49,3年前 8月3日 水曜日 15時13分 フラワーショップアサフス
Update: 2020-01-09
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文子は固唾を呑んだ。
「忠志さんは知ってしまったんです。指定暴力団の仁熊会が公共事業に関する用地取得に深く関わっていることを。それもこの開発目覚しい田上地区に関する用地取得。そしてこれから本格着工される北陸新幹線沿線の用地取得についてです。用地取得にありがちな不正は、地権者が取得者に対して賄賂を送って、その査定に便宜を図るよう依頼するというものです。これだけなら話は簡単です。」
彼女はだまって眼鏡の奥に光る一色の目を見ている。
「忠志さんが知ったのは用地取得に関する複雑な構造だったのです。」
すると一色は自分にお茶うけとして出された3つの最中を文子の前に横一列に並べた。
「左から順番にマルホン建設。仁熊会。そして国としましょう。」
「国の用地取得での当事者における関心事は2つ。ひとつはその承知取得そのものの実施、そしてもうひとつがどの土地が取得対象になるのかということです。そこでまずこのマルホン建設工業が登場します。」
一色は左側の最中を手にとった。
「マルホン建設工業。石川県の地元有力土建会社です。先代社長は現在の衆議院議員、本多善幸です。彼は土木建設業界出身ということもありその分野に関しては深い見識を持っています。またマルホン建設自体が公共事業を生業としていることから、省庁にも顔が利きます。本多は国土建設省の族議員として政界で活躍をします。政務次官や党の部会長などを経てその影響力を高め、国土建設省の政策決定に深く関与して来ました。」
一色は最中を畳の上に置いて話を続ける。
「今から25年前のことです。マルホン建設はここ田上地区周辺の土地を買い漁っています。バブル華やかなりし時代です。誰もが投資をすれば儲かるなんて言
われたばかみたいな時代です。マルホン建設も周囲と同じように不動産投資を積極的に進めます。しかしそれは見事に崩壊。マルホン建設は多額の含み損を抱えることになった。」
ぬるくなってしまった茶をすすり、彼は真ん中の最中を手に取った。
「続いてベアーズデベロップメントという会社が登場します。不動産投資業を営む会社ですが、その正体は仁熊会のフロント企業です。ベアーズは多額の含み損を出したマルホン建設の土地をすべて購入しました。バブル崩壊から1年も経たないころのことです。土地の価格は下落傾向。これからどれだけその下落が進行するかわからない。不動産投資に誰も見向きもしない時期にベアーズはそれをすべて買い取ったのです。その後本多善幸が国会に進出、やがて田上地区の開発計画の噂が流れだします。この噂を受けて田上地区の地価は下落から横ばいに推移しました。そして噂が実際の計画として発表された頃から、地価は上昇に転じました。計画の実施にあたってこのこの辺りの用地取得が必要となります。結果的にベアーズがマルホン建設から買い取った土地の殆どが国の用地取得の対象となり、国に買い取られることになりました。」
彼は右側の最中を手にした。
「お母さん。お分かりでしょう。マルホン建設は評価損の土地をさっさと売却したかった。それに応じたのがベアーズデベロップメント。時代が時代です。バブル崩壊のあおりを受けて、今後どれだけの不利益を被るかわからない不動産投資の契約なんぞ誰も自ら進んで結びません。しかし仁熊会のフロント企業がそれを引き受けた。不自然ですね。おそらくマルホン建設の社長であった本多善幸が公共事業に何らかの影響力をもつ存在になることで、将来的にベアーズに利益をもたらす密約でもあったのでしょう。事実、ベアーズはマルホン建設から購入した金額よりも3割高値で国に売却しています。ベアーズは多額の利益をこの取引で得ることとなった。」
一色は右側の最中を2つに割って、その一方を口に入れた。
「ぎっしりと詰まったこの最中の餡は実は全て税金だった。国民の血税が特定の連中に食い物にされている。それを忠志さんはどこかで知った。」
「…はい。その通りです…。」
「忠志さんは現在進行中の北陸新幹線建設にかかる用地取得でも、田上地区の用地取得に関するマルホン建設、ベアーズ、国の三者構造が潜んでいることを忠志さんは知った。田上地区は終わった話。しかし新幹線に関することは現在進行形の話。」
「そうです。」
「忠志さんは正義感が強い人です。それはむかしこの家に出入りしていた私が身を持って知っている事実です。忠志さんは警察に行きます。忠志さんが金沢北署に来ていたことは当時の資料からすぐに分かりました。これが6年前の事故の2ヶ月前のことです。」
ここで一色は言葉に詰まる。
「しかし警察は動かなかった。」
「そうです。主人は警察に行きました。何度も。ですが証拠も何もないのに動くことはできないと言われたそうです。」
「知ってしまった事実と現実社会の間で忠志さんは苦悩します。忠志さんはあなたにも相談します。自分は一体どうすればよいのか。このまま黙って見過ごすことは容易いが、人としての良心が放っておかない。そんな中、この用地取得の関係者と忠志さんは接触します。おそらく向こう側から接触してきたのでしょう。この手の話の場合、口止めが接触の主な動機です。忠志さんは先方の申し出を断ります。」
「当時、私達の店は決して楽な経営状態ではありませんでした。500万円という口止め料を提示されたと主人から聞かされたときは心が揺らぎました。しかしあの人はその場で断ったそうです。その原資も税金からくるものなのかもしれない。それを考えると尚更、先方のやり口に腹が立つと怒っていました。一度こうだと思ったら頑としてブレないのは主人の性格ですからね。でも現実問題としてまとまった資金は店を経営していく上で必要でした。」
一色の物語を自然と補足するように語りかける文子に彼は頷いた。
「あなたはご主人に無断で先方と連絡をとって入金口座を教えた。ある日口止め料が入金されます。コンドウサトミという人物からです。あなたはコンドウサトミさんを御存知ですか。」
文子は首を横にふる。
「そうでしょうね。このコンドウサトミという人物はこの世に実在しません。銀行にある本人確認書を照合した結果、偽造されたものだとわかりました。架空の人物を創りだすことにその筋の人間は長けています。おそらくこれにも裏社会のパイプを持つ仁熊会が絡んでいるんでしょう。」
「いつものように銀行にいって通帳を記帳するとその人から500万が入金されいていました。その数字が記帳された通帳を見て、私は主人を裏切ってしまった後ろめたさよりも正直ホッとしたんです。」
一色は彼女の様子を黙ってみる。
「綺麗事ばかりでは生活は成り立ちません。この店は火の車でした。このままじゃ京都で生活している剛志たちにも迷惑をかける事になる。だから私はそうしたんです。ですが主人は違いました。あの人は曲がったことが大嫌いです。今回の件もそうです。ですから私が口止め料をもらったと知ったときは恐ろしいまでに怒りました。」
「そうでしょうね。」
「私は間違っていました。今回の件はあくまでも主人とマルホンとベアーズとの間での話です。私はそのことについて主人に相談されただけ。そこに降って湧いたように500万が入ってくるかもしれないと話があって、それに縋った。目先のお金に目が眩んだんです。」
「お気持ちはよくわかります。あまり自分を責めないで下さい。」
「主人は絶対に受け取れないお金だと私を諌めました。そして翌日銀行でそのお金を全額引き出しました。」
一色は通帳の写しを眺めて払い出しの欄に500万の数字が記入されているのを確認した。
「その夜のことです。主人が事故で死んでしまったのは。」
文子はその場で泣き崩れた。
「私が悪いんです。私が目先のお金に目が眩んだからです。」
文子に掛ける言葉がなかったが、このまま彼女の様子を見ている訳にはいかない。うかうかしていると赤松も店に帰ってくる。
「お母さん。自分を責めても何の解決にもなりませんよ。」
そう言うと一色はハンカチを取り出して文子に差し出した。
「涙を拭いてください。」
一色は通帳の写しに目を落として話しを続けた。
「500万は確かに事故当日に引き出されています。忠志さんはこのお金を持って関係者と接触を図る。それがひょっとしたら夜の熨子山だったのかもしれない。そこで事故を装って関係者に殺害された。そして500万も関係者に回収された。」
文子は涙を拭っていた手を止めた。
「…違います。500万円はここにあります。」
「…え。」
おもむろに立ち上がった文子は、押入れの奥から現金が入った封筒を持ってきて一色に見せた。
「…どうして。」
「葬儀も一段落して、剛志がこっちに帰ってくるかこないかの話をしていた頃です。店番をしていたアルバイトが私に渡して欲しいってお客から預かったそうです。お菓子の箱だったんですが、中を開けるとこれが入っていました。」
封筒には文字が書かれていた。彼は声に出してそれを読んだ。
「コンドウサトミ。」
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