69,12月21日 月曜日 14時50分 フラワーショップアサフス
Update: 2020-05-27
Description
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「いいか。絶対に何とかしろよ。おめぇだけじゃねぇんだ。長官にも先生にも迷惑がかかる。」
こう言ったそばから運転席の窓をノックする音が聞こえたため、村上は電話を切って窓の外に目を向けた。そこには見覚えのある笑顔があった。村上はドアを開けて男と向かい合って立った。
「久しぶりだな。赤松。」
「やっぱり村上か。」
「おう村上だ。」
「お前何しとらん、こんなところで。」
「いや…ちょっとな…。」
「こんなところやと何やし、うちにでも寄ってけ。」
「いや、ここでいい。」
「何言っとらん?水くせェな。」
「あぁ、じゃあドミノでってのはどうだ。」
「ドミノ?はははは。」
赤松は頭を掻いて笑い出した。
「何だよ。」
「すまんすまん。いやな、ここ2日ほど俺はドミノばっかりなんやわ。」
「何で。」
「あの事件があったから。」
「そうか…。」
「で、お前何かわかったんか。」
「は?」
「佐竹から聞いたわ。お前ら今も随分と仲がいいそうやな。あいつはどっちかって言うと一色は他人のようなものだから、無視しときゃいいってスタンスみたいやったけど、お前は違えんろ。」
村上は佐竹から赤松と接触したことは聞かされていなかったため、この発言を受けて戸惑った。
「違うが?」
「…遠くない。」
「なんねん。そのはっきりせん言葉。」
「あいつ…お前に何話してたんだ。」
凍てつく風が2人に吹きつけた。そのため赤松は身をすくめた。
「暫くなら時間が取れる。ウチに入ってくれ。風邪引くぞ。」
「…いや、ここでいい。赤松、車に乗れよ。」
「何やいや。ウチの母さんも喜ぶぞ。久しぶりの村上やしな。お前、ウチに来ていっつもゲームしとったいや。母さんもたまにお前のこと気にかけとれんぞ。」
「すまない。ちょっとそんな気分じゃないんだよ。」
村上は文子のことを話す赤松と目を合わせずに、赤松に車内に入るよう促した。赤松は勧めに応じて助手席に乗り込んだ。
「おーこれいい車やね。」
「そうか。」
「お前、本多の秘書やっとるんやって?佐竹から聞いたぞ。」
「あ、ああ。」
「いつから?」
「…そうだな…もう12、3年になるか。」
「大変ねんろ。政治家の秘書って。」
「まあな。」
「でもその分、稼ぎもいいんやな。こんな車乗れるんやし。」
「何言ってんだ。お前は社長。俺はただの雇われリーマン。泥水すすりながら地べた這いつくばって、その日その日をなんとか生きてる底辺だよ。これは精一杯の背伸び。俺はおまえの足元にも及ばない。」
「おいおいなんだなんだ。お前ってそんなに謙虚な男やったっけ?」
「え?」
「はっはーやっぱり政治家の秘書って奴は、誰にでも謙虚に接さないといかんげんな。」
村上は苦笑いした。
「赤松さ。佐竹と何話したんだ。」
「どうした?喧嘩でもしたか。」
「いや、喧嘩ってほどのことでもないけどちょっとな…。」
「お前も変わらんな。昔っからお前は佐竹と喧嘩すると、こっそりあいつの情報を聞き出す癖がある。今でもそうねんな。」
「俺にそんな癖なんかあったか?」
「あるある。」
「マジか。」
村上は天井を仰ぎ見て両手で顔を覆った。その様子を見て赤松は笑い出した。
「やめてくれ。そんなに俺変わってないか。」
「ああ、見た目はパリッとしたやり手のサラリーマン風やけど、話すと昔と何にも変わっとらん。」
「そうか…。」
こう言って村上は暫く両手で顔を覆う体制を保った。
「佐竹はな、怖いんや。」
「なんだそれ。」
村上は何度か顔を両手でこすって、赤松と顔を合わさずに窓の外を眺めながら受け答えをした。
「熨子山の事件は一色の犯行やって言われとる。あいつとは高校の同級やけど疎遠な間柄。ほやから他人やって決め込みたい。けど一応、一度は同じ釜の飯を食った間柄。何かの拍子であいつも事件に巻き込まれそうな感じがして不安で仕方がないんや。ほやからお前とちょっとした口論にもなった。」
「不安か…。」
「分からんわけでもない。俺も去年の6月にあいつと会っとっしな。他人事とは思えん。」
「何だって?」
「俺の親父の事故死のことを母さんに聞きに来とったようねんわ。」
「そ、そうだったな…お前の父さんは事故で亡くなったんだったな…。その時は弔問にも行けずにすまなかった。」
「いいよいいよ。北高の連中は誰も来てない。事故やしひっそりと内輪で葬式してんわ。」
村上は再度赤松に向かって済まないと頭を下げた。
「やめてくれま村上。別にお前が悪いわけじゃねぇやろ。」
「…そうだけど。」
「ただな…。」
「なんだ?」
「お前、鍋島のこと知らんけ?」
「鍋島?」
「ああ。」
「鍋島がどうかしたか?」
「…いや、知らんがやったらいい。」
「まてよ赤松。どうしたんだよ。」
「いや、いい。」
赤松はこのことは忘れてくれと言って話を続けた。
「容疑者はかつての友人。殺された女の子はウチで昔バイトしていた子。まぁ俺のウチはいま大変なんやわ。」
「なに?」
「ほら、殺された中に桐本って子おったやろ。あの子、むかしウチでバイトしとった近所の子ねんわ。」
「な…なんだって…。」
「ほんと訳がわからんくなる。そこに来て事件の聞き込みって警察も来るし。」
赤松は村上を見た。彼の顔からは血の気が無くなっていた。
「おい、どうした。村上。」
「あの娘が…赤松の…。」
「おい大丈夫か、村上。」
「まさか…何てことだ…。」
「おいしっかりしろ〓︎」
村上は身体を震わせ始めたため、赤松は即座に彼の身体をさすった。そして何度か大きな声で彼の名を読んだり、頬を平手で叩いた。しかし彼はそのまま気を失ってしまった。
うっすらと開いた目の前には和風の飾り付けがされた照明器具が見えた。この瞬間、村上は自分が仰向けになって寝ていることに気がついた。彼はゆっくりと身を起こした。畳敷きの部屋に布団が敷かれ、その上に自分は毛布と羽毛ぶとんをかけられて横にされていたことに気づいた。
「あっ気づいたんですね。」
声をかけられた方向に彼は体を向けた。そこに座っていた若い女性は襖を開けて誰かを呼んだ。しばらくして奥から赤松と文子が部屋に入ってきた。
「ここは…。」
「俺のウチや。」
「村上君、大丈夫?」
「俺は…。」
「お前疲れとるんじゃないが。車の中で震え出したと思ったら急に気絶してん。」
村上は自分の前に座る赤松と文子の顔を呆然として見た。
「村上君。久しぶりやね。何年ぶりかねぇ。ゆっくり休んでってね。」
「お母さん…。」
村上は文子の顔を見て我を取り戻した。そしてすぐさま左腕を見た。しかしそこにはいつも身につけている時計はない。
「ああっこれ。」
山内が部屋の隅に置かれていた腕時計を手渡してくれた。
「ありがとう。」
村上は時計を見た。
「4時〓︎」
彼は即座に立ち上がった。
「おいおい。大丈夫か。急に動いたらまた倒れるぞ。」
「すまん。俺といったら仕事中のお前に迷惑をかけてしまって…。」
「心配せんでいいわ、村上君。ウチは月曜定休なんよ。」
文子が笑顔で答えた。
「そうですか…。」
村上は山内の顔を見た。彼と目があった山内は頭をたれた。村上は赤松の方を見て言葉をかけた。
「奥さん?」
「ははっ。こんな若い娘が?」
「まさか…娘さん?」
この村上の言葉にその場にいた一同が声を出して笑った。
「そんなわけないやろう。バイトやってバイト。」
「バイト?」
「そうバイト。」
「って、今日は休みなんじゃ…。」
「ああ、休みやけど仕事熱心な娘でね。休みのときも普段片付けられない仕事をしにときどき出とるんやわ。」
「そうなんだ…。」
「ウチのカミさんはちょっと具合が悪いから今は休んどる。」
「すまん。本当にすまなかった。」
村上は皆に向かって深々と頭を下げた。下げた頭を上げると部屋の隅にある仏壇が目に入った。そこには忠志の遺影が置かれていた。
「お父さん…。」
村上はおもむろに仏壇の前に座った。そして合掌した。
「すいませんでした。」
彼はこう言って忠志の遺影に向かってまたも頭を下げた。
「おいおい。何でお前が親父に謝るんだよ。」
「そうやわぁ、お父さんも村上君の顔見れて喜んどるわよ。」
これには村上は返事をしなかった。彼はただ黙って忠志の遺影を見つめていた。
携帯電話が震える音が聞こえた。どうやら山内のものからによるもののようだ。彼女は部屋を出て行った。
「本当にお世話になりました。」
「ゆっくりしていけばいいんやよ。」
「すいません。僕も仕事中ですんで。」
「また来いや。」
赤松がかけたこの言葉には村上は笑みを浮かべるだけだった。
村上は部屋を出た。廊下には携帯電話も持ってメールを打つそぶりを見せる山内がいた。
「ありがとう。」
「あ、いえ…村上さんもがんばって下さい。」
「え…俺も?って…」
「村上さんって佐竹さんとお友達なんですよね。いくつになっても仲が良い関係っていいですね。」
「佐竹…か…。」
見送りのため廊下に出た赤松は、この村上と山内のやりとりを見て笑みを浮かべた。
「村上、あんまりこの娘にちょっかい出すんじゃねぇぞ。」
「何だよ。そんなんじゃねぇよ。」
「その娘に何かしたら、それこそお前佐竹と大変なことになっしな。」
村上は山内の顔を見つめた。村上にとっても魅力的な容姿をしている彼女は、顔を赤らめて俯いてしまった。その彼女の初心な仕草を見て村上は微笑んだ。
「君、名前は。」
「…山内です。」
「そっか。頑張れよ。」
そう言って村上はアサフスを後にした。自分の車に乗ってアサフスがバックミラーから消えるのを確認して、彼は独り言をつぶやいた。彼の表情は浮かないものだった。
「あの熨子山の女が赤松の家と関係があったのか…。」
「…あの家にはまた、申し訳ないことをしてしまった。」
「警察は赤松のところまで来ている。」
「毒を食らわば皿まで…か…。」
何か覚悟を決めた顔つきで村上はコーナーを曲がった。
「それにひきかえ佐竹の奴、なに浮かれたことやってんだよ。」
村上の表情は豹変し、不敵な笑みを浮かべた。
「山内ね。こりゃあいいネタになるな。」
彼はアクセルを思いっきり踏み込んで、高らかに笑いながら車を走らせて行った。
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