76,【前編】12月21日 月曜日 18時50分 県警本部
Update: 2020-07-22
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「松永…。」
片倉と古田は苦い表情をして彼を見た。
「ほら採れたてのほやほやだ。」
松永は1枚の紙ペラを二人に見せた。
「何だこれは。」
「Nシステムで補足した19日からの村上の行動経路だ。」
「何?」
「そこでお前たちに知らせたいことがある。」
そう言って松永はここで立ち話をするのは控えたいとして、二人を県警の別室へ招いた。松永の存在に不信と疑念を抱いていた二人であるが、今は一刻を争う。そんなことは言ってられない。彼らは松永の求めに応じた。
別室の扉を閉じて松永は手にしていた紙を机に広げ、口を開いた。
「村上の行動がおかしい。」
「何がだ。」
「ここを見ろ。」
片倉と古田は松永が指す20日の箇所を見た。
「七尾?」
「そうだ。岡田が村上の行動に気になる点があると言っていたから、あいつの所有車ナンバーを追跡した。そしたらこうだ。」
片倉と古田は資料を読み込んだ。そこには村上の証言と今回のNシステムによる村上の行動履歴を時系列で整理した表が記載されていた。
村上の証言によると彼は20日の12時ごろに熨子山の検問に会い、それから1時間かけて高岡に向かった。高岡に着くのは13時前後。そのまま氷見へ行くと30分後の13時半。そこのコンビニで30分滞在したので、14時まで氷見にいたことになる。そこから羽咋を経由して金沢にそのまま向かえば1時間50分程度だから16時ぐらいには金沢に入る。村上の氷見までの時刻に関する証言はNシステムのものとそう異なるものではなかった。
しかしそこからが違う。Nシステムのものは14時40分に七尾。15時40分に羽咋。16時30分に金沢といったものだった。
「どうだ。あいつの証言と食い違っているだろう。」
片倉は自分と古田、そして岡田しか持ち合わせていない村上の情報を松永が得ていることを知って、一種の気味の悪さを感じた。しかし今は松永相手にいろいろ詮索している暇はないと考え、彼に合わせることとした。
「そうやな…。」
「もうひとつ気になる点がある。」
「なんや。」
「村上は氷見のコンビニに車を止めて休憩したと言ったそうだな。」
「おう。」
「そのコンビニに村上が滞在した形跡がない。」
「なに?」
「コンビニの従業員に村上の車両を目撃したか確認したが、思い当たらないそうだ。ついでに付近の監視カメラも解析したが、それらしいものもない。」
「ということはあいつが言っとることは、全くのデタラメってことか。」
松永は頷いた。
「片倉。村上のこの七尾滞在時刻で気になるところはないか。」
片倉は再び資料を見た。
「14時40分から15時40分…。七尾から羽咋まで1時間か…。たしか普通なら七尾から羽咋までの距離なら40分くらいで移動できる距離やから…空白の20分があるってことか?」
「七尾のコロシ。」
古田が言った。
「あっ。」
片倉が声をあげた。
「この時間帯に七尾でコロシがあった。」
「その通り。」
松永は資料を丁寧に折りたたんで再び懐にしまった。
「七尾のコロシは熨子山のものの手口と同じだ。犯行が同一犯のものとすれば重要な証拠になる。」
「しかしそれだけでは村上の犯行を確定できん。」
「そうだ。念のためNシステムで村上の19日の行動も調べた。この日は村上はほとんど移動らしい移動をしていない。深夜の犯行時刻付近にも熨子山あたりであいつのものらしい車両が通った形跡はない。」
「いや理事官。村上には鍋島っちゅうレツ(共犯者)がおる可能性がある。あいつと協力すればなんとかなるかもしれませんよ。」
「鍋島?」
「ええ。」
「6年前の熨子山の事故に関係しているとされる奴か。」
「そうです。」
松永はしばし考えた。
「まて。そうだ。」
「何だ。」
「6年前の熨子山の事件に、確か近藤里見という名前が浮上していたな。」
松永は今日の昼に県警本部の資料室で片倉と遭遇し、6年前の事故に関する操作状況を聞き出していた。
「その近藤里見という人間についてお前たち何かわかったか。」
この問いかけに片倉が答えた。
「ああ。コンドウサトミは多分鍋島惇と深い関わりがある。」
「と言うと?」
「あんたにも言ったとおり、文子自身はコンドウサトミと面識はない。しかし赤松忠志が死ぬ前に口止め交渉を担当しとったのが、鍋島惇やったっていうことは判明した。」
「交渉が決裂し、忠志は事故に見せかけて殺され、その後現金が入った封筒だけが赤松家に届けられました。その包みにコンドウサトミと書かれとったんです。」
松永は腕を組んで考えた。
「因みに我々はこの6年前の事件については、村上が鍋島を使って赤松との交渉をさせ、その後の事故に見せかけた殺しを行ったと推測しています。」
「村上が鍋島を使う?」
「はい。」
「村上と鍋島は高校の同級です。彼らの結びつきが具体的にどうだったか定かではありませんが、村上は本多の秘書。鍋島は仁熊会の関係者。本多と仁熊会の繋がりを考えると、あの2人が何処かで結びついていても何ら不思議なことはありません。それにあの北高の連中には我々には計り知れない絆がありますから。」
「何だ絆って。」
「鍋島は残留孤児三世です。詳しい説明は置いておきますが、奴は生活に困窮する中、部活ではインターハイで優勝し、且つ学業においてもちゃっかり卒業している。並大抵の人間ではできないことを成し遂げる力の背景には、必ず周りの支えがあるはずです。だからあの同期連中には何らかの強い結びつきがあると思うんです。もしも1人で全てができるスーパーマンなら、卒業後もそのまま自分一人の力で真っ当な人生を送れるはずです。」
「確かに。」
「一歩足を踏み外した鍋島はどこで何をしとったかは誰もわからん。しかし何処かのタイミングで村上と接触した。そこから二人の間に再び何らかの関係ができたと判断しています。」
松永は目を瞑った。
「因みに6年前の事件以外にも、4年前の病院横領殺人事件の際にも嘘の証言をするマルモクで鍋島は顔を出しとる。この二つの事件に直接的関係を持つのが村上隆二や。」
片倉が古田の説明に付け加えた。それを聞いて目を開いた松永は二人に尋ねた。
「ならば、七尾のガイシャは一体誰なんだ。」
「と言うと。」
「ガイシャが殺された物件の契約書にもお前らが言う、6年前の事件に出てくる近藤里見という女性が出てくる。」
「コンドウサトミ? 」
「そうだ。」
「え?今、女って言ったか?。」
「そうだ。女の名義で契約されているが、殺されたのは男だ。」
「ちょっと待ってくれ。俺らはコンドウサトミとは言ったが女とは言っとらんぞ。」
「何言ってるんだ。里見だろ。女だろう。」
「理事官。ひょっとして契約の本人確認書って、保険証か何かじゃないですか。それやったら写真も何も入っとらんから男か女か分からんですよ。」
「あ…。」
「七尾中署がはなから女と決めつけて不動産屋に聞き込んどるとしたらそれはいかん。この女の名前に心当たりがないかって聞いてしまっとるんやったら、それから何も進まん。もう一度その不動産屋に当時の契約について聞いて見た方がいい。里見という名前の男も世の中にはいますよ。」
「しまった…」
松永は頭をかき乱した。
「理事官、ついでにこう聞いた方がいい。鍋島と村上の写真を見せるんです。この人物ではないかとね。2人がコンドウサトミと何かの接点があるのは事実。仮に架空の人物でも誰かがコンドウサトミになり済まさないと契約は成立しませんからね。どちらとも見覚えがないと言われればガイシャは我々には未だ我々にはわからない人物です。」
その場から松永は七尾署に連絡した。そこで古田から指摘されたことをそのまま告げると、すぐに確認するとのことであった。松永は電話を切って呟いた。
「コンドウサトミがその中のどちらかだとしたら…。」
片倉は室内のパイプ椅子を雑に用意してそこに腰をかけて言った。
「どちらにせよコンドウサトミに成りすまして、その物件を手配し誰かをそこに囲った。それだけだ。」
「何れにせよコンドウサトミと思われる人間は死んだ。コンドウサトミと関係があると思われる人物は鍋島と村上。鍋島は行方不明。村上はコンドウサトミが死んだ時刻に七尾に滞在。この状況が物語るものはただひとつ。」
「七尾のガイシャは鍋島惇である可能性がある。」
松永のこの発言に室内は静まり返った。
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