Discover
LIVING LIBRARY CAFE 〜日本にいる私の物語〜
41 Episodes
Reverse
日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
前回に引き続きよっこの物語。
今回は今後やってみたいことなどについて聞いていきます。
<目次>
日本語が好き- 書き言葉の情報の凝縮具合がいい
自分が親しんでいる場所
気兼ねなく一人で出歩ける
子どもを育ててみたい- 養子をとりたい
パートナーが男性だから都合は良いが・・・
もっと養子が広がればいいな
日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
前回に引き続きよっこの物語。
今回は今の生活や日頃思っていることなどについて聞いていきます。
よっこが参加しているPodcastはこちら↓よりご覧ください。
ののラジオ〜名作文学を朗読で〜
https://open.spotify.com/show/2FEWfewOOouavDxYCfwDyG?si=cYINMr7GS-GMvUSqM0hwVw
<目次>
仕事は半分在宅半分出社
出社すると帰りが遅くなるからよくない
早く仕事が終わったら映画見たり落語見たりできるじゃん
休みの日はオンラインで劇団の朗読の稽古
「劇団のの」- Podcast配信してます
サロン的な感じ
最近仕事が楽しくない
他の人が考えたものを設計に起こす仕事が楽しくない- 自分で設計したい
めっちゃ訴えてるけど現実的には難しい・・・
「仕事は楽しくないなら辞めたほうがいい」
今の会社の雰囲気や人は好きだから転職は二の足を踏んでいる
実家のご飯が美味しいのが幸せ- 実家から出られない
好きな母の手料理”夏野菜のキャセロール””水炊き”
野菜が好き
日本はもうちょっと幸せになればいいのに- 他の人へのバッシング、謎のルールやマナー
もっと大らかにやったらいいのに
「色んな人いるし色んな文化があってそれぞれみんなそれなりに生きてるんだから人間ってもっと幅広く生きていいんじゃないの?」
日本は人間の定義がすごく狭い
自分の中にも規範があるからジレンマを感じる- 自覚すれば回避できる
メタ認知- 自分を外から見る目
外を全裸で歩かない
並んでるところに割り込まない
自分の能力がどのくらいか推し量る
メタ認知よりも規範意識が強いことが問題なのか・・・?
メタ認知は自分の感情に飲み込まれないようにするためのもの
自分はメタ認知しすぎて感情に浸れない
規範意識は学校教育の影響が大きいと思う
日本の学校は人権を無視してくる
自分の好きな格好をする権利
思ったことを言う権利
自分の存在を認めてもらう権利
一人前として扱われる権利
時代によって変わってきている部分もあるがコアな部分は変わっていない
子どもの頃規範意識に居心地の良さを感じた人たちが学校の先生になっているのではないか
「普通」の範囲が狭まっている- 「普通」から外れていると思われている子が増えている
規範から外れるのは異端者だと学校で刷り込まれて大人になる
日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
前回に引き続きよっこの物語。
今回はよっこの宗教や信仰に関わることについて聞いていきます。
<目次>
両親はクリスチャン
物心ついた時から毎週日曜日は教会学校に行っていた- 聖書は開かなかったけど歌は歌ってた
旅行に行った時も日曜日は旅行先の教会に行く
クリスマスはイブ礼拝、 聖歌隊、ろうそくの火を灯す、アドベントカレンダー
クリスマス当日は家族と過ごす
サンタはいなかった- クリスマスプレゼントは親からもらう
“双方合意の茶番”
バザーやベイクセールをやって献金にまわす
慈善事業をやっている人が身近に多い
よっこはクリスチャンではない
キリスト教に懐疑的な部分がある- 付随するものが多すぎる
”盗人に上着を奪われたら下の衣もあげなさい””敵を愛しなさい”- 実際の社会では実現できてないじゃん
神秘的なものに対する信仰はある
信仰があった方が理不尽なことに対する感情の処理がしやすい- 自分にどうしようもないことは神に託しておく
キリスト教的な神???
信仰を利用してお金を稼ごうとすると組織化が必要だけどそんなものなくても信仰はできる
礼拝の後のお茶のみを楽しみにしている人たち- 社会的な承認感を得る場
キリスト教コミュニティー的な場はいいと思う
教会はおすすめ- 考えさせる話、時事問題、歌で発声、いい音楽聴ける、お茶しておしゃべり
献金は必要経費的な感覚- 部費みたいなもの
寄附は労働力の代わりに出す感覚
奉仕する人は奉仕する
日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
前回に引き続きよっこの物語。
今回はよっこのジェンダーや恋愛に関わることについて聞いていきます。
<目次>
自分を女性だと思ったことはあまりない
"女性とはなるものである"- 女性としての行動や装いをしないと女性にはならない
女性として見られるのは不都合が多い- ”変な奴”と思われた方が安全
女性的な装いは不便
世の女性はいつの間にかメイクとか服装とか習得している- 補習校とかあるのか
幼稚園の頃三つ編みが好きだったことはある
兄たちと遊ぶには女の子っぽくない方が良かったのかも
ジェンダーを普段意識していない- 「男」「女」が自分と繋がっている感じがしない
カラオケで性別を聞かれてモヤっとする
女として見なされることでついてくる推測が邪魔
病院で女性として処置されるのはいい
「女性向け」よりも「力に自信がない人向け」- フラットな言葉を紐づけた方がいい
恋愛は興味ある- 恋愛対象は女性でも男性でもいい
女の子の方が一目惚れが多い
人の顔が認識できないから女の子は急にイメチェンすると誰なのか分からなくなる
素が見える人が好き- 本音で話せないと議論ができなくて困る
マッチョは女性に対する偏見が強いと思う
人間として対等に接してくれる人がいい
顔が覚えられないけど覚えやすい顔の人はいる- でっかいアザがあるとか余白が多いとか
パートナーは男性- ジェンダーの話は話題にのぼらない
マッチングアプリで知り合った
日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
前回に引き続きよっこの物語。
今回はよっこのアイデンティティに関わることについて聞いていきます。
<目次>
国籍は日本・母語は標準語
大学時代の友人たちは居心地が良い
時事やドラマの話をしている
イスラエルはどうやったら止められるんだろう
ドラマの演出・脚本・アレンジ・時代とテーマ
批判的に見る-改善点を話している
何でもかんでも「でも」で始めんなよ- 根本はポジティブなのに・・・
議論したい- 言いたいこと言える・発展していく
スポーツみたい
子どもと遊んでる時は楽しい- 常に知恵くらべ
自分の大人としての価値観を揺さぶられる
子どもはのびのび育ったらいいと思うVS禁止・否定しようとするマインド
子どもは気を遣ってこないから自分も気を遣わなくていい
アメリカに行って世界観が広がった-当然だと思っていたことが当然じゃなかった
学校でお菓子を売っている
体育の時はガム禁止- 学校に持ってきてOK
学校での楽しい催し
「普通の人」は実際には幅がある
日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
前回に引き続きよっこの物語。
今回はよっこの大学卒業後のことについて聞いていきます。
<目次>
就活が難しかった- 型に入ることを求められる
エンタメ系の会社に入った- ガラケーの待ち受け画面のシステム開発部門
趣味で大学のプログラミングの授業を取った
プログラミングは就職してから勉強
自分で企画から作るところまでできて楽しかった
会社の方針に不安と不満
勉強したくなって大学院へ進学
フリースクールの先生になりたかった
元々院内学級の先生になりたかったが確率的に低すぎる
理論武装をしたくて教職大学院へ- 小学校の教員免許が取れるところ
小学校の先生になるつもりはなかった
初日のオリエンテーションで来るところを間違えたと気づく・・・
なぜ進路が一つに絞られなければならないのか・・・
実学的な授業もあるし理論も勉強できたが後半は予備校感出てきた・・・
教員採用試験はほぼ受験勉強せず合格した・・・
教育実習に行ってここでは生きていけないと思った
”いかに子どもの群れを動かすか”
自分は一人一人と仲良くなりたい
ルールを守ることを優先、子どもの言い分を聞けない
みんなについていけない子と隅っこで話すのが好き
特別支援学校の教育実習は楽しかった
一人一人に対して指導計画を立てる
休み時間は子どもと遊ぶ
特別支援学校では勉強に時間をあまり割けない・・・
もうちょっと伸びる余地あるんじゃないかなあ
就活もしたがあまり上手くいかなかった- タイミングが遅かった
最終回に引っかかった- 合格もらったのは1社のみ
締切すぎてエントリーシート送ったけど審査してくれた!滑り込んだ!!
実際に働いてみたら人が良い会社だった- 最終的に当たりを引いた
大学院で教育の知見が身についた
学校現場を体験的に知ることができた
日本の大学を知れた
日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
前回に引き続きよっこの物語。
今回はよっこの大学生活について聞いていきます。
<目次>
大学生活は楽しかった- 好きなことだけ勉強すればいいから幸せ
好きな授業を取れるだけ取っていた
試合に出られそうだったからサッカー部に入った
ラクロス部はキラキラしてて怖かった・・・
サッカー部は素な感じで良かった
最終的に体育会系は自分には合わなかった
今でもヘディングできない・・・
演劇はストレートプレイのサークルに入ったり有志の団体でスタッフやったり
1年目は英語がみっちりあって、昼の空きコマはサッカー、夜は演劇
授業中寝てた・・・相手が話してる間に意識が飛ぶ
英語は全然だめだった- 難しい単語分からない・・・
家で聞いてる日本語のラジオが全部英語に聞こえる・・・
英語を読むのがしんどかった・書くのは慣れていたから大丈夫だった
専攻(メジャー)は言語学、副専攻(マイナー)は日本研究
高校の教育実習の先生が言語学専攻の人だった- 面白そうだなと思った
高校の時から辞書が好き- 辞書学をやりたかった
卒論も辞書をからめて書いた
日本語史の授業で昔の日葡辞書を引いた
「イソポノハブラス」
レポートのテーマ「日本人にとっての羊はどういう存在か」
日本研究- 日本語学、日本の宗教、日本史
胸を張って言語学メジャーと言えない・・・チョムスキー苦手・・・
認知言語学が面白いと思った- レイコフ
言語が持つ物語性に興味があった
実家が大学の構内にある
大学生が家にご飯食べに来たりする
大学の体育の授業に乱入- 一緒にストレッチ
大学のプールが100円で使えた
大学の先生が近所のおじさん
入試の試験監督の先生が知り合い
入試の日は父親と一緒に試験会場に行って学内新聞を物色
一番最初の授業は寝坊して遅刻
大学の外に出かける機会があまりなかったかも
アルバイトは近所のレストランで3日だけ、家庭教師2年
勤労が向かなかった・・・時間ないし・・・
ご近所づきあいが特殊
森だから見える範囲に家がない
学内住宅の人たちで食べ物持ち寄って食事会
クリスマスに職員の慰労パーティー
ハロウィンは子どもたちが仮装して学内住宅を回る- ゴミ袋1袋くらいお菓子もらった
外の子たちが来るようになってからハロウィンやらなくなった・・・
日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
前回に引き続きよっこの物語。
今回はよっこが帰国した後の中学高校の学生生活について聞いていきます。
<目次>
アメリカで6月に小学校卒業、帰国後9月に中学1年の2学期に編入
帰国して友達に再開したのが嬉しかった
日本の中学陰湿だなあ- 文化の違いを感じた
みんなちょっと大人に見える- 小学生の自分と中学生を1学期分やった後の同級生
制服が嫌だった
新しいクラスメイトの名前と顔を覚えるのに苦労した
理科は全然分からなかった
国語は問題なかった
英語は無茶苦茶退屈- 授業中は宿題、読書
単語テストは予習せず間違う、定期テストは超暇
高校は都立へ- 第一志望に落ちた
高校の入学式の次の日に入院- オリエンテーション受けてない・・・
一週間後、病院から高校に通い始めた
すでにグループできてる・・・部活のない日は誰とも喋らない
演劇部は楽しかった
教会学校でクリスマスに演劇をやったのが楽しかった
教会学校は物心ついた時から通ってた- 礼拝と分級
分級- 年齢別のアクティビティをする
演じるのが楽しい- 悪役のヘロデ王を演じたのが面白かった
普段の自分に与えられた役割以外の役割を体験できる
基本目立ちたがり屋- 承認欲求が強い
大学の第一志望は筑波大の図書館情報学部- 図書館司書になりたかった
志望校は国立の理系だけど自分は文系が得意だった
センター試験は受けたけど二次試験は受けなかった
本当は家を出たかった- もうちょっと苦労した方がいいと思ってた
受験勉強は家で勉強のみ- 塾へは行かず
受験科目を調べるのが遅かった
理系科目は中学高校の時に発達段階が達していなかったんだと思う
興味があるタイミングで勉強できればいいのに・・・
今は図書館司書には興味ない
国立大学に行っていたらもうちょっと苦しんでたかも- 規範に縛られていたかも
通った大学は多様性があることが当たり前
変であることは利点だけど欠点ではない
日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
前回に引き続きよっこの物語。
今回はよっこのアメリカでの生活について引き続き聞いていきます。
<目次>
アメリカの小学校でのイベント
スポーツデー- 校内のアクティビティを回る
ただ楽しいだけ
ハロウィン- トイレットペーパーを体に巻く、鍋の中に手を突っ込む、お菓子を貰う
バレンタイン- みんなでカードを贈りあう
誕生日の子が先生にお菓子を配る
映画を見る日- ポップコーンが配られる
ミュージカル- ガチで練習してメイクや衣装も準備する
変な帽子を被って行く日
緑色の服を着て行く日
アメフトの試合の日- 顔にペインティング
英語はリスニング力とライティング力が上がった
初めて友達と遊ぶ約束をした日に同時多発テロが起こった- 遊びに行けなかった
9•11のことは家に帰ってテレビを見て知った
家の前に星条旗を掲げる家が増えた
テロの後のニューヨークに旅行に行った- 何も無かった
友達の家に遊びに行った- マリオ、探検
上の二人の兄は高校でマーチングバンド- フロリダのディズニーワールドに招待
三番目の兄は中学校へ- 課題が難しくて苦労した
文庫本一冊を読む課題が出る- 兄弟みんなが持って来た本を父が読んで勉強
読んだ本が映画化された映画を見る
兄弟みんな英語力を貯金して大学受験まで行った
日本に帰るのは嫌だな〜
でもアメリカの中学校はちょっと怖いな・・・
小学校の卒業イベント- BBQ、学校で在校生が出迎え
日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
前回に引き続きよっこの物語。
今回はよっこのアメリカでの生活について聞いていきます。
<目次>
小学6年の夏にアメリカへ
父の仕事が1年間休みになった- 家族みんなでアメリカへ
面白そうだなと思った
アメリカのことは何も知らなかった
トラックが無茶苦茶大きい!- クジラみたい!!
「ハイル・ヒットラー」という挨拶をふざけて言ってた- 危なかったなあ
遊園地でポケットピカチュウを落とした
住んでいたところの近くに牧草地、森、農場、牧場
現地校に通っていた- 学校のシステムが好きだった
薄暗くて落ち着いている、机が大きい
先生の名前「ドクター」しか覚えてなかった・・・
英語分からなかったけど友達と遊んでいた- サッカー、アスレチック
多様な人たちがいた- 日本人、黒人、インド人
取り出し授業で英語を教えてもらった- 小1〜小4の単語を学んだ
英語を書くのが好き- 筆談でコミュニケーションをとっていた
教科の内容も教え方も日本と全然違う- 先生がOHPを使用、生徒はミニホワイトボードで解答
授業中トイレに行きたい時は記録帳に書いて出る
ランチはお弁当でもいいしカフェテリアで購入してもいい- 昼食の時間は学年によって違う
カフェテリアでお菓子を売っている- 子どもが売る係
お菓子を買うお金を親からもらえなかった- クラスメイトからもらったお金でクッキーを買う
校舎が入り組んでいて迷子になった
日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
前回に引き続きよっこの物語。
今回はよっこの子ども時代のことについて聞いていきます。
<目次>
生まれた時甲子園球場近くの団地に住んでいた
家族はみんな標準語を話す
母方の祖父母のルーツは山梨、母は神戸育ち
3,4歳で東京に引っ越してきた
最初はちっちゃい一軒家に小1の夏まで住んでいた
小1の夏に交通事故、引っ越し、入院
喘息持ち-中学3年までに20回入院
大学が故郷
病院も好きだった-みんな優しい、親を独り占め
病院が好きすぎて小学生の時仮病で入院
家族は両親と5人兄弟-兄3人と妹1人
同じ小学校に兄弟4人通う
上の兄2人とはあまり絡まなかった
妹と3番目の兄とよく遊んでいた
親と遊んだ記憶はない-子どもだけで遊んでいた
お調子者だがみそっかす的ポジション
メモ帳・シール交換ができない
テレビの話についていけない-「ちびうさ」が分からない
兄3人には敵わない
「言葉」が強かった- 文字を書く遊びが好きだった
幼稚園入園時のテストで「黄色信号は注意して進め」が言えなくて悔しかった
小学校は地元の公立小学校-1年生の夏に引っ越し、転校
転校先の担任がなんか好きじゃなかった-最初の小学校と違うのが嫌だった
引っ越したら運動会終わってた-1年生の時運動会やらなかった
引っ越し先の大学内に住んでいる子どもに兄弟で意地悪をした-その子と仲良くなった
大学が広すぎて外に友達を作りづらかった
学内で焚き火をして遊ぶ
小3の時「窓ぎわのトットちゃん」に衝撃を受けた-将来こういう学校を作ろう!
小4入院時、院内学級で個別指導を受けた-すごく楽しかった
学校への不信感と期待感
院内学級の先生やってみたいと思い大学院で教員免許を取った
入院はネガティブと捉えられがちだけどユニークな経験値として役に立つのでは
日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
第4回目はよっこの物語。
今回は、よっこがどんな人なのか聞いていきます。
<目次>
教育系ソフトウェアの会社で開発の仕事
ソフトウェアの設計-楽しい
生まれは甲子園球場の近く
3歳まで兵庫県-関西弁環境
その後ずっと東京
小学6年の夏から1年間アメリカに住んでいた
なんちゃって帰国子女
アメリカで小学校を卒業して日本に帰ってきたら中学1年の2学期-中学校に入学してない・・・
大学育ち-20年住んでいた
よっこの両親と兄はクリスチャン
よっこはクリスチャン・・・?微妙・・・
日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
前回に引き続き佑一さんの物語。
今回は佑一さんの今とこれからのことについて聞いていきます。
森佑一さんの活動に関してはこちら↓をご覧ください
Yuichi Mori Journal
https://yuichimori.substack.com/
<目次>
海外取材以外の時間は日本で仕事、取材内容をまとめる、講演会の準備など
忙しいフリをしているが、ゆとりを持った時間設定にしている
時間富豪- 時間にゆとりがあり最低限の資金もある
日々の幸せ- 夜寝れた、ご飯が美味しかった、天気が良い
仕事が重なったときしんどい
中東の文化を輸入- ちゃんと働かなきゃと思わなくていい
日本はきっちりし過ぎている- 締切に厳しい、電車が時間どおり、工事現場の検査がきっちり、毎年車検がある、交通ルールを守る
日本は過ごしやすい、治安が安定、日本食は美味しい、色んな国の食事がリーズナブルに楽しめる
節操がない- いろんな文化や宗教をすんなり受け入れる
保守的な面もあり、新しいものも取り込める
将来的に二拠点で活動したい- 半分エジプト、時々日本
今後アフリカを開拓したい
日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
前回に引き続き佑一さんの物語。
今回は佑一さんの今の活動について引き続き聞いていきます。
森佑一さんの活動に関してはこちら↓をご覧ください
Yuichi Mori Journal
https://yuichimori.substack.com/
<目次>
紛争地取材中に命の危険を感じたことは無い
一回の取材期間は1〜3ヶ月
取材後日本に帰ってくると切り離された感覚になる
取材した内容はノートやスマホにメモ、ボイスレコーダー、動画で記録
取材した内容を以前はSNSで発信していたが最近はニュースレターや講演会に力を入れている
SNSだと部分的な情報しか伝わらない
ニュースレターだと長文で伝えられるし、講演会だと直接伝えられる
ウクライナの前線地帯で暮らしている子どもがマインクラフトをやっていて衝撃を受けた
紛争地にいる人たちが幸せそうに見える瞬間- 家族で子どもをあやしている、ボランティア活動の合間のパーティー
幸せな瞬間とそうではない時間の繰り返し
取材に行くたびに自分に変化がある- 行ってみて気づくこと、日本に帰ってきてからの変化
ウクライナの人たちは勤勉で働き者- 日本人と似ている
イスラエルには寿司屋が多い
イスラエル政府の軍事侵攻に反対しているイスラエル人もいる
イスラエルの入植活動からパレスチナ人を守ろうとしているイスラエル人もいる
イスラエルの中から声をあげている人を応援している
毎回自分がマイナーチェンジしている
自分で現地に直接見に行くのが好き- 紛争地は見えない部分が多い
紛争地で暮らしている人は逞しい- エネルギーをもらっている
日本にいるときは撮影の仕事などをして取材費を貯める
取材費が貯まったら海外に取材に出る- 取材費は自己資金
今後は活動で得た情報で資金を得られるようにしたい
若い時は再就職も考えた
今の活動に迷いはない- 年齢を重ねて諦めがついた
日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
前回に引き続き佑一さんの物語。
今回は佑一さんの今の活動について聞いていきます。
森佑一さんの活動に関してはこちら↓をご覧ください
Yuichi Mori Journal
https://yuichimori.substack.com/
<目次>
世界各地の紛争地域に行って現地の人の暮らしや状況を取材して発信している
活動の根本にあるのは”興味”- 野次馬根性をこじらせた感じ
実際に行ってみたらイメージと違ったというこれまでの経験
取材先は自分の関心で決める
渋谷の反戦デモ- ウクライナのことがピンとこなかった
イスラエル・パレスチナの軍事侵攻を受けて
行く前から取材する内容をあまり決めないようにしている- 現地に行ってみると想像と違うことがよくある
現地に暮らしに行くという感覚
ニュースやSNSで流れている情報は断片的
現地で直接話して伝わってくるもの- 匂い、触覚、話している時の雰囲気
最低限の物をバックパック1つに詰め込んでいく
ロストバゲージが怖い・・・
ポーランドの空港で3日間寝泊まりして荷物の到着を待った
基本的には一人で行動
目的地の手前の町で治安など情報収集
店の人やゲストハウスのスタッフに話しかける- 地元の人に聞くと生の情報が得られる
基本的には英語、中東ではアラビア語でコミュニケーション
必要に応じて英語の通訳者に入ってもらう
日本人としてのフィルターを通して自分が経験したことについて書いて発信するようにしている
写真を撮るだけでなく現地の人に話を聞くことも含めて取材
紛争が激しいところも日常があるところも全般的に撮影- グラデーションがある
紛争地で暮らしている人にフォーカス
日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
前回に引き続き佑一さんの物語。
今回は佑一さんの大学卒業後、青年海外協力隊として派遣が決まった後のことについて聞いていきます。
森佑一さんの活動に関してはこちら↓をご覧ください
Yuichi Mori Journal
https://yuichimori.substack.com/
<目次>
青年海外協力隊- ODAで発展途上国にボランティアを派遣する事業
環境教育とアラビア語の派遣前訓練を受けた
ヨルダンへ- 公立学校で環境ワークショップ、市民向けの啓発活動
ゴミ処理・埋め立ての問題、ポイ捨て
教育はすぐ結果が出ない、文化の違いもあって難しい
ヨルダンの人たちはみんなフレンドリー
大半がムスリム- 宗教が生活のベース
早朝のアザーンの放送に起こされる
バスの運転手が仕事中にバスを停めてお祈りをする
ヨルダンにいる時の方がのんびりする自分
2年間の任期終了後、フィリピンの大学院に留学
平和構築について学びたかった
大学院の授業についていけず落第- アカデミックな英語むずい
フィリピンでフリーの写真家として活動を開始
本当はそれ以前にギリシャの難民キャンプにこっそり取材行ってた
フィリピンのミンダナオ島へ
イスラム系過激派とフィリピン政府の衝突で内戦
戒厳令が敷かれている時に行ってみた
戦闘が行われていたマラウィ市の近隣の町で避難民の取材
実際行ってみたら全部がやばいわけじゃなかった
商業写真を撮るためには最低限の技術が必要
写真家として海外で取材するためにはものを見る視点が大事
歴史的な背景・人々の置かれている状況を理解して構図を捉える
写真の勉強は独学
日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
前回に引き続き佑一さんの物語。
今回は佑一さんの大学卒業後のことについて聞いていきます。
森佑一さんの活動に関してはこちら↓をご覧ください
Yuichi Mori Journal
https://yuichimori.substack.com/
<目次>
就職活動をしたがしっくりこなかった
就活中に知り合った人からピースボートについて聞いた
休学してピースボートに参加した- 船で世界一周
イスラエル・パレスチナ問題について勉強
ヨルダンのパレスチナ難民キャンプにホームステイ
環境問題から戦争問題に興味がシフトした
卒業論文はイスラエル・パレスチナ問題について書いた
就職活動が余計にしっくりこなくなった
就活がうまくいかず地元でニート生活
地元の靴屋で働いた- あまりしっくりこなかった
東日本大震災が起きたタイミングで退職してボランティアに参加
南三陸・東松島でのり養殖の復旧作業やわかめ収穫作業のお手伝い
実際に現地に行って震災が身近に感じられた
趣味で被災地の写真を撮ってSNSで発信していた
地元に戻ってのり養殖の仕事- ザ・肉体労働
ラジオ局で働いた- メディアに興味があった
地元のことでそれまでは知らなかったことが多くて面白かった
瀬戸内国際芸術祭でアート作品を作るお手伝い
青年海外協力隊を再受験して合格- ラジオ局を辞めた
日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
前回に引き続き佑一さんの物語。
今回は佑一さんの学生時代のことについて聞いていきます。
森佑一さんの活動に関してはこちら↓をご覧ください
Yuichi Mori Journal
https://yuichimori.substack.com/
<目次>
小学生の頃にテレビで自然番組を見ていた
中学でソフトテニスを始めた- 部活に打ち込んでいた
才能があると言われ試合に出た- 本番に弱いタイプ
硬式テニスをやりたかったが高校に硬式テニス部が無かった
地域のテニスクラブで大人に混ざってテニスをやっていた
将来はテニスプレイヤーになりたかった
高校の時はゲームに更にハマっていた- やりすぎて怒られる
勉強も真面目にやっていた- 英語が好きになった
環境問題を勉強してNGOで働きたい- 英語を学ぶ目的ができた
鳥取にある環境大学へ進学
大学でもテニスをやっていた
現実に直面- テニスプレイヤーの夢を諦めた
テニスの世界大会をテレビで見て憧れがあった
環境に関わる法律や科学など分野横断的に勉強した
NGOの現場で環境保全・環境保護の活動がしたかった
日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
前回に引き続き佑一さんの物語。
今回は佑一さんの子ども時代のことについて聞いていきます。
森佑一さんの活動に関してはこちら↓をご覧ください
Yuichi Mori Journal
https://yuichimori.substack.com/
<目次>
香川県三豊市出身- 海もあるし山もある
実家は山の麓
以前は水不足で断水があった
溜池がたくさんある- 釣りスポット
通学路に野良犬- スリリングな登下校
捨て猫を連れて帰って育てていたら怒られた
3人兄弟の真ん中
家族の気質から外れたところに行ってしまったタイプ
子どもの頃は遊び呆けていた- 外遊び、ゲーム
小学校6年生から急に勉強し始めた
人見知りな性格だった
小学校は小さい学校だった
好きだったのはカブトムシ、秘密基地づくり
小学生の時に初めて海外へ
英会話教室のプログラムでオーストラリアへ
自然公園のアスレチック、現地の子どもと遊んで仲良くなった、一緒に寝泊まり
英会話は渋々通っていた- 全く上達せず
日本で暮らしている外国にゆかりのある人たちが歩んできた人生について色々と聞いてみようという番組です。
第3回目は佑一さんの物語。
今回は、佑一さんがどんな人なのか聞いていきます。
森佑一さんの活動に関してはこちら↓をご覧ください
Yuichi Mori Journal
https://yuichimori.substack.com/
<目次>
海外の紛争地でフリーで取材活動
イエメン、ウクライナ、イスラエル、パレスチナ
写真を撮ったり現地の人に話を聞いたり
取材後は日本で記事執筆、写真展、講演会など
日本で撮影の仕事
ランニング、カフェが好き
香川県出身
東京在住
香川でうどんはファストフード感覚
うどんの食べ過ぎは健康に良くない
初めての海外は小学生のときにオーストラリアへ
20〜30カ国くらい行ったことがある
中東が多い
一番好きなのはヨルダン
報道雑誌を読んで写真に興味をもった
社会課題に関心をもったのは小学生のとき
環境問題に関心があった- 残飯とアフリカの飢餓
紛争問題にも関心があった- 小学校の卒業旅行で被爆者の話を聞いて衝撃を受けた




