浜市というところ。なんでも、瓦の生産量が日本一なんだって。へえ〜。知らなかった。物語の世界は、平安時代末期から鎌倉時代。世の中には鬼が闊歩し、人々に畏れられていた。まさに『百鬼夜行絵巻』の世界。鬼たちが集まる高浜には、鬼師がいた。鬼師とは、鬼を討伐する専門職。特殊な結界を張った瓦に、鬼を封じ込めて葬り去る。はるか遠い昔の物語。鬼師と鬼の果てしない戦いを描くアニメだった。CVオーディションは音響監督の決めうちじゃなくて、呼ばれた声優たちがいろんな役を演じる。私はラスボスの鬼じゃなくて、ヒロインの美少女鬼師狙い。だって最近、アニメじゃいっつもモブか人外ばっかなんだもん。そうそう。気持ちを切り替えて、と。よろしくお願いしま〜す!![シーン2:自宅のアパート】◾️SE:小鳥のさえずり/朝のイメージ結局、決まったのは鬼の役。セリフにもあったけど『禍ツ魂』という、すごい名前の鬼。めっちゃ強そお〜。源頼光(みなもとのらいこう)に討伐された酒呑童子(しゅてんどうじ)の転生した姿だって。フィクションだけど。確か、台本の決定稿きてたよなあ・・・◾️SE:台本をペラペラめくる音あれ?なんか、これ。オーディションのときと変わってない?この内容、主人公は・・・禍ツ魂・・・私〜っ!?うっそぉ!いやいや。違う違う。主人公のCV名は私じゃないし。私の名前は下の方だし。いまビデオコンテ作ってるとこだって言ってたけど。監督とシナリオライターの間でなんかあったのかなぁ。と、と、とにかく。本番までまだ一ヶ月あるから、台本読みこんどかなきゃ。役作り役作り。[シーン3:渋谷のアフレコスタジオ】◾️SE:スタジオのガヤ「おはようございま〜す!禍ツ魂で入らせていただきます!ルイです!よろしくお願い申しま〜す!」15分前。よし、まだスタッフさんだけだ。じゃなくて、音響監督さんは副調整室の中か。モブシーンを先に録ってるんだ。あ、あの子たち。私の同期。今回はモブ役なんだね・・◾️SE:同期の声優がスタッフに対して「おつかれさまでした」「あ、あ・・お、おつかれさまでした。あ、あの・・・」え?なんか、フツーにスルーされちゃった。どゆこと?私、なんか、悪いこと、した?と思う間もなく、鬼師役の声優さんが入ってくる。そうだ、主人公。彼女に決まったんだ。別の事務所だけど、いま結構売れてる子だよね。レギュラー5本以上やってる。あの話題作の映画にも出てたんじゃないかしら。年下だけど。◾️SE:鬼師役の声優「おはようございま〜す」「お・・おはようございます。今日(きょう)は・・・」「あ、監督。セリフでちょっとわからないとこ、あるんですけど」え?また?ガンムシ?そういえばレギュラーメンバー、みんなそこそこ売れてる声優ばっかりだ。やっぱ、地上波のレギュラーアニメだもんね。私、ここにいていいのかな。浮きまくってる。ああ、どうしよう・・・ただでさえ、人見知りするし、人と話すの得意じゃないのに。◾️SE:音響監督「よし、じゃあスタンバイ!リハホンでいくぞ」「はい」「は、はい・・」◾️SE:音響監督「まだ絵がVコンでボールドないから、自分のタイミングで入って」◾️BGM:盛り上がる鬼出現のBGM「出たな、禍ツ魂・・・」「きさま、鬼師の分際で・・」◾️↑2人同時に言葉が被る「え?」「あ」セリフが被ってしまった。そんなミス、フツーありえない。スタジオの副調がザワつく。「ご、ごめんなさい。台本に・・」「それ、古い台本じゃない?」「え、そ、そんな・・・」「決定稿はこれよ」「わ、私その台本(ほん)もらってない・・・」「マネージャーに文句言っときなさい」「は、はい。すみませんでした・・・」「あ〜あ」なんでだろう。決定稿だっつって、一昨日事務所でもらった原稿なのに。いつ入れ替わった?あのとき、事務所にいたのは・・・はっ。さっきのモブの子たち。まさか・・・だめだめ。そんなこと考えるもんじゃない。それこそ、鬼になっちゃうよ。予備のホンをもらってなんとかその場をしのぐ。ニコリともせず、鬼師役の子はモニターに向かって見えを切る。「出たな、禍ツ魂!汚れた魂を私が作った瓦の結界で浄化してやる!」「なにを鬼師の分際で!返り討ちにしてくれようぞ!雷(いかづち)よ、天を裂き、鬼瓦を打ち砕けい!」◾️SE:雷鳴轟き豪雨が降りしきる「念を込めた鬼瓦がおいそれと破れるものか!臨(りん)兵(ぴょう)闘(とう)者(しゃ)皆(かい)陣(じん)烈(れつ)在(ざい)前(ぜん)!」「九字切り(くじきり)かぁ!おのれえ!!」「ノウマクサーマンダ バザラダン!」「く、苦しい!心臓が・・・!」え。本当に胸が苦しい・・・なんで・・・?なんとか、このシーンだけ乗り切らないと・・・「ウンタラタ カン マン!」「ぐえ〜っ!!!」[シーン4:自宅のアパート〜1年後へ】◾️SE:コーヒーを沸かす音第一回目の収録はなんとか気力で持ちこたえた。いったいなんだったんだろう?胸の痛み。スタジオから出たらすっとひいたけど。最後のシーン、一発オッケーでほんとによかったわ。不安を残しながら、ゆっくりと収録の回数を重ねていく。月1のアフレコの日程。アニメーションの方は制作がだんだん追いついてくる。最初は動かないラフスケッチのビデオコンテだったのが清書のキャラクターになり、色がついていく。アニメの本数は、1クール12本。11話まで収録が終わり、アフレコもあと1話のみを残すだけとなった。季節は巡り、気がつけば夏アニメのオンエアが一斉にスタート。あっという間に一年が経っていた。宣伝にあまりお金をかけないと言っていたプロデューサー。そのせいか、あまり前評判に上がってこなかった。まあなんとか、人気声優が出てるってことでたまにネットニュースにはなってたけど。あ、もちろん、人気声優ってのは、主人公のあの子ね。私にとっては初めての大きな仕事だったからわざわざテレビを購入して、リアタイでアニメ鑑賞。TVの前で正座・・・って昭和の人ってこんな感じ?◾️SE:TV音声「ノウマクサーマンダ バザラダン!」「く、苦しい!心臓が・・・!」このシーン。あのあと病院に行ったら、『心臓弁膜症』って言われたのよねえ。加齢とともになる人が多いらしいんだけど、調べてもらったら、先天性なんじゃないかって。私、人前に出るの苦手だったし、あんまし大きな声とか出さなかったから。症状でなかったのかも。声優、やっていけるかな・・・それでも収録は毎月。私は、食事療法と運動療法を密かに続けた。収録のときは薬をポッケにしのばせて。まあ、あと一回だし。がんばってやり切るぞ![シーン5:渋谷のアフレコスタジオ】◾️SE:スタジオのガヤオンエアの一週間後。最終回の収録で渋谷のアフレコスタジオへ。エレベータが開(あ)き、スタジオのロビーへ足をふみ入れた瞬間。◾️SE:クラッカーと「おめでとう!」の声と拍手・歓声え?なに?なに?「おめでとう」鬼師のあの子が笑顔で私に花束を渡す。え?どういうこと?わかんないわかんない。「ひょっとして・・知らないんだ」「え?なにが?」「SNSとか見ないひと?」「いや、昨日は・・・」病院で点滴、とは言えなかった。「あなたの演技。トレンド入りしてるわよ」「うそ・・」※続きは音声でお楽しみください。
「恋は泡沫」は、愛知県高浜市の伝統と歴史、そして現代の若者の心を繋ぐファンタジーです。高浜市は、鬼瓦の産地として知られ、町のあちこちで雛人形や細工人形が見られる「人形のまち」としても有名です。そんな高浜市を舞台に、内気な高校生・ウミが、家に伝わる古典雛に秘められた千年の恋の物語に巻き込まれていきます。夢の中で響く和歌の声、蔵の奥で見つけた男雛、そして平安時代の宮中での歌会—。時を超えた魂の出会いが、ウミの心を揺さぶります。この物語を通じて、古の文化や和歌の美しさ、そして現代の若者の繊細な心情に触れていただければ幸いです。この物語は高浜市オリジナルアニメ「いきびな」のスピンオフ〜前日譚です(CV:山崎るい)【ストーリー】[シーン1:ウミの夢の中1】◾️SE:遠くで波の音〜風の音〜笛のようなかすかな旋律『人知れず こそ思ひ初(そ)めしか・・・』「え・・」ここはどこ?・・・夢?ああ、ここ、私の夢だ。『いつよりか 面影見えぬ 時もなき身ぞ』なに?和・・歌?きいたことない歌だし・・・また夢を見た。ここんとこ、毎晩同じ夢・・・。私はウミ。吉浜に住む、女子高生。JK。高校1年生。3月のひな祭りが終わってから、ずうっとこの夢を見てる。白い霧の中に響き渡る声。和歌を読み、私に問いかける。声の主が姿を見せることはない。なんなの、いったい。吉浜は人形のまち。ひな人形や細工人形がまちのあちこちで見られる。もちろん、うちの家にも。うちは、桃の節句がとうに過ぎたいまも現在形。一年中、家の中のどこかに雛壇が置いてある。立春の日から桃の節句まではリビング。それ以外は奥の間。小さい頃からずっとそうだったから、ヘンだと思ったことはない。友だちの家に行ったときは、どこにあるんだろって探したりしたけど。それより疑問だったのは、男雛がいないこと。うちでは、男雛を飾らないんだ。小さい頃、一度おばあちゃんにきいたことがある。「どうして男雛がいないの?」おばあちゃんは優しい笑顔で、”女雛と男雛を並べると、よくないことが起きるんだよ”と言った。そう言われても全然理解できなかった。だって・・・お友だちの家でも、お店のショーウィンドウでも、女雛と男雛は仲良く並んでるんだもの。だけど、なんだか怖くて、言い返せなかった。家のなか、どこかに男雛はいるんだろうけど・・・探そうとも思わなかった。[シーン2:ウミの夢の中2】◾️SE:遠くで波の音〜風の音〜笛のようなかすかな旋律『人知れず こそ思ひ初(そ)めしか・・・』まただ。今日も夢を見ている。『・・ いつよりか 面影見えぬ 時もなき身ぞ』だれ?あなたは、だあれ?「わらわは親王・・・」え?答えた?親王?親王って?「新(あらた)の鎧、とでも呼ぶがよい」新の鎧?よけいわかんない。「千年の時を越え、魂は、君を待ちわびて候ふ・・・」だからわかんないってば。(『人知れず こそ思ひ初(そ)めしか』)またいつもの和歌だ。何度も繰り返すから覚えちゃった。明日学校で調べてみようっと。[シーン3:学校の図書館】◾️SE:図書館内のざわめきあった。「人知れず こそ思ひ初めしか いつよりか 面影見えぬ 時もなき身ぞ」読み人知らず?人に知られないようにと思い始めた恋なのに。いつからかあなたの面影が浮かばない時はなくなってしまった。はぁ〜。なんて切ない歌。意味もなく、幼馴染のソラのことが、思い浮かんじゃった。意味がない、わけじゃないけど・・ソラは同級生。家も同じ吉浜で、小学校も同じ吉浜小学校。中学も同じで、不思議と毎年同じクラスだった。部活は違ったけど、家が近いから帰り道も同じ。合わせてるわけじゃないけど、いつも一緒に帰る。合わせてる・・・んだけど。本当は。[シーン4:家の蔵:物置】◾️SE:探し物をする雑音見つけた。母屋とは離れたところにある「蔵」。うちは古い家だから、「蔵」なんてものがあるんだ。昔の道具がしまってある奥の一角。さらにその一番奥に置かれた大きな桐箪笥。桐箪笥の一番下の引き出し。それは桐の箱におさまっていた。きれいな匂い紙に包まれた”男雛”。埃がつもった和紙から取り出すと・・・なんて美しい顔だち。誰かに似てる気もするけど。家の人が気づく前に、私は雛人形が飾ってある奥の間へ。3月と同じように、美しく並べられたお雛様。その一番上。女雛の隣がぽっかりあいている。いつも思ってた。女雛、寂しそうだな。少し震えながら手に抱えた男雛を、ゆっくりと女雛の横に置く。その瞬間。部屋の中に風が吹き荒れ、真っ白な光に包まれた。え〜っ!?うそ〜![シーン5:平安時代の宮中:歌会始め】◾️SE:静かに流れる雅楽ここは・・・ど、どこ?晩春の穏やかな日差しが差し込む、宮中の庭園。曲がりくねった遣水(やりみず)のほとり。色とりどりの狩衣(かりぎぬ)や小袿(こうちき)を纏った歌人たちが、優雅に座している。な、な・・・なんで?歌人たちの前には、香を焚いた硯と白い短冊。風に揺れる梅の花が淡い香りを運んでくる。金屏風の前、一段高い位置に座しているのは・・・まるでお人形のような姫君。年の頃わずか十歳ほどながら、その佇まいは宮中の気品を湛えていた。高貴な身分であるのは一目でわかる。艶やかな桜色の十二単を纏い、襲(かさね)の色目は、春の霞を思わせる淡い色合い。光の加減によって微妙に変化し、思わずみとれてしまう。私、どうなったの?いま、どこにいるの?もともと、あまり感情を表に出す方じゃないから取り乱したりはしなかったけど・・・気を落ち着かせて深呼吸。ふう〜っ。私の目は壇上の姫君に釘付けとなった。姫君の黒髪は、肩を越えて背中まで滑らかに流れ、艶やかな光沢を放っている。表情は年齢に似合わぬ落ち着きを見せ、周囲のざわめきにも動じていない。薄く白粉(おしろい)を塗られた額。小さく紅を差した唇。彼女の視線は、常に一点を見つめている。私?いや、違う。私の右横、1人の青年に向けられていた。下を向いて短冊に何か書いているから、顔がよく見えない。着ているものは、狩衣(かりぎぬ)に烏帽子(えぼし)。「文様」や「刺繍」が入っていないからきっと下級貴族ね。私、万葉オタクで、平安時代フェチだから、よくわかる。狩衣とは、万葉の時代のカジュアルな服装。袖や脇が縫い合わされてないから、動きやすいのよね。位が高い貴族だと文字を入れるんだけど。烏帽子は細長い被り物。黒い色がよく似合ってるわ。姫君は、視線を動かさないまま白い短冊に和歌を書く。心の内に浮かぶ想いを和歌に託して書いているんだ。やがて、書き終わった姫君は口を開く。(※アニメ/ヒメのセリフから抜粋)「しのぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで」周囲の歌人たちから感嘆の声があがる。え?それって、平兼盛の歌じゃなかったっけ?読み終わったあと、じっと見つめる姫君の視線の先。隣の青年が顔を上げた。ソ、ソラ!?青年の顔は幼馴染のソラとうりふたつ。っていうより、ソラそのものだった。私が声をかけようとしたとき、短冊を手にして、ソラの口が開いた。『人知れず こそ思ひ初めしか・・・』「ソラ!だめ〜っ!!」思わず、声が出てしまった。一斉に私の方を振り返る歌人たち。姫君は・・・困惑と憤怒の表情で私を睨みつける。憎しみに満ちた表情のまま壇上で立ち上がった。その瞬間。歌会は再び真っ白な光に包まれる。ゆっくり光の霧が晴れていくと・・・目の前には見慣れた雛壇。おうちだ・・・いまの、一瞬の異世界召喚だったってこと?う・・・うそみたい・・・なんだったの、いったい・・・はっ。私は思わず雛壇の一番上から、男雛をつかむ。女雛にキッと睨まれた気がした。そのまま母屋を飛び出す。門扉の向こう側、家の前は学校へつづく道。塀越しに、道の向こうから部活帰りのソラが歩いてくる。「ソラ!」ソラがうちの前を通り過ぎたとき。私は思わず、男雛を抱えたまま、家の外へ出る。はぁ、はぁっ・・息を切らして駆けていく私。不思議そうな顔で私を見つめるソラ。ソラの視線は私の顔から、胸に抱いた紙包へ。『それは?』あ・・・「ううん。なんでもない」私はポストの後ろに男雛を隠した。「それより、鶏めし食べに行こうよ。おなかすいちゃった」『でも、もうすぐ夕ご飯だろ』「いいから。行こう」『わかった』千年の時を越えて出会った魂。姫君と狩衣の青年。姫君の、恋に焦がれる瞳。その想いは手に取るようにわかった。だって、それは私の想い。いつかソラに私の想いを伝えられるとき。もう一度、あの瞳に出会うかもしれない。なんだか、そんな気がする。十二単のような夕陽の茜色が、あたりを赤く染めていった・・・
愛知県高浜市。海と風に恵まれたこの町には、どこか懐かしさとぬくもりが残っています。『最後の弁当、最初の産着』は、そんな高浜を舞台にした、ある母子の物語です。体の弱かった息子と、たったひとりで彼を育ててきた母。毎日手づくりされた弁当には、食べ物以上の「想い」が込められていました。編み物で包んだ愛情と、ことばでは言えなかった「ごめんね」「ありがとう」の気持ち。それらはすべて、小さなお弁当箱のなかに詰まっていたのかもしれません。時代が変わっても、どんなに忙しくても、人の心を動かすのは、ささやかな日常と、積み重ねられた想いです。Podcastでは音で、「小説家になろう」では文字で、この物語を、ぜひあなたの心で感じてみてください。■設定(ペルソナ)とプロット・息子(18歳)CV:桑木栄美里=幼い頃から体が弱くアレルギー体質。小学校入学時からずうっと毎日作ってくれる母の弁当に育てられたといっても過言ではない・母(39歳)CV:山崎るい=シングルマザーで働きながら息子を育てた。アレルギー体質になっている息子に対して責任を感じ、どんなに忙しいときも毎日弁当を作ってきた<序章/1998年3月>■SE〜赤ちゃんの産声初めて息子の産声を聞いたとき、私は感動で胸が震えた。”この子のためなら、私はどんなことでもしよう”強く心に誓う。そんな喜びも束の間。母乳を飲む息子に異変を感じた。最初は皮膚に現れた湿疹。それは乳児特有の症状だと思っていた。ところが、気がつくと母乳を飲みながら、苦しそうに息をしている。そう。これは・・・アレルギー反応。母乳に含まれる特定のタンパク質に反応して起こっているらしい。原因は、私が普段食べているもの。私はシングルマザーだ。父も母も日本にいない。働いているのは、高浜の特別養護老人ホーム。介護士として入所者のいろんなサポートをしている。当然、仕事は不規則。食事も朝昼晩、決まった時間になんてとれない。ランチなんて食べる日の方が少ないくらい。夜遅く家に帰ってきて食べるのは、決まってカップラーメン。こんな食生活が、子供をアレルギーにしてしまったのかもしれない。”この子のためにできること”私は、所長に相談して、介護職から生活相談員に変えてもらった。今までのような夜勤や宿直もやめて、日勤だけに。夜勤手当がなくなる分、生活は苦しくなるけど、仕方ない。食生活だってもちろん変えた。食事はすべて自炊。食材もなるべく添加物の含まれていないものを選ぶ。ポイントは、原材料欄のなるべく少ないもの。そうすれば、意外と高いお金を払わなくてもいけるんだ。”この子のために”生活を切り詰めても、この子に貧しい思いをさせるのはいや。そうだ。私、子供の頃から手先が器用で編み物が得意だったんだ。着るものはもちろん、マフラー、手袋、靴下、ポシェットやブランケットまで。なんでも、手編みでつくった。『子供がアレルギーになるのは、母親の愛情が足りないから』無神経なことを言う人も周りにはいたけれど、関係ない。だって、愛情なら負けないもん。使うのは安価なアクリル毛糸。そうそう、百均の毛糸や編み針って、安いけど結構品質がいいんだよね。<シーン1/2002年3月>3年後。息子の3歳の誕生日。私は息子に、名前入りのキラキラしたセーターをプレゼントした。「やったぁ!ママ大好き!」ウールの毛糸はちょっと高かったけど、息子の喜ぶ顔を見たら、そんな思いは吹っ飛んだ。4月になって、保育園に行くようになると、息子の身の回りはメイド・イン・ワタシのニットで溢れかえっていた。先生からもらってくる連絡ノートにも、『おかあさんの愛情あふれるニットに包まれて、息子さんは幸せですね』なんて書かれていた。よかった。編み物をして。私は日勤の仕事になったけど、それでも仕事を終えて帰宅するのは夜7時。それまでは延長保育で園に預かってもらう。延長保育は有料だけど、働きながら子育てしてる私には助かる。私、基本的に残業はしないけど、ときどき息子が一番最後だった。それでも息子は笑顔で私のもとに駆けてくる。なんか、私の最大の理解者って感じ。先生も、延長保育の間、息子はいつもニコニコして絵本を読んでるって。ありがたいなあ。保育園に入る頃から息子のアレルギーも治ってきたようだ。食生活の改善が効いてる?下処理を工夫して作ってるんだから。このまま、健康になって、元気に育ってほしいな・・・<シーン2/2008年3月>息子の9歳の誕生日。早めに仕事を切り上げて、学童へ迎えに行くと、なんだか元気がない。車の中でも無口だ。アパートに帰り、朝仕込んでおいた料理を仕上げる。息子の大好物、私の得意料理、とりめし。少〜し豪華に、平飼いの地鶏のもも肉で。だって誕生日だもの。雑穀米を加えて、栄養価と食感をプラス。うずらの卵、にんじん、しいたけなどを加えて、特別感を演出する。全部オーガニックよ。帰り道のケーキ屋で買ってきたスイーツは冷蔵庫へ。ちょっと奮発してカップケーキ2つと、息子が大好きな生パピヨンというスポンジケーキ。今日は半分だけにして、残りは明日食べよう。とりめしを食べ終わった息子に、可愛くラッピングしたプレゼントを手渡す。息子は黙って受け取り、包みをあけた。中から現れたのは、サッカー柄のニット帽とリストウォーマー。私の手編み。自信作。最近休み時間にいつもサッカーやってるって言ってたから。喜んでくれていると思って、顔を覗き込むと・・・「こんなのいらない!」息子はプレゼントを私に投げつける。そのまま、自分の部屋に引きこもってしまった。正確に言うと、簡易パネルで仕切った勉強スペースだけど。少し時間をおいてから息子に話しかける。「ごめんね。気に入らなかった?」息子はうつむいたまま私に説明した。『小学校高学年になって母親の編み物を身につけるなんてダサい』友達からこう言われたそうだ。「そっかぁ。そりゃそうだね。もう9歳だもんね。ママ、考えが足りなかったね。ホントごめん」そう言って私はアパートを出た。その足でショッピングセンターへ向かう。明日の晩御飯の食材、用意していなかったな。なにしろ慌てて帰ったから。そのあと既製品の帽子とリストウォーマーを買った。息子が大好きなブルーとレッドのストライプ。このくらいの出費は、ちょっと残業すれば大丈夫、大丈夫。この日を境に、私が毛糸を買うことはなくなった。編みかけだったものもすべて封印した。問題ない。ようし、明日からまたがんばろう。息子のために。<シーン3/2014年3月>中学を卒業して高校へ入ると、息子は吹奏楽の部活を始めた。なんでも、吹奏楽で有名な高校らしい。2年生になったころ、しばらく朝練が続いた。朝5時に家を出る。私は4時起き。いいのいいの。早出で残業つけさせてもらえるから。こんなときは息子だけじゃなく、私も体調管理には注意しないとね。最近は弁当を残してくることが多くなった。疲れてるんだろうな。それに準レギュラーだって言ってたからストレスもあるだろうし。それならば・・大好物のとりめしをおにぎりにして、鶏のガラスープを水筒へ。味付けはあっさり目にしたから体にもいいのよ。息子との会話はほとんどなくなっちゃったけど、お弁当で話せるから問題ない。息子の気持ちに合わせた、栄養バランスの良いメニューと、さりげないメッセージ。吹奏楽の大会の日は・・・無添加の豚肉に大根おろしとポン酢を添えて『負けないで。君の音が、ちゃんと届きますように』風邪気味で食欲がないときは・・・雑炊風のおかゆと無農薬の温野菜で『無理しなくていい。ゆっくり回復しよう』ひょっとして失恋したかもしれない日は・・授産所のみなさんが手作りで焼き上げたクッキー。少〜しだけビターな、ぱりまるしょこらクランチね。食物アレルギーの原因食品、特定原材料7品目が不使用なんだから。メッセージはこう。『サクッと次いこ!甘くてビターな心を癒して』なんて感じ。毎日大変だろうけど、がんばって。<シーン3/2015年3月>高校の卒業式は、息子の誕生日だ。前日が最後のお弁当。息子は東京の医大に合格した。小さい頃からの夢で医者になりたいんだと。そんなこと言ってたっけ?卒業式の前の日。『最後の弁当は、息子の好きなものばかりにしてやろう』だからいつもより30分早く支度を・・・そう思ってキッチンへ行くと、え?息子の後ろ姿。しかもエプロンをしている。そっかぁ。最後だから自分で作ってみようってことね。えらいえらい。料理に夢中で気づいていないみたいだから、私はそっと布団に戻った。ほどなく息子が戻ってくる。私はいま目覚めたかのように、体を起こして「おはよう」と声をかけた。食卓へ行くと、料理が並んでいる。カルボナーラ、肉じゃが、スイートポテト。なにこれ?ぜんぶ私の好きなものばかりじゃない。「ママ、今までありがとう。僕の気持ちだよ」ちょっとちょっと。やめてよ。自分のお弁当を作ってるのかと思ってた。「お弁当は作ってないの?」「ママの弁当じゃなきゃダメに決まってるじゃないか」「もう〜しょうがないなあ」そう言って息子に背を向け、キッチンに立つ。※続きは音声でお楽しみください。
『ひいなの目覚め』は、高浜市の伝統行事「こども雛行列」をきっかけに、二人の女性が過去と向き合いながら、新たな一歩を踏み出す物語です。主人公のルイは、名古屋の大手デパートで働くバリキャリ女子。彼女の部下・エミリは、雛祭りの企画を通じて「おひなさま」に込められた本当の意味を伝えようとします。偶然にも、二人のルーツは同じ高浜市。過去の記憶が呼び覚まされるなか、彼女たちは何を見つけるのでしょうか?幼いころの記憶、大切な人への想い、そして“おひなさま”に込められた願い――。心の奥に眠っていた想いが、ゆっくりと目を覚ましていきます。本作は、Podcast番組「Hit’s Me Up!」の公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Appleなどの各種Podcastプラットフォームでも配信中!■設定(ペルソナ)とプロット・ルイ(34歳)CV:山崎るい=名古屋市内の大手デパートで企画広報部長をつとめる。ストイックで仕事熱心な彼女のことを部下たちは影で”鉄の女”と呼んでいる。高浜市出身だが忙しくて年末年始も帰省できていない・エミリ(28歳)CV:桑木栄美里=ルイと同じデパートで働くルイの部下。大学時代にマーケティングを学び企画広報部の中心。本当は大学を卒業するとき絵画を学び直して美大へ進みたかった。周りには隠しているが実は高浜市出身(就学と同時に親の転勤で引っ越していった)・・・※ルイの母親=CV:桑木栄美里<シーン1/1995年3月:高浜市の雛めぐり>■SE〜子供雛行列の賑わい「行ってくるね!」艶やかな装束に身を包んだ少年少女が、町を練り歩く。あれは今から30年前。(※ここはフィクションとして30年前にしたいがリアルにいくなら「20年前」/あるいは「ずうっと昔のこと」)8歳の私は、十二単を身に纏い、こども雛行列の先頭を歩いた。こども雛行列。高浜市吉浜地区で毎年おこなわれている伝統行事。姫、殿、官女、五人囃子、右大臣,左大臣、3人の仕丁の15人が縦一列になって吉浜の町をゆっくり進んでいく。”ルイ、この先ずう〜っと健やかに育っていってね”両親の思いを背負って、私は”いきびな”になった。第一回目のこども雛行列。この日の光景は、いつまでも記憶から消えることはないだろう。<シーン2/2025年2月:名古屋市の有名デパート企画広報室>■SE〜会議室の雑踏「今度の催事コンセプトは”弥生〜ひいなの目覚め”です」自信満々でエミリがプレゼンする。エミリは、私の部下。名古屋市内の大手デパートにある企画広報室が私たちの職場だ。今日は、月1回の企画会議。10階に設けられた催事フロアで毎月季節に合った特別展を開いている。今年からエミリが中心となってその企画をプロデュースしていた。「ひいな、というのは日本古来の人形遊びに由来する言葉。雛人形の歴史や文化を通じて、昔の日本の美を紹介しようと思って。もちろん雛祭りにまつわるグルメも」「具体的には?」「まず、「ひいなの美と変遷」と題して、パネル展をおこないます。昔の歴史絵巻から江戸時代の浮世絵まで」「ふうん。それから?」「実物も展示したいと思っています。古典雛とか。徳川美術館なら以前も問い合わせしてるから借りられるかも」エミリは部長の私に臆せず、毅然とした態度で提案する。ほかのスタッフはエミリより年上が多いけど、結構みんな私に距離を置いてるのよね。そりゃまあ・・34歳。独身。企画広報部長。スキルも実力もあってストイック。って先入観があるからしかたない。いまだにおひなさまに憧れを持つ精神乙女だなんて誰も想像だにできないだろうし、ふふふ。「あと、いま話題の福よせ雛を集めるのはどうでしょう?役目を終えた雛人形ということで物語も作って。SDG’sにもなりますよね」「なるほどね。で、あとは?」「グルメですね。大丈夫でよ。京都「亀屋良長」(かめやよしなが)の焼きメレンゲ。東京・神田「すし定」のデカ盛りチラシ寿司。極め付けはお隣・桑名から、はまぐりのお吸い物。有名料亭に出ばってもらってイートインできるようにします。どうですか?」「うん。いいんじゃない。美味しそうだし。でも、ちょ〜っと引っかかるのよね」「え?なにが?」「今回の催事は3月になってからがメインでしょ」「ええ」「テーマがおひなさまだと、時期的にほかのデパートがやりつくしちゃってるんじゃない?」「いや、それも考えたんですけど・・・」「なあに?」ライバル店のの企画って情報入ってきてるけど、なんかどれも似たり寄ったりで、つまんないと思います。私、実は昔からお雛様って特別な思いがあって・・」「え?」「(ちゃんと)みんなにわかってほしいんです。たいせつなこと」「たいせつなこと?」「お雛様って、女の子の健やかな成長を願って女の子が元気に育ってくれるように飾るもの。そんなん常識だけど、だけじゃないんです。平安時代なんて子供がちゃんと大きくなるのって大変だった。幼いうちに亡くなっちゃう子が多かったから。で、流しびなをして、心から願ったんです。だから私、昔と今を結ぶような催事にしたいと思って」「そっか」「それに、最後の仕掛けとして、”桜”につなぎたい」「桜?」イベントの後半は、次の季節への橋渡しをテーマにしちゃだめですか?『ひいなが目覚めたら、春を迎える』という感じで」「・・・わかった。いいよ」「やった」「そもそも福よせ雛っていうのは、おひなさまだけじゃなくて五月人形も入れていいんだから」「そうなんですね」「じゃおひなさまと桜をテーマにとりいれましょ。私からも補足案出していい?」「ぜひ!」「まずパネル展だけど。例えば、喜多川歌麿の「雛祭り」なんて借りられないかしら。私、東京国立博物館に友達がいるから聞いてみるわ」「リア友ですか。部長すごっ」「別に特別なことじゃないわ」「えっと、桜ならいろいろコラボとかできそうですね」「そうそう。東京・長命寺と大阪・道明寺の桜餅食べ比べ!なんてよくない?」「いいですねえ。あと、サテライトイベントでお花見とか」「いいわ。でも、ありきたりのお花見スポットじゃ差別化できないわよ」「ですね。 MTG終わってからリストを出しておきます」「私も付き合うね」「ありがとうございます」エミリって、裏表がないのよねえ。上司が残業に付き合うのって嫌がる子、多いんだけど。マーケターとしていいセンス持ってるし。だからこそ私、そこそこ厳しい上司の顔で接してるの。うん。<シーン3/2025年2月:会議のあと>■SE〜カフェの雑踏「部長、今日はありがとうございました」「ルイでいいわよ、エミリ」「はい・・・ルイさん」「こっちこそ、ごめんね。会議のあとまで付き合わせて」「いえいえ〜・・ルイさんと話してると勉強になるから」「またまた・・・で、お花見の候補地、いいとこありそう?」「難しいですね。有名すぎるところは避けても」エミリは自分のスマホからカメラロールを開く。「いいな、と思ったらお花見NGだったり」「見せてもらっていい?」「ええ、どうぞ」エミリは私の目の前にスマホを置いて、スワイプしていく。「あ〜、ここもだめか」「え、ちょっと待って」「はい?」「1つ前の写真・・」「ああ、これ?おばあちゃんの実家の近くなんです」「それって・・」「高浜・・大山緑地・・・」「千本桜!?うそ・・・」「知ってるんですか?」「だって、高浜は私の実家・・」「え?」「私は吉浜だけど」「おばあちゃんちも・・・」「吉浜なの!?それじゃあ・・」「私、小学校のとき、こども雛行列に参加したんですよ」「え・・」「全然興味なかったんだけど、両親とおばあちゃんに強制的に参加させられて・・」「どうして・・」「私、生まれたとき10歳上のお姉さんがいたんだけど、私が2歳のときに亡くなっちゃったんです」「そんな・・」「だから、パパも、ママも、おばあちゃんも、私にこども雛行列に出なさいって」「ああ、そうか・・。それでおひなさまのことをあんなに考えてたのね」「そういえば、ルイさんって、『ひな祭り』じゃなくて絶対『おひなさま』って言いますよね?」「そうね・・だって、おひなさまは、私にとって特別な存在」「え」「実は私も小学校に入った年、こども雛行列に参加してるのよ」「ええ〜!?」「だけど、もう20年以上帰ってない。昨日も姪っ子からLINEがきたんだけどね。こども雛行列に参加するから見に来てほしいって」「へえ〜。きっと可愛いだろうなあ〜」「だぶんね。でも即答で、無理だって断っちゃった」「そんな・・・じゃあ、今度一緒に里帰りしましょうか!」「千本桜に合わせて?」「うん!」「高浜へ!」「高浜へ!」(※同時に)エミリがいつもの愛くるしい笑顔を見せる。2人の過去が不思議な交錯をして、いまの雛めぐりにつながっていく。あの日のこどもたちの歓声がはっきりと蘇ってきた。
・主人公/ユウジ5歳。戦災孤児(※物語のなかで名前は出てきません)
1945年12月。終戦の年、灯火管制が解除され、暗闇を照らす街灯の光を見つめながら、ユウジは戦争が終わったことを実感していた・・・(CV:山崎るい)
【ストーリー】
<シーン1/1945年12月:終戦後の吉浜>※モノローグはユウジ。五歳児の少年声もしくは女性が出す老爺のイメージ/ユウジの喋り方は戦災孤児らしく声は子供だが口調は大人びている
■SE〜海辺の音/街灯がジリジリと音を立てる
「とうちゃん、かあちゃん・・」
1945年12月。
終戦から4か月。
灯火管制が解除された夕暮れの高浜。
5歳のオレは、粗末な釣竿と釣り糸を垂らす。
ハゼでもタコでもいいからなんかかからんかなあ。
今日も釣れんとどもならん。
もう2日、お腹になんも入れていないし。
締め付けられるような空腹感。
街灯の小さな灯りの中で幸せだった日々を思い浮かべていた。
とうちゃんは戦争にいき、戦死。
かあちゃんは名古屋の工場で空襲にあい、命を落とした。
ぼっちのオレをみんなは戦災孤児と呼ぶ。
かろうじて立っているような街灯。
海辺の砂利道を照らす裸電球。
ジリジリと音を立てて点いたり消えたりを繰り返す。
淡い灯りの中でとうちゃんとかあちゃんの笑顔が、浮かんでは消える。
そのとき、誰かが、肩を叩いた。
『ハロー』(ボイスNo.911797)
天を突くような、のっぽのアメリカ兵がオレを見下ろしている。
驚いて釣竿を放り投げ、立ち上がる。
こいつらが、とうちゃん、かあちゃんを・・・
アメリカ兵は、睨みつけるオレを見て、両手をひろげ、歯を見せた。
たどたどしい日本語で話しかけてくる。
こいつは豊橋の駐屯地からきたGHQの兵士。
名前は、トム。
自分は日本語ができるから、通訳として日本(にっぽん)にきた。
なんで日本にきたのかというと、日本の非武装化、民主化、治安維持だという。
そんな難しいこと言われても、よくわかんない。
オレは横を向いて無視してたけど、トムは前に回り込んできてしゃべる。
根負けして座りなおすと、今度はオレの横に座った。
うわ、座ってもでっかいじゃん。
お相撲さんよりおっきいんじゃんか。
トムはGHQのジープに乗って、高浜の瓦工場を見に来たらしい。
そのあと、町の中をぶらぶらしてたら、オレを見つけたんだって。
街頭の裸電球に2人の姿がぼんやりと浮かぶ。
人が見たらなんと言うだろうな。
オレまた村八分かなあ。
ま、いいや。どうせ、誰も食べもんくれるわけじゃないんだし。
なんて考えてたら、お腹がぐう、と鳴った。
トムはまた、両手をひろげて、オレに何かを差し出した。
お?くんくん(擬音)。
これが噂の「ギ・ミ・チョコレイト」か。
食べてみん、と言われて、恐る恐る口に入れる。
ん?なんだこの味?
はじめて食べる味・・うまい。
知らんかったけど
「甘い」というのは、こういうのをいうんだろうな、きっと。
うすあかりの中で、オレはトムの上着に目がいく。
でっかいポケットが不自然に膨らんでいた。
オレの視線を見て、トムはポッケからなにかをとりだす。
それは・・・一冊の本。
表紙の中で、黄色い髪の少年が空を見上げている。
「え、なんだん?」「リル・プリン」?
なんのこっちゃ。
っていう顔をしてたら、トムがまた話し出す。
これは小さな王子さまが出てくるお話。
フランスという国の作家が書いた童話だ。
息子への贈り物にするんだと。
日本に配属される前、
ニューヨークという町に住む友達に頼んで、買ってきてもらったらしい。
トムに言われるまま、ペラペラと本をめくる。
ああ、英語だし、なんて書いてあるかさっぱりわからん。
でもたまに絵が描いてあるな。
挿絵?
ふうん、そう言うんだ。
文字なんてどうでもいいから、挿絵だけを見ていくと、
変わった男の絵が現れた。
長い棒を持って高いところの行燈に火を点してるのか?
なんだ?これ?
点灯夫?
毎晩街灯に灯りをともしていく男だげな?
はあ?ヒマなんだな。
とは言いつつ、オレは点灯夫の挿絵にひどく興味を引かれた。
オレとトムの頭の上には、挿絵のようにハイカラじゃない
裸電球の街灯がチラチラしている。
このぼろっちい灯りも点灯夫が点していったんだろうか・・・
<シーン2/1946年1月:吉浜>
オレとトムは、それからちょこちょこ会うようになった。
点灯夫の挿絵から入った本だったけど、トムはオレに最初から読み聞かせた。
トムの日本語は、たまにヘンな抑揚と発音があって
聞き取るのに時間がかかる。
それでも、何度も会ううちに、小さな王子様の物語もなんとなくわかってきた。
点灯夫が登場するのは、6つある星のなかで5つ目の星。
なかなか出てこんが。
王子様は点灯夫のことを「もっとも尊敬できる大人」だって言うんだ。
やっぱり、灯りを点すってのは大事なことなんだなあ。
同時にトムはふるさとの話もしてくれた。
聞いたことないけど、オレゴン、という町らしい。
ちょっとだけ、高浜に似てるんだと。
トムはオレゴンのニューポートという港で、灯台守をしていたらしい。
灯台守ってなんだあ?
真っ暗な海を照らす道標?
灯りをともして船を守る?
すげえ。
戦争が始まったら、日系人の捕虜から日本語を教えてもらったんだって。
へえ、それで通訳になれたんか。
オレゴンは漁師まちだったから灯台守の仕事は大切で
トムは戦争にも行かんかった。
そうか、じゃあ少なくともとうちゃんかあちゃんの仇じゃあないんだな。
戦争が終わったとき、トムは占領軍に志願したんやと。
で、船で横浜へ。
そのあと、豊橋の駐屯地に配属されたらしい。
不思議やなあ。
こんな遠くに住むトムとオレが、いまこうして高浜で喋ってるなんて。
だけど、2人の時間はそんなに長く続かなかった。
<シーン3/1946年2月:吉浜>
いつものように衣浦で釣り糸を垂れるオレのところへ
半月ぶりにトムがやってきた。
や〜っとこんかったじゃん
王子様の物語も、あと少しだってのに。
おいなんか、ちょっと、痩せたじゃん。
オレよりずっといいもん食ってるくせに。
トムは、物語の最後の話を読んできかせた。
王子様と飛行士がお別れする場面だ。
「さようなら、僕のともだち。君が笑えば、星も笑う」
その言葉を、トムはオレの方を向き、目を見て口にした。
え?いまなんて?
オレゴンへ帰る?
なんで?なんで帰るん?オレ、またぼっちになるのやだよ。
病気?
ああそうか。
そういう顔色だ。
キャンサー?
そんな病気は知らん。
本?
うん、面白かった。
最後まで読んでくれてありがとう。
なに?
どうすんだ、その本?
オレに、くれるって?
ダメだろ、息子にあげるんじゃないんか?
オレが持っている方がいいって?
・・・
そうか、わかった。
楽しかった。おもしろい言葉がいっぱいで。
「たいせつなものは、目に見えない」
「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えない」
オレも、点灯夫みたいに、この町を照らしていけたらいいな。
ホント、そう思う。
トム、短い間だったけど、ありがとう。オレ、大きくなったら、オレゴンまで会いに行くよ。
トムがまた高浜に来るときは、オレがもっともっと明るい町にしといてやる!
うん、バイバイ。
それがトムと会った最後だった。
あれから80年。
オレはトムと約束したように、電気工事士となって、高浜を明るい町にしてきた。
あのときの街灯も、星の王子さまの挿絵のようにきれいに生まれ変わった。
<シーン4/2025年2月:吉浜>※モノローグはユウジの曽孫。25歳前後の女性イメージ
「なあに?突然呼び出したりして」
「バレンタインに別れ話?」
「いや、冗談。冗談よ」
「うん、わかった。真面目にきくわ」
「君の心に?灯りをともしたい?」
「ぷっ。いやあね、そんな昭和チックな・・・
やだ、それ、ひょっとしてプロポーズ?」
「え?Noかって?なワケないでしょ」
「どうして待ち合わせをここにしたと思うの?」
「上を見て」
「あの街灯、きれいでしょ。私のひいおじいちゃんがつくったんだよ」
「80年前に会った友だちのために」
「目を閉じて」
「もう。いいからつむって」
「今日はね、おじいちゃんが友だちからもらった古い本を持ってきたの」
「1943年にニューヨークで発売された初版よ」
「なにかあててみて。ヒントはね・・・」
「大切なものは目に見えない。心で見なくちゃいけないんだ」
「そう、正解。星の王子さま」
「伏線回収みたいだけど、星の王子さまの点灯夫みたく灯りを点し続けて」
「これから、もっともっと、私も、私の周りも、明るく照らしてね!」
「愛してる」
愛知県高浜市を舞台にしたボイスドラマです(CV:山崎るい)
【ストーリー】
<シーン1/2025年:いきいき広場の建物内>
■SE〜いきいき広場の環境音
「陶芸アーティストが祝辞ゲスト〜!?」
思わず、エキセントリックな声が出てしまった。
私は、高浜市の施設で働く職員。
今年は文化スポーツグループのお手伝いで
「20歳のつどい」の開催準備を手伝っている。
まあ、高浜市なんだから、別に陶芸家が祝辞を述べたって
なんの不思議もないんだけど。
いや実は私、20年前に陶芸家のタマゴと付き合ってたんだよね。
まさか、その彼じゃあないでしょうけど、ドキっとするじゃない。
この20年間で一番驚いたかも。
ビビったときのクセで、思わず目の上のホクロをさわる。
もう・・
ずうっと「死なない程度に生きて」きてるっていうのに。
とにかくもう、考えないようにしよう。
って言っても仕事だから、情報はどんどん入ってくる。
どうもゲストは、海外で地味に活躍している陶芸アーティストらしい。
で、高浜出身。そりゃそうよね。
■SE〜高浜港駅前の環境音(雑踏)
ふう〜。
外へ出て、深呼吸。
気分を変えようと、自販機でお茶を買ったとき、
ふと目の端になにかが映った。
横断歩道を高浜港駅の方から歩いてくる・・・おばあちゃん?
ちょっとヨタってるけど、大丈夫かしら?
考えるより先に足が動く。
そこへ、駅のロータリーから猛スピードで車が突っ込んできた。
「おばあちゃん!あぶない!」
■SE〜急ブレーキの音
とっさにおばあちゃんを庇い、地面に受身の姿勢で倒れる。
瞬間、目が合った。
あれ、このひと、どこかで会ったことあるかも・・
そう思っているうちに、意識が遠のいていった・・・
<シーン2/2005年:「成人式」直前の会場(衣浦グランドホテル)>
■SE〜公民館の環境音/「成人おめでとう!」の声
『大丈夫ですか?』
「はい・・・ありがとうございま・・」
えっ?
ここどこ?
高浜港駅じゃない。なんか、記憶にあるような・・
『歩けますか?』
「あ、ああ、はい・・・だいじょう」
「え・・・あなたは・・・?」
『はい、今から成人式なんです』
わ、わ、わたし〜っ!?
お気に入りの椿の振袖。
気が強そうな表情も、目の上のホクロも。
あ〜ホクロさわってるし。
ビビってんのか、私に!?
落ち着け。落ち着け。
かんばん。かんばん・・入口の看板。
2005年・・高浜市成人式?
え〜!?
じゃあここは衣浦グランドホテル〜!?
20年前にタイムリープしたってこと?
ボイスドラマじゃあるまいし。
『ホントに、大丈夫ですか?』
「今日、二十歳の集いなの?」
『いえ、成人式です』
そうか。
でもなんで?
私が20年前に召喚されたのはなぜ?
■SE〜ハイヒールの足音
と、そこへ駆けてきたのは・・
「ママ!?」
『ママ!』
『え?』
「あ、いや別に・・どうぞ」
『ママ、来なくてもいいって言ったでしょ』
『一生に一度の成人式?』
『ふん。成人式じゃなくたって、今日も明日も、一生に一度よ』
いや、2度目なんだけどな・・
そっか、私、20年前から、ママとうまくいってなかったんだ。
え?どうしてだっけ?
『私、成人式終わったら、彼の工房へ行くから』
『当たり前じゃない!だって陶芸家になるんだもん』
『冗談でもないし、寝ぼけてもない!』
・・そうだった。
私、短大出たら陶芸の道へ進もうと思ってたんだ。
『別に反対されたって、関係ないから』
そりゃ反対するよねえ。せっかく大学で介護福祉士の資格までとったのに。
それに、陶芸のセンスなんてまったくないでしょ、あんた・・・ってか私。
『とにかく帰ってよ。私、ひとりで式に出る』
あーあー。
さっさと行っちゃって。
しょうがないなあ。
なんか単なるわがままじゃん。ガキっぽい。
でも、これ、私の選択?
だった・・よね・・たしか。
残されたママ、どうしたんだろう。
え?
涙!?
やだ。やめてよ、ママ。
思わず、つい、声をかけてしまった。
「あのう・・」
『え?・・はっ・・』
「二十歳の集い・・じゃなくて、成人式の付き添いですか?」
『あ、はい・・』
つい声かけちゃった・・どうしよう。
『でも、ちょっと娘と言い争いしちゃいまして』
私のこと、気づいてないみたいだからいっか。
『お恥ずかしいところを』
「いえいえ、人ごとじゃないですから」
『あなたのお子さんも?』
「いや、私は独身なので」
『それじゃ・・』
「昔を思い出しちゃって」
『ああ。わかります』
「ホント?」
『ええ、私もここで成人式あげましたから』
へえ〜、ママもここで成人式挙げたんだ。
私がはにかむと、ママもだんだん笑顔になっていく。
『私、結構おませさんだったから、
つきあってた彼のバイクで会場の中央公民館へのりつけて』
「うっそ!?知らなかった」
『そりゃそうでしょ』
「ですよね」
『成人式終わったら、そのまま温泉旅行へ行っちゃったんです』
「マジ!?」
『うん、いまで言うと冬ソナのヨン様みたいな感じ?』
うおお・・レジェンドの韓ドラ!
「で?で?その人とはどうなったんですか?」
『結婚しました』
「パパ!?
ってすごすぎ〜!・・・あ、でも」
『幸せは1年も続かなかったけど』
「交通事故・・」
『え?どうして知ってるんですか?』
「いえ、えっと・・たぶん事故かなあ〜って連想しちゃったんです」
『はあ・・そうですか』
「お辛いですよね」
『もちろん・・でも、彼がいつも言ってたことが心から消せなくて』
「え?
な・・なにを言われてたんですか?」
『娘はオレが絶対に幸せにする。
どんなささいな苦労だってオレがさせない。
将来は安定した職に就いて、しっかりした結婚相手もオレが見つける。
孫が生まれたら、オレが一番最初に抱く・・って』
え?
『・・あ、ごめんなさい。どうしたんだろ、私。
見ず知らずのあなたにこんな話を・・』
「いえ・・」
『え・・・どうしたんですか?』
「いえ・・なんか目にホコリが入っちゃって、木枯らしが」
『ふふ・・』
「なあに?」
『いえ、ごめんなさい。
娘がね、いつもおんなじこと言ってたなあって。
すっごい泣き虫なのに、負けん気だけ強くて』
「そうなんですよ〜」
ー2人の笑いー
『じゃあ、私、帰ります』
「え、なんで?」
『私がここでずうっと待ってたりしたら、うざいですもんね』
「そんなことないって」
『いいえ。ありがとうございます。あなたと話せてよかったわ』
「私も!」
『なんだか他人のような気がしないし』
「私も・・・」
<シーン3/2005年:「成人式」直後の会場(衣浦グランドホテル)>
■SE〜公民館の環境音/「成人おめでとう!」の声
結局、成人式が終わるまで、会場の前のベンチに座ってた。
知らなかった・・パパがそんなこと言ってたなんて。
ママ、私にはなんにも言わなかったじゃない。
それじゃあ、伝わんないよ。
きっとわかってたんだよね、私に陶芸のセンスがないこと。
自分の娘なんだから。
もう二度と会えないと思ってたママに会えて、私はいつまでも震えが止まらなかった。
■SE〜ハイヒールの足音
『あれ?』
「あ・・・」
会場から歩いてくるのは二十歳の私。
振袖の椿が揺れている。
『まだいらしたんですか?』
「そっか・・もうそんな時間」
『お身体、大丈夫ですか?』
「大丈夫・・・とは言えないかも」
『え?』
「成人式、どうだった?」
『よかったわ』
「このあとどうすんだっけ?」
『着替えてから、名古屋のクラブかなあ』
そっかそっかぁ。確かによく行ってたわ。
レギンスとかスキニージーンズ履いて。
パパがいたら泣いちゃうぞ、きっと。
『遅いなあ・・』
「着替えに行かないの?」
『あ、彼が迎えにくるんです・・』
「陶芸家の?」
『なんで知ってるの?』
「いや、それは・・」
『そっか、ママに聞いたのね。
あの人、赤の他人にペラペラペラペラと』
2人してもう〜。赤の他人じゃないんだけど。
『どうせ、ろくなこと言われてないんでしょ』
「そんなことないよ」
『どうだか』
「じゃいいわ。あなたも、陶芸家になりたいんでしょ」
『そ、そうよ。悪い?』
「ちゃんと自信あるの?
ライフプランちゃんと立ててるの?」
『自信なんてない。でも、そんなんママとかあなたには関係ない』
「私は・・関係ないかもしれないけど、ママとかパパには関係あると思うな」
『パパなんていないもん。
私が生まれたときに死んじゃったから、顔も知らない』
「いなくたって、心配してるでしょ。
私、えらそうなこと言える立場じゃないけど、
一度、ママとちゃんと向き合ってみたら?」
『どうして?』
「考えてみたら私、ママと向き合って話したことなかったな、って」
『なに言ってるかわかんない。
ママなんてどうせ私のこと気に入らないんだから』
「そうじゃないって。
いなくなっちゃってから後悔しても遅いわよ」
『いなくなるわけないじゃない』
「うん。私もずっとそう思ってた。
でも、ストレスって大きな病気につながっていくの」
『大きな病気・・』
「家、出ていくつもりでしょ」
『え・・』
「いま飛び出したって、成功する確率なんてゼロに等しいわ」
『う・・』
「それより、彼ともきちんと話したら?
2人にとって、どうすることが最高の人生なのか」
『ふん。わ、わかったわよ・・・』
お、思ったより素直じゃん。
さすが、私。
■SE〜クラクションの音
彼だ。
『行くわ。
なんかイマイチすっきりしないけど、なんとなく言ってることは理解した』
「ありがとう。いい未来にして」
お願いだから・・
『あ、そうだ。最後に写真撮ってくれない?この振袖姿』
「いいわよ」
『そういや今日、一枚も撮ってないわ。すっかり忘れてた。
はいこれ、私のケータイ』
「お、ガラケー!」
『なにそれ?ガラクタケータイってこと?ひっど〜い』
「いや、違うし。
はい、いくわよ。ポ〜ズ!」
■SE〜ガラケーのシャッター音
『ありがとう。じゃあまたね』
「うん、幸せを選んでね」
二十歳の私を乗せた車が遠ざかっていく。
それを見送りながら、排ガスを吸い込んでしまった。
あっ、だめだ。頭がクラクラする・・・
<シーン4/2025年:「成人式」の会場(高浜小学校メインアリーナ)>
■SE〜いきいき広場の環境音/大きな拍手の音
え?
ここ・・・高浜小学校・・メインアリーナのエントランス・・・
そうか・・戻ってきたんだ。
2025年に。
ぼうっとした頭をシャキっとさせて、会場の入口で新成人を見送る。
そのとき、後から肩を叩かれた。
陶芸アーティストだ。
え?なに?祝辞ゲストって・・・?
海外で活躍する陶芸アーティストって・・あのときの彼だったの!?
アメリカの西海岸にアトリエを持ち、
ヨーロッパの陶芸ビエンナーレに出展して・・
って、すごいな。
ただいま、って。
どういうこと?
私たち、まだ続いてるの?
喧嘩別れしたんじゃないんだ!
え?
そうか、いま、私も、陶芸をやってるんだ・・
市の施設で働きながら、陶芸も教えてる?
未来が・・変わったってこと?
■SE〜クラクションの音
誰?
まさか・・・
ママ!?
生きてる!
病気、大丈夫だったんだ!
ママのクルマに向かって走っていく私。
その私を見つめる視線に振り返ると・・・
人混みの中に、今朝助けた老女!
今度はヨロヨロせずにしっかり立ってるじゃん。
表情も心なしか優しい。
そうか。いま気づいた。
日差しを反射する瞳。彼女の顔。
皺がよって年齢を重ねているけど、よく見たら私とそっくり。
私と同じ笑顔で、私に向かって頭を下げる。
『ありがとう。40年前の私。
並行世界の中から最高の未来を選んでくれて』
高浜港駅を出発した電車がゆっくりと南へ走っていった。
高浜市内でベーカリーショップを営むバツイチ女性の詠美。亡き母から受け継いだお店では毎月2回、イートインスペースを開放してこども食堂を運営しているが、あまり真剣には考えていない。そんなこども食堂に今年からやってくるようになったのは、小学校低学年くらいの女の子ユキと、ユキが連れてくる幼稚園児くらいの男の子ナギ。姉弟だと思っていたのだが、実は・・(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
<シーン1/クリスマス商戦の街角(1年前)>
■SE〜街角の雑踏/聴こえてくるクリスマスソング
『恵まれないこどもたちに寄付をお願いします!』
「え?あ、ごめんなさい。いまちょっと持ち合わせがなくて・・」
え?嘘じゃないわ。
だって最近は電子マネーばっかりで、現金なんて持ち歩かないもの。
こう見えても私、市内で月2回『こども食堂』をやってるんだから。
って私、誰に言ってるの?
ウケる。
私の名前は詠未。
34歳。バツイチ。
高浜市内でベーカリーショップをやってるんだ。
元々低血圧の方だから、朝の早いパン屋は不安だったけど。
まあ、ママがおばあちゃんの代から守ってきた店だし。
ママが亡くなったとき、ホントはお店たたんじゃおうと思ったのよ。
でもね、考えてるうちに、『こども食堂』の日がきちゃって。
知ってる?
高浜市内の『こども食堂』って、高浜市こども食堂支援基金っていう支援を受けてるの。
それに、地元の人や企業からも寄付があるし、ボランティアも来てくれるんだ。
で、食べに来てくれる、こどもたちがね。
美味しい美味しいって言って、本当に美味しそうに食べてくれるんだ。
私、大して料理うまくないのに。
あ、そうそう。
こども食堂は、ベーカリーのイートインスペースでやるんだけど、
この日はパンだけじゃないのよ。
朝から、ごはんをいっぱい炊いておにぎり作ったり、
あまった分でとりめしの混ぜご飯を作ったり、もう大変なんだから。
うん、ママの意志をとりあえず継いで、お店も子ども食堂も守ってるって感じ。
いまっぽくリフォームして。
そう、あれは半年前。
学校が夏休みに入った頃だったかな。
<シーン2/こども食堂・夏>
■SE〜初夏のセミの声〜こども食堂の環境音へ
「ちょっとみんな!ちゃんと並んで!
こら、タケシ!横はいりしない!
今日のおかずは・・ハンバーグよ!」
■SE〜こどもたちの歓声があがる
はぁ〜。
今回も結構持ち出し多いなあ。
ん?あれ?
入口に立ってるのって・・・
小学校1年か2年くらいかな。
ショートヘアの女の子と、幼稚園児っぽい男の子。
きっと姉弟(きょうだい)・・だよな。
「どうしたの?
遠慮しないで、お入りなさいよ、中へ」
『はい・・』
消え入りそうな声で答える。
しっかりつないだ手にひっぱられて、弟も入ってきた。
「そこの隅っこ、空いてるから座って」
『はい』
「とりめしとハンバーグ、2人分、置いとくね」
『ありがとう・・』
2人は、米粒ひとつ残さず、ハンバーグのソースもスプーンですくいとって
キレイに完食した。
淹れてあげた紅茶も一滴も残さず飲み干す。
食器の入ったお盆を厨房へ持ってくる2人。
「あ、そんな。洗わなくてもいいのよ」
洗う場所を探す2人に思わず声をかけた。
2人はお辞儀をして、お店を出ようとする。
「ちょっと待って」
不安気な表情で振り返る女の子。
私はつとめて笑顔で・・
「あのね、全然強制じゃないんだけど、
ここに来てくれる子たちにはノートに名前とか書いてもらってるの。
あ、でも、別に書かなくてもいいのよ」
結局、少し躊躇ったあとで、少女は名前を書いた。
ユキとナギ。
だけど、苗字が違う。
どうして?
そう。2人は姉弟ではなかった。
しかも住所は市外。
ホントは高浜市内のこどものための食堂なんだけどな。
でも、そんなこと構わない。
月に2回、子ども食堂を開く日、2人は必ずやってきた。
少しずつ話をするようになってわかってきたこと。
ユキとナギが知り合ったのは、病院のリトミック室。
ユキは、母親が入院している。父親はいない。
ナギは・・・
ほとんど口をきかないから詳しいことはわからないけど
親の話をすると泣き出してしまう。
やっぱり、なんかの事情で親と暮らしてないのかな。
ユキは親から毎日500円ずつもらって
ナギと一緒に1日を過ごすという。
そっか。学校休みだから給食がないんだ。
でも、500円で朝昼晩って・・・
話の流れから推測すると、2人とも親戚もいないらしい。
少子化の影響?
ユキの話では、どうも児童相談所の人が
この先どうするかを相談にのっているみたいだ。
入院している親にもしなんかあったときは
児童養護施設に行くみたい。
児童養護施設なら、食べ物に困らないから今よりいいかも。
なんて、2人には言えないけど。
夏休みが終わり、秋風が吹く頃。
2人はこども食堂に顔を見せなくなった。
ひょっとして、施設に入ったのかな。
だとすると、お腹いっぱいご飯食べられてるよね。
ここに来れないのは、子どもだけで外出できないから?
いいことだ。
ベーカリーと子ども食堂。
相変わらず忙しなく走り回る毎日。
めまぐるしい日々の中でも、ユキとナギを忘れることはなかった。
「どうやったら、あの子たちの力になれるんだろう・・」
ぼんやりとそんなことを考えながら、知らないうちに、季節は冬を迎えていた。
<シーン3/こども食堂・冬>
■SE〜北風の音〜こども食堂の扉を開ける音
「あ・・」
『こんにちは』
子ども食堂の入口に、立っていたのは・・ユキ。
その手を相変わらずナギがぎゅっと握りしめている。
「さ、さ、入って。寒かったでしょ」
2人はいま、隣の町の児童養護施設にいるのだという。
やっぱり。
「今日はどうやってきたの?」
『こうやってきた』
つないだ手を振るユキ。
「え?
歩いて・・・きたの?」
口角をあげてうなづく。
「こんな遠くまで・・・よく2人だけで来れたわね」
問い詰めると、施設のスタッフに無理を言って、
一時的な外出許可をもらったらしい。
「もう・・・しょうがないわねえ」
「帰る前に、ご飯は食べていきなさい。もうお昼でしょ」
大きくうなづく2人。
ナギがトイレに行くと、ユキが
『相談があるの』
私の目を見てつぶやいた。
クリスマスプレゼントを渡したい人がいるんだって。
ほほえましい。
ナギに渡すんでしょ。
『でも、お金持ってないし』
「お金なんていらないわよ」
『え?』
「大切なことはね、世界でたったひとつのプレゼントにすること」
『そんなん無理』
「無理じゃないよ。
例えば私だったら、なにもらうと嬉しいかなあ・・」
『なあに?』
手作りのもの。
美味しいもの。
愛がこめられたもの。
それなら、なんだって嬉しいわ。
あと、プレゼントを渡すシチュエーションも大事よ。
たとえば・・・
ほら、この前点灯式やってた、クリスマスイルミネーション。
幻想的な灯りの下で受け取ったら絶対感動するわよ。
ユキが瞳をキラキラさせて聞いているとき、ナギが戻ってきた。
『私もトイレ』
ユキは嬉しそうな顔で席をはずした。
すると、
『ねえ、教えて』
今までほとんど喋らなかったナギが口を開いた。
それは、ユキとまったく同じ相談。
なんか私、クリスマスプレゼントっていうと、
もらうことばかり考えていた。
誰かにあげたい、っていう2人の気持ち、すごいな。
自分が恥ずかしい。
ナギにもユキと同じことを伝えて、2人を見送った。
そうか、お互いにプレゼントの交換かあ。
嬉しいサプライズだろうな。
心が洗われたような気がした。
<シーン4/クリスマスが近い日>
■SE〜街角の雑踏/聴こえてくるクリスマスソング〜こども食堂の雑踏へ
クリスマスを直近(まじか)に控えた休日。
私は今年最後のこども食堂を準備する。
少し前に、ユキとナギの暮らす児童養護施設へ連絡をした。
事情を話して、ボランティアとしてお手伝いしてほしいと。
と言っても試食をね。
この日のこども食堂は大賑わい。
結局夕方までお店を開けていた。
こども食堂が終わってから、児童養護施設に電話を入れる。
ユキとナギは責任を持って送っていくからと。
3人で手をつないで、高浜港駅まで歩く。
ほどなくイルミネーションの煌めきが見えてきた。
「寒いけど、ちょっとだけ寄り道して見ていこうか」
光の輪の下で立ち止まる。
そのとき、ユキとナギの手が私から離れた。
「え?」
2人は私の前にまわりこみ、紙袋から箱を取り出す。
それを私に差し出して・・
『メリークリスマス』
「うそ・・なんで?」
箱の中身は、クリスマスリースとクッキーだった。
もちろん手作り。施設で一生懸命つくったのだという。
「プレゼントをあげたいのって、私だったの?」
ユキもナギも満面の笑顔。
私は、涙をこらえながら、同じように紙袋から取り出す。
「クリスマスに送ろうと思ってたのに。
これ、ちょっと早いけど。
メリークリスマス」
2人のために私が用意していたのは、手編みのマフラーと手袋。
手編みなんて、中学のとき以来なんだから。
「結局、プレゼント交換会になっちゃったね」
時間を忘れて、イルミネーションを見上げるとなにかが私の頬にあたった。
八角形の結晶。
初雪・・
私は慌ててバッグの蓋を閉める。
大切な用紙が濡れないように。
それは、里親研修の申込書。
審査、通るといいな。
イルミネーションに反射して、純白の結晶が、
小さな天使たちを祝福するように舞い降りてきた。
愛知県高浜市を舞台にしたボイスドラマです。
主人公はM・Iエム・アイ=14歳。中学2年生。普段は人見知りする大人しい女の子。しかしネット上では知る人ぞ知る大人気VTuber=バーチャルライバーの「KOMACHI」という顔を持つ。授業や試験の関係でホロライブは週1回程度しか配信できないが、半年に一回のニコ生ライブパーティでは、歌って踊るKOMACHIはスパチャも一番多い超人気者である・・・(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
<シーン1/夏の生ライブパーティ>
■SE〜LIVE会場の大歓声
「みんなぁ、今日はKOMACHIの生ライブパーティに来てくれてありがとう!」
「次は11月だよ!」
「ぜったいまた来てね〜!!」
バーチャルスタジアムを埋め尽くしたお客さんのアバターが
立ち上がって大歓声をおくる。
鳴り止まない拍手と歓声。
私はゆっくり歩き、手を振りながらステージ袖へと退場する。
私の名前は、『KOMACHI』。ローマ字だよ。間違えないでね。
VTuber、つまりバーチャルライバー。
十二単を身に纏い、そのビジュでキレッキレのダンスを踊る。
時には持ち歌を熱唱する。
週に1回のホロライブは、毎回2万人以上が参加。
年3回のライブパーティでは、全国のライバーたちと一緒にステージに立つ。
今日のLIVEなんて、5万5千人のアバターが参加したんだ。
そのうち5千人くらいは推しが『KOMACHI』だと思う。
アリーナ席を入れると東京ドームと同じキャパ。
前売りなんて30分で完売した。
なのに、スパチャの額も半端じゃない。
私、未成年だからこっそり貯金してるんだけど。
怖くて、残高見られないよぉ。
中学に入ってから、毎週ずっとホロライブを続けてきたら
2年間でこんなんなっちゃった。
え?
どこでそんなバーチャルライブをやってるのかって?
う〜ん。内緒だよ。
実はね、吉浜駅の近くに、歌舞伎茶屋ってのがあるんだ。
うち、そこのオーナーと親戚だから、
人形歌舞伎を上演してないときに、一角を使わせてもらってるの。
おっきな建物の中だから、誰にも見られないし、最高でしょ。
はたから見てると、パソコンの前で独り言しゃべってるだけだから
何も言われないよ。
多分、オーナーさんは、TV電話してるって思ってるみたい。
まあ、間違っちゃいないけど。
<シーン2/学校の教室>
■SE〜学校のチャイム/教室の環境音
「あ、おはようございます・・・」
私の本職は・・
ってか本当の姿は、吉浜中学の2年生。
こう見えて、人見知りするタイプなんだ。
周りからはきっと、陰キャでコミュ症って思われてる。
趣味は散歩と、スイーツめぐり。
あ、友だちいないから1人でブラブラするだけだけど。
名前?あ〜、個人情報訊く?
まあ、いいや。
M.I.(エム・アイ)。
みんなからも、たまーにそやって呼ばれるんだ。
名前の頭文字じゃないよ。
私の名前、漢字三文字の真ん中の言葉からとったの。
まあ、あとは想像して。
うちのクラスは37人。
この中にも、わかってるだけで私のファンが5人いる。
いや、私じゃなくて『KOMACHI』のファンだわ。
なんか、すっごく後ろめたいから、
ホロライブのとき『中学生以下はスパチャ禁止!』なんて言ってるんだよ。
でも、そういうと余計にみんなスパチャしてくるんだよなあ。
ちょ、誘導なんかしてないって。
うち、そんなあざとくないもん。
ただ、1人だけ、誰だかわかんない子がいるんだー。絶対このクラスのはずなんだけど。
毎回、一番最後にスパチャしてくれる子。
それって、ライブを評価してくれたのかな、って、ちょっと嬉しくなる。
いつか必ず、見つけるから。
<シーン3/人形小路>
■SE〜人形小路の環境音(車も少なくそんなにうるさくない)
「あゝ気持ちいいなあ」
秋は夕暮れ。
この時期人形小路を散歩するのが、一番好きな時間。
『夕日の差して山の端いと近うなりたるに・・・』
■SE〜カラスの鳴き声/夕暮れの環境音
な〜んて、意外?
え〜、私って文学少女なんだよ。
だってほら、吉浜から海の方まで歩くと、本当にこのまんまの景色なんだから。
つるべ落としで、気がつくと帷が降りて、虫の声が聴こえてくるの。
VTuberの『KOMACHI』が十二単を纏っているのも、
清少納言への憧れ、かな。
そうだ、日が落ちる前に、人形小路の細工人形みてまわろうっと。
もうすぐ菊まつりだから、一番館にはそろそろ菊人形もいるはず。
人形たちをじっと見つめてると、想像力が湧いてくるんだ。
筆が進むってわけよ。
え?
さっき文学少女、って言ったでしょ。
小説を書いてるの。
なんでって?
なろう系に投稿してるんだもん。
まだ3作目だけど。
こっちのペンネームは、ひらがなで『こまち』。
誰も、VTuberの『KOMACHI』だなんて思ってないけどね。
結構、読まれてるんだよ。
感想も10人以上から入ってる。
長編書き上げるたびに、文学賞にも応募してるから、
いつか芥川賞か直木賞をとりたいなあ・・無理だけど。
一番館から、八番館、宝満寺・・
細工人形たちをめぐり、柳池院で大河ドラマの細工人形を見ていたとき・・
視線を感じて振り返ると、
『あ?』
「あ?」
同じクラスの・・・
「えっと、誰だっけ?」
『ひどいなあ、K.S.だよ』
「ぷっ(笑)」
『なんで笑うのさ』
「だって、私とおんなじ呼ばれ方」
『細工人形見てるの?』
「私の日課だもん」
『へえ〜。なんで今まで会わなかったんだろ』
「あなたも?」
『じいちゃんが人形師なんだ。
菊人形も細工人形も作っていたんだぜ』
「すご」
『おまえも小学校で、菊人形作り、体験しただろ』
「したけど」
『うちは、ばあちゃんが菊の枝を揃えて、じいちゃんが人形にさしていくんだ』
「すごいなぁ」
『だから、ここはよく来るんだ』
「へえ、なんで?」
『だって吉浜細工人形発祥のお寺じゃん』
「うっそ、初めて知った」
『細工人形めぐりやってるのに知らない?』
「うん」
『オレ、ここで細工人形と話をするんだよ』
「っと、スピリチュアル?」
『そんなんじゃない。ずうっと見てるとね。
人形たちが、心に話しかけてくるんだ』
「ふうん・・」
『ヘンなやつって思われてもいいけどね』
「思わないよ」
『ありがと・・』
「ねえ、もうすぐ菊まつりだね」
『だから、いまじいちゃんもばあちゃんも、ずうっと駆り出されてる』
「クリエイターだね。私も創作意欲湧いてくるわ」
『実はオレも、ボランティアで菊まつりのイベントを手伝うんだ』
「もう、すごおい、しか言葉が出てこんし」
『当日は、遊びにこいよ』
曖昧な返事をして彼と別れた。
だって、その日はライブパーティの日だもん。
ああ、でも、こんなに誰かと話したのは、何日ぶりだろう。
帰り道。
いつもより上がったままのテンションを、秋風がクールダウンしていった。
<シーン4/秋の生ライブパーティ>
■SE〜LIVE会場の大歓声
「みんなぁ、また会えたね!!ありがとう〜!!」
今回のライブパーティもバーチャルスタジアムをアバターたちが埋め尽くす。
沸き起こる『KOMACHI』コール。
1曲歌い終えて、2人目のライバーへ引き継いだとき、スマホが光った。
LINE?
え?彼からだ。
なに?
『突然ごめん!いま菊まつりのステージなんだけど、
新幹線が止まってて、アーティストが来れないんだ』
うそ!?そんな!どうすんの!?
『本当に申し訳ないんだけど、このあとステージで歌ってくれないか?』
え?え?どういうこと?
私が?なんで?
『このままじゃステージがとんじゃう。
だけど、十二単をまとったライバーが歌ってくれれば』
え・・
『たのむ!』
『歌ってくれ!KOMACHI!』
え〜っ!?
『わかってたけど言うつもりはなかったんだ』
知ってたんだ・・
『回線は確保してあるから』
『どこにいようが構わない』
『このステージを救ってくれ!』
私は、5秒考えて、返事をした。
■SE〜LIVE会場の大歓声+菊まつり会場の大歓声
「菊まつり会場のみんなぁ、お待たせ〜!!KOMACHIです!」
驚きの声と、それをかき消すものすごい大声援。
その大歓声は、少し離れた歌舞伎茶屋で配信をする私にも聴こえてくる。
「今日のKOMACHIは、いつもより思いっきりはじけていくよ!」
バーチャルスタジアムの歓声とイベント会場の歓声がひとつになる。
スクリーン越しに歌い、踊るKOMACHI。
そのうねりは、脇を通る電車の音さえ、かき消していった。
愛知県高浜市を舞台にしたボイスドラマです。
主人公は翔カケル=20歳。大学生。高浜生まれ高浜育ち。小さな町が退屈で仕方がない。大学卒業後、早く東京に出て行きたいと考えている
Emilyエミリーは20歳。オーストラリアの大学生。翔の家をホストファミリーとしてホームステイをするためにやってきた。実はエミリーが高浜を選んだのには理由があった・・・(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
<シーン1/セントレアの空港ロビー>
■SE〜飛行機の離陸音〜空港ロビー6の音
『Nice to meet you!』
え?
女の子?
聞いてないよ〜
って、オレが聞かなかったんだっけ・・
「Welcome to TAKAHAMA!」って
超恥ずいボードを持ってるオレ。
ホームステイする留学生を迎えにきたんだけど。
大学が休みの日でよかったぁ。
こんな姿、友だちに見られたら、なんて言われるか。
まあ、いっか。
どうせ来年はここにはいない。
卒業したら東京いくんだし・・
『I’m Emily
よろしくおねがいします』
「よ、よろしく
カ、カ・・カケルです」
なんだ、日本語話せるんじゃん。
すこ〜し安心。
<シーン2/車内〜セントレアから高浜へ>
■SE〜shの車内の走行音
『にほん、きたかったです』
「そ、そうですか。
でもなんで?高浜なんて・・
東京とか京都とか、もっといいとこいっぱいあるのに」
『たかはまにきたかったの。うれしい』
「見るところ、なんにもないですよ」
『どうして?カケルは、たかはまのひとじゃないの?』
「いや、正真正銘高浜生まれ、高浜育ちです」
『ふうん』
そう言いながら窓の方に顔を向ける。
車はちょうど衣浦大橋を渡り始めていた。
「wow!Great!』
エイミーの顔がゆっくりと後方へ回転する。
瞳には、夕陽が映える細長い海が映っていた。
「え〜、そうかなあ。
あんなん、海じゃないじゃん」
『great grandmaがいってたとおり』
great grandma?
なんだっけ?
え〜っと、グランマがおばあちゃんだから・・・
ひいおばあちゃん!?
へえ〜、そうなんだ〜。
衣浦大橋を渡り終えたとき、
『あのきいろい たてものは?』
「やきものの里 かわら美術館だよ」
『やきもの?陶芸ですか?』
「そ、そうだよ」
『とまって。
とうげい、やりたいです』
「え〜。
寄り道してたら、また母さんに怒られちゃう」
『おねがい。カケル』
「あ〜もう。
ま、しゃあないか。母さん、ごめん」
でも、陶芸教室なんてやってたっけか?
あ、日曜のみ開催。
ラッキー、じゃなくてアンラッキーだわ。
<シーン3/かわら美術館〜陶芸教室>
■SE〜陶芸教室〜電動ろくろの音
『awesome!』
陶芸、初めてって言ってた割に
なんか、サマになってるなあ。
粘土を練る手つきとか、どうしてなかなか。
ちょ、オレよりうまいんじゃね。
へ〜、いつもYouTubeとか見てたんだ。
にしても、大したもんだわ。
ちゃんとマグカップになってるよ。
『とうげい、やってみたかったの』
「すごいよ。参加者の中で一番うまいんじゃないかな」
『Thank you!』
「焼き上がるまで2ヶ月くらいかかるから、できたら送ってあげるね」
『うれしい!つぎはおにがわらをつくってみたい』
次?
また高浜に来るつもりなんだ・・
それにしても
やきものって、こんなに人を幸せにできるんだな。
そういえばオレ、高浜で育ったのに
やきもののこと、ちゃんと考えたことなかったわ。
興奮醒めやらぬエイミーを乗せて、吉浜の実家へ。
ちょうど菊まつりの準備で、人形小路には細工人形が飾ってある。
『あれはなに?』
「細工人形だよ」
『さいくにんぎょう?』
「え〜っと、crafted doll・・かな」
『Oh、crafted doll!
たかはまのぶんか、ですね』
「そう・・・かな」
<シーン4/カケルの家〜仏間>
■SE〜おりんの音「ちーん」
実家にあがったエイミーは、なぜか仏壇の前へ。
さっきまでのような笑顔ではなく、まじめな表情。
目を閉じて手を合わせる。
ん?作法も知ってるのか?
まてまてまて。
ちょっと。・・・泣いてる!?
どういうこと?
それに、母さんもなんでエイミーを仏間に通す?
仏壇の中には位牌と遺影。
ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんが
仲良く肩を寄せて微笑んでいた。
オレだって会ったこともない2人に向かって
ブロンドの外国人が手を合わせている。
なんとも不思議な光景に、声をかけることもできなかった。
ホームステイの期間は2週間。
この短い間に、エイミーのリクエストでいろんなところへ行った。
人形小路。
おにみち。
観音寺の衣浦観音。
大山緑地の大たぬき。
稗田川の彼岸花。
そして専修坊。
あらためてエイミーに説明していくうちに
なんかヘンな気分になってくる。
あれ?
高浜って・・思ってたほど悪くない。
あっという間に、10日間が過ぎ、
エイミーが帰る日が近づいてきた。
<シーン5/おまんと祭り>
■SE〜祭りの前のざわめき
ホームステイ最後の日。
早朝から、エイミーのたっての希望で、春日神社へ。実家にあがったエイミーは、なぜか仏壇の前へ。
さっきまでのような笑顔ではなく、まじめな表情。
目を閉じて手を合わせる。
ん?作法も知ってるのか?
まてまてまて。
ちょっと。・・・泣いてる!?
どういうこと?
それに、母さんもなんでエイミーを仏間に通す?
仏壇の中には位牌と遺影。
ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんが
仲良く肩を寄せて微笑んでいた。
オレだって会ったこともない2人に向かって
ブロンドの外国人が手を合わせている。
なんとも不思議な光景に、声をかけることもできなかった。
ホームステイの期間は2週間。
この短い間に、エイミーのリクエストでいろんなところへ行った。
人形小路。
おにみち。
観音寺の衣浦観音。
大山緑地の大たぬき。
稗田川の彼岸花。
そして専修坊。
あらためてエイミーに説明していくうちに
なんかヘンな気分になってくる。
あれ?
高浜って・・思ってたほど悪くない。
あっという間に、10日間が過ぎ、
エイミーが帰る日が近づいてきた。
神社には、地元の人々が集まり、祭りの熱気が漂っていた。
そう。この日は、おまんと祭りの1日目。
翔は、エイミーが迷わないように、彼女の手を引いて人混みの中を進む。
エイミーの目は輝き、祭りの喧騒に興奮を隠せない。
「馬の背におっきな飾りがあるだろ?」
『うん』
「あれはね、神様の依代(よりしろ)
なんて言うんだろ・・・え〜っと、アバター?」
『知ってる』
すげ。
エイミー、留学前にしっかり調べてきたのかな。
オレが説明するより先に、祭りが始まった。
■SE〜おまんと祭りの喧騒
「おまんと祭りは200年以上前から続いているんだ」
「豊作を願って雨乞いをする神事なんだよ」
『こんなにエネルギッシュな祭り、見たことない』
感動するエイミーを見て、少しだけ誇らしく思う。
いつの間にか、この祭りを楽しんでいる自分に気づいた。
そういえば、子供の頃、おじいちゃんに連れられてきて以来、
全然見ていなかった。
■SE〜おまんと祭りの喧騒(若者が馬に飛びつくシーン)
激しく翔ける蹄の音。
馬に飛びつく若者(わかいしゅう)の雄叫び。
観客の歓声。
神楽の舞。
祭りの喧騒の中、手を繋いだエイミーの指に力が入る。
オレも力をこめて握り返した。
こんなに、厳粛な神事、勇壮な祭りに
どうしてもっと真剣に向き合わなかったんだろう。
複雑な感情に支配される僕の横で、エイミーはポケットから何かを取り出した。
それは・・・写真?
『great grandma、おまんとまつりだよ。
やっと、みれたね』
え?
どういうこと?
泣いてる・・?
『カケル、だまっていてごめんね。
わたし、どうしても、たかはまにきたかったの。
どうしても、おまんとまつり、みたかったの』
エイミーの声は祭りの喧騒にかき消されていく。
詳しい話をきいたのは、セントレアへ送る車の中。
エイミーのひいおばあちゃんは
終戦の年、1945年、海外の医療班として高浜にやってきた。
そのとき、高浜の人たちに親切にしてもらったことが忘れられなかったそうだ。
特によくしてくれたのが、
下宿させてくれた、うちのひいおじいちゃんとひいおばあちゃん!
だからエイミーは高浜を・・
もしかして、母さんもグルか。
で、エイミーのひいおばあちゃんは
高浜の美味しい郷土料理を食べ、高浜の文化を楽しんだ。
おまんと祭りは、高浜の人たちからいつも聞かされていた自慢の祭り。
それが、終戦のどたばたで、中止に。
楽しみにしていたひいおばあちゃんは、ひどく残念がって
必ず死ぬ前に見に行きたい!
って、いつもエイミーに言ってたんだって。
そんな・・
知らなかった・・
高浜の町が、おまんと祭りが
こんなに遠い国の人から愛されていたなんて。
エイミーに会う前と今とで、高浜という言葉の響きが変わった。
79年前につながっていた心のように、
高浜の潮風が、過去と現在(いま)を結んでいく。
<シーン6/2か月後>
■SE〜波の音と鳥のさえずり
親愛なるエイミー
お元気ですか
エイミーと過ごした日から2か月経ちました
おまたせ
マグカップが焼き上がったよ
この手紙と一緒に写真も送るから
ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんの写真
母さんに頼んで焼き増ししてもらったんだ
エイミーのひいおばあちゃんに、
うちのひいおばあちゃんとひいおじいちゃんも再会させてください
もう一度絆が紡がれますように
今度は僕がオーストラリアへ遊びにいくから
また会えるといいな
追伸
東京へ行くのはやめて、
市内のWebマーケティングの会社で働くことにしました
いまは高浜の名所やグルメを紹介するサイトを運用しているよ
高浜のいいところ、いろんな人に知ってほしいんだ
だっていいところでしょ、高浜って!
愛知県高浜市を舞台にしたボイスドラマです。
主人公は30歳。システムエンジニア。
10年ぶりに高浜(高取)へ帰って来た理由は祖母のお葬式。祖父の代まで農家だったが、祖父亡きあとは祖母がこじんまりと畑を継いでいた・・・(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
<シーン1/稗田川のほとり>
■SE〜稗田川のせせらぎとセミの声
9月の風。
残暑をまだ感じられる季節。
生ぬるい風が川面を撫でていく。
風は彼岸花の黄色を揺らしながら、私の頬に触れて流れていった。
10年ぶりの高浜。高取。
あまり変わってないなあ。
変わったのは、おばあちゃんのいない世界になったこと。
そう。私が帰ってきたのは、祖母の葬儀に出るため。
10年間も故郷に背を向けて、私は東京でがむしゃらに働いた。
システムエンジニア。
いまの時代、人気の職業は、そのままハードな仕事を意味する。
大好きなおばあちゃんが、1年前から体を壊していたことも知らずに
私は走り続けていた。
おばあちゃんも、頑張ってる孫娘に要らぬ心配をかけるな、
と、父さんや母さんに申しつけていたらしい。
プログラマーという仕事がなんだかわからなくても
おばあちゃんには自慢の孫だったみたい。
近所の人たちにいつも私の仕事の話をしてたんだって。
よくわかんないくせに。ふふ。
おばあちゃんらしいな。
臨終の連絡をもらったとき、
私は基幹システムの最終チェックで徹夜が続いていた。
メールに気がついたのは、逝ってしまったあと。
父は、告別式に間に合えばいいから、と返信してくれたけど。
クライアントの基幹システムを無事に納品して
稼働することを確かめたのは、ちょうど通夜が終わる頃。
次の日、私は始発の新幹線で高浜へ向かった。
鯨幕の張られた玄関。
おばあちゃんらしく華やかな供花が一対。
ユリ、胡蝶蘭、カーネーション、菊。
その中に、黄色い、艶やかな・・・彼岸花。
そっか・・・
赤い彼岸花は本来供花で飾っちゃいけないんだっけ。
でも、おばあちゃんの一番好きな花だったから・・・
父さんも母さんもわかってるなあ。
おばあちゃんの顔さえゆっくり見られないまま、
あわただしく葬儀を終えて、最後のお別れに。
やっぱり、黄色い彼岸花がいっぱい添えられた。
彼岸花は散形花序(さんけいかじょ)。
大きなひとつの花に見えるのは、6個とか8個の花が集まっている。
黄色い彼岸花の花言葉は「追想」。
言われなくても、瞼の奥に懐かしい追憶が蘇ってくる。
おばあちゃんを見送ったあとは、
1人気ままに家の近くを流れる稗田川へ。
こうして散策しながらせせらぎを聴いていると、
おばあちゃんの声が聴こえてくるようだ。
<シーン2/回想シーン〜8歳の秋>
■SE〜稗田川のせせらぎとセミの声
『黄色い花がきれいだら』
私が小さい頃、共働きの両親は忙しく、私の横にはいつもおばあちゃんがいた。
『あれは、彼岸花って言うんだよ』
(※あまり「じゃ」は使いません。「言うんだわ」とか「言うんだよ」)
「ヒガンバナ?」
『ああ、秋のお彼岸に咲くから彼岸花』
「ふうん」
『ピンク〜黄色〜赤。順に咲いていくんだわ』
「わあ!」
『赤いのは曼珠沙華(まんじゅしゃげ)とも言うな』
「マンジュウ・・」
『ははは。ほうだなぁ。でも食べると毒だぞお』
「いやぁ」
『食べんでに目で愛でるんだ。ほれ、黄色い絨毯みたいだら』
「うん。キレイ」
『5,000本もあるんだって』
「すごおい」
『彼岸まで続いとるのかもしれんな』
<シーン3/回想シーン〜14歳の秋>
■SE〜セミの声(クマゼミ)
私が中学生の頃、祖父が亡くなった。
両親は会社員だったが、祖父の家業は農業。
祖母は、半分以上を売却して、小さな畑でいろんな野菜を育てた。
当時の私はアレルギー性の皮膚炎に悩まされていたから
祖母が作るオーガニックの野菜は宝物。
春には新玉ねぎや春キャベツ、冬には里芋が食卓に並んだ。
その中でも、私が一番好きだったのは、地豆。
地豆というのは、落花生のこと。
大好きなのに小さい頃はアレルギーで食べられなかった。
それが嘘のように、おばあちゃんの地豆ならペロっと食べられる。
医食同源。
きっとそうなんだ。
おばあちゃんは、私のために、採れたての地豆を茹でてくれる。
私は、やけどしないように気をつけながら、柔らかくなった皮を剥く。
その瞬間、香ばしい匂いが私の鼻から脳へ抜けていった。
ホクホクを頬張るときの幸福感。
それだけじゃない。
素焼きの地豆を使って、ピーナッツバターも作ってくれた。
『砂糖は少なめに』
『挽いた岩塩をひとつまみ』
『薄皮もそのまま使って』
『植物油は使わん』
『すり鉢で愛情たっぷりに擦りおろしてと』
『茹でた地豆を刻んで入れれば』
「おばあちゃん特製ピーナッツバター!」
『そうそう。油を使ってないし、薄皮も入っとるから体にいいぞぉ』
うん。アレルギーなんて1ミリも出なかった。
もう一度、食べたかったな・・・。
母さんからの近況報告では、
最近おばあちゃん、変わった地豆を作っていたらしい。
フツーの地豆の1.5倍のサイズだって。
なんか、派手好きのおばあちゃんらしい。
収穫の途中だったみたいだから、見よう見まねでやってみようかな。
株ごと掘り起こして天日干しでしょ。
茹で落花生は、そのまま調理か。
想像するだけで、お腹減ってきちゃう。
さっき精進落とし、食べたばかりなのに。ふふ。
<シーン4/稗田川のほとり>
■SE〜稗田川のせせらぎとヒグラシの声+虫の声
夕陽が稗田川の川面に映る。
彼岸花の黄色が夕陽に照らされて赤く染まっていく。
思い出は、唐突に寂しさを運んでくる。
もう二度と会えないという切なさと、
最後に顔を見せてあげられなかった後悔の念。
「おばあちゃん、ごめんなさい」
『何を言うとるんや(何を言っとるだ)』
え?
ああ、そうか・・・わかってる。
もちろん、気のせいだって。
心に直接響いてくるおばあちゃんの懐かしい声。
『おまえはいつでも自慢の孫娘だわ』
きっと、こう言ってくれるだろうな、という希望が生みだす幻聴。
それでもいい。
こうして、もう一度おばあちゃんの声が聴ければ。
心の中のおばあちゃんに私は話しかける。
おばあちゃん、私ね。考えてることがあるの。
おばあちゃんの畑、私が引き継いでみようかな、って。
仕事も一区切りついたし、これをきっかけに高浜に戻ろうと思うんだ。
私、プログラマーだけど、実はプロのマーケターでもあるから、
おばあちゃんが大切にしてきた野菜をネット販売してみたいの。
だって、あんなに健康的で、あんなに美味しいんだもの。
可愛らしいサイトを作って、ターゲティングさえしっかりすれば
おばあちゃんの美味しい野菜をみんなに共有してもらえるわ。
ピーナッツバターも私が再現して、売ってみる。
レシピはおばあちゃんにしっかり教えてもらったからね。
もうひとつ、おばあちゃんが最後に作ってたジャンボサイズの地豆。
あれも、高浜の特産としてPRしてみるわ。
そうねえ、名前も・・・
「でか落花生」。
どう、これ?
なんか、ダサかわいい、っていうか、昭和の香り満載でイケてるでしょ。
一周回ってこのネーミング、って感じ(笑)
私、東京で実践してきたこと。
ぜ〜んぶ、このためだったんだ、って気がする。
ようし、私が蓄積してきたスキルと知識、すべてつぎこむぞ!
おばあちゃん、応援してね!
心の目が、暮れなずむ稗田川のほとり、彼岸花の群れに佇むおばあちゃんを見つめる。
笑顔で手を振るおばあちゃん。
そうか、そこはもう彼岸なんだね。
せせらぎの音にまざって、
おばあちゃんの笑い声が聴こえた気がした。
※この物語はフィクションです。
愛知県高浜市を舞台にしたボイスドラマです。
主人公はエイミー25歳。高浜市のケアハウス(軽費老人ホーム)で働く職員。介護福祉士と社会福祉士の資格を持っている。働き始めてから今年で5年目。明るくて元気が取り柄。毎年恒例のケアハウス夏祭りの企画と運営を担当する・・・
ミサトは89歳。ケアハウスに入所して10年。普段から口数は少ない。親しくなった入所者たちはどんどん先に逝き、仲良くなった職員はどんどん転職していなくなっていく・・・(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
<シーン1/ケアハウス出勤>
■SE〜朝のイメージ(小鳥のさえずり)
「おはようございま〜す!」
「ちょっ、みんな、もう起きてんの?」
「新聞配達より早いんじゃない?」
「朝ごはんまで、まだ1時間以上あるんだよー」
「まあゆっくり新聞読んで、くつろいでてー」
「さ、今日もがんばるぞ、私!」
私は、エイミー。
高浜市内のケアハウスで働いている。
あ、ケアハウスっていうのは、高齢者施設のひとつ。
自宅で生活するのが難しい高齢者が
食事や洗濯のサービスを受けながら暮らしているの。
またの名を、経費老人ホームC型。
まずは、昨日の宿直と夜勤から申し送りしてもらってと。
あー、マサヒロさん。夜中にまた7回もコールしたのね。
まあ、でも大事でなくてよかったか〜。
ユウジロウさんは、おもらししちゃったの。
入所したばかりで、緊張してるのかな。
ミサトさんは、37度5分の熱発?
夏風邪かしら。ちょっと心配。
え?はい、所長
なんですか?
「夏祭りの企画〜!?
そんなん、もっと適任者にお願いしてくださいよ〜
私、社福士と介福の資格両方持ってるから
相談も聞いて、介助もしなくちゃいけないんですよ」
「今年は入所者・職員全員参加〜?」
「そんな、ご無体なこと言われても〜」
「来年戦後80年だから戦争体験の話?」
「来年80年だったら来年やればいいじゃないですかぁ」
「そうじゃん、いまうちの施設、戦争を体験してる80歳以上の人なんて、
1人しかいませんよぉ」
「じゃあ、みんながその人から聞けばいい?」
「えー、84歳のミサトさん、人前でなんて絶対しゃべれませんよぉ」
「ちょっと。ちょっと所長、どこ行くんですかぁ」
逃げたな。
仕方ない、これも仕事。
朝食介助のときに、ミサトさんに話してみるか。
<シーン2/朝食風景>
■SE〜朝食のガヤ
「話すことなんてないよ」
予想通り。
けんもほろろ。
そりゃそうだ。
普段から口下手で人と話すのが苦手なミサトさん。
こやって言うに決まってんじゃ〜ん。
だけど。
そうも言っていられない。夏祭りは1週間後。
あの手この手できりくずさないと。
「うるさいなあ」
「ほっといてくれ」
やっぱだめか。
「戦争のことなんて覚えとらんて」
お。これは覚えてるときの言い方。
あと一歩。
「10歳のとき?」
よしっ。ヨイショ攻撃全開。
「そりゃ可愛かったさ」
「国民学校の初等科で私より可愛い娘はおらんかったわ」
終戦の年だよな。
「戦争?あんなもんクソじゃ」
「馬鹿が始めた負け戦じゃ」
おお。さすがリベラル。でも、ご家族は?
「ああ、みんな死んだよ」
「おじいさまは南方へ行ったと思ったらすぐに戦死の紙が届いた」
「紙っきれ一枚じゃ」
「とうさまは知覧の特攻隊じゃ」
特攻!それはまた・・・
「でもな。そんなんわしらの預かり知らぬ遠い世界での話」
「目の前。高浜ではもっとつらいことが起きたんじゃ」
え?
高浜は空襲なんてなかったはずじゃ・・
「戦争よりもっと辛いことがあった」
戦争より辛いこと?
それって・・
「三河地震じゃ」
三河地震?
知らない。
戦争特集でも全然ニュースにならないし、そんな大きな地震だったの?
朝食の時間が終わる。
ミサトさんの口はまた、貝のように閉じてしまった。
ミサトさんの車椅子を部屋まで押していく。
ベッドへ移乗しようとしたら、このままでいいと言う。
横になると寝てしまうからだそうだ。
ミサトさんは1人用の茶箪笥に置かれた写真立てを眺めている。
セピア色の印画紙には、
小さな女の子とその兄、父母と祖父の5人が並んで写っていた。
ミサトさんの家族かな。
一度丸めてしわだらけになったような写真を伸ばしてある。
ところどころが破れかけていた。
私は、ミサトさんの部屋を軽く掃除したあと
昼食準備までの間に、ネットで調べてみる。
三河地震。
1945年1月13日午前3時38分23秒。
愛知県三河湾で発生したマグニチュード6.8の直下型地震。
え?
マグニチュード6.8?
そんな!
被害は?
幡豆郡と碧海郡で死者2,652人!?
うそ!
こんな大災害をどうして私、知らないの?
みんなは知ってるの!?
青ざめた私の背中を、誰かがちょんちょん、とつつく。
車椅子のミサトさんだ。
「少しだけ・・・思い出した」
顔は相変わらずぶすっとしてるけど、
私の制服をつまんで、引っ張る。
私は、所長に事情を話して、喫茶室へ連れていった。
<シーン3/喫茶室の独白>
■SE〜喫茶室の雑踏
顔は相変わらずぶすっとしてるけど、
はっきりした口調でミサトさんが語り出す。
「日にちはもう忘れたけど、1月じゃ。
年が明けて2週間くらいやったかな。
盆も正月もないからわからん。戦争中は。
真夜中に、ものすごい大きな音と横揺れで目が覚めた。
かあさまは、わしを抱いて玄関まで走る。
わしを玄関の外に放り出してから
”乾パンをとってくる”言うて戻らっしゃった。
それからかあさまを待っておるとな、
ものすごい大きな揺れがきた。
ほんで、ガラガラガラガラいう音とともに家はぺっしゃんこになった。
わしの目の前でじゃ。
玄関の扉は開いておるのに、人が入る隙間もない。
なのに、そこから手が出ているんじゃ。
生気を失った指先に握られていたのは、
乾パンとくしゃくしゃになった家族写真。
わしは、それを受け取って、必死でかあさまの名を呼んだ。
何度も。何度も。
だがすぐに、知らない大人が私を抱き抱えて海の方へ走り出した。
後ろ向きに抱き抱えられたから、家の様子が見える。
隣から燃え移った炎で、あっという間に火柱が上がった。
水。水。かあさまがやけどしちゃう。
子どもってばかじゃろう。
かあさまはもう死んでいるのに。
おい、エイミー。
話を聞くんじゃないのか。
泣いてどうする」
「だって、だって」
「続けるぞ。
わしを抱いて逃げてくれたおじさんも途中で足を滑らせてな。
わしを庇ったまま頭を地面にうちつけたんじゃ。
それで一貫の終わりやな。
なに?
放り出された10歳の子どもになにができる?
1月。冬の真っ最中に。
泣こうにも声も出やせん。
そのままずうっとはだしで走った。
気がついたら専修坊に着いとったわ。
寺で炊き出しやっとって、塩むすびを口にした。
涙が枯れそうになるまで泣いたから、まあしょっぱいことしょっぱいこと。
でもな、どんなに腹がすいても、
かあさまからもらった乾パンは終戦まで食べんかったな。
こんな、地獄絵図のような世界が目の前に広がっとるのに
新聞も中部日本以外はなんも書かん。
三河の人間しか地震のことは知らんのだ。
戦時中というのはそういうこと。
救援物資も救援団もこなかったけど、
わしらがなんで生き残れたか、わかるか?
”絆”じゃよ。
人と人の絆。町と町の絆。
高取も吉浜も高浜もない。
み〜んなで助けあったんじゃ。
ほいであとから聞いたら、
名古屋の三菱へいっとった兄さまも空襲で亡くなっとったと。
こんでほんとに天涯孤独だわな。
ただな、とうさまとじいさまが、大きな畑を残してくれとったで、
親戚のもんが、それをお金にかえてくれて、
わしを中学まで出してくれたんじゃ。
わしは百姓やりながら勉強までできて、
親兄弟みんな死んだのに、恵まれとったなあ。
うん?
おいおい、元気だけが取り柄のエイミーが
湿っぽい顔をするんじゃない」
「ううん、そうじゃなくて」
恥ずかしいの。
私たち、なんにも知らずに今まで生きてきて。
そんな大きな犠牲の上に、私たちの命って生まれているんだって。
「少しは役に立てたか?」
「今日録音したミサトさんの話を編集して映像にするわ。
お部屋の写真もお借りできる?」
「写真ってこれか?」
「あ、持ってきくれたの?」
「どこ行くにも持っとるわ。
わしがこの世に生まれた証しはこれしかないからの」
そっかぁ。
結局、今年の夏祭りはミサトさんの話を編集して映像にした。
それを集会室で流す。
同時にロビーで写真展を開いた。ミサトさんの家族写真を大きく引き伸ばして中央へ。
あとは三河地震の資料写真を、市役所から借りてパネルにした。
その上には書道の先生でもあるミサトさんの直筆でこう書かれている。
『世の中は 常にもがもな 渚(なぎさ)漕ぐ
海人(あま)の小舟(をぶね)の 綱手(つなで)かなしも』
訳はこうだ。
世の中の様子が、いまのようにいつまでも変わらずあってほしいものだ。
波打ち際を漕いでゆく漁師の小舟は、舳先(へさき)にくくった綱で
陸から引かれている、ごく普通の情景が切なくいとしい。
高浜も刈谷も碧南も西尾も
関東も関西も
日本も世界も
この愛しい情景を守らなければいけない。
衣浦の波間を、切ない声をあげて、海鳥たちが飛んでいった。
愛知県高浜市を舞台にしたボイスドラマです。
主人公エミリは16歳の高校1年生。母親の再婚で名古屋から高浜へ。この春から高浜の高校へ入学した。人と付き合うのが好きじゃないので部活もしない予定だったがなぜかボート部に入ることに・・・
友だちのウミは18歳の高校3年生。高浜生まれ高浜育ち。高浜の中学から系列の高校へ入学した。明るくてリーダータイプ。ボート部のキャプテンだが、部員は4名。なんとか高校最後の年にレガッタ大会に出ようと必死で部員を勧誘するが・・(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
<シーン1/高校の入学式>
■SE〜入学式の雑踏
わぁ、やっぱ入学式ってみんな来るんだー。
あたりまえか。
高浜って田舎だから
もっと少人数かなって思ったけど。
名古屋と変わんないなー。
海風が薫る大自然の中の入学式。
って、夢見すぎ?
あ、でも、思ってた海じゃない。
これ海?川じゃない?
高浜っていうから、
高台から見下ろす白い砂浜とか想像してたのに・・・
はぁっ(※ため息)
ママが再婚して名古屋から高浜へ。
私、1人で名古屋に残りたい、って言ったら
絶対だめだって。
ママだって、コブつきより、
2人っきりで新婚生活楽しんだほうがいいじゃん。
まあ、考えても仕方がない。
これから3年間ここで過ごすんだし。
私なりに田舎生活エンジョイしようっと。(※死語?)
ほお〜、クラブの勧誘すごいなぁ。
なるべく目を合わさないようにして・・・
私、決めてるもん。
高校3年間、帰宅部で通すって。
『ちょっとそこの君』
「はい・・・」
あ、やばっ、反応しちゃった。
『うちの部に、入らない?』
「あー無理です無理です。私体弱いし・・・」
『ならちょうどいいかも。体丈夫になるよー』
「それに家の手伝いもしないと・・・」
『いまなら、入部するとこんな特典もあるんだけどー』
え?
おお〜っと。
私の推しの声優の写真が。
しかも直筆サイン入り?
「そそそ、それ、もらえるんですか?」
言ってもうたぁ。
悪魔のささやきにのったらあかんやん・・・
にしても、高校の部活勧誘が、こんなネットショッピングみたいなコトやるかぁ・・・
『別にいらないなら他の子にあげるからいいけどねー』
「あ、待って」
『うん?』
結局、誘惑に負けてしまった。
推しの写真を両手でかかえながら、家に帰ってからふと思う。
で、何の部活だったっけ?
<シーン2/部活初日から大会まで>
■SE〜波の音
「ボート部〜〜〜〜〜〜!?」
ボート部ってなに?
公園とかにあるスワンボートでのんびり過ごす・・・
なワケないよねえ。
えええええええ〜?
手漕ぎボート〜?
無理無理無理無理無理無理無理無理
1ミリも考えてなかった。
ほら、見てよ。
私、こんなに華奢だし、美白のために紫外線禁止令でてるし。
そんな私におかまいなく、キャプテンの3年生、ウミは笑顔で語り出す。
『エミリが入ってくれてよかったわあ』
『今まで私を入れて部員4人しかいなかったの』
『これでやっとナックルフォアのチームが編成できるわ』
ナ、ナ、ナックルフォアってなに〜?
知らなかったけど。
4人1列になって、1人が1本のオールを漕ぐ編成なんだって。
で一番後ろにコックスという操舵手が加わって5人・・・
ちょっと待って。
じゃあ、私もいきなり競技に出るってこと〜!?
『私来年受験だから、今年が最後なんだ』
『市民レガッタには出られないかもって半分あきらめてたから』
『ありがとう、エミリ』
う・・・
なんか、ツボ抑えるの、うまくない?
それからの展開は早かった。
だって、市民レガッタ大会まで、たった3か月しかないんだもん。
ボートやオールの持ち方、キャッチ、ドライブ、フィニッシュ・・・
レガッタの基本をゼロから覚える。
毎日のトレーニングは厳しかった。
そりゃそうよね。
いままで堕落した生活でなまりまくった体なんだから。
早朝トレーニングに夕方のランニング。
みんな、私を一番前に走らせるんだけど、すぐにバテて脱落する。
授業前の腹筋なんて、朝ごはん全部戻しそう。
早朝から日が暮れるまでずうっと家にいない私。
ママなんて、娘が気をつかって帰ってこない・・・
って思ったのか妙に優しくなっちゃった。
別に、ママのカレシ・・・じゃなくて旦那さんのこと、
避けてるわけじゃないのにな。
部活、いつも夕方にはヘロヘロになるんだけど、
ひとつだけ気に入ってるものがある。
衣浦の海に沈む夕陽。
これって海?
って最初思ってたけど、黄金色に輝く海は言葉にできないほど美しい。
潮風に吹かれて高浜川の堤防を走ると
目の前には空と海が細長い平行線を描く。
まるで海の中へ夕陽が溶けていくような感覚。
このときだけは、疲れもどこかへ行ってしまう。
季節はあっという間に入れ替わっていった。
筋力トレーニングとランニング中心の陸上(おか)から
ウォータートレーニングへ。
ローイングマシンで、キャッチ、ドライブ、フィニッシュ、リカバリー。
スプリント練習からタイムトライアルまで。
(※ローイングマシンのトレーニング方法/https://johnsonjapan.com/92948)
気がつくと、次の日にあまり疲れが残らなくなっていた。
お風呂でお腹みたら・・・ちょっと、腹筋割れてない?
そういえば私、昔から力だけは人より強かったんだっけ・・・
<シーン3/市民レガッタ大会>
■SE〜波の音
『エミリ!どうしたの!?』
「ごめんなさい。大会当日だっていうのに。
ゆうべ寝てる間にエアコンつけちゃったみたいで
今朝起きたら、こんな・・・」
目の下クマで、鼻水ズルズル。
微熱もあるかも。
『しかたない。棄権しよう』
一瞬考えただけで、キャプテンのウミはその言葉を口にした。
え?
『だってしょうがないでしょ。悪化したら大変』
ウミは笑ってる。
『来年からまた新人を勧誘すればいいじゃない。
次はエミリたち、がんばって』
「いや!」
自分でも驚くほど大きな声が響き渡った。
「棄権なんてしない。
私、途中で倒れたって絶対に出場する!」
『だめよ、体の方が大事でしょ』
「ウミさんの方が大事!」
目を潤ませて悲痛な表情で叫ぶ私。
ものすごい剣幕に押されて、ウミも折れた。
『わかった。その代わり、少しでも体調が変わったら
レガッタの途中でも棄権するから』
「はい!」
■SE〜波の音と観客の歓声
『キャッチ!』
コックスがもっと強く漕ぐように檄を飛ばす。
選考予選はなかった。
なんだ、高浜の市民レガッタって申し込めばスルーで出られるのね。
いや、笑っている場合じゃない。
見渡せば、周りは強豪ばかり。
高校生のチームなんて私たちしかいない。
高浜川を空と海の平行線に向かってボートを漕ぐ。
私は体調のことなんて、完全に忘れ去っていた。
ウミは一番後ろのストローク。
ペースメーカーとしてみんなを支える。
私はその手前の3番。
リズムを維持しながら力強く漕ぐ。
ああ、大丈夫だ。いつもの力は健在だ。
っていうか、いつも以上のパワーが溢れてる。
『キャッチ!』
コックスから最後の掛け声。
私には周りを見る余裕などない。
いまこの世界に存在するのは私たち5人だけ。
心を一つにしてただオールを漕ぐ。
フィニッシュラインを超えた瞬間、達成感が全身を包んだ。
順位なんてどうでもいい。
ウミと抱き合いたい。みんなと喜びを分かち合いたい。
だが、私たちの耳に飛び込んできたのは、
■SE〜熱狂する大歓声(「おめでとう!」)
え?
『エミリ!』
私の名を呼んでウミが抱きついてくる。
顔をくしゃくしゃにして。
『勝っちゃったよ!』
ほかのみんなも、言葉にならない声をあげて抱き合う。
いつまでも、いつまでも。
空と海の平行線が、いつも以上に黄金色に輝いていた。
<シーン4/2027年>
■SE〜波の音
■BGM〜エンディングテーマ
『エミリ、ついにここまできたわね』
「うん。やるからには頑張る」
2026年、私とウミは、ロスへの切符をかけて選考委員会にのぞむ。
その前にほんの少しだけ、ふるさとのひとときを楽しんだ。
高浜の、細長い空と海の平行線を2人で眺める。
あの日と変わらない夕陽が、私たちの顔を金色に照らしていた。
愛知県高浜市を舞台にしたボイスドラマです。
主人公は23歳の鬼師。複雑な過去を持ちながら地元・高浜で鬼師として修行中。鬼師の技能評価試験に向けて作品を製作していたある日、不思議な夢を見る・・・(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
<シーン1/歌舞伎・娘道成寺一幕〜>
■SE〜歌舞伎の鼓・拍子木・太鼓の音
「月(つき)は程なく入汐(いりしお)の 煙満ち来る小松原
急ぐとすれど振袖の びらり帽子のふわふわと しどけなりふり」
■BGM〜
また夢を見た。
小面(こおもて)の能面をつけた美しい女性が闇の中を舞う。
私は鬼瓦を作る鬼師。
いや、・・・鬼師を目指す見習いだ。
幼い頃からクラシックバレエを習い、
最近では声優や舞台女優をやりながら、地元高浜で鬼師の修行中。
だから、まだ鬼瓦というものを作ったことはない。
評価試験のために、作り始めたけど・・・止まっている。
図面すら引く前に。
ロジックはわかってる。
乾燥して縮む量を計算して原寸大の図面を引く。
土を調合して練り上げる。
瓦の土台となる部分を作り、その上に土を盛り付けて鬼瓦に仕上げる。
わかっているのに、どうしてもできない。
鬼の顔。鬼面。
それは家を守るため、どんな魔をもはじき返す強い力がなくてはならない。
一体どんな恐ろしい鬼の面を描けば、魔を退散させられるのだろう。
ほどなくしてまた夢を見た。
夢?本当に夢だったのか?
まるで平安京へ異世界召喚されたようにリアルだった。
<シーン2/出会いと別れ〜清姫・安珍>
■SE〜小川のせせらぎ
「どうしました?」
「あ・・・
申し訳ありません。
川の水を飲もうとして、岩で脚を傷つけてしまいました」
「それはいけない。
よければ私が滞在しているお寺までいらっしゃい」
「そんな。お手間をおかけするわけには・・・」
「なにを言うのですか。怪我人を見過ごすことなどできません」
「あなたは・・・」
「私は安珍と申します。
熊野詣へ向かう途中、
ここ高浜の専修坊(せんじゅぼう)に立ち寄った修行僧です。
奥州より参りました」
「まあ、そんな長旅を・・・お疲れでしょうに」
「いえ。あなたこそ、大変でしたねえ」
「知った場所なのに軽率でした。
ありがとうございます。私は清姫と申します」
彼は怪我を負った私によく尽くしてくれた。
かいがいしく面倒をみてもらううちに
心の中に小さな炎が灯っていく。
ある日、私が蜘蛛の巣につかまった蝶を助けていると、
「清姫さまは名前通りの方ですね」
と、声をかけられた。
「どういうこと?」
「命あるものすべてに清らかな慈しみを持っている」
「たまたま蝶々が哀れだっただけ。
私には、もっともっと、我が命より愛しい方がおります」
「それは・・・」
と言いかけて、彼は口をつぐんだ。
僧侶だもの。
はっきり口には出せないのだろう。
彼は、僧・安珍は、言葉には言い表せないほどの見目麗しさ。
私だって、村いちばんの器量良しと褒めそやされ
誰にも嫁がず、運命の人が現れるを待っていた。
だから、最初安珍に声をかけられたときから、胸が熱くなった。
恋の炎はあっという間に大きくなっていく。
専修坊で怪我の手当をしてもらいながら、
私は安珍との時間を堪能する。
彼の話は私を惹きつけ、私は知らず知らず彼の出立を引き留めていた。
それでも旅立ちの日はやってくる。
私は思い切って、彼に思いを打ち明けた。
彼は少しだけ戸惑う表情を見せながらも
「わかりました。もしもあなたがこの地に、高浜にしばらくいるのなら
熊野からの帰りに必ず立ち寄りましょう」
と私の目をみて答えた。
「うれしい。お待ち申しております。その前に・・・」
「その前に?」
「熊野へ出かける前に私のところに寄ってください」
純潔を捧げる。彼にその意志を告げた。
だが、彼はこなかった。
私は恥ずかしさと悔しさで心が震える。
安珍は、別れも告げずに旅立っていった。
その後も約束を信じて、待てど暮らせど、彼は現れない。
食べ物も喉を通らず、あれほど輝いていた肌艶も褪せていく。
そんなある日のこと。
専修坊に立ち寄った別の僧侶から、安珍一行が美濃国を抜けていくと知った。
それはすなわち三河国へは寄らないということ。
どうして?
あれほど固く約束を交わしたのに。
憎しみの業火が心を包んでいく。
いてもたってもいられず、私は安珍を追って美濃国へ向かう。
私の姿を見た彼は、人違いだと言う。
すんでのところで私から逃れ、今度は逆方向の三河国へ。
あな、うらめしや、安珍めが。
<シーン3/歌舞伎・娘道成寺二幕>
■SE〜歌舞伎の鼓・拍子木・太鼓の音
「さりとてはさりとては 縁〔えん〕の柵〔しがらみ〕せきとめて 恋を知らざる鐘つきの 情〔なさ〕けないぞや恨〔うら〕めしと 忘るる暇〔ひま〕も涙川〔なみだがわ〕 恋の氷〔こおり〕に閉じられて 身を切り砕く憂き思い」
必死で逃げる安珍。
藤江の渡しで海を渡る。
船頭は私の邪魔をして乗せようとしない。
おのれ、皆をして恋路の邪魔をするのか。
やがて安珍は、専修坊へと逃げ込んだ。
住職は彼を鐘楼の中へ隠し、吊り下げていた紐を切った。
安珍!よくも!
気がつけば、私の顔は少女から、般若の鬼面へ。
もっとも恐ろしいとされる真蛇(しんじゃ)の面へと変化(へんげ)していた。
体は大蛇(おろち)と化し、鐘楼に巻きつく。
安珍憎しや!心もろとも焼き尽くそうぞ!
体から溢れる炎が鐘楼ごと焼き尽くす。
安珍の断末魔の叫びが耳に届いたとき、真蛇の面からは涙が。
私はそのまま稗田川まで行き、入水(じゅすい)した。
憎い安珍。それでもやはり愛する思いは止まらない。
愛憎が入り混じった真蛇の面。
口は耳まで裂けた恐ろしい表情だが、
吊り上がった目には深い哀しみをたたえる。
どれほどの魔であろうと、決して寄せ付けない迫力。
清姫となった私は、自らの面を俯瞰で見下ろしていた。
<シーン4/鬼師の工房>
■SE〜祝福の声「おめでとう」
私の作った鬼面、鬼瓦は鬼師の評価試験中級に合格した。
能舞台では、若い女性の小面は早変わりで般若の面に変わる。
私がしつらえたのは
憎しみと、悲しみと、慈しみが最高潮に達した鬼の面。
生娘の清姫は憎しみだけで安珍を焼き殺したのではない。。
極限まで愛してしまったからこそ、裏側の憎しみという真蛇が現れる。
これこそ、真の鬼面。
鬼瓦は、市の重要文化財の屋根に載せられた。
もし、そこを通ったら少しだけ見上げてみてほしい。
鬼の顔が、愛情と悲しみの表情をたたえているはずだ。
その結界を破って入ってくる魔など、ありえないだろう。
■SE〜歌舞伎の鼓・拍子木・太鼓の音
愛知県高浜市を舞台にしたボイスドラマです。
主人公は25歳のOL。18歳で高浜を出て東京の大学へ。そのまま東京のデザイン会社へ就職。自分のデザインの人気が出てくるにしたがって仕事も増え忙しさに押しつぶされそうになっている。そんなある日、会社でうたた寝して気がつくと、そこは15年前の高浜、自宅だった・・・(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
<シーン1/東京のデザイン事務所>
■SE〜電話のコール音
「はい、もしもし。
あ、おつかれさまです。
え?ロゴのデザイン?はあ。
初稿出しはいつですか?
えつ、えええええ〜そんな〜無理ですよ〜」
■BGM〜solitude-300539947.wav
今日もまた眠れない・・・
なんかこの状況。
まるで昭和のブラックな時代みたいじゃない。
私はグラフィックデザイナー。
3年前に東京の美大を卒業してこの道に進んだ。
その前、高校卒業までは、地元・高浜。
あ、タカハマだっけ。
7年も離れると、ふるさとのアクセントも忘れちゃうんだ〜。
私って、薄情〜。
心のままに描いてきたデザインが、なぜかクライアントにウケて
いまやこの状況。
会社は働き方改革があるから「残業禁止」なんて言うけどさ。
私のデザインが気に入って頼んでくれるとこには
つい頑張っちゃうじゃん。
とはいえ、3年間ずうっと突っ走ってきたからなあ。
ちょっぴり疲れたかも・・・
いまの電話は先輩。
っていうか直属の上司?
いまどきのかっこいいデザインがめっちゃ得意なデザイナー。
なのにクライアントとの打合せにもほぼ全部顔を出してる。
私には無理だなあ。
そもそも人と話すのは、あんま得意じゃないし。
デザイナーになったのも天分だと思ってる。
だって、自分の世界の中でできる仕事でしょ。
新規の案件は、お茶屋さんのロゴと店舗デザイン。
最近お茶とかお抹茶って若い子に人気だもんなあ。
あは・・・若い子って。
私だってまだまだ若いじゃん(笑)
インスタで流行りのお店とか事前に調べとくか。
あ、だめだ。
オシャレで可愛いお店の写真をスクロールしているうちに
瞼が・・・
あ〜。まいっか、少しくらい・・・
<シーン2/15年前の高浜(実家)>
■SE〜食卓のガヤ/料理を作る音
『休みだからって、いつまで寝てるの。
もうお昼よ。
食べるでしょ、鶏めし』
え・・・
ママ?
なんで?
ここは?
私、会社でうたた寝してたんだっけ・・・
『ご飯食べたら、お友だちと花まつり、行くんでしょ』
ここ高浜〜!?(地元アクセント=第二音)
それに私・・・ママよりちっちゃい!
子どもじゃん!
「ねえねえ!ちょっと!ママ」
『なあに、そんなあわてて』
「いま何年!?」
『なに言ってるの、へんな子ねえ』
「いいから教えて。今日は何年何月なの!?」
『平成21年5月でしょ。
朝自分で日めくりめくったじゃない』
平成21年!
2009年。
15年前だ。
これって、夢?
いや、そうじゃない。
だって、すごくいい匂いが・・・
『おかしなこと言ってないで、鶏めし、食べなさい。
冷めちゃうわよ』
あ、お腹が・・・
■SE〜お腹がぐう〜っと鳴る音
『お昼寝して。お腹すいて。鶏めしたべて。
幸せな人生だこと(笑)』
「鶏めし、食べたい・・・」
『どうぞどうぞ』
■SE〜茶碗によそう音
「あ〜美味しそうな香り・・・
いただきます」
美味しい。
味がしっかりしみ込んだご飯。
薄くスライスして柔らかく煮込んだ鶏肉。
そうだった。
この味。
うちの鶏めしは炊き込みごはん。
戻した干し椎茸とごぼうとにんじん、油揚げの旨みをとじこめて、炊き上げる。
何年ぶりだろう。
よく考えたら、もうずうっと食べてない。
こんなに美味しかったのに。
『ちょっと。あんた、なに泣いてんの?』
え?
あ、ホントだ。
全然気づかなかった。
「ねえママ」
『なに』
「おかわりしていい」
『あたりまえじゃない』
「鶏めしって、どうしてこんなに美味しいんだろ」
『かくし味よ』
「へえ、知らなかった。なに?」
『愛情』
一瞬、言葉につまった。
そんな、平成みたいなネタ・・・
って平成か。
『それより、こんなゆっくり食べてていいの?
花まつり、行かないの?』
ああ、そうか。
今日は花まつりの日なんだ。
懐かしいな。
きっとキレイだろうな。
いつだって、目が覚めるほど艶やかだったもんなあ。
でも私・・・
「いかない。
ずっと鶏めし食べていたい」
『なんなの、それ』
ママ、このままずっとここにいたい。
だってここは、高浜は、私の家なんだもん。
こみあげてくるもので、顔をくしゃくしゃにしながら
私は鶏めしを食べ続けた。
ママはもう何も言わず、私を見ながら微笑んでいる。
ああ、本当に美味しかった。
『残りはおにぎりにしておいとくからね』
鶏めしのおにぎり・・・
お腹いっぱいでも食べられるよ。
お腹が膨れて、同時に泣き疲れて、
気がつくとまた、まぶたがくっついていく・・・
ママ・・・
<シーン3/再びデザインオフィス>
■SE〜オフィスに人が入ってくる音
『夜食、買ってきたぞ』
え・・・
いまのは夢?
ううん、夢じゃない。
突っ伏した腕が涙でこんなに濡れてるもの。
あわてて、トイレに駆け込み、目元を整える。
手短にすませて席に戻ると
「私、お先に失礼します」
きょとんとした同僚たちに私は笑顔で挨拶した。
急ぎ足でオフィスを出る。
スーパー、まだ開いてるよね。
<シーン4/自宅近くのスーパーマーケット>
■SE〜スーパーマーケットのガヤ
いつもの惣菜売り場は素通りして野菜売り場へ。
干し椎茸、ゴボウ、ニンジン、あぶらあげ。
そして、鶏肉。
醤油と砂糖はきれてなかったはず。
今晩くらいは自分で作ってみよう。
鳥肉を薄く切って
具材と一緒に炊き込んで。
こんな夜更かしならいいじゃない。
今度の休みは、久しぶりに帰ろうかな。
高浜へ。
ママのお墓まいりいかないとね。
報告することいっぱいあるんだ。
今日はママの鶏めし、再現してみるから。
小さい頃からレシピ、教えてくれたもんね。
いつも心配してくれてありがとう、ママ。
私は元気だよ。
愛してる。
愛知県高浜市を舞台にしたボイスドラマ(CV:桑木栄美里)
■設定
・主人公=中学2年生の女子。父の都合で4月から高浜へ引越し、転校してきた。内気で陰キャでコミュ症。徹底的に人見知りするのに、心の中は厨二病という厄介な性格。
台本はこちら→https://anime-takahama.com/voicedrama/dollhouse/
【ストーリー】
<シーン1/名鉄吉浜駅前>
■SE〜名鉄吉浜駅のガヤとアナウンス「ヨシハマ〜ヨシハマです」
「吉浜・・・
高浜じゃないの?」
ママが優しくさとすように説明してくれる。
そっか。
吉浜ってのは、高浜にある町なんだ。
そこに私たちの新しい家がある。
■BGM〜
私は中学2年生。
この春、茨城県のつくばから引っ越してきた。
年が明けたらパパがいきなり会社辞めるって宣言するんだもん。
あ、パパの仕事はIT企業の研究室。
辞めてどうするのか、って聞いたらパン屋さんをやるんだって。
ママも私も”え〜〜〜〜〜〜”って感じ。
それだけじゃない。つくばから地方へ移住する〜!?
しかもこんな聞いたこともないような、愛知県の高浜市ってとこに。
パン屋さんなら、つくばでやれよって。
『パンのまち』なんだから。
もう激おこ〜。
ってことで、私も転校。
まあ、そもそも私、
陰キャで、コミュ症で、しかも厨二病だから友達いないんで
別に全然いいんだけどさー。
ワンチャン、新しい学校で友達できるかも。
無理か。この性格じゃ。
■SE〜軽トラックのエンジン音
吉浜駅前のロータリー。
パパが軽トラックから降りてくる。
これで家まで送るって?
トトロかっちゅうの。
あの看板。
人形小路(こみち)?
吉浜は人形のまち?
そうなんだ〜。
私、急な引っ越しだったから、つくばのお家に
お人形さんみんな置いてきちゃったもんなあ。
小さい頃からいわば私のイマジナリーフレンド。
コミュ症の私は人形に囲まれていれば幸せだった。
寂しいな。
高浜のこと、SNSで検索してみるか。
『ハッシュタグ高浜』っと。
ふんふん。あんまり出てこないー。
人形小路 雛めぐり?なんじゃ?
子供たちがお雛さまになってる。すご。
ひな祭りの日にやってたんだ。
あとは・・・
人形小路花まつり。5月か。
こっちにも人形。
高浜、ってか吉浜は本当に人形の町なんだなー。
<シーン2/新居(吉浜市内)>
■SE〜扉を開ける音
なんてことを夢想してるうちに、新居に到着。
新居っちゃ新居なんだけど、ぶっちゃけ古民家。
古民家好きなパパがネットで探し回って購入した。
以前は人形師が住んでいたらしい。
人形師ってなに?
人形を作る職人かあ。
ちょっと興味あるかも。
しっかし、すごい埃。
掃除だけで1日終わっちゃうよ。
ママは食卓の埃を払ってさっと水拭きするとパソコンを開く。
そっか。
マーケターって、パソコンさえあればどこでも仕事できるんだ。
だからママ、引っ越しするのに抵抗ないのか。
あ〜あ、これから大丈夫かなあ。
転校の手続きはパパがしたって言ってたけど。
黒板の前でするアレ。自己紹介。
やだなあ。憂鬱だなあ。
その晩、私は夢を見た。
誰かが私に話しかけている。
『お願い』
『私を見つけて』
え?
だれ?
どこにいるの?
姿もなにも見えないけど、小さくてか細い声。
『私、ここだよ』
『お願い』
暗くて何も見えない。
私は手探りで闇の中をまさぐる。
だが、虚しく空(くう)を切るばかり。
もがきながら、いつしか眠りの底へ落ちていった。
<シーン3/学校>
■SE〜通学のガヤ
翌日。
眠い目をこすりながら学校へ。
通学路の途中にある青い看板。
交通標識みたいな駅の看板みたいなこれ、なに?
案内看板?だよなー。
ひらがなで『ほしみち』・・・?
その下には2つの中学校の名前。
1つは私が今から向かう中学だ。
しばらく立ち止まっていると、ほかの子たちが
遠巻きにちらっと見ながら通り過ぎる。
あ、いつものやつだ。
だめだめ。
目立っちゃ。
足早に青い看板の前から立ち去る。
『お、おはようございます』
『つ、つくばから転校してきました・・・』
”全然聞こえないね”
”つくばってどこ?”
小さい声でみんなが囁いている。
あー、時間よ、早くすぎて〜。
■SE〜学校のチャイム
私にとって、長い長い6時限が終わり、
校舎を出るころにはもうヘトヘトだった。
こんなんで明日からまた大丈夫かなあ。
<シーン4/新居の部屋>
次の日も同じ夢を見た。
『私を見つけて』
私は意を決してベッドから起き上がる。
懐中電灯を持って2階から1階へ降りていった。
まだ見ていない部屋とかあったっけ?
この家、その名の通り古い民家だから
蔵みたいな物置みたいな建屋があるのね。
パパは人形師さんの工房だって言ってたけど。
ちょっと怖いけど、好奇心の方がまさった。
その建屋には廊下でつながってるから扉をあけて入っていく。
やっぱ怖いからすぐに電気をつける。
雑多に置かれた引っ越しの荷物。
荷解きしていないのがまだこんなに。
壁一面には天井まである大きな棚。
あれ?
棚の向こう側。
ダンボールに隠れてるけど、小さな扉?
どけたら入れるかな。
小柄な私なら大丈夫そう。
どうしよう?
う〜ん。ここまできたらやるしかない。
扉を一気に開けて、懐中電灯で照らす。
・・・と、あった。
私の膝くらいまでの木箱。
恐る恐る蓋を開けると、中にはなんと・・・
美しい絹の布に包まれた人形!
これ、ビスクドール?
ううん、違う。
西洋人形じゃない。
よく見ると陶器じゃなくて、木だ。
木製なのに、精巧な顔立ち。
びっくりするくらい綺麗で可愛い女の子。
これも昨日パパが言ってた細工人形っていうのかしら。
あなただったの?私を呼んでくれたのは。
私は瞳の美しさと表情に時間がたつのも忘れて見入ってしまった。
自分の部屋に人形を連れ帰り、枕元に置いて眠る。
おやすみなさい。
夢の中でお話できるといいな。
眠りに落ちると、今度は荒唐無稽な夢物語が始まった。
その人形の名前は小町。
菊人形を作るときに、余った木材で人形師に作られた。
作り方は菊人形や細工人形と同じ。
だから表情もきめ細やか。
実は同じように作られた人形たちがまだ何体もいるという。
私は、ダンジョンになっている工房で、人形師が残した手紙や記録を探し出す。
彼が作った人形にはそれぞれ物語が込められていた。
小町を抱っこして町へ出る。
人形小路を巡りながら、人形を探す冒険が始まっていく。
小町は、笑顔で私に話しかけた。
『ありがとう』
『君は優しいから、友達いっぱいできるよ』
『吉浜のこと、高浜のこと、人形のこと。もっともっと好きになってね』
<シーン5/学校の教室>
■SE〜学校のチャイム
次の日、学校へ行ったら奇跡が待っていた。
いや、正確に言うと、私にとっては奇跡。
クラスの同級生たちがいきなりメアドの交換をお願いしてきた。
え?なにか裏があるんじゃない?
疑り深い陰キャは、なかなか奇跡を信じられない。
そんな私の前で、彼女たちは口々に、
”みんな、口ベタなんだよ”
”本当はもっと早く友達になりたかったんだけど”
”わからないことあったらフツーに聞いて”
そうか。
きっと私、いつもうつむいて暗い顔してたし。
誰とも視線合わせないようにしてたし。
授業終わったらソッコーで帰ってたし。
これじゃ、いつまでたっても友達なんてできないよね。
でも、そんなこと。
高浜にくる前からわかってた。
わかっててもできなかったんだ。
こんな風に思えるのって、なぜだろう?
あの人形?小町?
いや、そんな。
でもなんだか、今日の私。
今までとテンションが違ってる。
だけどわかった。
高浜で私の最初の友達は、小町。
そしてこれからは、クラスのみんながきっと友達になる。
驚くほど確かな思いが胸の中を通り過ぎていった。