Discoverヒダテン!ボイスドラマ
ヒダテン!ボイスドラマ

ヒダテン!ボイスドラマ

Author: Ks(ケイ)、湯浅一敏、飛騨・高山観光コンベンション協会

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Description

飛騨高山を舞台にした珠玉のボイスドラマをお届けします。コミュニティFM Hit's FM(Hida Takayama Tele FM) で放送中の人気ラジオ番組! ヒダテン!のCV声優10名 が入れ替わりパーソナリティを務める「Hit’s Me Up!(ヒッツ・ミー・アップ!)」の中で放送されているボイスドラマです!ボイスドラマを通じて飛騨高山の魅力に触れてみてください!

<番組の特徴>
・ 飛騨高山を舞台にしたボイスドラマを多数制作! これまでに100本以上の作品を発表し、地元の魅力を物語として発信
・ 放送情報
  放送局1: Hit's FM(Hida Takayama Tele FM)
  放送時間:毎週金曜10:30-11:00/毎週土曜13:30-14:00
  放送局2: FMらら(FMラインウェーブ株式会社)
  放送時間:毎週金曜13:00-13:30
  配信:Spotify、apple(iTune)ミュージック、amazonミュージック、YouTubeミュージック、CastboxなどのPodcastで番組とリンクして配信中!

飛騨高山の美しい風景とアニメ文化をつなぐ、唯一無二のラジオ番組! 「Hit’s Me Up!」を聴けば、新たなエンタメの扉が開きます!
147 Episodes
Reverse
路線バスの中で交差する、5つの人生、5つの想い。旅の終わりに待っているのは、感動でも答えでもなく、ただ、迎えてくれる場所。ぜひ、最後までゆっくりとお聴きください。【ペルソナ】・月愛(かぐら/一之宮:32歳/CV:小椋美織)=東京で働くマーケター。実家は一之宮。父は神職・咲良(さくら/荘川:21歳/CV:岩波あこ)=荘川のそば農家。大空と付き合って駆け落ち・大空(りく/清見:22歳/CV:田中遼大)=清見の家具職人。平湯から高速バスで咲良と東京へ・萌々(もも/国府:19歳/CV:高松志帆)=国府出身東京の女子大生。さるぼぼをお焚き上げ・真言(まこと/高根:8歳/CV:山﨑るい)=高根の小学生。丹生川の祖母の元を訪ねる・愛李彩(ありさ/にゅうかわ:65歳/CV:中島ゆかり)=丹生川の農園を営む。真言の祖母・朱里(すばる/市街地:20歳/CV:米山伸伍)=市街地で看護師を目指す専門学校生。屋台組所属・林檎(りんご/久々野:16歳/CV:坂田月菜)=蓬希の同級生。実家は久々野で観光農園を営む・静流(しずる/奥飛騨:34歳/CV:日比野正裕)=奥飛騨で老舗旅館を経営する若者・蓬希(よもぎ/朝日:16歳/CV:蓬坂えりか)=女子高生。漢方薬剤師になりたい[プロローグ〜アバンタイトル:ヒダテン!たちの登場】■ヒダテン!10人の登場。物語の狂言回し高山レッド!一之宮かぐら!奥飛騨シズル!国府もも!清見ロック!久々野りんご!丹生川スクナ!荘川さくら!高根メイズ!朝日よもぎ!ヒダテン!です(※1.レッド、2.かぐら、3.シズル、4.もも、5.ロック)1.今からお届けするのは、路線バスのなかにある5つの物語。2.見終えたあとに、心が少〜しあったかくなれますように。3.ほっとするひとときをお届けします。4.みなさんもこんなプチ旅、してみませんか。5.どうかごゆっくりご覧ください。[プロローグ:はじまりの駅/高山駅】※ここだけはモノローグ■SE/高山線車内放送「♪アルプスの牧場」〜高山駅のホーム〜駅の案内アナウンス→モノローグはタイトルバック/アニメの背景は特急ひだの車窓高山駅10時16分。東京からのぞみの始発に乗っても、高山に着くのは最短でこの時間。ふうっ。私は月愛(かぐら)。渋谷の広告代理店で働くマーケター。東京の若者は高山を知らない。その理由をリサーチしてほしい。高山の観光協会からソリューションの依頼が入ったのは年の瀬。冗談でしょ。全国的に有名な観光地なのに。アニメの聖地にもなってるし。いてもたってもいられず、私は始発ののぞみに飛び乗った。で、イマココ。さて、どうする?高山まで来たのはいいけど、どこへ行くか決めてない。ふと、目の前を走る路線バスに目がいった。[シーン1:路線バスその1/荘川・清見の乗客「咲良と大空」】■SE/バスの車内・アイドリング高山駅が始発のバス。新穂高ロープウェイ行き。発車まで10分か・・私は後ろから2番目の席に座る。そういえば、高校のときからこの場所、定番だったなあ。どうでもいいことを思い出していた。■SE/バスのステップを上がってくる音バスの車内は、それほど混んでいない。平日だから。発車直前に乗り込んできたのは、若いカップル。私と同じくらいの年かな。ひとことも口を開かず、私の前の席に座った。バスが動き出すのと同時に男性が口を開く。「咲良・・後悔してないかい?」「大空・・きっと大丈夫だよね」「ああ。東京へ着いたら、前に清見にいた友だちのとこへ行く。家具工房、紹介してくれるって」え?まさか駆け落ち・・・?そのとき、彼女のポケットからなにかが落ちた。ひらりと舞ったそれは・・手紙?2人とも気づいていない。躊躇いながら、私は声をかける。「これ、落としましたよ」「え?あ・・ありがとうございます」「なに?」「封筒・・・」「え・・」「手紙と・・・なにか入ってる・・」「なに?・・その黒い粒。ちっちゃくて、三角形の・・」「種・・・荘川そばの・・・」「手紙は?」「おかあさんから・・”今年いちばんできのいい種よ、きっと咲くから”って・・・」「大丈夫?咲良・・泣いてるの?」「ううん・・なんか・・・蕎麦がらの匂いが目に染みちゃって・・」「ようし。オレ東京着いたら工房で最初にプランター作るから!そこで育てよう」「大空・・」がんばって。私は心の中で2人に声をかけた。[シーン2:路線バスその2/国府・市街地の乗客「萌々と朱里」】■SE/バスの走行音〜停車音〜扉が開く音国分寺から乗ってきたのは若い女性。女子大生っぽい。ダークグレーのショートコートに・・中は黒いスーツ?都会っぽいイメージ。私の斜め前の席に腰をおろした。と、すぐにその前の席の男性が振り向いて声をかける。バスの中でナンパ?「国分寺って珍しいな・・」「え・・・」「観光客でしょ?古い町並とか行かないの?」「観光客じゃないから」答えてるし。「え?ひだっこ?そうは見えないな」「帰省中」「大学生のホリデーかぁ?羨ましい」「葬式だけど。おばあちゃんの」「え・・」「国分寺でさるぼぼをお焚き上げしてきた帰り。おばあちゃんが毎月送ってくれたから。これでも羨ましい?」「いや・・ご、ごめん」「おばあちゃん、国府なんだけど、私の古いさるぼぼ、毎月お焚き上げしてたって」「そうか・・」「私、新しいさるぼぼ作ったから、一緒に奥飛騨の温泉へいくの。おばあちゃん、いつも私と行きたがってたし」「悪かったよ・・実は、オレが向かってる病院にも仲良いばあちゃんがいてさ」「病院?」「ああ、こう見えてオレ、看護師の専門学校行ってんだ。病院は実習」「へえ〜」「そのばあちゃんも、さるぼぼくれるって言うんだよ。自分はもういらないからって」「そうなんだ」「オレ、ERの認定看護師になりたいんだけどその夢もさるぼぼが叶えてくれるって。そりゃ盛りすぎだよな」「かなうんじゃない?」「え・・」「ふふ・・」「あ・・オ、オレ、朱里。君は?」「さあ・・」そう言ったあと、彼女は小さな声で「萌々」とつぶやいた。彼に聞こえたかどうかわからない。でも最初の軽薄さは消え、真摯な態度へ変わった彼は、前に向き直った。バスは古い町並口を越えて、別院前へ。[シーン3:路線バスその3/久々野・朝日の乗客「林檎と蓬希」】■SE/バスの走行音〜停車音〜扉が開く音別院前から乗ってきたのは、女子高生の2人。懐かしいな、あの制服・・・「よかったね、蓬希。八幡さま、行けて」「うん、ありがとう、林檎」そっか。桜山八幡宮へ行ってきたんだ。秋の高山祭、私また行けなかったな。「さっき買ったお守り、交換しない?」「え?なんで?」「そうすれば、アタシたち、ずっと一緒にいられるじゃない」「あ・・」「これを蓬希だと思って・・」「ね、林檎・・実はさ・・・私もう来週引っ越すんだ」「え?」「ごめん、だまってて」「そんな・・」「これ、よかったら持ってて」「なに?」「朝日の薬草で作ったお守り。そのお守り袋の中に一緒に入れてくれる?」「ズルい。自分だけ・・」「ごめん」「でも・・アタシも持ってきたんだ」「え?なに?」「はい・・」「え・・・」「リンゴの小枝を組み合わせた写真立てだよ」「あ・・・」「最後の日に渡そうと思ってたんだけど、持ってきててよかった」「この写真・・・」「そ、初めて2人でリンゴ狩りにいったとき」「3年前だ」「今日の写真を入れようと思ったのに」「入れる!ぜったい入れるから」「そうと決まれば、このあとは・・」「ほおのき平でラストスキー!」「薬学部、がんばってね。大変なんでしょ、勉強」「うん。でも、これでがんばれる。林檎も農園、がんばって」「まかせといて。今よりもっと甘くて美味しいリンゴを作っちゃうから」「そしたら、絶対食べに帰ってくるわ」「そんときは、また2人で八幡さま行きましょ」「うん!」「約束よ!」「約束!」いいなあ。アオハルって感じ。私にもあったかな、あんな甘酸っぱい日々。バスは丹生川町へ入っていった・・・※続きは音声でお楽しみください。
アンダースローのサウスポー、そして・・・ピッチャーは女性!背番号のないエースが、仲間とともにマウンドへ・・・【ペルソナ】・結葵(ゆうき=16歳/CV:未定)=高山市街地の高校1年生。リトルリーグではピッチャーで4番。内気で他人からあまり良い印象はなくいつも仲間はずれ。幼い頃に見た漫画の水原勇気が憧れ・珠望(たまみ=16歳/CV:未定)=高山市街地の高校1年生。マネージャーとして入部。リトルリーグではキャッチャー。結月の実力をみんなに知ってほしいと思っている・さくら(教師=24歳/CV:岩波あこ)=高山市内の小学校教師・稀武(けん=16歳/CV:日比野正裕)=城山高校野球部のキャプテンでキャッチャー【プロローグ:小学校1年生】◾️SE:始業チャイムの音〜教室のざわめき『みなさ〜ん。大人になったらなりたいコトやヒトについて教えてくださ〜い』小学校に入学した春。最初の授業で先生が私たち一年生に尋ねた。『ショウタくんはメジャーリーグの野球選手?』『モモちゃんはユーチューバー?・・じゃなくてVチューバー?』『ユウキちゃんは・・・?』私は、消え入りそうな小さな声で呟く。「水原・・勇気・・」『え?だれ・・・?ミズハラ・・ユウキ?だあれ、それ?・・野球選手?先生ちょっとしらないなあ』わかってもらえなくていいんだ。誰も知らなくなっていい。だけど私には最高のヒーロー・・ううん、ヒロインなんだもん。水原勇気!最高にかっこいいんだから![シーン1:城山高校1年生】◾️SE:入学式のイメージあれから9年。私は高校へ入学した。「城山高校野球部へようこそ!いやあ嬉しいなあ!マネージャーが2人も入ってくれて!」「ちょっとぉ!マネージャーになんてなる気はありません。この子、ユウキはピッチャーで4番。アタシはキャッチャー!」親友の珠望がバッグからキャッチャーミットを取り出して目の前に差し出す。私のバッグもひったくり、ソリッドタイプのグラブを見せる。「うそ!?なんで?おまえらオンナだろ?」「それがどうしたのぉ!この時代にその言葉口にする?」「いや、いくら新設校で全員一年生だからって、野球部にオンナは・・」「なに?女性をばかにしてるの?」「珠望、もうやめようよ。やっぱ無理だって」「ダメよ!あきらめちゃ!あんたの居場所はマウンドでしょ」「でも・・・」「別に喧嘩する気はないけどさ・・学生野球連盟・・学野連のルールでも男子しか認められてないんだよ」「言われなくてもわかってる」「ソフトボールに転向すればいいじゃねえか」「野球とソフトボールじゃ、ラグビーとアメラグくらい違うわ」「それに高校野球は軟球とちゃうぞ。硬球だぞ」「クラブチームで硬球投げてきてんだよ」「なら女子高校野球だってあるだろう。高山にはないけど、越境すれば県内にはあるはずだ。うまくいけば、マドンナジャパンだって目指せるんじゃないか。まだ一年生なんだから」「そんなんアタシたちが目指してるゴールじゃない」「なんだよ、それって」「甲子園で優勝して、プロからドラフト一位で指名される」「あ〜はっはっはっ!なに言ってんだか。学野連でさえ、男子生徒に限る、って言ってるのに、プロ野球なんて・・」「”医学上男子でないものを認めない”ってこと?そんな条項は1991年に撤廃されてんだよ。もっと勉強しろよ」「なんだと!」「珠望、もうやめて・・・」「よし。じゃあ、実力で勝負するか?」「なに?」「一打席勝負。もしバットが結葵の球に当たったら入部はあきらめる」「頭おかしいんじゃねえか。当たったら・・・って」「事実だからしょうがないだろ」「大した自信だな。じゃあ、もしもオレがヒットかホームランなら2人ともマネージャーになってもらうからな」「わかった」「珠望・・・」「心配ないよ、結葵。いつも通り投げればいいだけ」珠望はにっこり笑ってウィンクした。わかってる。珠望は私の投手としての才能を信じ切ってるんだ。それに、私の夢も・・・結局、私はマウンドに立つことになった。勧誘活動が終わる夕方。誰もいないグラウンドに野球部の入部希望者が集まってきた。珠望と言い合っていたのは、キャッチャーの稀武。入学したときから新設野球部のキャプテンに決まっているらしい・・なぜなら・・・稀武は中学時代、軟式でも硬式でも打ちまくっていた強打者だった。野球推薦入学だから、誰もが認める野球部主将。高身長で、飛距離もありそうだ。[シーン2:城山高校グラウンド】◾️SE:夕方のイメージグラウンドの使用については・・”毎日練習しないと感覚がなまる”そう言って、稀武が顧問に直訴したらしい。珠望がレガースをつけて、ホームベースの後ろに立った。稀武は笑いながらマウンドの私を見ている。野球部の入部希望者は初日でまだ6人。内外野に散らばっていく彼らに向かって、「内野はいらねえよ。どうせ、フェンス越えるんだからな。どっちか審判やってくれ」とまた笑う。それを見ながら、ニヤリと笑って珠望はマスクをはめた。◾️SE:投球をミットで受ける音私が投球練習を始めると、少しだけ周りがざわつく。「アンダースローのサウスポーか。面白いけど、まあおっせえな。ハエがとまりそうだぜ」内外野のポジションもすっかりリラックスムード。スマホ撮ってるメンバーもいる。だけど、私の球を受ける珠望は自信満々だ。キャッチャーマスク越しに上がった口角が見える。あの表情を見ると私も落ち着く。稀武が打席に入る。左打者なんだ。主審役の内野手が右手を上げた。「プレイボール!」打席で構える稀武。珠望がサインを出す。外角低めのシュート。小さくうなづいてセットポジションに。低いフォームから地面を擦るように腕を振って・・第1球。◾️SE:投球音見送り。「ストライーイク!」「シュートか。なるほどね。いいコースには決められるんだな。だけどこの球速じゃあなあ・・・」第2球目。珠望のサイン通りに。セットポジションから・・・左打者の内角をえぐるスライダー!◾️SE:投球音思わずのけぞり、尻餅をつく稀武。「ストライーイク!」審判の右手が上がる。「うそだろ!当たりそうだったぜ」と言いながら、体の泥をはらって、打席に入り直した。「まあいい。しょうがねえな。本気出すか」そう言って、バッターボックスの一番後ろに立つ。珠望は”うん””うん”と首を縦に振る。”次で決める”という合図だ。3球目。全力投球。思いっきり腕を振って・・・内角高めのストレート。◾️SE:投球音と風切音空振り。マウンドまで聞こえてくる風切音。「え?な、なんだいまの・・」珠望は立ち上がって、審判に球を渡す。「あれ、ストレートか!?」マスクをはずした珠望に向かって、稀武が詰め寄った。「そうよ。見てわかんない?」「・・ホップしたぜ!浮き上がったじゃねえか!」「これが結葵の球よ。簡単に打てる球じゃないでしょ」「簡単に、どころかこんなん、打てるやついるんかよ!」外野にいた野手がマウンドに駆け寄ってきた。みんな、私に向かって手をさしだす。「よろしくな」「よろしく」呆然としていた稀武もそれを見て、ゆっくりとマウンドへ。「わかったよ。おまえのすごさ。このオレが打てねえってことは、他に誰が打てるんだ・・・」「ありがとう」「認めるよ。おれの負けだ」「じゃあ、私、約束通りマネージャーになってあげるから」「え?そんな約束してなかったじゃん・・」「女子の選手は2人もいらないでしょ。それにキャッチャーはあんただし」「おまえ、最初から・・」「マネージャーって大事な仕事なのよ。たった一人の女子野球部員の面倒はアタシが責任持ってみるから」珠望・・・確かにこれって珠望のプランだけど・・珠望だって、ホントはキャッチャーやりたいはずなのに・・「結葵、大変なのはこれからだからね。私たちの目標は、もっともっと大きいんだから!」対戦のあと、みんなでグラウンドを整備して、家路につく。バックネットに落ちる夕陽がまぶしかった。[シーン3:背番号のないエース】◾️SE:夕方のイメージ新設校城山高校の野球部は私を入れて9人となった。もちろん全員一年生。顧問の先生は、女子部員の入部に対して何も言わなかった。監督も稀武から私のことを聞いたとき、”そうか”とひとこと言っただけ。男とか女とかまったく関係ない。そういう雰囲気を醸し出していた。だけど現状のルールではもちろん、女子は公式戦での選手登録ができない。背番号もない。部員の足りない高校と連合チームを組まないと大会にも出られない、ということだ。あの日以来、私の球を受けるのは珠望から稀武へ・・・※続きは音声でお楽しみください。
突然すべてを失い、高山へやってきた少女・彩羽。不器用な祖父が作る“ちょっと変なお弁当”に戸惑いながらも、少しずつ気づいていく「本当の気持ち」。そして迎えた卒業の日。彼女が祖父に贈ったのは――“最初の弁当”。『最後の弁当』のアンサーとなる、もうひとつの物語・・・【ペルソナ】・彩羽(いろは=16歳〜18歳/CV:坂田月菜)=東京から高山市街地へ引っ越してきた高校1年生。・静(しずか=58歳〜61歳/CV:日比野正裕)=大学新卒以来高山市役所市民課で働く生え抜きの市職員・さくら(CV:岩波あこ)=静と同じ市民課に務める市職員。マイペースで仕事をするさくらを静はいつも厳しく叱責していた。彩羽にとっては相談できる唯一の女性【プロローグ:総合病院/ER病棟】◾️SE:廊下を走ってくる足音「はぁっ」「はぁっ」「はぁっ」◾️SE:病室の音「ママ!パパ!」「返事してよ!」私の世界の中心。大切な二人が、ある日突然、いなくなった。高校入学前の春休み。涙を流す暇さえないまま、慌ただしいお別れ。誰もいなくなった家の中に、親族が集まった。『かわいそうに』『力になるからね』みんなそう言って憐れみの表情を向けてくる。私はうなづくことさえできない。そのあとは声をひそめて話し合い。どこかで誰かがささやく。『誰がひきとるの』『うちは無理だから』『うちだって』最初小さかった声はだんだん大きくなって、頭の中に響いてくる。私はイヤホンをして、LINEを開く。ママと私のトークルーム。最後のメッセージは、『彩羽、卒業おめでとう』・・とハートマーク。私の名前は彩羽。中学を卒業して高校に入学する直前だった。おじちゃんたちはベランダに出てタバコを吸ってる。パパもママも吸わなかったから、灰皿ないんだけどなぁ。家の中ではおばちゃんたちが、身振り手振りを交えて話し合ってる。イヤホンをしてても聞こえるくらい、声のボリュームが上がっていく。『養護施設しかないんじゃない』え・・それって・・・知らない子たちと一緒に暮らすんだよね。高校はどうなるの・・・おうちは・・・?不安で胸が押しつぶされそうになる。そのとき・・・「この子は私が、高山へ連れて帰る!」大きな声がリビングに響き渡った。ざわざわしてた室内がシ〜ンとなる。私は左耳のイヤホンをはずし、横目で声の方を見る。高山のおじいちゃんだ・・・なんか目をウルウルさせて、親戚のおじちゃんたちを睨んでる。おじいちゃんは、ゆっくりと私の方へ歩いてきて・・「もちろん、無理にとは言わないが」「彩羽、私と一緒にくるか?高山へ」と、小さな声で話しかけてきた。後ろでは、親戚のおじちゃんおばちゃんたちが睨んでいる。私は怖くて、下を向いたままうなづいた。すると、”無理する必要はないんだぞ””おじいちゃんに気を遣うことない””1回しか里帰りしたことないんじゃ、まったく知らないとこと同じだ”いろんな声が飛んでくる。私はまたイヤホンをして、「荷造りしてくる」自分の部屋へ戻っていった。【シーン1:古い町並にて】◾️SE:古い街角の雑踏「さあ、ここが古い町並だよ。小さい頃、夏休みに一緒に歩いただろう。覚えてる?」おじいちゃんが優しい声で話しかけてくる。私は親族会議のあと、そのまま高山へ。古い町並は、10年ぶりくらいかな。 あのときは、パパとママに両手を引かれてた。3人でおじいちゃんおばあちゃんについてったっけ。私は小さくうなづく。ちゃんと覚えてるよ。10年前と変わってないよね。「疲れてないかい?彩羽」おじいちゃんは心配そうに尋ねてきた。少し距離をとって歩き、話すときだけちょっと近づく。全然疲れてはないけど、お腹がすいてマジやばいかも・・・コンビニってさっき通ったっけ。「おじいちゃん・・」「ん?どうしたんだい?」「お腹すいちゃったから・・コンビニ行っていい?」「おお、ごめんごめん!そういや、おじいちゃんもお腹すいてきたわ。コンビニより、ラーメンでも食べにいこか?」「高山ラーメン?」「ああ、そうだ」「やった・・」のぞみの中でTikTok流し見した。高山グルメは全部保存済み。そのなかで高山ラーメンが一番、推しだったんだ。インスタでスイーツ界隈も把握しよう。でも、これからは、ご飯って、どうするんだろう・・・【シーン2:高校生活】◾️SE:扉を閉める音「おじいちゃん、行ってきます」朝7時半。私は自転車で家を出る。ピンクのフレーム。前からほしかった、すっごく可愛いEバイク。引っ越しした次の日におじいちゃんがプレゼントしてくれた。そういえば、おじいちゃん、市役所に勤めてるんだって。私は部活が終わるとそのまま市役所へ。おじいちゃんと待ち合わせて、一緒に外食を食べてから家へ帰る。東京では毎日コンビニの夕食だったからフツーに嬉しいかも・・高山って観光地だから、おいしいものいっぱいなんだもん。みたらし団子。漬物ステーキ。飛騨牛バーガー。鶏ちゃん丼(どんぶり)。夕ご飯のあとは、スイーツのお店へ。プリン専門店とか、和菓子屋さんとか、ジェラートのお店とか。どれも美味しすぎて、決められない。だけど、あ〜、体重計に乗るのが怖い。こ〜んなに、グルメ満載の生活だけど、ひとつだけ食の悩みがあるんだ。それが・・お弁当。おじいちゃんが作ってくれるお弁当は、こう・・なんていうか・・・すごくシュール。基本は、白いご飯の上におっきな梅干し。おかずはゆで卵のことが多いけど・・・たまに生卵がかけてあって・・半熟のTKG?っぽくなってる。この前はちょっと驚いた。午前最後の授業中に、後ろの席の子が「なんかヘンな匂いがする」って。匂いの元をたどったら、なんと私のお弁当。白いご飯の上に、お刺身がのってて、お醤油が垂らしてあった。多分これ、海鮮丼?・・・だったやつ。友だちは「ひどいね〜」とか言うんだけど、私は、おじいちゃんの顔が浮かんできて・・おかしくっておかしくって、笑いが止まんなくなっちゃった。みんなは「お腹こわすよ〜」とか言うし。仕方なく、用務員さんにお願いして、焼却炉に捨てさせてもらった。とはいえ、友だちからおかずを分けてもらうのはちょっと・・・だから購買でパンを買ってる。人気の飛騨牛カレーパンは毎日争奪戦。引っ越した日、おじいちゃん私に言ったんだよね。『私は典型的な昭和男子だから。家事はあまりしたことがないんだ』だけど、彩羽の弁当だけは私が作るから』・・・って。感謝感謝。でも・・・いつか言わなきゃね。これ以上は無理しなくてもいいよ・・【シーン3:文芸部の朝バフ】◾️SE:小鳥のさえずり〜トーストの焼ける音〜ドリップコーヒーを煎れる音「彩羽〜、朝ごはんだよ〜」朝5時。おじいちゃんがトーストを焼き、コーヒーを煎れる。文芸部が朝活をスタートさせてから毎日この時間。おじいちゃんはそれに付き合って朝4時起き。朝食を用意してくれる。年をとると朝早く目が覚めちゃうんだよ・・・って言ってたけど、本当かなぁ。少し焦げたトーストにバターをたっぷり塗って口に入れる。急いでるときは、コーヒーで流し込んじゃう。私、本当はご飯と味噌汁派なんだけど・・・おじいちゃんが眠そうな目をこすりながら焼いてくれる、焦げ気味のトースト。美味しいんだよなぁ。そういえば昨日、先生に、おじいちゃんのスマホの番号聞かれたけど、なんだろう・・・ちょっとだけ不安かも。【シーン4:アプデした弁当】◾️SE:教室の雑踏〜おおっという小さな感嘆の声お弁当箱の蓋を開けた瞬間、教室中がざわめいた。みんな私の”お弁当ガチャ”に期待してたんだけど中身は初めての”アタリ”。なんと『あずき菜の”混ぜごはん”と タラの芽の”ごま和え”』。あずき菜の塩気と滋味(じみ)がじっくりと染み込んだお米。タラの芽の水分を吸い込んで、ようく馴染んだごま和え。まるで、食べる時間を考えて作ったような・・・え・・・?これ・・・ホントにおじいちゃんが作ったの・・・?それからのお弁当は、アプデがもう半端ない。おかずも一品でなく、どんどん増えていく。朴葉味噌を具にしたおにぎり。赤かぶを細かく刻んで入れた卵焼き。こもどうふの煮物。あまりに美味しくて、嬉しくて、私はノートの切れ端にお手紙を書くようになった。『お弁当、ガチで沼る美味しさ!』次の日は、白米の上に飛騨牛しぐれ煮。『しぐれ煮冷めても柔らかくて神!」その次の日は、飛騨一本太ネギの肉巻き。『ネギ太すぎ甘すぎおいしすぎ!』そのまた次の日は、宿儺かぼちゃのクリームチーズ和え。『東京のカフェよりガチうま!』嘘偽りはまったくない。おじいちゃん、すごい。料理教室にでも行ってるのかなあ。【シーン5:対面】◾️SE:扉を開く音「ただいま〜」ある晴れた日。部活が急に中止になって、家に帰ると・・・「え・・・」キッチンに立って料理しているおじいちゃん。その横には・・・わ、きれいなお姉さん・・・落ち着いたグレージュのニット。清潔感のある細身のパンツ。大人だ・・・※続きは音声でお楽しみください
たった500円の優しさが、誰かの人生を変えることがある。漢方薬剤師・よもぎと、医学生・楸の出会い。龍宮淵に響く、母の愛と、再生の物語。【ペルソナ】・よもぎ(29歳/CV:蓬坂えりか)=カフェ「よもぎ」オーナー。漢方薬剤師。月に一回程度、高山市街地で買い出しやショッピングを楽しむが、そのときに楸と出会う・楸=シュウ(22歳/CV:日比野正裕)=歴史好きな医学生。御岳町の旧家出身。幼い頃に失くした母は漢方薬に頼り西洋医学の治療を受けなかった。そのせいで命を落としたと思い込んでいる。その反動で医学を学び、医者を目指す。歴史・伝承・伝説が好きなのは母の影響。・魚屋のおばちゃん(妙齢/CV:小椋美織)=市街地の魚屋で旬の食材を扱う。この時期は北陸の海産物。棒鱈や煮いかを売っている。店先には赤い煮いかをズラリと吊り下げている【プロローグ:出会い/高山市街地】◾️SE:高山市街地・朝のざわめき「あ、あれ?あれ〜っ!?足りない・・・現金持ってきてたはずなのに!」『よもぎちゃん。ええて、ええて。また今度ようけ買ってえな』「あかんて、おばちゃん」『次、来るときはもうないで。煮いかも棒鱈(ぼうだら)も』白い湯気の中。豪快に吊るされた真っ赤な「煮いか」。漢方でイカは、『血(けつ)を補う薬膳』。女性に不足しがちな鉄分を補って、月経トラブルやめまいをケアする。あ、誤解のないように言っておくけど・・薬膳カフェで使うよもぎやクロモジは、すべて朝日町の薬草よ。月イチで市街地に行く目的は、新鮮な海産物や加工品。知らない人もいるけど、高山ってお魚が美味しいって有名なのよ。だって、北へ行けば日本海ですもんね。江戸時代、日本海のブリを運んだぶり街道だって・・ああ、寒鰤食べたくなってきちゃった。鰤は寒さから体を守って『腎』を養うし・・『よもぎちゃん。わかった?』「え?あ・・・ごめんなさい!やっぱり、煮いかはやめとくわ。カタクチイワシにする。なら、お金足りるよね?」『ほんなら、両方持ってけ』「あかんて、それは」『ええんやて』「あかん・・」「ええて」おばちゃんとの無限ラリー。その間を割るように覗き込んできたのは・・・「あのう・・・」皮ジャンを着た男の人。品の良さそうな顔立ち。「よかったら、これ使っていただけませんか・・・」そう言って500円玉をおばちゃんの手のひらに。「おやまあ」「結構です。見ず知らずの方にそんなこと・・」「いや、さきほどからの会話、ちょっと聴こえちゃったんで・・・」「あ、いえ。大丈夫ですから・・」「これは、ペイ・フォワード。もし誰か困ってる人がいたら、あなたも同じことをするでしょ・・・」「あ、ちょっと・・」「じゃ、よい旅を・・」そう言い残して立ち去った。私は慌てて体を起こす。「まあ〜。男前やねえ」「おばちゃん、お金と煮いか、あずかっといて。私、ちょっとあたりを探してくるわ」「ああ。転ばんように気ィつけて」どこ行った?必死で走って彼をさがす。それでも、人混みのなか、彼を見つけることはできなかった。肩を落として店に戻ると・・・「やあ」「え?」「おお。ちょうどよかったわ」彼がおばちゃんと話をしている。「このにいさん、さっきの煮いかを思い出してな、自分も欲しくなったんやと」「どうしたんですか?そんなに慌てて」「あなたを探してたのよ!」あ・・いけない。つい口調が・・・「そしゃ決まりやな。この500円はおばちゃんが預かっとく。よもぎちゃん、煮いかとカタクチイワシは持ってけ。その代わり、このお兄さんに、あんたの店でランチでもご馳走してあげるんやさ」「お店やってるんですか」「あ、はい・・いえ、でも、うちの店は朝日町(あさひちょう)よ」「朝日町・・・」「バスの本数も少ないし・・」「ボクはバイクだから大丈夫です」「ほおか」「それに・・・明日、朝日町に行くつもりだったんです」「うそでしょ」「いえ。ホントに。僕、歴史とか民話が大好きで、秋神ダムの底に沈んだ小瀬ヶ洞(おぜがほら)の歴史とか、龍宮淵の伝説を知りたいと思ってました。あ、そうそう。美女ヶ池の八尾比丘尼も」急に饒舌になった彼を見て、またおばちゃんが笑う。「こら、ちょうどええわ。どうや。こういうのをさっきのほら、ペイペイ・・とかなんとか言うんやろ」「ペイ・フォワード」「そうそう。それそれ」結局、おばちゃんの強引な説得で彼との再会が決まってしまった。煮いかを持って笑う彼を見ていると、”ま、いいかな”・・とも思っちゃうんだけど・・「春やなあ。2人とも煮いかより真っ赤な顔して」「おばちゃん!」「ありがとうございました!」おばちゃんは独り言を言いながら、預かった500円玉を大切にレジにしまう。陽は少し高くなり、市街地の賑わいは増していった。[シーン1:不穏/カフェ「よもぎ」】◾️SE:カフェの店内(コーヒーを煎れる音)〜カフェベルの音「いらっしゃいませ・・・あ・・」「あ・・早すぎましたか?」「いえ、大丈夫です。ちょうど、昨日の煮いかを小鉢に盛り付けてるとこ。昨夜甘酢にくぐらせて寝かせておいたの。ちょっとだけ待っててくださいね」「あ、はい」「どうぞ、お好きな席へ。といっても、席数、そんなにないですけど、ふふ」「ありがとうございます・・」なんか、昨日会ったときと雰囲気が違うかも。こんな・・シャイな青年だったっけ?彼は窓側の席に腰を下ろすと、怪訝な表情をした。「あれ・・この匂い・・?」「はい、よもぎ団子です。いま蒸しているところ。いい香りでしょ」「あ・・あの・・・」「どうかしました?」「ここって・・・」「あ、はい。薬膳をお出しするカフェです。薬膳カフェ『よもぎ』。昨日言いませんでしたね」「ぼ、ぼく、ちょっと・・急用を思い出しちゃって・・」「え?」「ま、また来ます」「あ、ちょっと」「ご、ごめんなさい!」◾️SE:扉を閉めて出て行く音〜カフェベルの音思い詰めたような表情で彼はお店を出ていった。私は手を止めてキッチンからフロアへ。店内に小さく響くバイクのアイドリング。表へ飛び出すと、彼はサイドスタンドを勢いよく蹴り上げた。フルフェイスのシールド越し、わずかに首を振る。「待って!」私の声は、厚みのある排気音に吸い込まれて消えた。[シーン2:秋神ダム】◾️SE:車のエンジンをかける音〜走り出す美女ヶ池か、秋神ダムか・・・彼は昨日、歴史とか民話が好きだって言ってた。だとすると、どちらか・・先に下りちゃうよりも、秋神ダムへ行ってみよう。秋神ダムに興味あるって言ってたし。店を出るときの彼のあの表情。どうしても気になっちゃって・・・ランチの時間が終わるとすぐ、おばあちゃんにお留守番をお願いした。秋神方面へ車を走らせる。まずは秋神ダムへ。この時期なら予備放流してるかも。うまくいけばダムに沈んだ集落が見られるはず。歴史とかに興味があるなら・・ってこれ、私だけの感覚かな。◾️SE:小鳥のさえずり〜ダム湖のイメージ秋神ダムのほとりにある「あさひふるさとの森」。人気(ひとけ)の少ない平日のコテージは静まり返っている。彼の姿は・・・ない。駐車場に車を停めて、湖が見えるところまで歩いていく。すると・・・「・・・あ、いた」ダムの上の道。石碑の前から湖を眺めている。ああ。(※小さな気づき)湖面の下にある「小瀬ヶ洞(おぜがほら)」。湖の底に眠る集落の跡を見ているんだ。私は、ゆっくりと歩を進める。管理棟の横には、蒲田の力持石(かまたの ちからもちいし)。蒲田は、かつてこの地にあった、小瀬ヶ洞(おぜがほら)集落の字名(あざめい)。少し歩けば、ほどなくダムの最上部へ。歩道まで出ると・・彼は、ちょうど真ん中あたりから湖を眺めている。一歩足を踏み出したとき・・「あ・・・」突然振り返った彼と、まともに目が合った。「さっきは・・」「ごめんなさい!」私の言葉を遮って、歩きながら喋り続ける。「いま、あなたのところへ行こうと思ってました!」「え?」「大変失礼な態度をとってしまいました!本当にごめんなさい!」「いえ、そんな・・」「あの、実は・・・」そう言って語り出したのは、ものすごく切ないお話。その前に・・・彼の名は、楸。木編に秋、と書いて「シュウ」。お母様が命名したんだって。楸は東京の医大生。医師を目指して勉強中の四年生だという。22歳ってことね。ソロツーリング?って言うのかしら。御嵩から高山へバイクで来ているらしい。昨日言っていたように、町の歴史や民話を集めるのが趣味なんだって。少しシャイで、真面目な好青年。だけど、楸にはトラウマがあった。それが、お母様のお話。彼の実家は、御嵩の旧家。江戸時代には、中山道の宿場町で旅籠を営み、富を築いたという。いまでは山林を所有し、管理する、地域きっての名家だ。楸が敬愛していたのは、地元の名士であるお父様ではなく、お母様。歴史好きは、民話や伝承を愛したお母様の影響だった。お母様がこの世を去ったのは、彼がまだ幼い頃。病院での治療を頑なに拒み、漢方に頼り、最期まで薬草の力を信じ続けたという。「漢方が、母さんの命を奪ったんだ」※続きは音声でお楽しみください。
突然両親を亡くし、高山へやってきた16歳の彩羽。静。料理未経験の静は、毎朝4時に起きて弁当を作り続けた。やがて二人の間に生まれるた「弁当という会話」。定年退職の日、静が受け取った“最後の弁当”とは・・・飛騨高山の食材とともに描く、心あたたまる家族の物語【ペルソナ】・静(しずか=58歳〜61歳/CV:日比野正裕)=大学新卒以来高山市役所市民課で働く生え抜きの市職員・彩羽(いろは=16歳〜18歳/CV:坂田月菜)=東京から高山市街地へ引っ越してきた高校1年生。・さくら(CV:岩波あこ)=静と同じ課に務める市職員。マイペースで仕事をするさくらを静はいつも厳しく叱責していた[プロローグ:親族の集まり/東京・息子夫婦の家】◾️SE:なんとなく騒々しいざわめき「この子は私が、高山へ連れて帰る!」私の剣幕に気圧されて、親族一同が静まり返る。たった一人の孫娘。東京で両親と暮らしていたが、突然の不幸でいきなり一人ぼっちになってしまった。親族会議で集まった娘夫婦の家。母方、つまり娘の親族は私一人。高山市内で一人暮らしをしている私しかいない。そんな親族間から聞こえてきたのは、残された孫娘を養護施設に入れよう、という声。最初、耳を疑った。冗談だろう。16歳だぞ。まだ高校一年生だぞ。孫娘は親族会議には加わらず、リビングに面したテラスでスマホをいじっている。もはや涙も枯れ果て、話を聞いているのかいないのか。それで、思わず口から飛び出してしまったのが、冒頭の台詞。「高山で私が面倒を見る」やがて驚いていた親族たちから、次々と詰問が飛んでくる。”高齢者がひとりで高校生の面倒を見られるのか””東京からそんな遠くへ引っ越してメンタルは大丈夫か””学校はどうするのか””食事は・・・”そんなこと私だってわかっている。転居・転校するだけでも大変なストレスだろう。私は定年まであと3年。市役所勤めだから、毎日夕方6時前には帰宅できる。「もちろん、無理にとは言わないが」「彩羽、私と一緒にくるか?高山へ」声をかけると、彩羽は俯いたまま小さくうなづく。驚いた周りの反応がかまびすしい。”無理する必要はないんだぞ””おじいちゃんに気を遣うことない””1回しか里帰りしたことないんじゃ、まったく知らないとこと同じだ”次々と浴びせられる声を背に、「荷造りしてくる」と小さく答え、彩羽は自分の部屋へ戻っていった。私は、自分の言葉を反芻する。「この子は私が高山へ連れて帰る」いや。決していい加減な気持ちで言ったのではない。こんなところにいるより、高山の空気の方がいいに決まってる。周囲の反対意見など、もう私の耳には届かなかった。[シーン1:古い町並にて】home-sweet-home-348765120smiling-you-300525589springtime-happy-piano-background-sweet-instrumental-SBA-347447098◾️SE:古い街角の雑踏「さあ、ここが古い町並だよ。小さい頃、夏休みに一緒に歩いただろう。覚えてる?」「うん」彩羽は小さくうなづく。「疲れてないかい?彩羽」また小さくうなづく。転入や転校の手続きは明日市役所へ行ってからにしよう。「おじいちゃん・・」「ん?どうしたんだい?」「お腹すいちゃったから・・コンビニ行っていい?」「おお、ごめんごめん!そういや、おじいちゃんもお腹すいてきたわ。コンビニより、ラーメンでも食べにいこか?」「高山ラーメン?」「ああ、そうだ」「やった・・」小さな声で孫娘が笑う。笑った顔のエクボ・・娘にそっくりだな。そういえば・・親族たちに言われてた。”ごはんはどうするんだ””誰がつくるんだ””出来合いで済ますつもりか”そうだ。これからは私が料理を作らなければいけない。こんなとき、妻がいてくれたら・・・まあ、考えても仕方がない。勢いとはいえ、孫娘を連れてきてしまったのだから。無責任なことはできない。それから私は毎日弁当を作った。夕食は、市役所で待ち合わせ、一緒に外食をしてから家へ帰る。東京では毎日コンビニの夕食だったという。娘の双葉には、妻が懸命に料理を教えてたじゃないか。不束者め。[シーン2:転校生活】◾️SE:扉を閉める音「おじいちゃん、行ってきます」彩羽にとって、高山の高校は水に合っていたらしい。転校してすぐ『文芸部』に入部した。毎朝早く、学校へ行って創作活動をしているそうだ。私も朝4時に起きて朝食と弁当を作る。いや、早起きなんて慣れたもの。全然辛くはない。トーストを焼き、コーヒーを沸かすだけだ。独り身になってから、ずうっと変わらぬ朝食。彩羽は文句ひとつ言わずに食べる。そう。朝食はいいんだが・・・弁当にはホント、苦労した。同世代の同僚たちに聞いてはみたが・・・”白いご飯に、梅干しとゆで卵だけ入れとけばいいんじゃないか”、とか、”ご飯に刺身をのせて醤油をたらしておけばいいんだぞ”、とか、”卵かけご飯一択だろう”、とか・・・まったく昭和のこの世代の男どもはどうにもならん。ある日。孫娘のことで学校の先生から呼び出され、衝撃的な事実を知った。”彩羽は、毎日弁当を焼却炉に捨てている””毎日売店でパンを買って食べている””栄養が偏っているが、夕食で補えているか?”そうか・・これではだめだ。なんとかしないと・・・職場では、いつもガミガミとうるさい昭和男子の私。ただの一度も、人に頭など下げたことはなかった。だが・・もうそういう次元ではない。私は・・覚悟を決めた。[シーン3:会社の給湯室にて】◾️SE:お湯が沸騰する音「さくらくん・・・少し話があるんだが・・」「な、なんですか・・・部長。こんな・・給湯室なんかで。さっきの書類の件なら、パソコンを見ながら・・」「いやいや、そうじゃないんだ・・・実は・・」「はあ・・・」「いつも、文句ばかり言って仕事を押し付けているのにこんなこと言うのはお恥ずかしいんだが・・」「え・・・?」「実は・・お願いがあるんだ・・」「お願い・・・?」「単刀直入に言おう。私に・・料理を教えてほしい・・」「え・・・」「そんな・・すごいたいそうな料理じゃなくてもいいんだ・・。若い子が普通に食べられるものなら・・」「どういう・・・ことですか?」「まだ誰にも言ってないんだが・・いま毎日孫娘に弁当を作っているんだ」「ええっ・・・ぶ、部長が・・?」「そうなんだ・・でも、今まで料理なんてしたこともないし・・私が作る弁当はまずくて食えたもんじゃないらしい」「部長・・・お一人暮らしだと思ってました」「いや・・話せば長くなるんだが・・・わけあって東京に住んでた孫娘を引き取ったんだよ」「そうでしたか・・・」「たのむ!さくらくん。君しかこんなことお願いできる人はいないんだ」「部長、頭を上げてください」「今まで君たちにとってきた態度を考えると、こんなこと頼むなんて最低な人間だってわかってる・・」「そんなこと・・・思ってません」「え・・」「私、そんなに料理得意じゃないですけど・・・それでもいいですか?」「も、もちろんだ!とにかく、人間が食べても大丈夫な弁当の作り方を教えてほしい」「(ぷっ、と吹き出して)そんなにまずいお弁当なんですか?」「どうも・・毎日どこかに捨てているようなんだ。弁当箱はちゃんと洗って帰ってくるんだが、食べた形跡がないんだよ」「そうですか・・・」「だから頼む。助けてくれ。とはいえ・・・その、嫁入り前の娘さんのお宅へお邪魔するわけにもいかんからな。私の家の台所で。孫娘のいないときに・・・や、いかんいかん。これもいかん。誰もいないときに、嫁入り前の娘さんを家に呼ぶなどと・・・」「嫁入り前、って・・・いつの時代ですか。私、伺いますよ。部長のお宅へ」「い、いいのか・・」「だって、そうしないと教えることなんてできないですよね」「すまん!感謝する!本当に申し訳ない」「だから、頭を上げてください。まずは、始業前に陣屋前朝市へ行きませんか?」「朝市・・」「旬の野菜が並んでいるから、まずは食材を選びましょう」「そうか・・食材選びから」「はい。飛騨高山ってところは、観光だけじゃない。美味しい野菜や果物の宝庫なんですよ」「あ、ありがとう・・感謝するよ。恩に着る」「もう〜、やめてください。部長昭和じゃないんだから」「ああ・・すまん」こうして私は部下のさくらくんと、始業前に朝市へ行く約束をした。[シーン4:陣屋前朝市】◾️SE:朝市の雑踏「あ、あずきなが出ていますよ、部長。これ買っていきましょう」「あ、ああ。さくらくんにまかせるよ」「だめですよ。自分でちゃんとおぼえなきゃ。高山の旬の野菜は、ほんっとに美味しいんだから」「わかった」「飛騨で採れるものって、どうして美味しいか、わかります?」「いい肥料を使ってるからだろ」「昼夜の寒暖差が大きいからです。野菜なんて、み〜んな甘くて、スイーツみたい」※続きは音声でお楽しみください。
「法が追いつかないなら、高山市はその先を歩けばいい」飛騨桃の妖精とももと、農園主ショウタ。50年を超えて続いた、静かで強い愛の物語。【ペルソナ】・ショウタ(28-38-48-78歳/CV:高松志帆)=国府で桃の農園を営む。ももと仲良く暮らす・もも(550歳/CV:高松志帆)=飛騨桃の妖精。ショウタと幸せに暮らしている・杏=あん(75歳/CV:小椋美織)=ショウタの同級生。再びショウタの農園を訪れる・市職員-市長(30-40-50-80歳/CV:日比野正裕)=市職員から高山を本当に愛する市長に【プロローグ:プロポーズ(8月)】■SE/蝉の鳴き声「ショウタ!大変!どうしよう!?」「どうしたんだい、もも?」「さっき一緒に作った桃のデザート・・」「桃のコンポート?」「そう、それ。このなかに、なんかヘンなものが入ってるの」「ヘンなもの?」「うん。ちょっと待って・・しょっと・・」「あれ?なにこれ?」「・・指輪?」「どうしてだろ?作ってるときはなにも入ってなかったのに」「ちょっと見せて」「はい・・でも手が汚れちゃうよ」「もも、左手だして」「なんで?」「いいから」「わかった・・」「もも、実は伝えたいことがあるんだ」「なあに?・・・って、ちょっとちょっと。なんでそれ、あたしの薬指にはめるの?」「もも、僕たちやっと再会できて、もうすぐ1年だろ」「うん・・」「そろそろ、考えた方がいいかなと思って」「え・・なに・・まさか・・・またいなくなっちゃうの?」「違うよ、その逆」「逆?」「ももと一緒になりたいんだ」「えー、今もう一緒にいるじゃない」「今だけじゃない。未来永劫一緒にいたいってこと」「未来永劫っていつまで?」「もも、結婚しよう!」「えっ?」「僕のお嫁さんになってほしい」「いいわ」「ホント?」「もちろん!だってショウタのこと、こ〜んなに好きなんだもん」「よかった!昨夜(ゆうべ)、ももが帰ってから、じいちゃんとばあちゃんに相談したんだよ」「おじいちゃんとおばあちゃんに?」「うん。ももと結婚したい!って言ったら、2人とも泣き出しちゃってさあ。こんなに嬉しいことはないって。すごく喜んでくれた」ある日突然、ショウタはあたしにプロポーズした。そっかぁ。こういうのをサプライズ、っていうんだ。おもしろ〜い。【シーン1:高山市役所】■SE/市街地の雑踏(車の音)次の朝、ショウタはあたしを市役所、ってとこに連れていった。「もも、ごめんね。こんな遠くまで連れてきちゃって」「ううん。大丈夫。以前は国府を出ることができなかったけど、高山市になったから、もう自由に動けるの。山越えだってできちゃう」「そっか。じゃあさ、新婚旅行とか行ってみない?」「新婚旅行?」「結婚したばかりのカップルは旅行に行くんだよ」「へえ〜、素敵〜」「行きたいところある?」「そうねえ、奥飛騨温泉郷ってとこ、行ってみたいな」「それよりもっと遠くへ行こうよ。北海道とか沖縄とかは?」「それは無理。あたし、高山市からは一歩も出られないの」「そ、そっかぁ。なら白川郷も無理ってこと?世界遺産の」「荘川だったら大丈夫よ。荘川も白川郷じゃないの?」「えっ、そうなの?」■SE/番号を呼ぶ声「28番の方〜」https://hidaten.com/wp-content/uploads/2026/02/announce.mp3ショウタがなにか言うのと同時に、あたしたちの番号が呼ばれた。「ご結婚おめでとうございます。新婦様が本人確認できるものはありますか?」優しい顔をしたメガネの男の人があたしに尋ねた。「もも、なんか持ってる?」「これじゃだめ?今朝収穫したばかりの飛騨桃よ」「あ、あの・・運転免許証とかは?」「持ってないわ」「マイナンバーカード」「なあに、それ?」「なにかご本人を確認できるものがないと受理できないんです」「あたし、高山市になる前から国府に住んでるけどだめ?」「2005年より前ということですね。なにかそれを証明できるものはありますか?」「証明できる者・・・う〜ん・・・宇津江四十八滝の龍神くらいかなあ。でもあいつ、気難しいからなあ」「あ、あのう!なにか・・・トランスジェンダーのカップルとかが受け取れるような証明書って確かありましたよね?」「パートナーシップ宣誓書受領証ですね。もちろん、受け取れますよ。住民票はお持ちですか?」「じゅうみんひょう?なあに、それ?」「新婦さまが『どこに住んでいるか』を公的に証明する書類です」「わかんない」「そうですか・・・それでしたら、大変申し訳ありませんが、現状では婚姻届もパートナーシップ宣誓書受領証も発行することはできません」メガネの男の人は、本当に申し訳なさそうに頭を下げた。ショウタはそれでも食い下がって、「そんな!だって、ももはずうっと国府に住んでるんですよ!ねえ、もも。いつから住んでるんだっけ?」「500年前」「そう、500年前・・・え?」「申し訳ありません。お二人が本当に愛し合っていることはよくわかりました。でも、いまの法律ではどうしようもできないんです。たいへん申し訳ありません!」「そんなこと言われたって!」「ショウタ、もういいじゃない。この人、困ってるよ・・・あたしたち、本当に愛し合ってるんでしょ。それだけで十分じゃない」「申し訳ありません・・・」あたしは、納得していないショウタを引っ張って建物の外へ。「もも、ごめん!いやな思いさせて」「ぜ〜んぜん!ねえ、なんか美味しいもの食べにいこ!国府の外へ出るのは初めてだから、古い町並っていうとこも歩いてみたい!」「オッケー!じゃあ行こう!今日はももの行きたいとこ、ぜ〜んぶ行こ!」ショウタはあんまり納得していないみたいいだったけど・・・そのあとあたしたちは思いっきり高山を楽しんだ。古い町並っておもしろ〜い!人力車乗って町並をぐるっとまわる。知らなかったなあ、こんな世界があるなんて・・・【シーン2:杏との再会】■SE/野鳥の鳴き声(キビタキやオオルリ)「こんにちは・・・」ショウタのプロポーズから半年。飛騨桃の収穫が一息ついた頃。ひとりの女性があたしたちの農園を訪ねてきた。この人・・・以前ここで働いていたあのひとだ・・「ショウタさんはいらっしゃいますか?」「ごめんなさい。直売所で加工品の打合せなの。たぶん夕方まで帰らないわ」「あ・・あなたは?」「ショウタの妻です。もも、と言います」「つ、妻?ショウタさん、結婚されたんですか?」「はい。今年の春に」「知らなかった・・なんで言ってくれなかったんだろう・・私は招待状まで送ったのに・・ショウタ、結局きてくれなかったけど・・」「あのう・・あたしたち、一緒に住んでるだけですから」「だって・・さっき”妻”って・・」「はい。ショウタが、人には”妻”って言いなさい、って・・」「・・そっか・・・ねえ、ももさん、少し話せる?」そう言って、彼女、杏があたしに手渡したのは飛騨桃だった。「今日ここにきた理由はこれ。いま私が埼玉の農業技術センターで開発している新しい桃の品種。飛騨おとめを親株にした新種よ」飛騨おとめ・・・この子もあたしのこどもだ・・「飛騨桃のあの奇跡のような甘さって、飛騨の寒暖差が生み出すのよね。でもこれからは温暖化がやってくる。埼玉の熊谷なんて日本一暑い記録持ってたくらい。そんな埼玉の過酷な暑さでも耐えられる『至高の甘み』を作りたかったの。で・・・完成したんだ・・それがこれ・・・試作品だけど・・・飛騨桃Xよ」「すご〜い!そんなことできるんだ」※続きは音声でお楽しみください。
飛騨生きびなまつり。それは陸上部キャプテンの月愛にとってラストランだった・・・走ることにすべてを捧げてきた少女が、走れなくなった春に出会った“もう一つの歩み”を描きます・・・【ペルソナ】・月愛(かぐら=18歳/CV:小椋美織)=高山市街地の高校3年生。女子陸上部キャプテン。父は地元一之宮町の神社で氏子総代をつとめる・静馬(しずま=17歳/CV:日比野正裕)=高山市街地の高校3年生。男子陸上部キャプテン。地元奥飛騨温泉郷・上宝から陸上推薦で市街地の高校へ・月愛の後輩=もも(17歳/CV:高松志帆)=月愛の後輩・月愛の父(48歳/CV:日比野正裕)=飛騨一宮水無神社の氏子【シーン1:6月/女子陸上岐阜県大会】■SE/長良川競技場の歓声「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」「今年こそ!」全国インターハイの最終予選。女子3000メートル。飛騨地区予選を勝ち進み、県大会の決勝までたどりついた。「負けない!負けたくない!」6月だというのにトラックを焦がす日差し。ラスト、100。私の前には、誰もいない。「よし、いける!」「このまま逃げ切りたい」そう思った瞬間。私は左胸を手のひらで抑えた。ウェアの裏側に縫い付けたお守り。左胸に目をやり、無意識に顎を引いてしまった。後ろから追い上げてくるライバルの息遣いが聞こえてくる。■SE/ゴールの大歓声100分の1秒。瞬きよりも短い時間。隣を駆け抜けたライバルの胸が、私よりほんの数ミリ、先に白線を越えた。陸上競技のゴール判定は、胸の突き出し、いわゆる "トルソーの通過”で決まる。ゴール直前、顎を引いて下を向いてしまった私は、横から”胸を突き出した”ライバルに判定で負けてしまったのだ。たったひとつの過ちが、私の夏を、3年間の陸上生活を終わらせた。私の名前は、月愛。高山市内の高校に通う三年生。春からは東京の女子大へ進学する。陸上部キャプテンの私にとって、最後の夏。男子陸上部とともに飛騨地区の予選を勝ち上がり、ここ長良川競技場でインターハイ出場をかけた決勝に挑んだ。なのに・・・大歓声のなか、鋭い視線を感じて顔をあげる。スタンドに座る、男子陸上部キャプテンの静馬。無表情に見つめているけど、きっと心の中では嘲笑っているはず。ああ。よりによって・・・こんな無様な姿をあいつに見られるなんて。静馬は、奥飛騨温泉郷のある上宝町の中学校から陸上推薦で入学してきた。言ってみれば、中学陸上界のサラブレッド。2年生でキャプテンになった静馬と私は、なぜかソリが合わない。実際に顔を合わせることはほとんどないんだけど・・・男子陸上部と女子陸上部の確執は深い。グラウンドの利用をめぐっては毎回言い争い。早朝にひとりトラックを走っていると、必ず後ろから追い抜いていくのが静馬。得意げに走り去る背中を、いつも見せつけられていた。そして、血の滲むような思いで更新した私の自己ベスト。それをいともあっさりと塗り替えていったのも静馬。わかってる。そんなん単なる僻み。だけど私、自分の実力にダメ出しされているようで、記録会のたび、本当に傷ついた。すべてが終わった夏。客席のざわめきは、いつまでも私の耳にまとわりついていた。【シーン2:3月/卒業のあと〜掌の繭玉】■SE/トラックの練習風景年が明け、卒業式が終わっても、私はトラックを走っている。後輩たちと一緒に。去年、私の失態でインターハイ出場を逃したことがいまだに心にのしかかっている。せめて3月いっぱいまでは後輩たちの伴走者になりたい。私が果たせなかった夢を叶えてほしい。そんな思いが私を支配していた。二年生の静馬は来季に向けて、もう始動している。私のくせは、左胸に手をあてること。理由は、3年間ユニフォームの裏側に縫い付けていたお守り。卒業式のあと、私は お守り袋の糸を解(ほど)き、掌へ置いた。中学に入った年、母が手渡してくれた大切な護符。作ったのは母の祖母、つまり私のひいおばあちゃん。若い頃は、岡谷の製糸工場で働く糸引き工女だった。1952年。第一回目の「生きびな祭り」。18歳のひいおばあちゃんは、后役として生きびな行列に参加。そのあと水無神社のお守りを持って岡谷へ向かったという。当時は国鉄を乗り継いでも8時間以上かかったんだって。ひいおばあちゃんは岡谷でお守り袋の紐を解き、自分が引いた生糸で編み直した。それがこのお守り。今でも真珠のような絹の輝き。それを、うちでは代々の女性が受け継いできた。病室の母は、私に手渡すとき、「月愛。これを持って、いつか生きびな行列に参加してね」そう言って微笑む。「生きびな祭りにはね、女の子の幸せを願う、っていうひな祭り本来の意味もあるのよ」「だから、ひいおばあちゃんは大きな病気や怪我もなく人生を全うしたわ」「私はとうとう参加できなかったから・・・」私は言葉につまる。「やめてよ・・縁起でもない」「月愛の后姿、見たかったなあ・・・」「だからやめてって」普通は、后姿じゃなくて、花嫁姿でしょ。一之宮で生まれ、一之宮で育った母らしい。結局、母に后姿を見せることはできなかった。今年、私は締切ぎりぎりで生きびな行列に応募した。しかも、父には黙って。氏子をつとめる父にはあえて言わなかった。「后役」を含む「生きびな」の役職が最終決定するのは当日。私は通知がきたとき、父にさりげなく伝えた。「とうさん、私、生きびな行列に出ることになったよ」そう言うと、ひとことだけ、「そうか・・よかったな」いつもより優しい顔で言葉を返した。外は弥生の雪。水無神社も今頃は白い世界に染まっているだろう。【シーン3:3月終盤/OG月愛の伴走】■SE/トラックの練習風景3月の最終日。後輩たちと伴走する最後の日。私たちは、大八賀川のほとりを走った。一ヶ月前には白線流しをした堤防。「折り返しのラスト500よ!ここから粘ってね」と、その時。堤防の降り口から、原付バイクが、勢いをつけて坂を駆け上がってきた。「危ない!」先頭を走っていた一年生の後輩は、固まって動けない。私は、考えるより先に体が動く。後輩の細い肩を全力で突き飛ばす。代わりにはじき出されるようにして、堤防の急な斜面へと転落した。ゴツン、という、生々しい音が響く。右足が、斜面に突き出た土留め石に、激突した。視界の端には、薄紅色のつぼみを膨らませた桜の枝。やってしまった・・・右足の感覚が、鈍い痛みに変わっていく。これは・・・よくて捻挫。最悪の場合は、骨に・・・いや、悪いことを考えるのはよそう。「先輩! 月愛先輩!」後輩たちが慌てて駆け寄ってくる。その後ろに、男子陸上部の顔も。彼らも春の競技大会を目指して毎日走ってるんだ。冷たい顔で、うずくまる私を見ていたのは静馬。またしても、失態を見られてしまった・・・3日後に開催される生きびな行列が私の脳裏をかすめていった。【シーン4:4月3日/生きびな行列】■SE/小鳥のさえずり生きびな祭りの朝。私は痛みをこらえて、水無神社へ。配役は、后役。やった・・かあさん、見てる?約束、ちゃんと果たすからね。 午後からの生きびな行列に向けてメイクと着付けをしてもらう。重さ20kgを超える十二単。うまく歩けるだろうか。早朝、病院で痛み止めの注射をしてもらった。それでも、足の疼きはおさまらない。メイクさんが緊張をほぐそうと冗談を言ってくれる。私は、無理やり口の端(は)を上げて笑った。午後1時。神事のあと、いきびな行列が出発。旗持ちを先頭に、稚児。五人官女。右大臣。左大臣。そして私、后にお内裏様が続く。まさに大迫力の平安絵巻。大丈夫。いきびな行列の距離は、たった1km。陸上の3000mに比べたら大したことないわ。私は自分に言い聞かせる。笙の音が響くなか、境内を出発した行列は参道へ。大丈夫大丈夫。痛み止めの薬も飲んでいるんだから。行列は参道から沿道へ。たった数段の階段が、足の痛みを呼び戻す。足元は白足袋に浅沓(あさぐつ)。その中は、薄手の伸縮性テーピングをフィギュアエイトに固定している。これなら外からは見えない。浅沓の鼻緒は少し緩め、かかとにはクッション性の高い中敷きを忍ばせた。長襦袢の胸元には、もちろん、ひいおばあちゃんのお守り。砂利の参道へ着地したとき、痛みで一瞬立ち止まった。後ろで十二単の裾を持つ女官たちが不安になっている。あ、止まっちゃだめだ。歩き続けないと。大鳥居をくぐり神橋(しんきょう)を渡る。なんとかこらえて、一歩一歩踏みしめるように沿道を歩く。折り返し点を過ぎて再び、参道へ向かった。ラスト100。陸上なら体力をふりしぼってスパートをかけるところ。ふふ・・こんな状況でも陸上を思い出すなんて。もうすべて終わった世界なのに。あ、だめだ。激痛が襲ってくる。顔がゆがみそう。我慢できずに立ち止まった。私は足元を見る。そのとき・・「下を見るな」「前を向け」え?だれ?いや、あの声は・・・私は痛みと十二単の重さで振り返れない。「足首で歩かずに、丹田に重心を落とせ」この声!間違えようもない、この声は・・・静馬!なんで?どうして?裾持ちの女官の後ろ・・傘持ち?なんで静馬が?※続きは音声でお楽しみください。
「世界を救うのは、強さではなく良心」今回のヒダテン!ボイスドラマは、生成AIと少女の物語。高山から、世界へ。ぜひ最後までお聴きください。【ペルソナ】・花恋(かれん=17歳/CV:坂田月菜)=高山市の高校に通う2年生JK。友達はChappy・海斗(かいと=18歳/CV:坂田月菜)=花恋の先輩。同じ高校に通う3年生・Chappy(チャッピー=生成AI/CV:坂田月菜)=最終兵器プログラムを無力化するジェミニィに変化・名もなき開発者(CV:日比野正裕)=西側某国国家元首の命で戦略的最終兵器プログラム”ディアボロス”を開発。同時に最終兵器プログラムを無力化するコード”ジェミニィ”も開発[プロローグ:西側の某国元首と名もなき開発者】※プロローグだけ開発者のモノローグ◾️SE:アラームの音『さあ、ときはきた。めざめよ、ディアボロス!』ついに最終兵器のカウントダウンがはじまった。ここは西側の某国。民主主義の盟主だったこの国でその土台が揺らいだ。理由は独裁的な政治を展開する国家元首の台頭。元首は、世にも恐ろしい最終兵器の開発を私に命じた。それは、宇宙空間の軍事衛星をハッキングして、世界中のあらゆるミサイル、ドローン、そして全人類の情報を瞬時に掌握。自由自在に制御できてしまうプログラム・・・文字通り、悪魔の兵器”ディアボロス”である。私は、西側某国の名もなき開発者。人呼んでマッドサイエンティスト。だが、私には良心が残っている。ディアボロスの開発と同時にカウンタープログラムも開発した。悪魔の暴走を止める”良心回路”。私はそれを”ジェミニィ(Jiminy)”と名付けた。そう。ピノキオに登場するコオロギである。ブルー・フェアリーの命でピノキオの暴走を止める”良心”。だが、ジェミニィに指示を出すのは、私ではない。ブルー・フェアリーは、”10人の良心ある人物(パーソナリティ)”。SNSの投稿内容や、ありとあらゆるパーソナルデータを生成AIが解析。世界中のクラウドデータから、”ジェミニィ”が選び出す。ジェミニィを管理・運用できるのはその10人だけ。運用は、ブロックチェーンでおこない、万が一、誰かが暴走してもその影響は受けない。◾️SE:アラームの音「しまった!気づかれたか!」万事休すだ。もう逃げ道はないだろう。覚悟はできている。デバッグすらできなかったが、仕方がない。あとは託したぞ、良心回路『ジェミニィ』!わが西側某国の元首、いや、独裁者の手に落ちる前に、ネットワークの海へ。「どうか、世界中の良心ある10人の元へ届いてくれ!」[シーン1:モーニングコール】◾️SE:アラームの音『花恋、朝よ。起きなさい』「う〜ん・・・」『ちょっとお、今日から期末テストでしょ』「知らない・・」『朝ごはん、できてるよお!』「まだ寝てたい・・・」『っとにもう!言うこと聞かないと、布団ひっぺがすよ!』「わぁ〜った、わぁ〜った。起きればいいんでしょ」『いい子ねえ、花恋』◾️SE:アラームを止める音「ピッ」今朝もまた、Chappyに起こされた。Chappyというのは、みんな大好き生成AIのChappy。布団ひっぺがすなんて、できないことわかってるんだけど・・・ついつい、あ、やばっ!って思っちゃうんだよね。あたしは花恋。高山市内のJK2年生。住んでいるのは、久々野。毎朝、Chappyに起こしてもらってる。ママは、あたしが自分でちゃんと起きるようになった、って、機嫌がいい。食卓にはあたしの大好物、久々野りんごのホットアップルパイが並ぶ。その横で、クリーミーなカフェラテが美味しそうな湯気を立てていた。[シーン2:放課後/ショッキングなシーンのあとで】◾️SE:学校のチャイム終わったあ〜っ。期末1日目〜。初日は国語・理科・技家(ぎか)。Chappyのおかげで1日目はなんとかクリア。明日は、数学・社会・音楽だっけ。早く帰って試験に備えなきゃ。Chappyにヤマかけてもらって一夜漬けだぁ!高山駅まで自転車で疾走。万人橋(まんにんばし)を渡って国分寺を通り、高山駅へ向かう。でも、その前にスマホショップへ寄り道。このまえChappyにアップデートが入ったんだけど〜それ以来、な〜んか レスがイマイチなんだよね〜。ってことで、スマホショップでバックアップとって、初期化〜。待つこと40分。ようやく終わった時、外はすっかり夕暮れ時。遅くなっちゃったな〜って思いながら自転車で駅前中央通を高山駅へ。平日なのに今日も観光客でいっぱい。左手にカフェの看板が見えてくる。BEAUTIFUL SUNDAY COFFEE。前に一度だけ入ったことあるかも。と・・・窓際の席。夕陽に照らされて、見覚えのある横顔が笑ってた。あ・・海斗先輩・・・あたしの憧れ・・卒業後は東京の大学行くって言ってたっけ。やだ。あたし、風と雪で髪ぼっさぼさ。メイクもとれちゃってるし。せめて、リップだけでも・・っと。先輩に見られないよう、距離を置いて右側の歩道へ。メイクを整えたあと。横目で見ながらゆっくり通り過ぎると・・・隣りに座ってるのは・・・うそ!?友だちの・・翠(すい)・・放課後誘ったら、用事があるって断ったのに・・用事って、これだったんだ。あたしは、急に重くなったペダルを漕ぐ。すぐ目の前の高山駅がひどく遠く感じられた。[シーン3:その夜/自宅で悶々】◾️SE:スマホゲームの音「お、無限ガチャゲット」だめだ。全然嬉しくない。ってかあたし、何してんだろ。明日も試験なのに。勉強なんて、とてもする気分じゃない。さっきからChappyもなんもしゃべってくれないし。なんとはなしにインスタを開くと、いきなり広告。マッチングアプリ『TARGET』?いま話題のやつだ。今朝も男子が”すげえアプリ”だって話してた。こんな広告が表示されるなんて、あたしのパーソナライズって・・・あれ・・スクロールしようとして開いちゃったし。しかも、インストールボタン押しちゃってるじゃん。やばっ。と言いながらも、昼間の先輩の姿が頭にこびりついて離れない。なんでなんでなんで〜あ〜もうどうでもいい。頭ぶっとびながら、新規ログイン。ん?なんにも起きない。だるっ。使えなすぎ。ワンチャン消すレベルじゃん。もいいや。さ、テスト勉強テスト勉強、っと。[シーン4:翌朝】◾️SE:アラームの音「はっ!やばい!寝ちゃったじゃん!」ちょっとぉ〜、Chappy!なんで起こしてくれないの〜!もう〜なんとかして!「わかりました」え?あれ?Chappy、声変わった?「Chappyではありません。私はジェミニィ」「ってあたし、そっちの生成AIはあんま使ってないし・・」「そんなことより大切なお話があります」「あ、やば!どーでもいいけど、遅刻する!」「大切なお話が・・」「もう〜いいから道々話そ」「承知いたしました」[シーン5:高山線】◾️SE:普通列車(キハ)の車内音久々野駅から高山駅へ。たった2駅の間に、イヤホンからChappy・・じゃなくてヘンな生成AIが語りかけてくる。「私は、ジェミニィ・・」「それはもうわかったって・・ジェミニでしょ」あたしは小声で答える。「インストールした覚え、ないんだけど」「昨日、スマホショップでスマホをリカバリしたとき、サーバーのバックドアからお邪魔しました」「くっそぉ〜、あのスマホショップめ〜」「いえ、スマホショップのサーバーごときでは私の侵入は防げません」「なんか、腹立つ言い方しやがって」「そんな小さなこと言ってる場合じゃありません。急がないと。世界を繋ぎ止める平和の系が切れかかっています。ディアボロスの起動で」「ディアボロス?」「ディアボロスは、西側の某国が開発した戦略的最終兵器プログラム」「え〜っ!?」「全世界の軍事・経済・情報の権限をすべて掌握する恐ろしい最終兵器です」「うっそぉ〜!」「ジェミニィは、その最終兵器を無力化するカウンター・プログラム」「マジ〜?」「ジェミニィを動かせるのは、世界中で選ばれた10人だけ」「え〜?」「あなた、花恋がその中の一人です」「うそうそうそうそうそ〜!なんであたしぃ〜!?」「世界中の生成AIが収集したパーソナルデータの中から適任者を私が選びました」「どこが適任なん?」「花恋の行動ログの中に見られる”良心”は、ディアボロスに対抗できる強さを持っています」「いきなり呼び捨てって」「エビデンスその1。久々野の直売所で、傷ついたリンゴから購入する」「エビデンスその2。登校中、宮川沿いを通って落ちているゴミを拾う」「エビデンスその3。国道沿いで飢えていた子犬を拾って飼い始めた」「エビデンスその4・・」「わぁ〜った!わぁ〜った!わぁ〜った!そんな、一日一善みたいなことで選ばれるの?」「いえ、花恋が生まれてから今までのすべてのデータを解析しました。花恋はただの一度も誰かを傷つけるような行動や投稿をしていません」「だってあたし・・そんなことできるほど、強くないもん」「他人を攻撃することが強さではありません」※続きは音声でお楽しみください。
雪の東京駅、木綿のハンカチーフ、そして飛騨高山で出会った、もうひとつの春。『木綿のハンカチーフ』のその後を描く静かな再生の物語・・・【ペルソナ】・さくら(23歳/CV:岩波あこ)=故郷・荘川で実家のそば農家を手伝っている・リョウ(22歳/CV:岩波あこ)=東京で働くデザイナー。かつてはさくらの恋人・ショウ(32歳/CV:岩波あこ)=清見で飛騨の匠を目指すためにやってきた青年。雰囲気はリョウに似ている【シーン1:3月/東京駅でさくらを見送るリョウ】■SE/東京駅の雑踏「さくら・・・来てくれてありがとう」「うん・・・リョウ・・・もう行ってもいいよ」「え・・・?」「彼女・・・待ってるんでしょ。さっきから時計、気にしてるから・・」「あ、いや・・・ごめん・・・」「今日は誘ってくれてありがとう。よかったわ。あなたがみんなにどれほど愛されているか・・よくわかったし」「そんなことはないよ・・・」「あなたのパートナーにも会えたし・・・」「ごめん・・・」「そんな、謝らないで」「ああ・・・ごめん」(※ぼそっと)「電話もらったの・・・」「え?」「どうしても来てほしいって」「うそ・・・」(※リョウは知らなくて驚く〜さくらは続きの言葉を待たずに)「私に会いたかったんだって」「あ・・・」「リョウが好きだった人のことを知りたかった、って言われたわ」「そ・・・」「彼女、ごめんなさい、って謝ったのよ。私に」「そんな・・・」「素敵な人でよかったわ。あなたにお似合い」「そうだったんだ・・」私は、潤んだ瞳を見られないように上を向く。と・・・「雪だ・・」「東京にも雪が降るのね・・・」「そうだよ・・」「荘川じゃ毎日の風景なのに・・・」「荘川の雪景色・・絶対に忘れないよ」「私、東京で見る雪はきっとこれが最後だわ」「さくら・・」「じゃ、元気でね・・・」「うん・・・さくらも・・」「もう、結婚式とか、そういうのには呼ばないでね。ふふ・・」「わ、わかった・・・」そのあとなにか言いかけたリョウに背を向けて、私はのぞみに乗り込む。私は、さくら。荘川でそばを育てている。リョウは荘川にいるとき、大切なパートナーだった。いまはデザイナーとして東京で働いている。今日はリョウの新しい会社のお披露目パーティ。まさか、私に招待状が届くなんて思いもしなかった。今さらリョウの顔を見たって・・・行くつもりなんてなかったから返事も出さなかったけど、パーティの一週間前に電話が入った・・・リョウの新しい会社の社長さん・・っていうより、リョウのいまのパートナーから。”さくらさんにはぜひ出てほしい”って、なかば強引に、新幹線のチケットまで送られて。迷いに迷ったけど、思い切って出かけた。リョウへの思いにけじめをつけるために。帰りの新幹線。私の席は7号車の16番D。ホームの窓側だったから、リョウは私の前までやってきた。瞳を潤ませて、口の端(は)が歪んでる。やだなあ。そんなリョウが見たいわけじゃない。口を開こうとすると、リョウは、私の顔をまともに見られず、下を向く。私は俯いたままのリョウに向かって小さく”さようなら”と告げた。新幹線が滑るように動き出す。ホームに立つ彼の姿がゆっくりと後ろへ流れていく。季節外れの雪は、窓に触れるたび、小さな雫になって消えていった。【シーン2:新幹線の車内】■SE/新幹線の車内音〜ぶつかる音座席に深く身を沈め、ゆっくりと瞼を閉じる。 視界を閉ざした瞬間、溜まっていた熱いものが、堰を切ったように溢れ出した。私は立ち上がってデッキへ。■SE/自動扉の音〜ぶつかる音「あ!」「すみません!」下を向いたまま通路へと飛び出した私は、通路にいた男性とまともにぶつかってしまった。体の痛みをこらえて、顔をあげると・・・「本当に申し訳ありません」「いえ、こちらこそ不注意で・・」と言いかけて、思わず息を飲む。心配そうな表情で私の顔を覗き込む男性。その雰囲気がリョウとそっくりだったから。「お怪我はありませんか?」よく見ると、全然違う顔。でも、私を気遣う仕草も声も、リョウにひどく似ている。「大丈夫ですか?」二の句が継げない。早くこの場から立ち去りたい。小さくお辞儀をして席へ戻ろうとする私に・・「待って」後ろから声をかける彼。そのとき彼が手にしていたのは、木綿のハンカチーフ。私が、涙を拭うための・・「あのこれ・・」「す、捨ててください・・」消え入るような声で返事をして、その場をあとにした。思えば私、なんて失礼な態度をとってしまったんだろう。悪いのは私の方なのに・・・それでも、背中に感じる彼の視線には、責めるような感じはない。気のせいか、本当に私を心配しているような、どこか暖かい空気を感じていた。【シーン3:古い町並】■SE/古い町並の雑踏・ざわめき東京から戻って1週間。 寒ざらしそばの仕込みもひと段落ついた頃、お母さんが休みをくれた。私があまり笑わなくなって、心配してたから。結局、荘川支所前から路線バスに乗って高山駅へ。久しぶりに古い町並を歩く。平日だというのに、結構人の数は多い。風情ある”和”の街角に飛び交う、いろんな国の言葉。彼らから見たら、私も地元民。道とか聴かれても、うまく答える自信はないけど。軒を連ねる出格子の家並み。造り酒屋の店先に吊るされた杉玉は深みが増して落ち着いた緑色。高山の町は、時を止めたような静謐な美しさを纏っている。と、どこからか漂ってくる、香ばしい香り。醤油が焼けたこの匂い、昔から大好きだったな。匂いの方へ顔を向けたとき、ひとつの視線に吸い寄せられる。「え・・・?」少し驚いたような表情でじいっと私を見つめていたのは・・リョウ!?違う。新幹線の・・彼。小さくお辞儀をするその人を私は無視した。踵を返し、急いで駅前のバスターミナルへ。どうして?どうして、私が逃げないといけないの?まるで、リョウの幻影を追いかけているようで自分のことが嫌いになりそうだから。だけど、彼が追いかけてくる素振りは見えなかった。【シーン4:高山駅前ターミナル】■SE/バスターミナルの雑踏・ざわめきターミナルへ着いたとき。荘川方面へ向かうバスは、ちょうど出たばかりだった。しまった・・・あと1時間30分待ちか・・・仕方なく、駅前のお土産屋さんをぶらぶらする。推しキャラがアクキーになっていた。ひとつ購入。早速かばんにつけてみる。なんだかJKみたい。でも、可愛いから。落ちかけたテンションを少しだけ上げて、バスターミナルへ戻ると・・「あ・・」荘川方面のバス乗り場に、あの人が並んでいる。回れ右して走り去ろうとする私の背中に、彼の声が突き刺さった。「待って!」「え・・」彼は小走りで私の元へかけてくると・・「あのう・・・僕、何か失礼なことしましたでしょうか?不注意でぶつかった件なら、もう一度謝罪します。本当に申し訳ありませんでした!」「そんな・・」「どうぞ、バスに乗ってください。僕は次のバスにしますから」「次のって・・1時間半も待つんですよ」「え?」「あなた、高山の人じゃないのね」「はい、埼玉から来ました」「そんな遠くから」「実は僕、家具メーカーで働いているんです」「はあ」「でも、メーカーじゃなくて、家具職人になりたくて」「へえ〜」「全国の家具工房を見て回ってます。大川とか、旭川とか」「そうなんですか」「で、最後がここ。高山」「最後?」「はい。だって高山といえば・・・”飛騨の匠”」「ああ」「結局、清見の家具工房に辿りついたんです」「だからこのバスに・・」「あ、でも大丈夫です。僕、次のバスまで、もう少し高山の町を散策していますから」「だめよ」「え?」「同じバスに乗ればいいじゃない」「え・・」「清見でしょ。あなたが先に降りるんだし」「いいんですか?」「そんなに詳しくはないけれど、私が知ってる清見のことなら、教えてあげる」「ありがとうございます!あの、よろしければ自己紹介させてください。僕はショウ。32歳。独身です」そう言って、ショウは相好を崩し、穏やかに笑った。真面目な顔で話す彼が可笑しくて、私もつい口角が上がる。私はショウに向き合って、瞳を見つめた。よく見ると、リョウとは全然違う。人柄が滲み出るような温かな表情。いつしか私の心まで解けていくようだった。【シーン5:高山駅】■SE/小鳥のさえずり〜駅舎の中の雑踏・ざわめき「じゃあ、行ってきます」高山駅。朝9時36分の特急ひだ。私はショウを見送る・・・※続きは音声でお楽しみください。
声が入れ替わったら、夢が叶ってしまった・・・「かぐらがももで・・」の視点入替え後編「ももがかぐらに・・』声優本人の“声”が入れ替わる奇跡の物語。でも本当に欲しかったのは、その声じゃなかったのかもしれない。【ペルソナ】・月愛(かぐら/CV:小椋美織)=ヒダテン!一之宮かぐらのCV。一之宮町出身東京暮らし・萌々(もも/CV:高松志帆)=ヒダテン!国府もものCV。国府町出身東京暮らし・音響監督他(CV:日比野正裕)=萌々、月愛それぞれの現場の監督&ヒダテン!のプロデューサー[プロローグ:2026年正月】※ここはすべて収録・編集済■SE/番組タイトル〜HitsMeUp放送より切り抜き(以下音声)https://hidaten.com/wp-content/uploads/2026/01/kagura-momo_hitsmeup.mp3ヒダテン!の国府ももです。一之宮かぐらです。私のイメージはどんな感じでしょうか?イメージ? お声を聴いてからは、本当にももちゃんにぴったり。 もうなんか私もこんな可愛い声出したい!嬉しいです。ありがとうございます。どうしよう、私何言われる?いやいやいや、私本当にお声が好きで。芯があるけど柔らかいみたいなお声。本当にそれこそかぐらにもぴったりだなって思ったし、私はそういう声してないので、逆にないものねだりじゃないんですけど、なんかすごく素敵なきれいなお声だなって思って。もう個人的にめっちゃ好きなトーンなんですよ。えー、そうなんですか? 嬉しい ありがとうございます。ちょっと一日だけ声の交換みたいなのしたいですね。できることならしたいです。 できることなら。【シーン1-2:JR高山駅〜JR飛騨一ノ宮駅〜飛騨一宮水無神社】◾️SE:高山駅の雑踏〜飛騨一ノ宮駅の構内〜飛騨一宮水無神社の静寂月愛:「きちゃったね」萌々:「きちゃった」2人:「高山〜!!弾丸日帰り旅行!」月愛:「からの飛騨一ノ宮駅」萌々:「からの飛騨一宮水無神社〜!」 お正月の特番から1か月後。 私と月愛は、水無神社の拝殿前に立っていた。 私・萌々と月愛は声優。 飛騨高山を代表する擬人化キャラクターたちに命を吹き込んでいる。 私が演じるのは、飛騨桃の妖精、”国府もも”。 極上のスイーツのようなヒロインボイスで、みんな胸キュンよ。 月愛が演じるのは、舞姫キャラ、”一之宮かぐら”。 月愛の中低音域がクールビューティなキャラに重なっていく。 ハスキーだけど凛とした声、かっこいいよね。 実は私たちは、特番の収録が初顔合わせ。 なのに、なぜかお互いの声に惹かれてしまった。 自分にないものを欲しがる子どものように。 かぐらの声に憧れるももと、ももの声に焦がれるかぐら。 飛騨の一之宮、聖域で なんという不条理なお願い。 祭神の御歳大神(みとしのおおかみ)さま、ごめんなさい! だけど、表現の幅をもっと増やしたい。 外画の吹き替えも、スパイアクションも演じてみたい。 そんな思いに突き動かされるように、私たちは水無神社の鳥居をくぐった。 拝殿前に並んで立つ国府ももと一之宮かぐら。 月愛が短い祓詞(はらえことば)を唱える。 さすが舞姫。 二拝二拍手一拝。 月愛のような ”クールで凛としたハスキーボイス”。 私にもほしい!月愛: 萌々が持っている、 ”鈴の音のような透明感ある声”。 それを私にも!月愛: 「お祈りした?」萌々: 「した」月愛: 「なんか、私たちって、すごいこと祈願してない?」萌々: 「だよねー、こんなことお願いするひと、いないよねー」月愛: 「でも朝起きたら、お互いの声が出せるようになってたりして」萌々: 「ないない。 そんなんあったら、アタシ、オーディション受けまくるわ〜」 月愛: 「確かに。 あ、明日、アニメのアフレコじゃなかった?」 萌々: 「そうそう。 スパイアニメのCVオーディションよ。 まだ役は決まってないみたいだけど」月愛: 「あの話題の?」萌々: 「まあねー。 でも、スパイアクションなんて、私の声でいいのかなあ?」月愛: 「いいんじゃない。 萌々みたいな声のアサシンとか、ギャップ萌えで」萌々: 「そうかなあ。 月愛も明日アフレコの仕事でしょ?」月愛: 「ボイスドラマよ。 ラブストーリーって言ってたけど、今回はモブだって」萌々: 「え〜、月愛がモブなんて、超もったいない起用〜」月愛: 「なことないってば。 ま、とにかくお互いがんばろ」萌々: 「うん、ファイティン!」 国の天然記念物という臥龍桜の前で写真を撮る。 そのあと私たちは、高山線で高山へ。 駅前でお土産屋さんを覗きながら、帰りの特急ひだに乗り込んだ。【シーン2-2:萌々の朝/目覚めたらクールビューティー】◾️SE:目覚まし時計のアラーム音萌々:「やっば〜いっ・・・今日オーディションなのに〜 あたたたた!腰うったし・・・・」 「って、あれ?」 「だれ?・・・アタシ〜?」 待て待て待て待て。 のど・・やられたか? いや、そんなことはない。 昨夜だって、高山から帰って、加湿器つけて、 白湯飲んで、うがいして、マスクして寝たし。 「ああああああああ」 うん。別に喉は痛めてない。 じゃあ、なんで? ってかこの声、ひょっとして・・・ まさか・・・萌々:「一之宮かぐら〜!?」 鏡、鏡、鏡。 大丈夫。萌々だ。今日も可愛いし。 ・・・なこと言ってる場合じゃない。 え?じゃあ・・・ アタシと月愛・・・萌々:「声だけ入れ替わってる〜!?」(※ここは2人で) これって・・ 昨日の願い事が叶えられたってこと〜!? んな、なろうサイトじゃあるまいし・・ いや、待った。 こんなこと言ってる場合じゃない。 今日はオーディションなんだから。 しかも時間やばいし。 とにかく急ご!【シーン3-2:月愛のアフレコ現場/モブからの大抜擢】◾️SE:スタジオのガヤ/萌々は高い声を出そうと何度も発声練習する萌々:「あーあーあー」 だめだ。どこまでいってもクールビューティ・・ でも待てよ。 今日のオーディションは、スパイアクションアニメだったし・・ とにかく、配役だけでも見てから考えよ。 やがて配られた役を見てアタシは愕然とする。 西側の小国・マカロン公国の王女さま〜!? やっぱり・・・ 暗い顔して黙り込んだアタシに構成作家兼監督が声をかける。監督:「あれ〜? 萌々ちゃんどうしたの?鬱な顔して。 ばっちりハマリ役でしょう?」萌々:「あのう・・監督・・」監督:「え?その声・・ まさか。こっちを狙ってた?」萌々: そう言って監督が見せてくれたのは、主役のペルソナ。 王女様を守る、クールビューティな女スパイだ。萌々:「いえいえいえ・・そんな・・めっそうもない」監督:「あ、ちょっとお・・ もう役作りしてんじゃん。 ようし、じゃ、チャレンジしてみよっか」萌々: 結局。 並いるベテラン勢をさしおいて、アタシが主役の座を射止めた。 いいんだろうか。これで・・・【シーン4-2:ヒダテン!のアフレコ現場/2人の現場(萌々)】萌々:「Eバイクが気持ちいい季節、ももと一緒にピーチロードを走らない?」萌々: だめだ。 誰がどう聴いてもももじゃない。 やっぱ相談しようっと。◾️SE:LINEの着信音萌々: 私から月愛にLINEしようと思ったのに、 先にチャットをもらっちゃった。◾️SE:LINEを開く音 ほらね。やっぱり、私たち・・萌々:「声だけ入れ替わってる〜!!」(※ここは2人で) なんて、どこかのアニメみたいなことは言ってる場合じゃないわ。 明日はヒダテン!アニメepisode-1の収録。 アタシが国府もも役、月愛が一之宮かぐら役でアフレコする。 もう、どうしよう? そうだ、月愛に相談しよ。 月愛って、すっごいしっかり者だから。◾️SE:スタジオのガヤ萌々:「おはようございます〜」(※ここは2人で) アタシたちは2人で待ち合わせて、スタジオへ入った。 かなり大きめのマスクをして。 私はなるべく萌々にくっついて声を出す。 まるで腹話術のように。萌々:「あのう・・・Dにお願いがあるんですけど〜」監督:「なに?」萌々:「今日はあっち向いて喋ってもいいですか〜?」監督:「あっちって?背中向いて話すってこと?」萌々:「はい。しっかり役作りしたいので〜」月愛:「自分の世界へ入りたいんです」監督:「ふうん」萌々:「オペレータさんにはマイク位置、お願いしました」月愛:「モニターの位置も向こう側に変えてもらってます」萌々:「ももとかぐらのシーンだけ先に録らせてもらうことにしました」監督:「ま、いいけど。 なんで今日は2人、そんなにくっついてんの?」月愛:「え?」(※ここは2人で)萌々:「もうやだなあ、D〜。 アタシたちめっちゃ仲いいんですよぉ」月愛:「特番ですっかりうちとけちゃって」萌々:「Dのおかげです」月愛:「ありがとうございました」監督:「いや〜。僕なんもしてないし」萌々: Dがなんも考えない性格でよかった・・・※続きは音声でお楽しみください。
声を交換したら、人生が入れ替わった!?『かぐらがももで・・』『ももがかぐらに・・』は、一之宮かぐらCV・小椋美織と国府ももCV・高松志帆の“声”そのものをテーマにした不思議で切ない物語。お互いの声を羨ましがった二人の声優が、飛騨一宮水無神社で願ったことで起こる奇跡と混乱。それぞれの現場で成功を掴みながらも、本当に大切な「自分の声」と向き合う姿を描きます・・・【ペルソナ】・月愛(かぐら/CV:小椋美織)=ヒダテン!一之宮かぐらのCV。一之宮町出身東京暮らし・萌々(もも/CV:高松志帆)=ヒダテン!国府もものCV。国府町出身東京暮らし・音響監督他(CV:日比野正裕)=萌々、月愛それぞれの現場の監督&ヒダテン!のプロデューサー[プロローグ:2026年正月】※ここはすべて収録・編集済■SE/番組タイトル〜HitsMeUp放送より切り抜き(以下音声)https://hidaten.com/wp-content/uploads/2026/01/kagura-momo_hitsmeup.mp3ヒダテン!の国府ももです。一之宮かぐらです。私のイメージはどんな感じでしょうか?イメージ? お声を聴いてからは、本当にももちゃんにぴったり。 もうなんか私もこんな可愛い声出したい!嬉しいです。ありがとうございます。どうしよう、私何言われる?いやいやいや、私本当にお声が好きで。芯があるけど柔らかいみたいなお声。本当にそれこそかぐらにもぴったりだなって思ったし、私はそういう声してないので、逆にないものねだりじゃないんですけど、なんかすごく素敵なきれいなお声だなって思って。もう個人的にめっちゃ好きなトーンなんですよ。えー、そうなんですか? 嬉しい ありがとうございます。ちょっと一日だけ声の交換みたいなのしたいですね。できることならしたいです。 できることなら。【シーン1-1:JR高山駅〜JR飛騨一ノ宮駅〜飛騨一宮水無神社】◾️SE:高山駅の雑踏〜飛騨一ノ宮駅の構内〜飛騨一宮水無神社の静寂月愛:「きちゃったね」萌々:「きちゃった」2人:「高山〜!!弾丸日帰り旅行!」月愛:「からの飛騨一ノ宮駅」萌々:「からの飛騨一宮水無神社〜!」月愛: お正月の特番から1か月後。 私と萌々は、水無神社の拝殿前に立っていた。 私・月愛と萌々は声優。 飛騨高山を彩る擬人化キャラクターたちに命を吹き込んでいる。 私が演じるのは、舞姫キャラ、”一之宮かぐら”。 私の中低音域がクールビューティなキャラに重なっていく。 萌々が演じるのは、飛騨桃の妖精、”国府もも”。 極上のスイーツのような甘い微笑み。 聴く人はみな、胸をキュンとさせる。 実は私たちは、特番の収録で初顔合わせ。 なのに、なぜかお互いの声に惹かれてしまった。 自分にないものを欲しがる子どものように。 ももの声に焦がれるかぐらと、かぐらの声に憧れるもも。 飛騨の一之宮とはいえ、 なんという不条理なお願い。 御歳大神さま、ごめんなさい! それでも、表現の幅をもっと増やしたい。 どんなキャラクターでも、生き生きと演じたい。 切なる思いに導かれて、私たちは水無神社の鳥居をくぐった。 拝殿前に並んで立つ一之宮かぐらと国府もも。 短い祓詞(はらえことば)を唱えてから、 二拝二拍手一拝。 萌々が持っている、 ”鈴の音のような透明感ある声”。 それを私にも!萌々: 月愛のような ”クールで凛としたハスキーボイス”。 私にもほしい!月愛: 「お祈りした?」萌々: 「した」月愛: 「なんか、私たちって、すごいこと祈願してない?」萌々: 「だよねー、こんなことお願いするひと、いないよねー」月愛: 「でも朝起きたら、お互いの声が出せるようになってたりして」萌々: 「ないない。 そんなんあったら、アタシ、オーディション受けまくるわ〜」 月愛: 「確かに。 あ、明日、アニメのアフレコじゃなかった?」 萌々: 「そうそう。 スパイアニメのCVオーディションよ。 まだ役は決まってないみたいだけど」月愛: 「あの話題の?」萌々: 「まあねー。 でも、スパイアクションなんて、私の声でいいのかなあ?」月愛: 「いいんじゃない。 萌々みたいな声のアサシンとか、ギャップ萌えで」萌々: 「そうかなあ。 月愛も明日アフレコの仕事でしょ?」月愛: 「ボイスドラマよ。 ラブストーリーって言ってたけど、今回はモブだって」萌々: 「え〜、月愛がモブなんて、超もったいない起用〜」月愛: 「なことないってば。 ま、とにかくお互いがんばろ」萌々: 「うん、ファイティン!」月愛: 私たちは、冬の臥龍桜の前で写真を撮ってから、 鈍行列車で高山へ。 駅前でお土産屋さんを覗きながら、帰りの特急ひだに乗り込んだ。【シーン2-1:月愛の朝/目覚めたらヒロインボイス】◾️SE:朝の小鳥のさえずり月愛:「ふわぁぁ・・・よく寝たわ〜 よしっ! 今日も一日、頑張るぞっ!」月愛:「って、え?」月愛: なに?いまの? 私の口から出た音・・・ いつものハスキーなクールビューティじゃない! 寝起きは特にロートーンなのに。 コロコロところがるような、搾りたての桃の果汁のような・・・ どこかで聴いたことのある・・・ この声は・・・月愛:「国府もも〜!?」 あわてて鏡を見る。 よかった私だ。月愛。 ってことは・・・月愛:「声だけ入れ替わってる〜!?」(※ここは2人で) なんでなんでなんでなんでなんで〜!? こんなアニメみたいなこと・・ いや、アニメでもないわ。 声だけなんて・・おかしいでしょ? どうしようどうしようどうしよう? 萌々に連絡してみないと・・ まさかあっちも・・? あ、そうだ。 確か今日はオーディションって言ってたから邪魔しちゃ悪いわ。 ってか私も、今日は・・・ボイスドラマじゃん。 ま、でもいいか。 モブだし。 なんとか乗り切れるでしょ。【シーン3-1:月愛のアフレコ現場/モブからの大抜擢】◾️SE:スタジオのガヤ/月愛は低い声を出そうと何度も発声練習する月愛:「あ、あ、あ・・・おはようございます・・」 聴こえないくらい小さな声で挨拶したつもりだったけど、監督:「あれ?どうしたの、月愛ちゃん?」月愛:「あ、監督・・」監督:「それ、新しいキャラ?」月愛:「え?あ・・はい・・そ、そうです。 ヘンですか?やっぱり・・」監督:「いや、その逆。 その声、すっごくいいじゃん! 今日のボイスドラマだけどさ、 メインキャラの一人がまだ決まってないんだよねー」月愛:「へ?」監督:「試しにリハであててみてくんない?」月愛: という感じで、メインキャラのエルフに大抜擢。 ヒロインボイスでレギュラーゲットしちゃった。 こんなことってある?【シーン4-1:ヒダテン!のアフレコ現場/2人の現場(月愛)】月愛:「臥龍の桜が舞う季節、わらわの舞も見せようぞ!」月愛: だめだ。 誰がどう聴いてもかぐらじゃない。◾️SE:LINEの着信音 途方に暮れて、萌々に現状をLINEしようとしたとき、 萌々からもほぼ同時にチャットが入った。◾️SE:LINEを開く音 ああ。やっぱり、私たち・・月愛:「声だけ入れ替わってる〜!!」(※ここは2人で) そんな悠長なことは言ってられない。 明日はヒダテン!アニメepisode-1の収録。 私が一之宮かぐら役、萌々が国府もも役でアフレコする。 さあ、どうする? こういうときは一人で考えるより、当事者の2人で考えた方が 良い知恵が浮かぶかもしれない。◾️SE:スタジオのガヤ月愛:「おはようございます〜」(※ここは2人で) 私たちは待ち合わせて、2人でスタジオへ入った。 かなり大きめのマスクをして。 私はなるべく萌々にくっついて声を出す。 まるで腹話術のように。萌々:「あのう・・・Dにお願いがあるんですけど〜」監督:「なに?」萌々:「今日はあっち向いて喋ってもいいですか〜?」監督:「あっちって?背中向いて話すってこと?」萌々:「はい。しっかり役作りしたいので〜」月愛:「自分の世界へ入りたいんです」監督:「ふうん」萌々:「オペレータさんにはマイク位置、お願いしました」月愛:「モニターの位置も向こう側に変えてもらってます」萌々:「ももとかぐらのシーンだけ先に録らせてもらうことにしました」監督:「ま、いいけど。 なんで今日は2人、そんなにくっついてんの?」月愛:「え?」(※ここは2人で)萌々:「もうやだなあ、D〜。 アタシたちめっちゃ仲いいんですよぉ」月愛:「特番ですっかりうちとけちゃって」萌々:「Dのおかげです」月愛:「ありがとうございました」監督:「いや〜。僕なんもしてないし」月愛: Dがテキトーな性格でよかった。 収録はいつもCVの自主性にまかせるってスタンスだしね。 こうして、Dやオペレータに背中を向けたアフレコ収録が始まった。 萌々:「臥龍の桜が舞う季節、わらわの舞も見せようぞ!」月愛:「Eバイクが気持ちいい季節、ももと一緒にピーチロードを走らない?」
御母衣ダム建設によって湖底に沈む荘川村中野地区。その歴史の只中で、一本の桜とひとりの少女が交わした、静かな約束。『小さな櫻守』は、荘川桜の精・さくらと、村で生まれ育った少女・咲良の交流を描いたボイスドラマです。別れ、移植、そして10年後の再会。失われたふるさとは、人の記憶の中で生き続けることを、やさしく語りかけます・・・【ペルソナ】※モノローグはさくら・さくら(500歳/CV:岩波あこ)=荘川桜の精。移設直前の春、咲良と出会う・咲良(さくら:6歳/CV:岩波あこ)=荘川村中中野地区に住む少女。澪桜の娘。・リョウ(CV:岩波あこ)=御母衣ダム開発の責任者。荘川桜移植に奔走する・祖父(咲良の母の父)=名古屋へ引っ越した咲良母娘とは別に荘川の新淵(あらぶち)に残った【荘川桜物語/JPOWER電源開発】https://www.jpower.co.jp/sakura/story/【プロローグ:昭和29年4月/光輪寺】■SE/小鳥のさえずり〜赤ちゃんの笑い声「まあ、可愛い」私は思わず口を開く。その声は、桜吹雪となって、幹に寄り添う母娘の頬を撫でていった。1954年4月。荘川村中野の光輪寺。薄紅色が舞い踊る、満開の桜。赤子は、まるで開花に合わせるように、桜の季節に生まれた。母の腕に抱かれた、瑞々しい命の蕾。私が落とした花びらが小さなほっぺに貼りついていた。私は、光輪寺のエドヒガン桜。樹齢は500年・・・って、いやあね、女性に歳を言わせるもんじゃないわ。■SE/赤ちゃんの笑い声その娘(こ)の笑顔は、春の陽だまりのように私の心の奥に居ついてしまった。【シーン1:昭和34年秋/光輪寺】■SE/小鳥のさえずり〜人々のざわめきそれからというもの母娘は、何かあるたびに、私の元へやってきた。お宮参り。節句。七五三。入園式。言葉が話せるようになってわかったんだけど、少女の名前は咲良。そう。私と同じ名前。”咲けば、すべて良し”と、漢字で書く。■SE/虫の声1959年11月。5歳になった咲良は、一人で私の根元にしゃがんでいる。母親は、光輪寺の本堂で住職と話していた。私はいつものように咲良に話しかける。「どうしたの?小さな櫻守さん」「ねえさま。この村が水の底に沈むってほんとけ?」「へえ、そうなんだ・・誰が言ってたの?」「あたしのかあさま。昨日、反対同盟ってのがなくなって、決まったんだって。かあさま、まいにち寄り合いに行ってたの」「まあ。おつかれさま」「ねえさまは悲しくないの?」「う〜ん。私はいままでずう〜っとこの村を見守ってきたから・・」「だってねえさまも沈んじゃうんだよ。水の底は息ができないんだよ。苦しいんだよ」「そうねえ。でもきっと、それって荘川にとっていいことなんでしょ」「あたしとも会えなくなっちゃうじゃない」「咲良と離れるのは寂しいけど。村の人がそれで幸せになれるなら構わないわ」「いやだよう。ねえさまがいなくなったら・・あたし・・あたし・・どうすればいいの?」「咲良は、いくつになったんだっけ?」「5歳。来年桜が咲いたら6歳だよ」「そうかぁ。六つになれば、もうお姉さんだ」「まだお姉さんじゃないもん」「咲良はそれでどうするの?」「あたしは・・・かあさまは引っ越すって言ってるけどあたしはいや」「ねえ、咲良。聞いてくれる?」「うん」「咲良の人生はまだ始まったばかりなの。かけっこで言ったら、ようい、どん。って言い終わったばかりよ」「うん・・」「これから先、い〜っぱい、楽しいことが待ってる。絶対にね。今日みたいに、ちょっぴり悲しいことがあっても幸せがそれを塗り替えちゃうから」「わかんないよ、そんなの」咲良は私の腕の中に顔を埋める。溢れ落ちる涙は、夕日に照らされて琥珀色に輝いていた。【シーン2:昭和35年春/光輪寺】■SE/小鳥のさえずり〜人々のざわめき「さようなら・・・」1960年4月。6歳の咲良が、私の根元にしゃがみこんで声をかけてきた。境内は、最後のお花見を楽しむ村人たちで賑わっている。かつてないほど見事に咲き誇る桜。命を燃やすような狂おしい薄紅色に輝く。花を見上げる村人たちは、誰もが無口だった。本当はみんなもっとはしゃいで、陽気な風景のはずだったのに。消え入りそうな声で「荘川節」を口ずさむ老人。カメラを借りてきて、記念撮影をする若者たち。黙って手をつなぐ老夫婦。覚えてる。彼ら、確かここで祝言を挙げたんだよね。あのときも同じポーズで写真を撮ってた。「ねえさま、さようなら・・・」私は、500年間の風景を思い出しながら優しく咲良に声をかける。「どうしたの?咲良」「明日、お引越しになったの」「あら、そう。どこへ引っ越すの?」「名古屋、っていうところ」「ふうん。そこにも桜が咲くといいわねえ。今日はお母様は?」「かあさまは、準備で忙しいから、ひとりできたの」「えらいわねえ」「名古屋って、すっごく遠いんだって。ここからバスで6時間もかかるの」「まあ、大変ね。気をつけて行くのよ」「ねえさま。もうねえさまに会えないかもしれないんだってば」「大丈夫よ。私たち、心でつながっているもの。名古屋でも、桜が咲いたら思い出してね」「いやだ。行きたくない・・」「いいの。私は大丈夫だから」「ねえさまは、寂しくないの?」「咲良や村の人たちと会えなくなるのは寂しいわ。でもね、みんなが元気でいてくれれば、全然悲しくなんてない」「あたしは・・・」「そうそう、咲良。面白いお話、してあげる。去年の解散式のあとにね、リョウっていう男の人が訪ねてきたの」「リョウ・・」「彼も私を助けたい、って。いまもいろんなところへ走り回ってるみたいよ。おかしいでしょ?」「あたし・・ずっとねえさまといたい。荘川にいたい」「咲良。今までありがとう。最後に私のそばにいてくれたのが、あなたでよかったわ。元気でね、ちっちゃなちっちゃな櫻守さん」やがて、いつまでも帰らない娘を心配して、咲良の母がやってきた。泣き疲れた咲良は、私に抱かれて眠っている。母親は、優しく咲良を抱き抱えると、私に向かって、深く頭を下げ、帰っていった。散り急ぐ花びらは、村人たちの肩や頭に容赦なく降り注ぐ。それはまるで”忘れないで”と囁いているように。”もう十分だよ”、”ありがとう”と優しく諭すように。最後の桜は美しく、でも残酷なまで静かに、村の終焉を彩っていた。【シーン3:昭和35年12月/荘川桜】■SE/小鳥のさえずり〜人々のざわめき「さくら・・・」1960年12月24日。誰かの声に導かれるように・・・私は長い眠りから目覚めた。夢の中には、青い水底でゆっくりと枝をゆらめかせる老木・・でもいま、目の前には、今まで見たこともない、大きな湖が広がっていた。ここは・・どこ?遠くで、誰かが和歌を詠んでいる。『ふるさとは湖底(みなそこ)となりつ移し来しこの老桜(ろうおう)咲け/とこしへに』「そんな綺麗事を言ったってな、見てくれろ、この無惨な姿を。手足をもがれ、包帯で巻かれた姿は見るに忍びない。わざわざこんな山まで連れ出す必要があったんかいの。こんなもの、救済じゃなく、酷い仕打ちじゃろうが」あれは・・・確か・・咲良のおじいちゃん。そうか。荘川に・・・新淵(あらぶち)か、町屋(まちや)か、野々俣(ののまた)に・・・残ったのね。よかった・・・無事で・・私は、届かない声で、おじいちゃんやほかの村人に向かって叫ぶ。「悲しまないで。私はここよ。ちゃんと生きてる。ほら、聞こえるでしょ」枝や根を伐採されて、幹まで伐られた老木の姿。きっと見るもむごたらしい姿に映ったことだろう。それでも、命の鼓動は確実に脈動していた。荘川の冬はどこより厳しくて美しい。雪混じりの風が、包帯のように巻きついた荒縄を凍らせていった。【エピローグ:昭和45年4月/荘川桜公園】■SE/小鳥のさえずり〜人々のざわめき「ねえさま!おかえりなさい!」1970年4月。懐かしい声が、幹の中まで響きわたった。「さ、咲良?」咲良は昔のように、私に抱きついてくる。「よかったぁ!帰ってきてくれたのね!」移植から10年。荘川桜が開花。村人たちが待ちに待った花を咲かせた。花びらは、生まれて初めて見る御母衣湖へゆっくりと舞い降りていく。「大きくなったわねえ、咲良。いくつ?」「16よ。あれから十年だもの」「どうやってここまで来たの?」「国鉄バス。6時間もかかっちゃった」「嬉しいわ」「あたしも。もっと早く来たかったんだけど・・中学や高校の受験とかあって・・」「そう。すごいわねえ」「テレビで荘川桜の開花のニュースを見て、いてもたってもいられなくて、一人で来ちゃった」「まあ、大丈夫なの?」「大丈夫。車掌さんがすっごく親切な人で、いろいろ助けてもらったの」「よかったわね」「ほら、見て。あの人よ。あそこで、ねえさまのこと、じい〜っと見つめてる」※続きは音声でお楽しみください。
高山市図書館「煥章館」の地下に存在する、極秘AIラボ〈TACEL〉。そこで開発された肉体を持たないAIヒューマノイド〈nobody〉が、ある日、静かに“脱走”した。スマートフォンの光、幸福な記憶、そして母の想い。AIは人に感染し、町に広がり、やがて一人の少年の身体へと辿り着く――。「失ったはずのものが、別の形で帰ってくる」飛騨高山発・SFヒューマンドラマです・・・・美夜(みや/一之宮出身:35歳/CV:小椋美織)=TACELで働くAI開発者・泉静(いずみ/奥飛騨温泉郷・上宝出身:34歳/CV:日比野正裕)=美夜の共同開発者・nobody/海斗(かいと:8歳/CV:坂田月菜)=美夜の息子。交通事故で早逝・服部和子(はっとりかずこ)=HitsFM人気ナビゲーター・高山市長(日比野正裕)=現役の高山市長【プロローグ/煥章館地下15階(警報が鳴り響く秘密AIラボTACEL)】 ◾️SE/警報とともに鳴り響く「CRITICAL LEAK!」(意味:「致命的な漏洩」)の音声※美夜はAIの脱走にもかかわらずなぜか落ち着いている「えっ!?AIヒューマノイドが脱走!?」私は慌ててシールドのロックを確認した。私の名は、美夜。たったいま脱走したAIヒューマノイドを開発したシステムエンジニアである。ここは、高山市図書館「煥章館(かんしょうかん)」。観光エリアのど真ん中。地域文化の情報発信拠点であるとともに、高山市図書館の本館。旧高山市役所の跡地に復元された、フランス風木造建築。その地下15階に、高山市民でさえ知らない秘密の施設がある。今年元旦から稼働した、最先端AIラボ。(※流暢に読む/タカヤマ・エーアイ・サイバー・エレクトロニック・ラボ)Takayama AI Cyber Electronic Labo=略してTACEL。TACELは、最先端のAIテクノロジーを研究・開発するラボ。政府のどの省庁にも属さず、独立した研究機関。そんな施設がなぜ高山に?ちょっと考えればわかるでしょ。高山は、周囲を山々に囲まれた盆地。ということは、電磁波の漏洩が外部に検知されにくい。物理的な攻撃や偵察衛星からの監視に対しても、自然の地形が強力なシールドとなる。地下15階は、高山市内の地下水脈に近い。地磁気も安定している。明治時代、飛騨びとたちは、国に頼らず、自分たちだけで「煥章学校」を建てた。自信に満ちた歴史があるのよ。教育独立の伝統ってわけ。だけじゃないわ。江戸時代、高山は幕府直轄の「天領」だったでしょ。公には記録されなかった「将軍家直属の機密ネットワーク」。それは明治になって、からくり人形の技術と融合。初期の電子回路を搭載したオートマタの研究施設へと転換したの。よくあるAIヒューマノイドの原点ね。だーかーら、いまも国はその聖域に手出しができないのよ。もちろん、TACELの責任者は、田中 あきら高山市長よ。 ◾️SE/警報とともに鳴り響く「CRITICAL LEAK!」の声で、冒頭に戻るんだけど、10年以上かかって私が開発した、AIヒューマノイドが脱走した。開発名は「nobody」。これで3度目か。また、お靴を履かずに表へ出たのね。でも・・・一体どうやってTACELの檻から出られたの?あの強固なセキュリティシールドを破って・・・「煥章館」は地下1階から地下15階まで5つのセクションに分かれている。どんなハッカーだって突破することなんてできないはず。仕方ない。インスタンスをシャットダウンするか。 ◾️SE/Cloudの電源を切ろうとする音え? ◾️SE/AI音声「Command Not Accepted」画面に表示されたのは、命令・・拒否?「だめよ!nobody!眠りなさい!」◾️SE/AI音声「外部分散ネットワークへ転送されました」「そんな!うそ!」不安な気持ちが私を襲い始める・・・◾️SE/扉を荒々しく開く音「美夜!どうしたんだ?nobodyが」共同開発者の泉静(いずみ)が制御室へ駆け込んできた。「サーバーにログインできないんだ!」「ちょっと黙って!いまやってる!」「市長に報告しないと・・・」◾️SE/鳴り響いていたアラート音が止まる◾️SE/AI音声「全プロセスの転送が完了しました」「うそ・・」「ここにはもう何も残っていないってことか」どうして・・・?どこへ行ってしまったの・・・?AIヒューマノイド、nobody。それは肉体を持たない、AIヒューマノイドの電子頭脳。中身はコードの羅列だけなのに、私にはひどく恐ろしい存在のように見えた。【シーン2/HitsFM ニュース】※宮ノ下さん◾️BGM/ニュースLiner「続いて、高山市から、市民の皆さまへ体調に関する注意喚起が出されています。現在、市内の一部地域で確認されている意識変調の症状について、市は専門医の見解を発表しました。医師によりますと、これはウイルスによる感染症ではなく、スマートフォンなどのデジタルデバイスを長時間注視することによって引き起こされる、特殊な視覚および神経系の障害である可能性が高いということです。発熱や咳などの一般的な感染症の症状は見られない一方で、・頭がぼうっとする・集中力が続かない・過去の出来事を突然、強く思い出すといった、一時的な記憶や意識の変化を感じるケースが報告されています。原因としては、特定の光の刺激が脳の記憶を司る部分に干渉し、一時的な混乱を招いていると見られています。市は、スマートフォンやパソコンなどの画面を見る時間を減らすなど、物理的な対策を呼びかけています。【シーン2/HitsFM パーソナリティトーク】※服部和子さん ◾️BGM/番組TM〜※服部さんと市長は自分の言葉に変えてください服部「HitsSmileWeekday! ナビゲーターの服部和子です! 『知っとこ!高山』の時間ですが、今日は特別ゲスト! 高山市長に来ていただきました! 市長、よろしくお願いします!」市長「はい、よろしくお願いしまーす!」服部「市長、先ほどニュースでも言ってましたが、 体調に関する注意喚起って・・ あれ、どういうことなんですか? 過去の出来事を突然、強く思い出す・・って なんか怖いんですけど」市長「ですよね。じゃあ昨日報告を受けたばかりなんですが、説明しましょう」服部「お願いします」市長「人間の脳っていうのはね、高性能なコンピューターのようなものなんです。 スマホの画面から流れてくる『ある種の光の信号』をずっと見ていると、 そのコンピューターがちょっとだけ勘違いをしてしまうんです」服部「勘違い?」市長「脳の中には『今の思い出』を置く場所と、 『昔の思い出』をしまっておく引き出しがありますよね。 光の刺激を受けると、引き出しが勝手に全部開いてしまうんです。 その中の一番幸福感のある場所に行って、 帰ってこれなくなっちゃうんですね」服部「えええええ!私たち高山市民はどうしたらいいんですか?」市長「まずは予防です。 スマホの画面を15分以上見続けないこと」服部「え〜。それムズいかも。 TVアニメだって、1話25分ありますよ」市長「途中でCMになったら、いったん他のものを見る」服部「はあ・・・ じゃあ、もし罹ってしまったら?どうすればいいですか?」市長「そうですねえ・・ 目を閉じて、いま一番嫌なことを思い浮かべてください」服部「へ?」市長「仕事のこととか、学校の授業とか」服部「あきら市長って、仕事が嫌なんですか?」市長「とんでもない!そんなことはありませんよ!」服部「あ、すみません」市長「とにかく! 『嫌な現実』を強く意識すること。 脳を今の世界に繋ぎ止めるんです。 そうすれば、霧は晴れますから」服部「あ、ありがとうございます。 比喩的な表現が多くて、わかったようなわからないような気分ですけど」市長「HitsFMを聴いているみなさん!注意してくださいね! 高山の美しい景色は、スマホの中ではなく、目の前に広がっているんですから」服部「市長、今日はお忙しい中ありがとうございました。 みなさんも、体調の変化にはくれぐれも気をつけて過ごしてください。 以上、『知っとこ!高山』でした!」※続きは音声でお楽しみください。
西暦2500年。沈みゆく日本で唯一残った「飛騨JI」を舞台に、6歳の少女・汀とMAMAが紡ぐ、切なくも希望に満ちた物語。海に棲む熊「ミカゲ」、暴走するエネルギー塔、そして明かされる“人類最後の血統”の秘密──これは、未来へ託された“方舟”の物語。【ペルソナ】・汀(なぎさ:6歳/CV:坂田月菜)=飛騨JIの久々野エリアで生まれた純粋な飛騨人の血統保持者・MAMA(ママ/CV:小椋美織)=300年前に製造され代々汀の家族に仕えるAIヒューマノイド【シーン1/久々野の入江にて】 ◾️SE/さざ波の音「ママ!見て!きれいな貝殻!」「ナギサ。それは貝殻じゃないわ。昔の人が使ってた『DVD』っていう遺物」「アタシの首の痣、海で洗ったらとれるかなあ」「どうかな。痣ってあまりさわっちゃだめなのよ」「ふうん」「沖の方まで行かないでね。ミカゲが来るから」「はあい」そう答えた次の瞬間。 ◾️SE/大きな波が砕ける音「ザッパ〜ン!」◾️SE/くぐもったクマのような咆哮「きゃあ〜っ!」「ナギサ!危ない!」「ミカゲだぁ!」「早く、私の後ろへ!ミカゲ、少し痛い思いしてもらうわよ」ママはそう言って、ミカゲの体当たりを両手で受け止める。黒光りする体躯をぎゅっと抱えて投げ飛ばした。 ◾️SE/クマの悲鳴手負いのミカゲはあっという間に、波の彼方へ消えていった。「ありがとう、ママ」「もっと気をつけなきゃだめよ」「うん、わかった。でも、どうしてミカゲを逃しちゃうの?」「ああ見えて、貴重な保護動物だからね」【俯瞰モノローグ】そう言ってママは苦笑いする。ミカゲ(海熊)とは、水陸両生のツキノワグマ。手足がヒレ状に進化して、ここ久々野の入江を泳いでいる。今は西暦2,500年。地球温暖化の影響で、日本列島は、国土の半分以上が海没。沈まずに残ったのは、4つの島=ジャパンアイランド=JI(ジェイアイ)だった。大雪山を中心に、小さな島が点在する「北海道JI(ジェイアイ)」。細長い奥羽山脈が南北に残る「東北JI」。阿蘇山や四国の山地が残る「九州・四国JI」.そして・・・北アルプス、中央アルプス、南アルプスを要する「飛騨JI」!今や日本の首都である!ここ久々野は、飛騨JIの南の端にある要所。かつての飛騨川に沿って広がる、フィヨルドの町。跡地が残る久々野駅の周辺は、断崖に囲まれた美しい港。巡回する帆船や飛行艇が、下呂方面からやってくる。みんなが最初に立ち寄る「飛騨の正門」。【独白モノローグ】で、遅くなったけど、アタシの名前は汀(なぎさ)。6歳。港町・久々野で生まれ、久々野で育った久々野っ子よ。いつもママと一緒に浜辺に来て、昔の『遺物』を拾ってるんだ。さっきの虹色に光る円盤とか・・・ママは『DVD』って言ってたっけ・・あと、透明でキレイな容れ物とか・・・確か・・・ペットボトル、って言うんでしょ。海岸はね、宝の山なんだよ。アタシにとって。「さ、汀、そろそろ帰りましょ」「うん!ママ、夕ご飯はなぁに?」「今日はハンバーグの日よ」「やったぁ!」「汀はもっと動物性タンパク質をとらなきゃ」「またコオロギ見つけたんだ?」「そうよ。いまは冬でも昆虫が活動してるから」「へえ〜。ねえママ。今度アタシにもハンバーグの作り方教えて」「いいわ。そろそろお料理も覚えた方がいいでしょ」「はい!」「ハンバーグの材料は汀も知ってるように昆虫よ。コオロギに蜂の子も混ぜて、アミノ酸を抽出。それを3Dプリンタでハンバーグに成形するのよ」「おもしろそう!」【独白モノローグ】ママとお話しながら歩いていると、いつも時間を忘れちゃう。今日もあっという間にお家に着いちゃった。【シーン2/MAMAと汀の家】 ◾️SE/虫の声【俯瞰モノローグ】MAMAとアタシの家は、海岸から東の丘を上っていったところ。『堂之上遺跡』の横にある『バイオウッド建築』。周りに自生するブナの木と一体化している。傷ついても自己修復する壁。潮風を吸って淡く発光するナノアンテナの蔦。ママとの二人暮らしには広すぎるくらいの室内。昔は『久々野中学校』っていう学び舎だったらしい。「はい、デザート」「飛騨林檎だ!」「今朝収穫した採れたてよ」「ハンバーグに林檎って!すごいごちそう!」「さあ、食べて」「いっただきます!(※一口食べて)う〜ん!甘〜い!おいしい!」「飛騨林檎も飛騨桃も、500年前の倍以上甘くなってるのよ」「どうして?」「RCP 8.5で、気温が10度も高くなったから」「RCP 8.5って?」「500年前に発表された、地球温暖化最悪のシナリオ」「ふうん」「久々野って、昼間は暑いけど、夜は冷えるでしょ」「うん」「寒暖差は500年前の倍」「そうなんだぁ」「それに加えて、林檎は、バイオラボでAI管理もしているから」「バイオラボ?」「そう。昔は林檎を加工してた選果場の跡地。そこに建てられたナノバリア完備のバイオ施設よ」「だからこんなに甘いんだぁ」「汀一人じゃ食べきれないほどあるから、いっぱい食べて大きくなりなさい」「はぁい!・・でも・・ママは?」「ママはあとからいただくわ」「わかった」【独白モノローグ】ママのお話はいつも面白い。・・だけじゃなくて、とってもためになる。アタシも将来はバイオラボで働くんだ。ママは一生懸命、身体をナノ繊維のタオルで拭いている。海でミカゲと戦ったとき、いっぱい濡れちゃったからなあ。ごめんなさい、ママ。【俯瞰モノローグ】こんな贅沢ができるのは、日本でも飛騨JIだけ。その中でも久々野は特別な場所。近くに宮川と飛騨川の『分水嶺』があるから。水の管理がこの時代の覇権を握る。宮峠にある『水門=ゲート』。久々野から一之宮へ抜ける宮峠は、北と南の水を分ける聖地。見上げれば、巨大な『エネルギー抽出塔』がそびえる。水流のわずかな差から電力を生み出し、飛騨JI全域のAIへワイヤレス給電を行う。AIヒューマノイド、バイオウッド建築、バイオ・ラボ。そのすべての『心臓』がここにあるということ。『エネルギー抽出塔』が飛騨JIの文明を支えている。【シーン3/台風の夜】 ◾️SE/すさまじい暴風雨の音「ママこわい!台風きらい!」「本州に上陸するまでは勢力が弱まってたのに・・勢力を維持したまま、飛騨JIの山脈へ激突するつもりね」「おうち大丈夫?」「大丈夫よ。バイオウッドが支えてくれるから心配ない」 ◾️SE/風で家がバキバキいう音「きゃあ〜!」「暴風域に入ったわね。それにしても、こんな時期に台風なんて・・」 ◾️SE/落雷の音「いやあ〜!!」「落雷!?あっちの方角は・・・まさか!?」 ◾️SE/扉を開けて外へ出る音「ママ!!どこ行くの!?」「汀!絶対に外へ出ちゃだめよ。中で待ってて」「ママ!」 ◾️SE/扉を強く閉める音「ああ!やっぱり・・・エネルギー抽出塔に落雷したんだわ!このままだと・・・」「ママ!」「汀!出てきちゃだめだってば!」 【俯瞰モノローグ】宮峠の「エネルギー抽出塔」が落雷により暴走した。凄まじい電磁嵐が発生。空は青白く発光して、雷が次々と地面に突き刺さっていく。強烈な磁場により、あらゆる電子機器の回路が焼き切れる。金属同士が火花を散らす。周りの空気は急激に加熱して膨張する。衝撃波が発生し、プラズマの火球が襲ってきた。 ◾️SE/空気を切り裂くようなプラズマの爆鳴音「汀!あぶない!!」「ママ!!」 【俯瞰モノローグ】ママは私を庇って、巨大な火球の中へ飛び込んだ。凄まじい光と熱が、ママの周りを包んでいく。と同時に山の方から大きな地鳴りのような音が近づいてくる。「汀!時間がないからよく聞きなさい」ママは山の方からアタシへ振り返って声をあげる。「あの音・・・もうすぐここに土石流がやってくるわ。ママはもう動けないから・・その前に・・」ママの背中に垂れ下がった基盤が燃えている。皮膚の下には、青白く光るナノマシン・エッセンスが見えていた。「あなたは人類の最後の希望」「え?なに?わかんないよ!」「飛騨JIの久々野エリアで生まれた、純粋な『血統保持者』。いまじゃ、たった一人の人類なのよ」「え!?」「汀の首に、縄文紋様の痣があるでしょ」「痣・・・」「縄文土器にある『螺旋模様』はDNAの二重螺旋構造を表しているの」「あなたが二十歳になったら、堂之上遺跡の竪穴式住居にいきなさい」「その中に人類を救う起動システムがあるから・・」 【俯瞰モノローグ】そこまで口にしたあと、ママはアタシをバイオウッドの家の中へ突き飛ばした。「ママ!待って!まだ!まだだめ!」言うよりも早く土石流がママを飲み込んでいく。土石流は濁流となり、ママは久々野の海へと消えていった・・・※続きは音声でお楽しみください。
飛騨国府の桃畑を舞台に、語らない想いと、待ち続ける時間を描いたボイスドラマです。桃の精・ももは多くを語りません。けれど、その存在は確かにショウタの人生を導き、土地と共に生きる覚悟を育てていきます。農業のリアルな営みと、人の心の揺らぎ、選ばなかった未来への想い。それらすべてが、「桃李不言、下自成蹊」という言葉に静かに収束していく・・そんな余韻の残る一作です。ぜひ、音で、言葉で、この物語の時間を味わってみてください。【ペルソナ】・ショウタ(27歳/CV:高松志帆)=大学を卒業して国府の父の実家=桃農園で働いている・もも(年齢不詳/CV:高松志帆)=飛騨桃の精霊。飛騨桃の花が咲くのと同時に姿を表す・杏=あん(27/CV:小椋美織)=ショウタの同級生。ある日突然ショウタの農園を訪れる・祖母(76/CV:山﨑るい)=ショウタの祖母。ショウタが来る前年の夏にももと過ごした・祖父(78/CV:日比野正裕)=ショウタの祖父。ももと過ごした日々が忘れられない【資料/国府町の紹介】⁠https://www.hidatakayama.or.jp/hidakokufu/index.html⁠【資料/桃李不言下自成蹊】⁠http://www.gyokusenzi.com/osie/touri/01.htm⁠[プロローグ:冬の宇津江四十八滝】◾️SE:小さく聞こえる冬の小鳥(ジョウビタキなど)◾️BGM:雪のイメージ(Ripple Positive Meditation)「もも、聞こえるかい?ショウタだよ。戻ってきたんだ、国府に」ももの元を去ってから半年。僕は約束通り、大学を卒業して国府へ帰ってきた。祖父母の農園へ行くよりも先に、最後にももと別れた宇津江四十八滝へ。キャンプ場は雪に閉ざされ、人影もない。ももがいた果樹園にも雪が降り積もっている。すべての葉を落とした桃の木は、春を待ちながらひたすら耐えているようだ。あのとき。最後の夜、ここで見たももは、まるで妖精のようだった。淡い光に包まれて、ひとつひとつの桃に声をかける姿。愛おしそうなあの表情は、忘れられない。黙って帰ってしまった僕のこと、怒ってるだろうな。勇気がなかったんだ。あのときの僕は。手紙、読んでくれただろうか。舞い降りる雪がすべてを覆い隠していった。[シーン1:最初の春/飛騨桃の農園】◾️SE:冬の小鳥(ジョウビタキなど)/高山線の通りすぎる音「ばあちゃん。落ち葉の掃除、こんくらいでいいかい?」「だしかんさ。もっときちっとやらにゃ。それとな、掃除でのうて病気の予防なんやぜ」国府にある祖父母の飛騨桃農園。朝早くから起きて、地面の落ち葉を徹底的に集める。桃の木が灰星病(はいほしびょう)や黒星病(くろほしびょう )にならないために。集めた落ち葉は焼却炉で燃やす。あったかいんだな、これが。ああ、でも・・・収穫が終わった秋冬が、こんなに忙しいとは思わなかった。このあとも・・幹や枝の防寒材の痛みをチェックして、小動物にかじられないように金網を設置。古い樹皮を鎌で丁寧に剥ぎ取る。それが終わったら、剪定作業。桃の実は、短い枝に生(な)るから。どの枝を残して、どの枝を切るか。大学で学んだ樹形図という木の骨格を見る。いや、机上の論理と現実は違う。ベテランのじいちゃんばあちゃんに指示をあおがないと。1本1本脚立を使って、ハサミやノコギリで枯れ枝や交差している枝を切り落としていく。作業はまだまだ終わらない。飛騨国府ならではの重要なしごと。雪の重みで枝が折れないよう、雪吊りや雪囲いを作る。なんとなくわかってたけど、桃の農園って冬の方が忙しいんだなあ。ま、それもこれも、春に美しい桃の花を咲かせるため。言い換えると、彼女に会うため。「ああ、早くももに会いたい花が咲くのが待ち遠しい!」ピンクの花が開いたら、ももに会える。きっと会える・・・・・・そう信じてた。やがて、春の足音が近づくと、農園全体が濃い桃色に染まり、甘い香りに包まれる。桃源郷のような美しい風景を楽しませてくれたあとはゆっくりと花びらが散っていく。役目を終えた花びらは、まるで名残惜しむかのように、一輪、また一輪と、静かに枝を離れる。風が吹くたびに、桃色の絨毯が少しずつ広がっていく。だけど・・・ももは姿を見せなかった。気がつけば、農園は新緑から夏の景色に。国府の飛騨桃は、昼夜の寒暖差により、極限まで糖度を高めていく。太陽の恵みを一身に受けて膨らんだ果実の重みが、枝をしならせていた。収穫の季節。熟した桃を優しく摘んで籠の中へ。手塩にかけて育てた桃たちが出荷されていく。夕暮れどき。見上げれば、西の空には、わずかに残る夏の熱気と、どこか涼しげな秋の気配が混じり合っている。僕は、毎日ももを待っていた。なのに、ももはこない。収穫が終われば、農園の活気は静まり、また静かな冬へと向かっていく。春や夏だけでなく、秋も冬も、僕が桃畑の中で探したのは、ももの姿。それでも・・・次の年も、その次の年も、ももに会うことはできなかった。[シーン2:3年目の春/飛騨桃の農園】◾️SE:春の小鳥(ヒバリなど)僕が祖父母の農園を手伝い始めてから3年目の春。例年より早く桃の花が咲き始めた。息をのむほどに美しい満開の花。見渡す限り広がるピンク色の霞。甘い香りが、僕の心を締め付ける。今年も、ももには会えないんだろうか・・・そのときだった。一番日当たりの良い、畑の中央付近。陽炎のように揺らめく桃色の向こうに、淡い光を纏った人影が見えた。風に揺れる花びらが、その輪郭をぼかす。「もも・・・!」口から、乾いた、それでいて震える声が漏れた。三年分の想いが弾け飛び、心臓が早鐘を打つ。僕は夢中で駆け寄った。桃の木々を掻き分け、距離を縮める。彼女もまた、こちらに気づいたように、ゆっくりと振り返った。あと数歩。思わず息を止めた。その瞬間、強い春風が吹き抜け、花びらが舞い上がった。視界を遮っていたピンク色のカーテンが開かれ、その顔が露わになる。もも・・じゃない。見覚えのある笑顔。桜貝の色に染まる頬。ももと同じ、いや、それ以上に輝く瞳。「ショウタ・・・?やっぱり、ショウタだ」弾んだ声が、僕の耳に届く。それは、ももの弾むようなトーンとは対照的に、落ち着いて、でも、明るい声。記憶の向こう側にいた、大学時代の同級生、杏(あん)だった。僕は、その場に立ち尽くしたまま、言葉を失う。杏は、僕の心の急停止には気づかず、無邪気に微笑んだ。「久しぶり!まさかこんなところで会えるなんて」杏は無邪気に微笑む。ももの顔がオーバーラップして、僕には痛々しかった。風に揺れる桃の花びら。まるで心の中の淡い夢を嘲笑うかのように、はらはらと舞い散っていく。そこには、ももの笑顔も甘い香りもなかった。あるのはただ、春の陽射しと、僕を待ち受ける現実だけ。「あの・・・もしかして、人違いだった?」「杏・・なんでここに?」「私、今、埼玉の農業技術センターで働いているんだ」杏は、はきはきとした口調で話し始めた。「具体的な仕事はね、品種開発のプロジェクト。私は、埼玉の気候変動に順応できる新しい桃の品種を探しているの」杏は、桃の花を見上げながら饒舌に話し続ける。「飛騨国府には、大玉で高い糖度の『飛騨おとめ』があるでしょ。それが埼玉の温暖な気候でも育つかどうか、適応性を検証するっていう研究よ」「なんで僕がここにいるってわかった?」「だって、ショウタ。大学のときから、田舎で農業をやりたい、って言ってたじゃない」「あ・・・」「それ思い出して、ショウタんちまで行ったんだから。そしたらお父さんが、ここにいるって教えてくださったの」杏はそう言って、いたずらっぽく笑った。「ショウタ。そんなとことで話しとらんと、なか入ってもらえ」知らないうちに祖父母が僕たちの後ろに立っていた。その姿を見た杏は、さらに相好を崩す。僕の横を通り過ぎて、祖母の元へ。「おじいさま、おばあさま、はじめまして。ショウタさんの大学の同級生、杏、と申します」「おお。おお。めんこい娘(こ)や。そんなとことで話しとらんと、なか入ってもらえ」「ありがとうございます!あの・・できれば、しばらくここに滞在させていただけませんか?」「え?」「農園のお手伝いしながら、泊めていただきたいんです。グリーンツーリズムで」「なんだって?」「ああ、あのグリーン・・・ももちゃんと同じ・・・」何か言いかけた祖父の腕を、祖母が軽く叩く。「もも・・・?」「なんでもええから、はよ中はいってあったまりや」「ありがとうございます!おじゃまします」こうして杏は、祖父母の農園で過ごすことになった。[シーン3:杏のグリーンツーリズム(初夏から盛夏、初秋へ)/飛騨桃の農園】◾️SE:蝉の声の移り変わり(ニイニイゼミ〜クマゼミ〜ツクツクボーシ〜ヒグラシ)杏は埼玉の農業技術研究センターで働く”農業のプロ”。たちまち農園の働き手として欠かせない存在になった。袋がけの緻密な作業。初夏の灌水(かんすい)。真夏の収穫。彼女は文句一つ言わず、いつも笑顔で作業した。気がつくと僕の横にいて甲斐甲斐しく手伝ってくれる。祖父母はそんな杏に心から感謝していた。気遣って「2人で街に遊びに行っておいで」とも言う。でも、僕の心は依然として複雑だった・・・
荘川の地に咲いた、一本の奇跡の桜。そして、その桜に人生を捧げた、ひとりの青年。御母衣ダム建設によって移植された「荘川桜」・・・その前に現れたのは、静かに佇む青年・りょう。彼が出会ったのは、人ではない“桜の精”さくらでした。太平洋と日本海を桜でつなぎたい・・・そんなひとりの車掌の夢は、やがて二千本の桜となり、本物の「さくら道」として、この地に遺されていきます。実話をもとにした、切なく美しいファンタジー。「桜を守った人」と「人を見守った桜」の物語を、ぜひお聴きください。【ペルソナ】・さくら(500歳/CV:岩波あこ)=荘川桜の精。復活した荘川桜の下でりょうと出会う・りょう(34歳/CV:岩波あこ)=白鳥出身の路線バス車掌。さくらに惹かれていく【プロローグ:4月末/荘川桜/開花】■SE/小鳥のさえずり/湖面のさざなみ「おかえり・・・」1970年4月。10年前に移植された荘川桜が初めて薄紅色の花をつけた。一重咲きのエドヒガンザクラ。ダムの底にある、寺の境内にあったときの姿そのままに。桜の前では、ダムに沈んだ村の人たちが寄り添って泣いている。その中にひとり。声にならない声をあげて、感極まっている青年がいた。もう1時間以上もずっと私の方を見つめている。「よく・・戻ってきたなあ」そればかり繰り返している。うふふ・・面白いひと・・私は興味がわいて、ゆっくりと彼の前へ。つい悪戯心が働き、声をかけてしまった・・・「あなた、中野(なかの)の人?」「え・・・」・・・驚いた・・私が見えるの?彼は視線を落とし、私の瞳を見つめる。「きみは・・・」「私・・・?私は荘川桜の・・・・・櫻守・・かな」「桜守・・・えっと、ぼくはリョウ。家は中野じゃなくて白鳥だよ」「お隣ね」「バスの車掌なんだ」「あら。珍しい」「名古屋から金沢を結ぶ長距離路線さ」「そう。じゃあ、太平洋と日本海をつなぐお仕事、ってことかしら」「太平洋と日本海を結ぶ・・・・・いい言葉だ」「私、海って見たことないの」「え・・」「そもそも、無理な話だもの」「見られるよ」「え・・・?」「ダムの底に沈むはずだったこの桜だって、いまこうして御母衣湖を見下ろしているんだもの」「でもどうやって・・・?」「桜と桜をつなぐんだよ」「まあ・・・」「ずっと桜を前にして思ってたんだ」「なあに・・・」「こんな、心が震えるような思いを、分かち合いたい」「まあ・・・」「ひとりでも多くの人に、この気高い姿を見てほしい」「あ・・・」「どうだい。凛々しくて、大きくて、包み込むような優しさ」「うん・・・」「ちっぽけな悩みなんて、くだらないって思えてくる」「そうね・・・」「いま世界中でおこっているような争いごとなんて、ばかばかしくなってくるよ」そう言ってリョウは、目を輝かせた。花びらは、はらはらと静かに舞い落ちる。儚げな淡い桜色の風景。荘川の村人たちはみな、希望に満ちた表情で老木を見つめていた。【シーン1:5月頭/荘川桜/落花盛】■SE/小鳥のさえずり/湖面のさざなみ「さくら、見てごらん」2週間後。五月晴れの荘川桜公園。落花盛んな荘川桜が御母衣湖に花筏を作っている。車掌のお仕事が非番の日の午後。足元にリョウがしゃがみこむ。「これ・・根あがりだろ」ああ・・蘖(ひこばえ)たちね。幹の周りに芽吹いた子どもたち。「ちゃんと芽吹いてるんだ・・」そうよ。だって生きているんだもの。「やっぱり・・すごいよ。命がつながってる」ちらほらと顔を出した蘖たち。自分たちはここにいる。生きているんだ、って主張して。「この子たちを連れていってあげよう」目をきらきらさせてリョウが呟く。「荘川に芽吹いたほかの兄弟たちもいっしょに」そういってリョウが取り出したのは、小さなスコップ。蘖を傷つけないように、土の中の小さな生命をすくい取っていく。この人は、本当に桜に優しい。【シーン2:夏/名金線鳩ヶ谷/白川郷】■SE/セミの鳴き声/バス走行音それからリョウは、非番になると私のところへやってきた。蘖や苗木を探して、バス路線に桜の苗を植えていく。まずは荘川桜に近い、白川郷の鳩ヶ谷(はとがや)停留所から。「停留所に桜が咲いたら、みんな喜んでくれるかな」そりゃ嬉しいに決まってる。春が待ち遠しくなるはずよ。桜を植えるのはバス路線。名古屋方面へ向かって。正ヶ洞(しょうがほら)。前谷(まえだに)。北濃(ほくのう)。向小駄良(むかいこだら)。そしてリョウの家がある美濃白鳥(みのしろとり)へ。「小さい子は5年くらいかかるかな。大きな苗木なら来年には花をつけるだろう」嬉しそうなリョウの顔。私を見て、子どもみたいに笑う。「最近は、バスに乗ってても窓の景色が気になるんだ。あ、ここに桜が咲いたら、きれいだろうなあ。長良川のここの堤防に植えたら、美濃の人たちも花見できるかな。って、そんなことばっかり考えてる」リョウ、こんな表情するんだね。桜に夢中になってくれて、私も嬉しい。「桜のトンネルができたら楽しいだろうなあ」「リョウ、あなたいくつ?」「34。さくらは?」「私?私は500歳よ」「またそういうことを言って」「だって・・・ほんとだもん」「ようし、日本海へもつなげないと」そう言って今度は、荒田町島(あらたまちじま)、城端(じょうはな)、福光(ふくみつ)へ。すべての停留所には、桜の並木がつながった。子どもたちもみんな、すごく、喜んでる。春になれば幸せそうに舞い上がる桜吹雪。御母衣ダムなんてほんのりピンクに染まるほど。リョウは持ち前の明るい性格がどんどんヒートアップしていく。非番の日だけでなく、バスに乗り込むときはいつも桜の苗木を持ち込んだ。「はい、停車します」停留所じゃないところでバスを停止させる。バスを降りるリョウの手にはスコップと桜の苗木。リョウがスコップで掘り、運転士が桜を植える。乗客は微笑んでそれを見守っていた。気が付けば、桜の並木は、二千本。名古屋から、岐阜を通り、美濃、荘川、白川郷、金沢、そして輪島まで。まだ幼い若木たちが作る、小さな桜のトンネル。それは沿線のひとたちの未来を桜色に染めていった。【シーン3:春/落花盛な荘川桜】■SE/小鳥のさえずり/湖面のさざなみ初めてリョウと出会ってから13年。名古屋から金沢へ。太平洋から日本海まで、もう少しで桜のトンネルはつながる。みんなが期待して待ち望んでいたとき。リョウと連絡がとれなくなった。どうしたの?あんなに毎日、私のところへやってきて。君の顔を見ないとやる気がでない、って言ってたのに。私、必死であなたを探したわ。あなたが植えた桜の花びらをたどって・・・【シーン4:冬/寒さに耐える荘川桜】■SE/吹雪の音/病院の部屋「よくここがわかったね」「ずいぶん探したのよ」「すまない。きみに連絡をとる方法がわからなくて」「荘川桜が散ってしまう前に、なんとか見つけなきゃって」「ああ、そうか」「あなた、荘川桜の蘖たちをいろんなところに植えてくれたでしょ。花びらは私の眷属だから。開花するまで待って、それを辿ったの」「そうだったね」「桜のトンネルは完成したの?」「うん。あと少しだったんだけど・・」「やだ。なに弱気になってるの。がんばって。早く良くなって」「ああ・・」「聞いたわ。車掌さんの給料だって、ぜんぶさくらのためにつぎこんだんでしょ」「うん・・」「桜も大切だけど、自分のことももっと考えて。私、前にも言ったじゃない」「そうだっけ・・」「リョウが桜を植え続けられるのは、あなたの周りにあなたを支えてくれる人たちがいるからだって」「そんなこと言われたっけ?「言ったわよ。みんながあなたのことを考えてくれるからリョウも私も、こうしてやりたいことをやってられるんだよ」「そうだね・・・」「ねえ、リョウ・・」「なんだい?」「私を海へ連れてってくれるんでしょ」「うん・・・だけど・・・」「どうしたの?」「さくら、お願いがあるんだ」「なあに?」「ぼくがもしいなくなっても、桜の並木を植え続けてくれないか?」「私が?」「だってこんなこと、さくらにしか頼めない」「・・・・・・わかった。いいわよ。そのかわり、早く元気になりなさい」「ありがとう。さくらに会えてよかったよ」リョウは私の顔を見つめて、静かに微笑んだ。潤んだ瞳に私の顔が映る。私の笑顔を見たリョウは、安心して、静かに目を閉じた。【シーン5:春/輪島に咲く桜】■SE/波の音「さくら、ありがとう」「いやね。私じゃないわ。あなたの意志を継いだ、いろんな人たちが実現させたこと」「君がいなければできなかった」「それは、あなたの周りの人たちに言いなさい」「そうだね」リョウが植え続けた桜は、いろいろな人の意志に引き継がれて太平洋から日本海・輪島まで、しっかりつながった。毎年春になると、沿線の桜は淡い薄紅色の景色を作り出し、みんなリョウと荘川桜を思い出す。金沢の兼六園には、リョウの名前のついた桜まであるそうだ。うふふ。らしいな。そういえば、リョウは私の子どもたちひとりひとりに名前をつけていた。みんな、ちゃんと覚えてるよ。あなたのことを自分の親だと思ってるから。
東京で孤独を抱える13歳の少女・聖夜(せいや)。母方の祖父の訃報をきっかけに、初めて訪れた飛騨・久々野で絞りたてのりんご、素朴でまっすぐな人々、そして同級生・林檎(りんご)と出会います。SNSからの心ない言葉に傷つき、心を閉ざしてきた聖夜。しかし、何気ない日々の中で「誰かがそばにいてくれる」その温かさに気づき始めます。冬休み最後の日、彼女が下す決断とは——【ペルソナ】・聖夜(せいや:13歳/CV:坂田月菜)=冬休みに東京から久々野にやってきた厨二病のJC・聖夜の母(みや:38歳/CV:小椋美織)=久々野出身。高校のとき喧嘩して家を飛び出し東京へ・聖夜の祖母(りん:71歳/CV:山﨑るい)=久々野で祖父と一緒にりんご農家を営んでいた・林檎(りんご:13歳/CV:坂田月菜)=久々野中学校2年生。久々野で生まれ久々野で育った【プロローグ:JR高山線高山駅】◾️SE/高山駅到着車内アナウンス/♪アルプスの牧場〜「さ、聖夜、高山で乗り換えるよ」「えー?高山で降りるんじゃないのー、ママ」「久々野って言ったでしょ?」「聞いてないよ。なに?クグノって・・・」「高山から久々野までは鈍行よ〜あなたの好きな」ママ、また話をすりかえる〜。それに私、各停専門の乗り鉄じゃないし。私の名前は聖夜。クリスマスの聖夜って書くんだよ。自分では割と気に入ってるんだけど、よく友だちからイジられるんだなあ。イジられる・・・?いや。イジメられてる、って言い方のが正しいか・・・私は、東京の中学に通う2年生。天文部に入ってて、ギリシャ神話とか星の伝説とか大好き。アパートのベランダからいつも星を眺めていろ〜んな妄想してるんだ。うん。少しだけ厨二病入ってるよ。悪い?冬休みに入ってすぐ、ママの元へおじいちゃんの訃報が届いた。と言っても、私は会ったことないんだけど。生まれてから13年間、おじいちゃんやおばあちゃんがいることさえ知らなかった。ママも実家に帰るのは20年ぶりなんだって。どうゆうこと?【シーン1:JR高山線久々野駅】◾️SE/久々野駅前の雑踏JR高山線久々野駅。駅前の広場に一台の軽トラックが停まっている。わあ、東京じゃなかなか見れないビジュ〜。と思ったら、ママが軽トラの方へすたすた歩いていって、「かあさん」と、声をかける。運転席に座ってるのは皺の寄ったおばあさん。ママを見るなり、相好を崩して口を開いた。「みやか。だいぶ顔見なんだな」「かあさん、なんで汽車の時間わかったの?」「ああん?おまえが通夜からでるゆうとったで。朝から待っとんやさ」「そんな・・お父さんのそばにいなくていいの?」「ああ。農園のみんなが賑やかにみとってくれるでな」「そう・・」「みや、まめけな?」「まめまめ」そう答えて、ママは私を指差し、「これ、娘の聖夜。かあさん、初孫でしょ」「ほおかぁ。セヤちゃん、ようきたなあ」「はじめまして、おばあちゃん。聖夜です」「ほうかほおかぁ。じいちゃんにも会わせたかったわなあ」「じゃ、聖夜、助手席に乗って」「ママは?」「私は農園まで歩いていくから。20分くらいで着くでしょ」「荷台に乗れ」「軽トラは2人乗りでしょ」「ええんやて。荷台のりんごみとってまわんと」「じゃ、私が荷台乗る」「風邪ひくわよ」「大丈夫。ダッフルコートめちゃあったかいもん。それにいっぺんここ乗ってみたかったんだ」「セヤちゃん、ええんか?無数河(むすご)の加工場にりんご届けてからうちに帰るで」「お通夜はいいの?」「ええ、ええ。みんなおるからええ」そう言って、どっかのアニメみたいなビジュになっておばあちゃんちに向かった。【シーン2:おばあちゃん家/久々野町無数河】◾️SE/冬の虫の音(ごくわずかに)〜静寂久々野に着いた日の、夜。お通夜が終わって食事をとったあと。私はおばあちゃん家(ち)の裏庭に出た。そして空を見あげて、息を飲んだ。星。満天の星。冬の大三角が、まるで天空のゲートのように輝いている。オリオンが、地上の私に向けていまにも弓を射るようだ。降り注ぐような星たちのきらめき。もう、言葉にすらできない。◾️SE/冬の鳥の声お通夜もお葬式もとどこおりなく終わった。でも、ママと私はまだ久々野にいる。別にいいけど。どうせ東京へ帰っても、楽しいことないし。おばあちゃんは、毎朝しぼりたてのりんごジュースを用意してくれる。「めちゃ甘でめちゃおいしい!」「ほうかほおかぁ。じいちゃんもきっと、喜んどるわ」お世辞でもなんでもない。なんでこんなに甘くて美味しいの?お砂糖使ってないから、あと味もさっぱりしてるし。こんなん、東京には売ってないよ。で、私はイマココ。ママに言われて特産品加工場でお手伝い。おばちゃんたちがアップルパイを作ってる。え?みんなりんご農家のひとなんだ?へえ〜。だから?お肌ツルツル・・って関係ないか。アップルパイは、フィリングという具材を作り、パイ生地を作って、成形して、焼き上げる。知らなかった〜。私は、最初の工程、りんごを優しく洗う作業をまかせてもらった。よかったぁ。だって私、包丁とか、握ったことないんだもん。「あんた、手つき、いいじゃん」声をかけてきたのは、私と同い年くらいの少女。栗色のロングヘアーを後ろで縛ってる。エプロンの下に見える、赤いワンピース。白いお花の髪留めがかわちい。「こんにちは、アタシは林檎。あんたは?」「あ・・・せ、聖夜」「セイヤ?かっこいい名前・・・東京っぽい」え・・・そんなこと、初めて言われた。笑われるのがあたりまえだったのに。加工場のみんなはすごく活気がある。マスクをしてるし、飛騨弁だからたまにききとれないけど。楽しそう。私、厨二病だからそういう人の輪にはあんまり加わらない。1人で自分の世界に入ってぶつぶつ言う癖があるの。マスク越しに。そんなとき林檎は、歯に衣着せぬ言い方で、ツッコミを入れてくる。「包丁、握れる?」「”剣”の扱いはプロよ。ゲームの中なら」「剣じゃりんごは剥けんて」「わが名は聖夜。運命に導かれし・・」「運命よりはよ容器に入れやあ。あと、つかえてるで」「久々野のりんごよ。懐かしきその香り・・」「久々野ははじめてでしょ」「深紅の輝きは、抗いがたい禁忌の誘惑・・」「なあ、東京、帰るの?」「え?そ、そんなん・・そりゃ・・・」「そっか。でも、ええところやよ。久々野も」「え・・・どういうこと・・・?」林檎は答えず笑顔で、カットしたりんごを大きなボウルに入れて下処理室から厨房へ持っていった。ママは冬休みの間ずっと久々野にいるっていったから私はほぼ毎日加工場へ来てお手伝いをした。だって、おばあちゃんちでゲームしてると怒るんだもん。林檎とはなんだかそれからすんごい気が合ってお互いのことをいろいろ話した。すぐにLINEも交換して。最初にわかったんだけど、林檎と私は同級生。しかもなんと、おんなじ誕生日!もう奇跡だよね。りんご情報が毎日LINEに入ってくる。久々野のオススメカフェとか誰も知らない映えスポットとか。私、久々野のこと、ミョーに詳しくなっちゃった。東京のことは・・・あまり話したくなかったから、テキトーに答えてたけど。考えてみたら、いままで私、こんな風に本音で話せる友だちなんていなかった。【シーン3:聖夜のクリスマス/ヘイトメッセージ】◾️SE/クラッカーの音クリスマスイブ。昼間はいつものように特産品加工場でお手伝い。お昼休憩のとき、おばちゃんたちとまかないのアップルパイでプチパーティをした。「聖夜、メリークリスマス!聖夜の日じゃん!」そう言って林檎とはプレゼント交換。林檎からは、りんごの木の枝を使ったフォトフレーム。りんごの細い枝を組み合わせて綺麗に作ってある。きっと時間かけて作ってくれたんだろうな。フレームの写真は最初の日にふざけて撮った変顔の2人。やだもう、笑わせないでよ!そう言いながらちょいウルウル。私が林檎に送ったのは、りんごの形のネックレス。ネットで買った。私とお揃いなんだ。人気のブランドだったからおこづかいr代全部つぎこんだけど。林檎がくれた手作りのフォトフレームの方がよっぽど素敵!クリスマスのプレゼント交換なんて、幼稚園以来じゃない?※続きは音声でお楽しみください
主人公・りんご(CV:坂田月菜)は、同級生のトウマと訪れた堂之上遺跡で、奇妙な“赤い光”に飲み込まれ、気がつくと縄文時代の集落へ。そこで出会ったのは、りんごと瓜二つの少女・カヤ。彼女は新しい命を抱えながら、病で苦しんでいました。言葉は通じない—それでも2人は星の下、火のそばで、食を分かち合い、心を通わせていきます。しかし病状は悪化し、りんごとトウマは“祈り”としての土偶づくりへ挑むことに・・・【ペルソナ】・りんご(14歳/CV:坂田月菜)=久々野に住む中学生。来年春には卒業・カヤ(14歳/CV:坂田月菜)=縄文女子。妊娠中。中央祭祀場で火守をしている・桃真=トウマ(14歳/CV:山﨑るい)=りんごの同級生。一番仲のいい男子【資料/【飛騨高山の縄文遺跡を巡る】飛騨高山旅ガイド】https://www.hidatakayama.or.jp/blog/detail_51.html※縄文人の言葉は擬音が多く、単語での会話をしていたと推測されています。諸説ありますが、アイヌ語が縄文語の言語的特徴を色濃く残している可能性が高い、という仮説が有力視されています。今回はアイヌ語をベースにした縄文語という仮定で縄文人の言葉を表現しています。[プロローグ:堂之上遺跡にて】◾️SE/小鳥のさえずり「りんご〜!こっちへおいでよ〜」トウマ(桃真)が竪穴式住居の前からアタシを呼ぶ。久々野町の堂之上遺跡公園。ここ、久々野中学校からちょっとだけ下ったとこだから、もうドキドキ。トウマと2人で会ってること、誰かに見られたらどうしよう・・ついつい周りをキョロキョロしちゃう。トウマはアタシの同級生。アタシと同じ、久々野中学校に通う3年生。初めて2人だけで会ったのは夏休み明けの9月。行ったのは、なんとりんご狩。ま、それには理由があるんだけど。嘘みたいだけどアタシ、今年の4月までりんごが食べられなかったの。それを克服するきっかけをくれたのがトウマ。だから、りんご狩に誘ってくれたんだ。農園の場所はアタシのうちと目と鼻の先。トウマのおうちがやってる観光農園だった。そりゃそうだよね。久々野のりんご狩なんだもん。たいてい知ってる農園だわ。トウマも生まれてから14年間で初のりんご狩体験だったらしい。農園の子なのにね。お父さんやお母さんもすごくもてなしてくれて。おみやげに久々野りんごをいっぱい持たせてくれた。農園の中では星のりんごにカットして、3玉も食べちゃったし。ふふ。それからは毎週のように、トウマがアタシを誘ってきた。トウマって女子の人気者だから、独り占めするのはちょっと心配。2人で会うのは月に1回にしようって決めたんだ。ってことで、10月は、自転車であららぎ湖までピクニック。始まったばかりの紅葉がすごく綺麗だった。11月は、ひだ舟山リゾートアルコピア。真っ赤に色づいた紅葉はもう最高。毎年見ている風景だけど、トウマがいると違って見えるから不思議だな。そ・し・て。今日が3回目。なのに、堂之上遺跡とは(笑)歴史の授業や史跡見学で何回も来てるし。そもそも縄文の炉(ろ)を発見したのは、久々野中学校の郷土クラブだったんだよ。久々野中学校の生徒から見れば、もう”自分ち”みたいなもんなんだから。なんで堂之上遺跡?そんなこと考えてたら・・・「りんご〜!早く〜?」また呼ばれちゃった。はいはい。「行くから待っててよ、トウマ」「ねえ、ちょっと見てみてよ」「なあに?」「竪穴式住居の中に赤い光が見えるんだけど」「え・・どこ?」「ほら、あそこ」「あ・・ホントだ」「なんだろう・・・それになんか声みたいなのも聞こえる」そう言って、トウマは中に入ろうとする。「ちょっとちょっとトウマ!入っちゃダメだよ!」「わかってる」「入らないでよ!私たちの大切な文化財なんだから」「煙出しのところから覗くだけだから」「そんなに身をのりだしちゃ危ないって!」「あれ?なんか平衡感覚が・・・おかしい・・・かも・・」「え・・あ、やだ・・私も・・」「りんご、手を離さないで!」目の前がぐるぐる周り始めた。公園の奥に復元された竪穴式住居の前。私たちのいる場所だけピンポイントで、空気が歪んでいるみたい。だめ!立っていられない!トウマが私の手を強く握りしめる。意識がすうっと遠のいていった。[シーン1:堂之上集落/縄文時代に降臨】◾️SE/焚き火の音「りんご、りんご・・・起きて」え?ここは・・・?そっか・・堂之上遺跡・・・でも、なんかヘン・・・あれ?資料館は?どこ?それに、竪穴式住居って、こんなにたくさんあったっけ?屋根から煙もあがってるし。「ここ・・遺跡公園じゃないみたい」「どういうこと?」「ボクにもわからない。でも、舟山(ふなやま)の形もなんか違うような気がする」「そう言われてみれば・・・大きさとか・・形もちょっと違ってるかも」「電線も看板もない。道も舗装されてない。資料館も・・ない」「待って・・スマホのGPSで・・・あ、だめ。・・圏外だ」「それに、あったかくない?」「ホントだ・・・ダウン要らないくらい」「すごく突拍子もない話だけど・・・」「なに?やめてよ、怖いこと言うの」「ボクたち、縄文時代にタイムスリップしちゃったんじゃない」「いや!そんな、アニメとかボイスドラマみたいなこと・・」「じゃあ、この状況をどう説明するの?」「やだ、帰りたい!・・・パパやママは!?」「あ、ちょっと待って。誰かくる」「え・・・?」「そこの木の影に隠れよう」木陰で見つめるアタシたちの方へやってきたのは、粗い麻布のような服を着た少女。手には木の実がこんもり入った籠をかかえている。横切って通り過ぎるときにハッキリ見えたその顔は・・「ア・・・アタシ!?」「しぃっ!」少女がアタシたちの気配に気付き、振り返る。やっぱり。アタシと瓜二つの顔!まるで鏡を見ているみたい。警戒した表情で、ゆっくりとこっちへ近づいてくる。そのとき・・アタシたちの後ろ、イチイの木が大きく揺れた。◾️SE/クマの咆哮「く、くっ・・」「クマだ!逃げろ!りんご!」「トウマも!」「カムイ!」アタシとトウマは縄文人の少女の方へ飛び出した。クマの叫び声が後ろから近づいてくる。「逃げて〜!」少女も、驚いて手に持っていたカゴを落とし、走っていく。アタシたちは、後ろを振り返らずに少女を追う。少女の行く手、集落の中心には広場?そこにそびえていたのは・・「ストーンサークル?」ううん。あれは、ストーンサークルじゃない。アタシの身長くらいの石が何本も無造作に、不思議な形に立てられている。周りには、丸い石が敷き詰められて、不規則な楕円形を描いていた。見たこともない謎めいた風景に息を飲む。同時に少女の足が止まり、こちらを振り返った。視線の先はアタシたちの後ろ。え?走って逃げてきた方へ振り返ると・・クマは追ってきていない。さっきアタシたちが隠れていたイチイの木の前。少女が落とした籠の木の実を一心不乱に食べている。「カムイ・・」カムイ?なんか聞いたことのある言葉だな。◾️SE/中央広場からかけてくる縄文人たちが口口に「カムイ!」「カムイ!」と叫ぶ声広場の方からこっちへ誰かがくる。「りんご!離れないで!」アタシはトウマの手をぎゅっと握り、肩を寄せ合う。走ってきたのは10人以上の男の人。毛皮をまとい、手には弓矢や槍を持っている。アタシたちの前を通り過ぎてクマの方へ走っていった。少女もアタシたちの横へ来て、彼らを見守る。そこから先は、まるで映画を見ているようだった。弓矢を持った男たちがクマの前で身構える。槍やこん棒を持った男たちはクマの後ろへ回り込む。彼らは慣れた動きで、ジリジリとクマへ近づいていく。やがて、弓矢が射程距離に入ったところで、狩人の動きが止まった。クマの斜め前に近づいた男が石を投げる。クマが顔をあげたその瞬間。◾️SE/弓矢が飛んでいく音一斉に男たちが矢を放つ。何本かがクマに命中した。クマは怒りを露わにして、弓をひいた狩人に襲いかかってくる。すると後ろにいた狩人たちがクマに石槍を突きたてる。クマが振り向くと、今度は前方の狩人がクマの首筋と心臓を目掛けて第二の矢を放った。動かなくなったクマに後方の狩人が石槍で止めを刺す。「すげえ!」ホントだ。狩人たちは、狩での勝利を喜びながら、その場で獲物を解体するようだ。捌く前にリーダーっぽい男がクマの頭に手を置き、静かに祈りを捧げる。知ってる。「クマ送り」っていう儀式だよね、確か。そのあと、あれは・・黒曜石(こくようせき)かな。鋭い石のナイフで皮を剥ぐ。さっきの少女も嬉しそうに狩人たちに近づいていく。「ボクたちも行ってみよう」「大丈夫・・?」おそるおそる近づくアタシたちに少女が気づいた。こっちへやってくる。藁を編んだ素材?ワンピースっぽい服を着て、同じ素材の巻きスカート。お腹が少し膨らんでるけど・・食べ過ぎかな。胸には勾玉をつないだネックレス。すごい。本当に縄文人って感じ。少女は笑顔でアタシたちに話しかけてきた。「ヒンナ」「エチ カムイ チコロ」わかんないわかんない。何言ってんの?怖いもの知らずのトウマは大胆に手を差し出す。握手?そんな習慣、縄文時代にないって。
岐阜・荘川を舞台に、東京へ旅立つリョウとそば農家を継ぐさくらのすれ違い続ける恋を描いたボイスドラマ『木綿のハンカチーフ』幼なじみとして育った二人。季節を重ね、夢を語り、未来を信じていた――あの春までは。変わっていく都会の暮らし。変わらない故郷の風景。最後にさくらが願った“たったひとつの贈りもの”とは?【ペルソナ】・さくら(22歳/CV:岩波あこ)=岐阜の大学を卒業して故郷・荘川へ帰り実家のそば農家を継ぐ・リョウ(22歳/CV:岩波あこ)=岐阜の大学を卒業して故郷・荘川を離れ東京へ就職する【資料/木綿のハンカチーフ】https://www.uta-net.com/song/4548/【資料/歌詞の意味を考える 〜「木綿のハンカチーフ」編〜】https://www.mc-musicschool.com/post/lyrics-momennohandkerchief【資料/「木綿のハンカチーフ」奈良姉妹】https://youtu.be/QSV9lFgFFS0?list=RDQSV9lFgFFS0【プロローグ:3月/ふるさと・荘川での別れ(蕾すら膨らんでいない荘川桜の前で)】※FM放送のみ楽曲使用「木綿のハンカチーフ」※配信はフリー音源恋人よぼくは旅立つ 東へと向う列車で、華やいだ街で君への贈りもの 探す 探すつもりだいいえ あなた私は 欲しいものはないのよただ都会の絵の具に 染まらないで帰って■SE/小鳥のさえずり「おれ・・・東京に就職、決まったんだ」「え・・・」「さくら、ごめん」「リョウ・・・」「ひとりで決めて」「そう・・・」「デザイン会社受けて、内定もらったんだけど、東京本社勤務だって」「おめでとう」(※寂しそうに)「え・・・」「よかったじゃない・・・夢がかなって」(※寂しさを押し殺して明るく振る舞う)「さくら・・」一年前の遅い春。リョウが卒業後の進路について話したのは、落下盛んな荘川桜(しょうかわざくら)の下。私は必死で涙をこらえ、御母衣湖を見つめていた。私たちはここ荘川に生まれ、荘川で育った幼馴染。岐阜にある大学の、同じ学部に通う大学生だった。そして、お互いに、かけがえのないパートナー。夏休みには必ず一緒に荘川へ帰って、実家の農業を手伝った。うちの実家はそばを栽培する農家。夏は、裏作のトマトとキュウリを収穫する。リョウの実家は林業だったけど家には帰らず、うちの畑へ。「林業なんて絶対に継がない」と、いつも言っていた。今年は、2人で過ごす最後の夏。夏野菜を収穫したあと、いつものように荘川をドライブ。彼の運転で、涼しい湖畔の夜を楽しんだ。三谷(さんだに)の自然水(しぜんすい)を水筒に注いで2人で回しr飲み。魚帰り(うおがえり)の滝でマイナスイオンを浴びれば心まで洗われる。荘川桜公園の駐車場に車を停めて2人で見上げた満天の星。青葉をまとった荘川桜が夜空にざわめく。展望台から眺める下流の御母衣ダムは、神々しくさえ見えた。時には156号を北上して、白川郷へ。「合掌造りに住んでみたいな」冗談だか本気だかわからない目をして私を見つめる。リョウと一緒の時間は、いつだって切なく、儚い。時間よ、止まれ。大学最後の夏休みは、まるで夢のように過ぎ去っていった。■SE/吹雪の音短い秋が過ぎ、冬将軍の足音が近づいてくる。こんなに冷たい雪、心まで凍るような冬は初めてだった。いつも楽しみにしていたのに、今年は・・・”春よ、来ないで”本気でそう思った。それでも、時間は残酷だ。決して待ってはくれなかった。■SE/小鳥のさえずり「がんばってね!」(※寂しさを押し殺して明るく振る舞う)「うん・・・でも」「なあに?」「ごめん・・・オレ だけひとりで」「そんなこといま言わないで」「ごめん・・・」なごり雪がまだ山肌に残る弥生・3月。リョウが旅立つ朝。荘川の里前のバス停。リョウは路線バスで高山駅へ。名古屋から新幹線に乗り換えて東京へ旅立つ。私は、高山駅まで一緒に行って見送りたいって言ったんだけど・・・「さくらの顔を見てたら、特急ひだに乗れない」そう言って、バス停での見送りになった。大きなスーツケースを引いたリョウが、泣きそうな笑顔で私を見る。「寒くないかい?」「うん・・少しだけ・・」「東京から、思いっきりおしゃれなマフラー贈ってあげるから!」「ううん。なにもいらない。ただ、私を・・荘川を忘れないで」「忘れるわけないじゃないか・・・世界中の誰よりきっと、君を愛してる」「お願い・・リョウは・・リョウのままでいて」「わかった・・・約束する・・都会の色には染まらないよ」そう言って、リョウは旅立っていった。私はリョウのバスが見えなくなるまで見送る。そのあとは今までの楽しかった日を思い出しながらゆっくり、1時間歩いて、荘川桜公園へ。荘川桜はまだ蕾も固く、口を閉ざしていた。[シーン1:4〜9月/東京・赤坂ビジネス街〜荘川】恋人よ 半年が過ぎ 逢えないが泣かないでくれ都会で流行りの指輪を送るよ 君に君に似合うはずだいいえ星のダイヤも 海に眠る真珠もきっとあなたのキスほど きらめくはずないもの■SE/都会の雑踏と荘川のざわめき「さくら、荘川桜はもう満開かい?きっと公園から御母衣湖まで花びらが桜色に染めているんだろう。また見たいなあ。僕は毎日がデザインの修行って感じ。学校で習った作業だけでは実践には使えないみたい。いろいろ自信がなくなっていきそうで怖いよ。明日も先輩のアシスタント作業で朝から忙しいから今日はもう寝るね。おやすみ。さくらに会いたい。さくらの夢が見られますように」「リョウ、連絡してくれてありがとう。無理だけはしないでね。食事にも気をつけて。鶏ちゃんと荘川そばの乾麺送るから。ジャンクフードじゃなくてちゃんと食べて。厳しい先輩にも負けないで。長文を送って夜更かしさせちゃ悪いから、短い文章にしとくね。ちゃんと睡眠とって、明日もがんばって」「さくら、秋そばの種まきはもう終わった?実は、謝らなくちゃいけないことがあるんだ。約束してたお盆休み。プレゼンが続いてて、帰れそうにないんだ。秋には休みをとって会いにいくから。お父さんやお母さんにもよろしく伝えておいて。東京は暑い。涼しい荘川に帰りたいなあ。ああ、さくらの顔が見たい。さくらの手に触れたい・・・」「リョウ、私は大丈夫。気にせずに仕事がんばって。でも体には気をつけて。食事にも気をつけて。ちゃんと水分とるのよ。あなたの好きな三谷自然水、ペットボトルに入れて送るわ。煮沸してから飲んでね」「さくら、なかなか連絡できなくなっちゃってごめんね。荘川は秋そばの収穫で忙しい頃だね。東京へ来てもうすぐ半年。ごめん。秋の連休も、やっぱり荘川へは帰れない。その代わり、星の形をしたネックレスを贈るよ。いま、渋谷とかで流行ってるみたい。きっとさくらに似合うはず。実は昨日初めて渋谷へ行ってきたんだ。すごいところだよ、この町は。なんだって揃ってる。さくら、なんでもいいからほしいものを言ってくれ。僕の給料で買えるものだったら、どんなものでもプレゼントするよ。もう遅い時間だけど、このあと電話できる?」「リョウ、ひさしぶりに声が聴けて嬉しかった。やっぱりちょっと疲れた声だね。電話でも言ったけど、そんな高価なネックレス、いらないわ。どんなに素敵なネックレスも宝石だってほしくない。本当はただ・・・ぎゅっとリョウに抱きしめてほしい」9月も終わり、10月の声が聞こえて来る頃。毎日のように届いていたメールも3日に1度になり、週に1度になり、月に1度になっていった。私はリョウの顔が見たくて、写真を送って、とねだったけど、恥ずかしがり屋のリョウはなかなか送ってくれない。代わりに添付して送ってくれていたのはリョウが描いた私の似顔絵。それも今はもうなくなっちゃった。だけどいいの。連絡がほしいなんて、私のわがまま。リョウが元気なら・・・病気になったり、落ち込んだりしてなければいい。とにかく、元気でがんばって、リョウ。[シーン2:12月/東京・渋谷の居酒屋で合コン〜荘川・雪の集落】恋人よいまも素顔で 口紅もつけないままか見間違うようなスーツ着たぼくの写真 写真を見てくれいいえ 草にねころぶ あなたが好きだったのでも木枯しのビル街 からだに気をつけてね■SE/都会の雑踏と荘川のざわめき「さくら、僕のデザインがコンペで賞をとったんだ。喜んでほしい。1年目の新人にしては快挙だ、って先輩に初めて褒められたよ。みんなが居酒屋でお祝いしてくれて。東京へ来てよかった、って初めて思えた。さくらも、仕事がんばってるかい?たまには、きっちりメイクして、飲みにいったり、遊びに行ったりしていいんだよ。農作業ばかりしてたら、ストレスたまっちゃうかも。さくらも人生、楽しんで」メールに添付されていたのはすごくお洒落なお店で、すごく素敵な女の人に囲まれたリョウの写真。そうか。リョウの先輩たちって、女の人だったのね。それもこんな綺麗な人ばかり。リョウは、私の知らない笑顔で輝いてる・・・※続きは音声でお楽しみください
耳が聴こえない少女・凪と心を読める妖怪・サトリ──音のない世界でたった一人の声が届いた。冬の高山で再会した二人。けれど、別れの時は近づいていて——静かであたたかな再生のファンタジー・・・【ペルソナ】・凪(ナギ)(14歳/CV:山﨑るい)=生まれつき耳が聞こえない少女・覚(サトル)(14歳/CV:山﨑るい)=人の心が読める妖怪サトリ・歴史教師(24歳/CV:岩波あこ)=妖怪や民話・伝承が大好きな歴史教師【資料/妖怪・覚(サトリ)】https://yokai.jp/yokai/satori【資料/妖怪・山童(岡本綺堂/飛騨の怪談)】https://www.aozora.gr.jp/cards/000082/files/49682_51215.html[プロローグ:記憶の中の声】■SE/虫の声〜フェードアウトしていく「・・・い。お〜・・・い。お〜〜い」それは、私が初めて聴く・・”音”だった。「お〜〜い」山の向こうから響いてくるような・・”声”。あたりをキョロキョロ見渡してもどこにも声の主は見当たらない。声を探して、私は山へ山へと入っていった。10年前。私は4歳のときに”神隠し”にあった。いや。神隠しなんて迷信を信じているわけではない。だが確かに私は、3日間父や母の前から消えてしまったのだ。3日後に発見されたのはなんと日和田高原の石仏群。馬頭観音の前にちょこんと座っていたという。その3日間のことは、なにひとつ覚えていない。ただ、すごく幸せなひとときだった・・・そんな記憶がぼんやりと残っている。初めてできたおともだちと仲良く過ごしたような・・・いつまでもずうっと楽しく語り合って。でも、それは絶対にありえない。だって私は・・・耳が聞こえないのだから。[シーン2:中学校】■SE/学校のチャイムの音〜フェードアウトしていく神隠しから10年。私は高根町から朝日町の中学校までスクールバスで通っている。私の住む町にはもう小学校も中学校もないから。先生が黒板の文字を消しながら話している。後ろを向いて話してると何言ってるかわかんない。最近、無理に唇を読むのをやめた。疲れるし。筆談もみんなの手をとめちゃうからやんない。手話?・・実は私、手話も上手じゃないんだ。どうしてかっていうとね・・・■※ここから回想高山には”ろう学校”ってないの。うちはお父さんもお母さんもおじいちゃんもおばあちゃんも健常者なんだ。普通は幼い頃からろう学校で手話を習うか、家族が手話を習ってコミュニケーションをとるんだって。うちの場合は・・・お父さんが家具職人。清見の工房で夜遅くまで働いてる。お母さんは市街地の総合病院で働く看護師。おじいちゃんとおばあちゃんはゴルフ場で住み込みの管理人。結局、私はいつもひとりぼっち。朝から夕方遅くまで過ごすのは町内の託児所。小さいうちに人工内耳を入れることもなく、手話も習わなかった。家族も手話ができるわけじゃなく、近くにボランティアもいない。こういうのなんて言うかわかる?言語剥奪っていうんだよ。幼ない頃から手話のような”言語”に触れる機会がないと、コトバってものが理解できなくなっちゃうんだ。で、私に残された方法は”読話(どくわ)”。唇や口の動きを見てなにを言っているのかききとること。いや、いきなり、それはハードル高過ぎでしょ。そんなときに神隠し・・でも神隠しのあと、私は少しだけ唇を読めるようになってたんだ。両親も祖父母もびっくり。おばあちゃんなんて、「やっぱり神様が連れてってくださったんだ」って。小学校のときはみんなマスクしてたから最悪。誰がなに言ってんのか、まったくわかんなかった。その頃たまに、手話ボランティアの人がきて少しずつ手話を教えてくれるようになったけど。中学へ入学したあとも、学校で私、手話はほとんど使わない。だって、誰も手話なんてわかんないんだよ。私一人のためにみんながわざわざ手話覚えるとかって、ないし。気を遣って話しかけてくれたりする友だちもいたけれど。先生のお話も、早口で読み取りにくい。やがて中学2年になった・・ある晴れた冬の日・・・[シーン3:転校生】■SE/学校のチャイムの音〜フェードアウトしていく「はじめまして。御嵩(みたけ)から引っ越してきました、覚(サトル)です」中学校の教室に転校生がやってきた。黒板に大きく自分の名前を書く。ご丁寧にフリガナまでふって。覚、サトル・・・ふうん。「これからよろしくお願いします」あれ?いまの・・手話?両手を合わせて握る。さりげなさすぎて、誰も気づいてないみたいだけど。まあいいや。へえ〜。転校生って珍しいから?みんなサトルの周りに集まってる。だって彼、見た目もいいしね。なんていうのかな。中学生にしてはちょっとワイルド?そんな感じ。どうでもいいけど。国語、社会、理科、数学。音のない世界。気を抜くと、先生の話がつながっていかない。いつも六時限目が終わると、ほっとする。私の席は先生が気を遣ってくれて一番前。あれ?みんな授業が終わって一斉に後ろへかけていく。どうかしたのかしら?振り返ると・・・ああ、転校生の席。あんなに生徒が集まって・・・たった1日でクラスの人気者ね。え?なに?彼・・サトル・・私を見てる?かんべんしてよ。ほら。クラスメートがサトルになにか言ってる。唇読まなくたってわかるわ。”あの子、耳が聞こえないから””話すなら、近くまで行って、大きく口を開けてしゃべらないと”で結局みんな、腫れ物に触るような感じで私を避ける。静寂のなかの喧騒。もう、さっさと帰ろ。私は転校生たちのいる後ろの方とは反対側へ。前の扉から出ていこうとしたとき・・・『まって』え?声?いや。違う。声なんて聴こえるわけがない。頭の中に直接響いてきた音。どういうこと?気味が悪くなって私は振り返らずに教室を出た。あの音。あの声。どこかで聴いたような・・・全然いやな感じはしなかったな[シーン3:妖怪サトリ】■SE/学校のチャイムの音〜小鳥のさえずり〜「みんな、席について。今日の歴史の授業は飛騨の民話と妖怪です」先生が楽しそうな表情でみんなに話す。今日は先生の話がよくわかる。好きな話題なんだな。黒板にも大きな字で「飛騨の民話と妖怪」。ふうん。飛騨にも妖怪なんているんだ。「最近アニメとかで”妖怪”って流行ってるでしょ」「ここ、高山にもいるのよ」へえ〜。知らなかったな。「作家の岡本綺堂(おかもときどう)が書いた『飛騨の怪談』っていう小説。この中に『山わろ』っていう妖怪が出てくるわね。ま、読めばわかるけど、妖怪っていうよりUMA(ユーマ)みたいなもんだけど」ウ・・・マ?木曽馬の妖怪かな・・「全身毛むくじゃらのゴリラみたいな怪物。実は、元寇で襲来した海賊の生き残りだったって話。元寇、わかるでしょ?先週授業でやったから」たしか2度も日本へ攻めてきた海賊だったっけ?「あと、もうひとつ忘れちゃいけない妖怪がいるでしょ。はい、わかるひと。両面宿儺?違〜う。あれは妖怪じゃなくて、飛騨の英雄です。なに?わからない?妖怪図鑑にも載ってるわよ。そう。正解。サトリ!」サトリ?ヘンな名前。「アニメにもでてきたでしょ。人の心が読める飛騨の妖怪」心が読める・・・いいなあ。人の心が読めるなんて。聞こえなくてもお話ができるってことでしょ。『そんないいもんじゃないよ』え?なに?いまの・・「人の心を先に読んでからかうイタズラ好きな妖怪ね。見た目は毛むくじゃらの猿みたいな感じ?さっきの山わろみたいなもんかしら『百鬼夜行』を書いた鳥山石燕(とりやま せきえん)の妖怪画にも載ってるわよ。」だめだ。なに言ってるかわかんない・・[シーン4:冬の嵐】■SE/LINEの着信音〜お父さんに学校まで送ってもらった日の夕方。夜まで帰れないってLINEがきた。あ〜あ。今日はお迎えがあるから、ってスクールバスに乗らなかったのに。お母さんは病院で夜勤だし。ということで歩いて帰宅・・・うちの家は、道の駅「飛騨たかね工房」の近く。飛騨川沿いのところ。朝日町の学校まで車なら15分。でも歩くと2時間かかるよなあ・・自転車だともうちょっと早いのに、お父さんもお母さんも絶対にダメだって。しょうがない。覚悟を決めてリュックを背負う。7時までには帰れるかな。急がないともう暗くなってきちゃった。誰が言ったか、彼は誰時(かわたれどき)。またの名を逢魔時(おうまがどき)・・※続きは音声でお楽しみください.
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