57,12月21日 月曜日 12時24分 金沢銀行金沢駅前支店
Update: 2020-03-04
Description
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人気が少なくなったロビーの雑誌類を整理していた佐竹は、店内に設置されたデジタルサイネージに目をやって今の時刻を確認した。
そろそろ休憩をとっても良い時間だ。一足先に休憩に入っている橘はもうしばらくすればここに戻ってくる。彼の帰りを確認して自分も休憩をとろう。そう思いながら佐竹はひと通り店内を見回した。彼が店内奥の職員通用口に目をやった時に、その扉は開かれた。
「支店長。」
山県は羽織っていたコートを脱いで、そばにあるコートハンガーにそれを掛けた。支店長の決裁を求める稟議書がうず高く積まれた自席に目をやってため息を付いた彼は、立ったままデスクの引き出しに手をかけた。
ーさぁどうする。
引き出しの中を確認した山県は店内を見回した。そこでロビーに立っている佐竹と目があった。山県の目つきは鋭く、5m先にいる佐竹は固まってしまった。そこに休憩を終えて外から帰ってきた橘がタイミングよく通用口から店内に入ってきた。橘は山県の車が駐車場に止まっていることから、彼が帰ってきたことを知ったのだろう。店内に入るやいなや支店長席の方へ駆け寄った。橘の動きを見て佐竹は同じく支店長の側へ駆け寄った。
「次長も代理もそろって何や。」
「融資部からの再三の催促で支店長には無断で稟議を本部へ送りました。」
橘が支店長不在時の事の顛末を報告した。
「これみれば分かるわ。」
そう言うと山県は自席の引き出しを開けてその中を二人に見せた。
「すいません。」
「次長も代理も揃いも揃ってだらやな。」
山県の表情には笑みが浮かんでいた。
「おい、ちょっと応接にこいま。」
応接室に入るやいなや山県はタバコを咥えてそれを吸い始めた。
「どう思う。」
「どう思うって言っても...。」
橘はそう言って佐竹と顔を見合わせた。
「小堀部長何か言っとったか。」
この問いに佐竹が答えた。
「13時からの役員会で承認もらうから、とにかく稟議を直接こっちまで持って来いって言ってました。ですが稟議は支店長の席にあって、尚且つ不在なためそれは難しいと答えました。」
「そしたら?」
「書き直せとの指示でした。」
「書き直すのは容易いことですが、私たちとしても後で現場の独断で融資を起案したと責任をなすりつけられるのは困ります。そこでダメもとで支店長の席の引き出しを開けると稟議がありました。 支店長が却下された稟議としてそのまま融資部へ持って行って現在に至ります。」
「でもそれやったら俺が却下した稟議かどうか証明できんぞ。マルホン建設が仮に飛んだりしたらお前らに責任が擦りつけられるかもしれん。」
「そのあたりはここに証拠を収めておきましたので何とかなるでしょう。」
佐竹は胸元から携帯電話を取り出した。
「携帯?」
「ええ、スマートフォンじゃないですが、これでも立派に録音ぐらいは出来るんですよ。」
佐竹は携帯を操作して録音した音声をこの場で再生した。
「融資部に入ったところから録音しています。」
「お疲れさまです。上杉課長。」
「お疲れさん。佐竹、マズイぞ。小堀部長が朝からソワソワしてめちゃくちゃ機嫌悪いげんわ。」
「それで今、ここに来たんですよ。課長。ちょっと教えて欲しいんですが、今日は何月何日ですか?」
「なんねんて佐竹。」
「いや、ちょっとここまできて稟議書の日付があっとるかどうか不安になって。」
「おいおいここまできて書き直しは辞めてくれや。12月21日。」
「えーっと今何時でしたっけ。」
「時計見れや。9時半やろ。」
「稟議。」
「君かマルホン建設を担当しとるのは。」
「はい。」
「佐竹君やな。」
「はい。」
「支店長は休みや。」
「いま何て言いました?」
「だから支店長は休んどるって言っとるやろ。」
「部長。意味がわかりません。支店長はこの稟議書をちゃんと読んで却下されました。その却下された稟議書の原本を持ってきてるんですけど。そもそも部長は支店長とこの一件で朝電話されていたじゃないですか。」
「山県のやつ、べらべらべらべらと喋りやがって。もういい。わかった。これは受理する。」
「失礼します。」
録音された音声はここで切れた。
「ははは。代理、おまえなかなかな策士やな。」
「そうや。日付と時間を第三者に言わせて裏を取るとか、まるで刑事やな。」
山県と橘は佐竹のツボを抑えた録音に感心しながら笑みを浮かべた。
「別に専務派とか支店長派とかのことを念頭においてやったことではありません。ただ自分達の身を守るために必要だろうと思ってやったことです。」
この言葉を受けて山県は真剣な面持ちとなった。
「佐竹。それは大事なことや。それはお前のみならず、次長やこの店で働く全行員の身の安全を図る手立てとなる。良くやった。」
佐竹の隣に座る橘も山県の言葉に頷いた。
「ありがとうございます。」
「支店長。私たちも今の融資体制には疑問を持っています。我々もできる限りのことをしますので、支店長の今後の展望をお聞かせ下さいませんか。」
「ははは。次長。あいにく俺は専務のような徒党を組むことが苦手でな。お前もその口やろ。」
「まぁそうですが…。」
「その言葉だけありがたくもらっとくわ。」
「どうして私たちには明かしてくれないんですか。」
ここで佐竹が口をはさんだ。
「私達だって現状の人事や業務に疑問を持っているんです。だから今回のマルホン建設の稟議の扱いも自分なりに考えてリスクを冒しながら本部に持参したんです。支店長からは何も聞かされていません。今回はたまたま私が融資部でのやり取りを録音していたから、あとから何とでも弁明できますが、これがそうでなかったらどうするんですか。それこそ私や次長にマルホン建設の融資事故が起こった際に責任が被せられる。支店長は小堀部長と親交があるから欠勤扱いになるかもしれないですが、私たち当事者はそうは行きません。」
「佐竹…」
支店長に食ってかかる佐竹を見て橘は少したじろいだ。
「私も派閥とか権力闘争とかは好みません。しかし支店長がおっしゃる融資体制のおかしな点を改めたいということには賛同します。賛同するからこそ支店長、あなたの真意を聞きたいんです。」
山県は佐竹の目を見て微動だにしない。
「支店長。あなたは出世にために、もしくは派閥抗争に勝利するためにマルホン建設を踏み台にされるんですか。それとも当行を本来あるべき姿に変革したいがために、マルホン建設を切り捨てようとされているのですか。」
「前者だ。」
佐竹と橘は固まった。額から一筋の汗が流れ落ち、それが喉を伝った。
「と言ったらどうするんだ。ん?」
ソファに深く座り肘をついて佐竹の言い分を聞いていた山県は、座り直して前屈みの姿勢となった。この時佐竹は心の中では動揺していた。血気にはやって直属の上司を問いただすようなことをしてしまった。彼の刺すような視線に目を背けたい気持ちに駆られたが、こう言い放ったからには引くに引けない。
「身の処し方を考えます。」
「おい佐竹。よせ。」
「はっはっはっ。」
山県が大きく笑った。
「代理。必死やな。必死すぎると大怪我するぞ。」
「支店長…。」
「冗談や。冗談。まったくお前がこんなに熱い男だとは思っとらんかったわ。俺が派閥抗争なんかするとおもっとるんか代理。」
「いえ。ですがその言質を頂いていませんでしたので。」
「すまんな。あまり自分のことを語る主義じゃないんでな。お前らに変に気を遣わせてしまっとったか。すまん。」
山県は佐竹と橘に頭をたれた。
「これは俺の独断や。お前らには絶対に迷惑はかけん。ほやからもう少しの辛抱や。金沢銀行の癌は全て本多専務とその取り巻きにある。あいつらを一掃して本来あるべき姿に戻す。そのためには俺は刺し違える覚悟や。ただ今の俺の立場では何もできん。何かを変えようと思ったら変える立場に自分が上がらんといかんのも事実。だからお前の問いに答えるとするならば、両方と言えるかもしれん。」
佐竹は山県の目を見た。彼は視線をそらさない。嘘をつくような人間ではないと思うが、佐竹は不安だった。
「信じていいんですね。」
「信じるか信じんかはお前に任せる。」
「…わかりました。」
「どうしてこのタイミングで支店長は事を起こそうと思われたんですか。」
橘が山県に問いかけた。
「次長。奇襲っていうもんは相手の虚をつくから奇襲っていうんや。マルホン建設から出た本多善幸が国土建設大臣になった。お膝元ではホッとして胸をなでおろしとるところやろ。あいつの関係者もそうや。そいつらは相変わらずなんの考えもなしに利権構造にしがみつきっぱなしや。税金ちゅう蜜に群がる蟻や。そんな奴らの目を覚めさせるんや。」
「しかしマルホン建設が飛ぶとなると、社会的影響は計りしれません。」
「おれは別にあの会社を潰したいわけじゃない。本当の意味での競争力を身につけて欲しいだけや。そのためにはマルホン建設そのものの刷新。そして現状変化を望まずただ延命だけを計るウチの上層部をガラリと変える必要がある。そのための奇襲や。俺はマルホン建設を潰すなんて一度も言った覚えはない。」
「しかし、今朝の小堀部長とのやり取りで支店長はマルホン建設はどうなっても知らんと。」
山県はタバコを咥えて橘の問いかけに答える。
「あれは売り言葉に買い言葉や。小堀さんはきっと解ってくれる。」
山県はそう言って勢いよく煙を吐き出し、落ちてきた眼鏡位置を調整した。
「いや解っとる。」
ここで佐竹の携帯電話が震えた。彼は胸元からそれを取り出して画面に表示される発信者の名前を見た。
ー村上。
村上は本多善幸の選挙区担当秘書。山県の画策に賛同して気持ちが高揚していた佐竹であったが、ここでふと我に帰った。いま山県が言っていたことを実行するとなると、彼に何らかの影響が及ぼされるかもしれない。思いを巡らせている間に着信は途絶えた。
「代理、大丈夫か?」
橘が顔色が悪くなった佐竹の様子を伺った。
「え、ええ。大丈夫です。ちょっと気分が。」
佐竹は得意先への訪問の予定があると言って、応接を後にした。応接には山県と橘の2人だけとなった。
「次長。悪く思わんでくれ。」
「いえ。」
「ここが天下分け目の勝負や。」
「はい。」
「急なことで済まんが、付き合ってくれ。」
「わかっていますよ。」
「それにしても佐竹のやつどうしたんや。」
「さあ、ただ何かのスイッチが入ったようですよ。」
「仕事も人間関係も無難にこなしてあまりこれといった特徴が無い奴やと正直思っとったけど、熱いもん持っとるんやな。」
「そうですね。」
「まるで昔の俺を見とるみたいや。」
「何言ってるんですか支店長。あなたは今も大概ですよ。」
「そうか。」
二人は声を押し殺して笑った。
「ただな。あいつには言ってなかったが、事を起こす時は得てして何かを失うもんや。その辺りは次長。佐竹のフォローを頼むぞ。」
橘は山県を見てゆっくりと頷いた。
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