76,【後編】12月21日 月曜日 18時50分 県警本部
Update: 2020-07-22
Description
再生できない場合、ダウンロードは🎵こちら
ここで無線が入った。十河からである。
「こちら十河。女の正体が判明しました。」
片倉と同じ無線を聞いていた古田は、無線の音が松永にも聞こえるようにイヤホンジャックからイヤホンを外した。
「理事官。聞いておいてください。」
古田の言葉に松永は頷いて十河の声に耳を傾けた。
「あの女はアサフスのバイトで山内美紀というらしいです。あの店は月曜定休なんですが、山内は仕事熱心で休みの日にもときどき細々とした仕事を片付けに来ることがあるそうです。」
「その山内と村上はどういう関係や。」
「関係ってほどのものはないです。今日の15時ごろに村上がアサフスに来たようなんです。その時にあいつは突然気を失ってアサフスで休んで行ったそうなんですよ。そのときに看病しとったのが山内やったってだけです。」
「なんだただそれだけか。」
「ええ、それだけなんですよ。ただ、その山内っていう女ですが、佐竹とちょっといい感じになっとるそうでして。」
「佐竹?」
「ええ。」
「…分かった。十河。そのままアサフスを見張っていてくれ。」
片倉は無線を切った。
「トシさん。どう思う。」
「こんな切羽詰まった時に村上が色恋沙汰に首を突っ込むとは思えんな。」
「そうやろ。」
「まさかその山内をネタに佐竹をゆすって、自分に都合のいい証言をさせようとしているとか。」
松永のこの言葉に古田と片倉ははっとして彼の顔を見た。
「それだ。」
「佐竹は内灘に向かっている。佐竹と村上の向かう先は方角としては同じ。となるとひょっとするとそこであいつら接触するんかもしれない。」
「確かに…佐竹は何か焦っとった雰囲気やった。山内美紀と佐竹の関係が十河のいう通りやとすっと、あいつの焦りも理解できる。」
「片倉課長。古田警部補。現場に急行してくれ。」
松永はおもむろに二人に指示を出した。
「でどうします理事官。」
片倉が言った。
「とにかく村上を確保だ。」
古田は考えた。このまま村上の確保をすれば二人の身の安全を図ることができるが、証拠がない。単なる任意同行だ。被疑者の供述に頼る逮捕は立件の決め手にかける。何かの証拠が欲しい。
「待って下さい理事官。」
「なんだ。」
「ここは佐竹の力を借りましょう。」
「どういうことだ。」
「村上に吐かさせるんです。」
「なにっ?」
「本部長からは明日のロクマルマルまでに詰めろと言われとります。ほやけど今から犯行にかかる村上の証拠を抑えるとなると時間がかかる。仮に任意同行したところでワシら警察にはあいつは絶対に口を割らんでしょう。何かとグリップが効く立場ですからね。」
「じゃあどうするんだ。」
「ほやから今回の事件とは特に関係がなさそうな佐竹に聞き出してもらえばいいんです。ワシらが聴取するよりか佐竹の方が、村上の警戒心を解くことができるでしょう。幸い村上は今から佐竹と接触するようですからね。」
今古田が提案する方法は前例のない捜査方法だった。捜査員を犯行グループと思われる者に潜り込ませる囮捜査でも何でもない。囮捜査ですら違法の疑いがあるというのに、あろうことか古田は警察の代わりに、佐竹という一民間人に被疑者から情報を聞き出すよう依頼している。百歩譲って囮捜査が合法であるとしても、捜査員を危険に晒すならばまだ理解できるが、古田が提案するものは民間人を危険に晒す前代未聞のもの。松永は額に手をやって目を閉じ考えた。彼が目を開くにはしばしの時間を要した。
「…どうやってやる。」
目を開き覚悟を決めたような表情で言葉を発した松永を見て、古田はおもむろに無線に口をつけた。
「岡田。今どこや。」
「内灘です。内灘大橋に向かって走行中です。」
「佐竹を止めろ。」
「え?」
「いいから止めろ。」
「了解。」
「トシさん。止めてどうすんだ。」
三分後、岡田から無線が入った。
「佐竹確保。」
「よし岡田、そのままお前の無線を佐竹に渡せ。話す時だけ無線機のリモコンのボタンを押せって言え。」
「りょ、了解。」
そに場にいた片倉と松永は唖然とした顔で古田を見ていた。
「佐竹さん。古田です。」
「何なんですか刑事さん〓︎」
「佐竹さん。村上さんと会うんでしょう。」
無線の向こう側の佐竹は沈黙した。
「あなた、山内美紀さんを助けに行くんですね。」
「…刑事さん。時間がないんです。」
「わかりました。あなたそのままイヤホンをして直ぐに現場に向かってください。」
「わかりました。」
「そのまま聞いてください。我々はあなたにもしものことが無いように万全の態勢で警備します。」
「あいつはひとりで来いと言いました。」
「それならあいつに分からんように、人員を配備するだけですわ。」
古田のやりとりを見ていた片倉は松永に、内灘大橋付近に複数の人員を派遣するよう進言した。
「今、本部長は北署の捜査本部で会議中だ。」
「何言ってるんですか。一刻を争う事態です。会議中でもなんでもいいから本部長に連絡して、人員配備です。本部長なら分かってくれます。」
「わ、わかった。」
松永は携帯電話を取り出して朝倉に電話をかけた。案の定朝倉は会議中であったが、彼は電話に出て松永の応援派遣要請に快く応じてくれた。警備部の精鋭を極秘裏に内灘へ送ってくれるそうだ。
一方、古田は佐竹と無線で話し続けていた。
「佐竹さん。我々は村上の供述が欲しいんです。」
「供述?」
「ええ、村上からもろもろを聞き出して欲しい。」
「何ですか、もろもろって。」
「何でもいい。あなたが思ったことをぶつけて下さい。」
「そんな…急に言われても…」
「大丈夫。その時は無線機を車に置いていってください。ほんで佐竹さんはなるべく遠巻きに村上と接してください。」
「遠巻き?」
「はい。」
「それだと、山内さんが…。」
「大丈夫です。彼女は絶対に救出します。」
佐竹は不安だった。今、村上と接触するのは山内を助けるためだ。山内は村上の手の内にある。それなのに奴と距離をおいて話をしろとは一体どういうことだ。
「そろそろつきます。内灘大橋の袂です。」
「了解。佐竹さん。頼みます。我々を信じてください。」
古田は無線を切り、松永を見た。彼は大きく息をついてやむを得んと言った。片倉は古田を見て頷いた。
「さぁ、我々も岡田と合流しましょう。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【公式サイト】
http://yamitofuna.org
【Twitter】
https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM
ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。
皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。
すべてのご意見に目を通させていただきます。
場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
Comments
In Channel