Discoverオーディオドラマ「五の線」55,12月21日 月曜日 11時30分 県警本部捜査一課
55,12月21日 月曜日 11時30分 県警本部捜査一課

55,12月21日 月曜日 11時30分 県警本部捜査一課

Update: 2020-02-19
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携帯電話の音がなった。胸元にしまってあるそれを取り出して、片倉は画面に表示される発信者の名前を見た。そこには古田登志夫の名前があった。

「おうトシさん。」
「片倉。なんやら次から次とどえらいもんが出てきたぞ。」
「そうか。ちょっと待ってくれ。」

そう言うと傍らの職員にしばらく離席する旨を伝え、彼は捜査一課から喫煙室へと移動を始めた。熨子山連続殺人事件の捜査本部は北署に設置されているが、県警本部との連携をとるために、ここにも連絡室なるものが設置されている。そのため県警本部全体もいつもより慌ただしく殺気立った雰囲気が充満していた。足早に歩く私服警官。県境を中心とした徹底した検問体制を敷く警備部。皆余裕が無い様子だ。

「で、どうした。」
「赤松と接触したんやが、あいつの父親が6年前に事故で死んどる。」
「で。」
「その事故がコロシじゃないかと一色がこっそり捜査をしとったようなんや。」
「おいおい待てよ。トシさん。また訳が分からんくなる情報やな。」

喫煙室の目の前に来た片倉だったが、そこで踵を返して別の方向に向かった。

「まぁ黙って聞け。お前、今どこに居る。」
「県警本部や。」
「そりゃあありがたい。片倉、ちょっくらそのまま交通安全部の資料室で当時の事故の調書見てくれんか。」
「そう言うやろうと思って、いまそこに向かっとる。」
「お前、天才やな。」
「まあな。で、どうなんや。」
「当時の一色が言うには、ブレーキひとつ踏まんと崖から転落するなんて考えられんっていうんやと。」
「ブレーキ踏まんと崖から転落?」
「ああ。」
「うーんトシさん。それやったら自殺って線もあるんじゃねえが。」
「ワシもはじめそう思った。ほやけどその死んだ当の赤松の父親をめぐる話を聞いたら、一色の推理もあながち無視できんげんて。」
「と言うと。」
「赤松の家は田上の花屋や。あの辺りは区画整理でいまは随分と綺麗になっとるわけやけど、そこの用地取得に関する不正な構造を、赤松の父親は何かの形で知っとったようなんや。」
「不正な構造?」
「あの辺り一帯の土地は昔マルホン建設が買い漁っとった。ほやけどバブル崩壊であいつらは大損。売るにも売れんくてどんどん含み損が増えていく。このゴミみたいな土地をどうにか手放せんかって思っとったときにベアーズデベロップメントっちゅう会社がそいつを全部買ってくれた。その後、そのゴミみたいな土地を含む田上地区の区画整理が持ち上がってベアーズデベロップメントは購入金額よりも高値で国に土地を売却。一見するとベアーズデベロップメントの先見の明が成し得た、不動産投資の成功話。」
「そうやな。」
「そのベアーズって会社が普通の不動産投資会社なら話はそれで終わり。ほやけどほら、この会社は仁熊会のフロント企業ってやつや。」

交通安全課資料室の前まで来た片倉はその扉を開け中に入った。人は全くおらず、書架が整然と並び、書類保存のため一定の温度と湿度を保った凛とした空気感は、暖房と人の熱気が充満する県警本部全体の環境とは一線を画すものであった。

「仁熊会やって…。」
「ほうや。まぁちょっと聞いてくれ。マルホン建設と言えばお前、何を思い出す。」
「そりゃ本多善幸…。って…ちょっとまってくれトシさん。」
「ああ、お前が言いたいことはわかるけど、先にこっちから報告するから待っとってくれ。」
「わかった。」

片倉は年号別に書類が整理された書架の中から6年前のものを探した。

「バブル崩壊時にどんな博打打ちでも、みるみる評価損を出すような土地を買うなんてことはせん。そこをベアーズデベロップメントはマルホン建設から買った。業界で有名な不動産投資会社って言うならわかるけど、世間的には誰も知らん仁熊会のフロント企業や。マルホン建設の当時の社長は本多善幸。あいつはベアーズに土地を売却した後に政界進出。その後に田上の区画整理。一時的に損をしたベアーズは地価を持ち直し、上昇に転じたそいつを国に売却することで最終的に多額の利益を得る。いわゆる税金を食い物にした構図のできあがり。」
「その構図を知った赤松の父親が口封じに殺されたっちゅうんか。」
「ああ一色はそう推理したようや。ほやけどちょっとよう分からん事があってな」
「よう分からん?」
「父親の忠志は500万で口止めを依頼された。だが正義感の強い忠志はそれを固辞。旦那に内緒で母親の文子が500万の口止め料を受け取った。それを知った忠志は文子を非難する。いくらなんでもそんな後ろ暗い金は取れんちゅうことで忠志は全額を引き出して返しに行った。それがどうやら深夜の熨子山。そこで事故。」
古田と会話をしているうちに片倉は6年前の事故資料が保管されている段ボール箱を書架に発見し、その中を漁り始めた。
「事故後にその500万円は赤松の店でバイトをしとる人間を介して、赤松家に戻ってくる。当初の口止め料の振込人はコンドウサトミとかいう女性。後で現金で戻ってくる時の封筒にもコンドウサトミ。しかし、文子はこのコンドウサトミとは面識がない。なんで500万っちゅう金がマルホンとかベアーズのほうと赤松の家をこうも行ったり来たりするんか…。そこらへんがよう分からんがや。」
「トシさん。今聞いとって思ったんやけど、赤松の母親の文子って今も健在ねんろ。」
「おう。」
「ほんなら文子に聞けばいいがいや。」
「何をいや。コンドウサトミのこと知らんっていっとるがいや。」
「トシさん。文子は口止め料を入金してくれって用地取得の関係者とコンタクトとってんろ。ほんなら文子からその関係者ってやつ聴きだしてみれば、なんかの手がかりが出てくるかもしれんがいや。」
「あ。」
「あ…って、トシさんも寄る年波には勝てんげんな。ちょっと勘が鈍くなってきたんじゃねぇか。ああ…これやこれ。6月15日付け県道熨子山線交通事故に関する調査報告書。ちょっと待ってくれ。」
「そうか…俺も年やなぁ。定年60歳っていうのも何か分かるな。ははは。…って今お前なんて言った。」
「何って、勘が鈍くなってきたんじゃねぇかって。」
「違う。日付やって。日付をもう一回言ってくれ。」
「なんねんてトシさん。今度は耳でも遠くなったんか。6月15日。」
「それ当たりや。」
「なにが。」
「一色のやつ1年半前の6月15日に赤松の店に花を買いに来とる。」
「は?」
「なんでも知り合いの墓参りとか言って、赤松と直接会ったらしい。しかし、今お前が指摘した文子のこと。一色が気づかんかったとは到底考えられん…。あいつの中での捜査は一体どこまで進んどったんやろうか。ひょっとして何かの壁にぶち当たったか、それとも…。」
「…。」
「おい。片倉、どうした。」
「トシさん。これはひょっとしたらヤバいもん見たかもしれん…。」
「何が。」
「この報告書の検印。官房の宇都宮の判子が押されとる。」

片倉と古田は本部長の朝倉から、今回の熨子山連続殺人事件の捜査本部に松永が派遣された理由のひとつに官房宇都宮からの指示があったことは聞かされていた。宇都宮は以前、当県警で1年半交通安全部の交通課課長を務めていたことがあった。その後、全国の主要警察本部で要職につき、現在の官房総務課課長となっている警察キャリアの中の勝ち組的存在である。

「どう見たってこれは事故じゃねぇわ。ブレーキひとつかけずに見事なダイブ。自殺なら納得行くけど事故って言うなら誰もが首をひねる代物や。」
「おいおい。まさか官房さんもこの件にいっちょ噛みしとんるんじゃねぇやろな。片倉、その資料、お得意のあれ。えーっと何って言った。あの画面を指でピッピって触るやつ…。」
「スマホか。」
「ああそれそれ。スマホコピーしといてくれんか。」
「ああ分かった。長居は無用や。さっさと写して退散するぜ。」

背広の内ポケットからスマートフォンを取り出して片倉は手際よくそれらの資料をカメラで収める。

「携帯2台持ちって昔はお水の姉ちゃんぐらいやったけど、今じゃ俺みたいなおっさんも必要な時代ねんな。」
「で、そっちはどうやった。」
「ああ、こっちはその噂のマルホン建設輩出の本多善幸の秘書さんと会ってきた。こいつがこれまたどうも胡散臭い。」
「胡散臭い?」
「おう。村上隆二は昨日熨子山で検問にひっかかっとる。ほんで氷見に抜けて帰りは検問に引っかかることなく羽咋経由、金沢入り。現在も事務所で仕事中や。」
「なんやそれ。」
「鍋島についても反応を示したぞ。」
「どんな。」
「鍋島の名前を出した途端、顔色が変わったわ。でも村上は鍋島と連絡を取っとらんって言っとったから、実際に何が理由であいつの表情が変わったかは分からん。トシさんが言っとった高校時代のトレーニングについて聞いたら、やっぱりインターハイで優勝する奴やな。鍋島が飛び抜けて優秀やったって言っとった。あいつが鬼の時はどこで気づくんか分からんけど、隠れとってもすぐに捕まる。あいつが逃げる側のときはいつも最後まで捕まらんかったって。鍋島は相当熨子山の地理に精通しとるわ。」
「…そうか。佐竹や赤松の言うこととは食い違っとるな。」
「なに?本当か。」
「おう。どっちが本当のことを言っとるか分からんけど参考にさせてもらうわ。村上は佐竹のことを言っとったか。」
「いや、連絡は取っとらんって。」
「おかしいな。佐竹は村上と連絡をとったって言っとったぞ。実際連絡をとった時刻も方法も通話の履歴も見せてもらった。」
「あいつ、嘘をついとるな。」
「マルホン建設関係は6年前の件といい、今回の事件といい何か臭うな。」
「ああ。」

資料をひと通り撮影し終えた片倉はそれらを元の位置にしまって、部屋を後にしようとした。

「どうや片倉。昼飯で落ちあわんか。金沢駅に様子のおかしい喫茶店がある。そこで話を整理しよう。」

片倉の返事はない。

「おい片倉。どうした。」
「松永…。」

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