追想の彼岸〜彼岸花とでか落花生

追想の彼岸〜彼岸花とでか落花生

Update: 2025-01-15
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Description

愛知県高浜市を舞台にしたボイスドラマです。


主人公は30歳。システムエンジニア。


10年ぶりに高浜(高取)へ帰って来た理由は祖母のお葬式。祖父の代まで農家だったが、祖父亡きあとは祖母がこじんまりと畑を継いでいた・・・(CV:桑木栄美里)


【ストーリー】


<シーン1/稗田川のほとり>


■SE〜稗田川のせせらぎとセミの声


9月の風。


残暑をまだ感じられる季節。


生ぬるい風が川面を撫でていく。


風は彼岸花の黄色を揺らしながら、私の頬に触れて流れていった。


10年ぶりの高浜。高取。


あまり変わってないなあ。


変わったのは、おばあちゃんのいない世界になったこと。


そう。私が帰ってきたのは、祖母の葬儀に出るため。


10年間も故郷に背を向けて、私は東京でがむしゃらに働いた。


システムエンジニア。


いまの時代、人気の職業は、そのままハードな仕事を意味する。


大好きなおばあちゃんが、1年前から体を壊していたことも知らずに


私は走り続けていた。


おばあちゃんも、頑張ってる孫娘に要らぬ心配をかけるな、


と、父さんや母さんに申しつけていたらしい。


プログラマーという仕事がなんだかわからなくても


おばあちゃんには自慢の孫だったみたい。


近所の人たちにいつも私の仕事の話をしてたんだって。


よくわかんないくせに。ふふ。


おばあちゃんらしいな。


臨終の連絡をもらったとき、


私は基幹システムの最終チェックで徹夜が続いていた。


メールに気がついたのは、逝ってしまったあと。


父は、告別式に間に合えばいいから、と返信してくれたけど。


クライアントの基幹システムを無事に納品して


稼働することを確かめたのは、ちょうど通夜が終わる頃。


次の日、私は始発の新幹線で高浜へ向かった。


鯨幕の張られた玄関。


おばあちゃんらしく華やかな供花が一対。


ユリ、胡蝶蘭、カーネーション、菊。


その中に、黄色い、艶やかな・・・彼岸花。


そっか・・・


赤い彼岸花は本来供花で飾っちゃいけないんだっけ。


でも、おばあちゃんの一番好きな花だったから・・・


父さんも母さんもわかってるなあ。


おばあちゃんの顔さえゆっくり見られないまま、


あわただしく葬儀を終えて、最後のお別れに。


やっぱり、黄色い彼岸花がいっぱい添えられた。


彼岸花は散形花序(さんけいかじょ)。


大きなひとつの花に見えるのは、6個とか8個の花が集まっている。


黄色い彼岸花の花言葉は「追想」。


言われなくても、瞼の奥に懐かしい追憶が蘇ってくる。


おばあちゃんを見送ったあとは、


1人気ままに家の近くを流れる稗田川へ。


こうして散策しながらせせらぎを聴いていると、


おばあちゃんの声が聴こえてくるようだ。


<シーン2/回想シーン〜8歳の秋>


■SE〜稗田川のせせらぎとセミの声


『黄色い花がきれいだら』


私が小さい頃、共働きの両親は忙しく、私の横にはいつもおばあちゃんがいた。


『あれは、彼岸花って言うんだよ』


(※あまり「じゃ」は使いません。「言うんだわ」とか「言うんだよ」)


「ヒガンバナ?」


『ああ、秋のお彼岸に咲くから彼岸花』


「ふうん」


『ピンク〜黄色〜赤。順に咲いていくんだわ』


「わあ!」


『赤いのは曼珠沙華(まんじゅしゃげ)とも言うな』


「マンジュウ・・」


『ははは。ほうだなぁ。でも食べると毒だぞお』


「いやぁ」


『食べんでに目で愛でるんだ。ほれ、黄色い絨毯みたいだら』


「うん。キレイ」


『5,000本もあるんだって』


「すごおい」


『彼岸まで続いとるのかもしれんな』


<シーン3/回想シーン〜14歳の秋>


■SE〜セミの声(クマゼミ)


私が中学生の頃、祖父が亡くなった。


両親は会社員だったが、祖父の家業は農業。


祖母は、半分以上を売却して、小さな畑でいろんな野菜を育てた。


当時の私はアレルギー性の皮膚炎に悩まされていたから


祖母が作るオーガニックの野菜は宝物。


春には新玉ねぎや春キャベツ、冬には里芋が食卓に並んだ。


その中でも、私が一番好きだったのは、地豆。


地豆というのは、落花生のこと。


大好きなのに小さい頃はアレルギーで食べられなかった。


それが嘘のように、おばあちゃんの地豆ならペロっと食べられる。


医食同源。


きっとそうなんだ。


おばあちゃんは、私のために、採れたての地豆を茹でてくれる。


私は、やけどしないように気をつけながら、柔らかくなった皮を剥く。


その瞬間、香ばしい匂いが私の鼻から脳へ抜けていった。


ホクホクを頬張るときの幸福感。


それだけじゃない。


素焼きの地豆を使って、ピーナッツバターも作ってくれた。


『砂糖は少なめに』


『挽いた岩塩をひとつまみ』


『薄皮もそのまま使って』


『植物油は使わん』


『すり鉢で愛情たっぷりに擦りおろしてと』


『茹でた地豆を刻んで入れれば』


「おばあちゃん特製ピーナッツバター!」


『そうそう。油を使ってないし、薄皮も入っとるから体にいいぞぉ』


うん。アレルギーなんて1ミリも出なかった。


もう一度、食べたかったな・・・。


母さんからの近況報告では、


最近おばあちゃん、変わった地豆を作っていたらしい。


フツーの地豆の1.5倍のサイズだって。


なんか、派手好きのおばあちゃんらしい。


収穫の途中だったみたいだから、見よう見まねでやってみようかな。


株ごと掘り起こして天日干しでしょ。


茹で落花生は、そのまま調理か。


想像するだけで、お腹減ってきちゃう。


さっき精進落とし、食べたばかりなのに。ふふ。


<シーン4/稗田川のほとり>


■SE〜稗田川のせせらぎとヒグラシの声+虫の声


夕陽が稗田川の川面に映る。


彼岸花の黄色が夕陽に照らされて赤く染まっていく。


思い出は、唐突に寂しさを運んでくる。


もう二度と会えないという切なさと、


最後に顔を見せてあげられなかった後悔の念。


「おばあちゃん、ごめんなさい」


『何を言うとるんや(何を言っとるだ)』


え?


ああ、そうか・・・わかってる。


もちろん、気のせいだって。


心に直接響いてくるおばあちゃんの懐かしい声。


『おまえはいつでも自慢の孫娘だわ』


きっと、こう言ってくれるだろうな、という希望が生みだす幻聴。


それでもいい。


こうして、もう一度おばあちゃんの声が聴ければ。


心の中のおばあちゃんに私は話しかける。


おばあちゃん、私ね。考えてることがあるの。


おばあちゃんの畑、私が引き継いでみようかな、って。


仕事も一区切りついたし、これをきっかけに高浜に戻ろうと思うんだ。


私、プログラマーだけど、実はプロのマーケターでもあるから、


おばあちゃんが大切にしてきた野菜をネット販売してみたいの。


だって、あんなに健康的で、あんなに美味しいんだもの。


可愛らしいサイトを作って、ターゲティングさえしっかりすれば


おばあちゃんの美味しい野菜をみんなに共有してもらえるわ。


ピーナッツバターも私が再現して、売ってみる。


レシピはおばあちゃんにしっかり教えてもらったからね。


もうひとつ、おばあちゃんが最後に作ってたジャンボサイズの地豆。


あれも、高浜の特産としてPRしてみるわ。


そうねえ、名前も・・・


「でか落花生」。


どう、これ?


なんか、ダサかわいい、っていうか、昭和の香り満載でイケてるでしょ。


一周回ってこのネーミング、って感じ(笑)


私、東京で実践してきたこと。


ぜ〜んぶ、このためだったんだ、って気がする。


ようし、私が蓄積してきたスキルと知識、すべてつぎこむぞ!


おばあちゃん、応援してね!


心の目が、暮れなずむ稗田川のほとり、彼岸花の群れに佇むおばあちゃんを見つめる。


笑顔で手を振るおばあちゃん。


そうか、そこはもう彼岸なんだね。


せせらぎの音にまざって、


おばあちゃんの笑い声が聴こえた気がした。


※この物語はフィクションです。

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