第562回:ADKARモデルでスモールスタートを成功させる、中小企業のウェブ活用
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なぜ、新しい取り組みは進まないのか?
新しいプロジェクトを始めようとしても、なかなか周囲を巻き込めなかったり、自分が良いと思っても他の人が動いてくれなかったり。多くの人が、そうしたストレスやモチベーションの維持に悩んだ経験があるのではないでしょうか。変化の激しい現代において、組織としてスムーズに物事を進める力は、企業の競争力の根源とも言えます。今回は、自分自身、そして周囲の人たちと共に、円滑に新しい一歩を踏み出すための考え方についてお話しします。
社内の人を「お客様」として捉え直す
まず押さえておきたいのは、「周囲の人は、自分の思った通りに動いてくれるものだ」という前提を持たないことです。この前提に立つと、現実とのギャップに苦しんでしまいます。
私がこうしたご相談、特に「社風やリソース不足で、周りが動いてくれない」と悩む担当者の方にお伝えしている視点があります。それは、「自社の人たちを、マーケティングやセールスにおける『お客様』として考えてみてはどうでしょうか」ということです。
この視点を持つだけで、物事の見え方は大きく変わります。例えば、見込み客に商品を購入してもらうまでには、相手の目線に立ち、「何が不安なのか」「なぜ次のステップに進めないのか」を考えますよね。それと全く同じことを、ぜひ社内の人たちにも向けてみてください。行動を変えてもらう、という点では、商品を売ることも、社内で協力してもらうことも、本質は同じです。相手の立場を理解し、「どうすれば気持ちよく動いてもらえるか」を考えることが、すべての出発点になります。
小さなきっかけで行動を促す「ナッジ理論」
具体的な方法論として、まず知っておくと便利なのが「ナッジ(Nudge)理論」です。これは行動経済学の考え方で、「(肘で)そっと後押しする」という意味の通り、何かを禁止したり、報酬で釣ったりするのではなく、小さなきっかけを与えることで、人の行動を良い方向に変えていこうとするアプローチです。
例えば、こんな話を聞いたことはないでしょうか。
- 経費削減のために「紙を節約しろ」「無駄な印刷はするな」と言うのではなく、プリンターの初期設定を「両面印刷」にするだけで、紙の使用量が減った。
- 「エレベーターではなく階段を使え」と呼びかけるより、階段に「この段数で〇〇カロリー消費」と表示する方が、利用者が増えた。
- アイデア共有会のような重い場を設けるのではなく、休憩室にホワイトボードを設置し、誰でも気軽に書き込めるようにしたことで、意見交換が活発になった。
強制するのではなく、「ちょっとやってみようかな」と思えるきっかけを作ることがポイントです。以前のポッドキャストでお話しした「毎日30秒のウェブサイト振り返り」も、このナッジ理論に近い考え方に基づいています。
行動変容の5ステップ「ADKARモデル」
もう一つ、人の行動変容を体系的に理解するためのフレームワークとして「ADKAR(アドカー)モデル」があります。これは、人が変化を受け入れ、行動を起こすまでのプロセスを5つのステップに分けたものです。
- A: Awareness(認識)
- 変化の必要性を認識しているか。
- D: Desire(欲求)
- 変化に参加したい、それを支持したいと思っているか。
- K: Knowledge(知識)
- どうやって変化すればよいか、やり方を知っているか。
- A: Ability(能力)
- 実際に変化を実行する能力や環境があるか。
- R: Reinforcement(定着)
- 変化を継続させ、定着させる仕組みがあるか。
人が動いてくれない時、この5つのステップのどこでつまずいているのかを分析することで、原因が見えてきます。
見落とされがちな「知識」と「能力」の壁
特に私が現場で見ていて忘れられがちだと感じるのが、3番目の「知識(Knowledge)」と4番目の「能力(Ability)」のステップです。
例えば、最近よくある生成AIの話。「ChatGPTはこんなに便利で、時短もできる」という情報を知っていて(認識)、自分も楽になるなら「やりたい」と思っている(欲求)。ここまではスムーズです。しかし、「じゃあ、なぜ使っていないの?」と聞くと、手が止まってしまう人が少なくありません。
この「やりたいのに、やっていない」というギャップの背景には、知識と能力の壁が隠れています。
- 知識の壁:「アカウント作成は?」「個人情報はどこまで入力していいの?」「書き込んだ内容は誰かに見られる?」といった具体的な使い方への不安や疑問。
- 能力の壁:「新しいことを覚える時間的・精神的な余裕がない」「会社の上の人がAIに否定的で、使っているところを見せたくない」といった、スキル以外の環境的な制約。
こうした状況を理解せずに「やる気がない」と結論づけてしまうと、話は進みません。「何が不安なのか」「何が妨げになっているのか」を丁寧にヒアリングし、ペアで作業する時間を作ったり、業務の一部を一時的に引き受けたりと、具体的な障壁を取り除いてあげることが、行動を後押しする鍵となります。
【余談】生成AI活用のヒント:完璧な答えを求めない使い方
少し話が逸れますが、生成AIの活用について面白い事例がありました。「日経トップリーダー」2025年8月号に掲載されていた中小企業の特集です。ある企業が、自社で商品パッケージを作る際に生成AIを活用したのですが、その使い方が非常に示唆に富んでいました。
多くの場合、私たちは生成AIに「一発で正解のデザイン」を求めてしまいがちです。そして、うまくいかないと「これは使えない」と諦めてしまいます。しかし、その企業は違いました。彼らはAIを、「自分たちのイマジネーションを刺激し、気づきを得るためのツール」と位置づけたのです。
100個の失敗作から1つでもヒントが得られれば良い。自分たちが何を求めているかを知るきっかけになれば良い。そのくらいの「外れてOK」というスタンスでAIと対話した結果、最終的に素晴らしいパッケージデザインのたたき台が生まれ、細かい部分をデザイナーに依頼することで、見事にプロジェクトを成功させたのです。
生成AIは、常に完璧な答えを返す魔法の箱ではありません。もっとゆるく、自分たちの思考を助けるパートナーとして付き合っていく。この距離感が、中小企業における活用のヒントになるのではないでしょうか。
まとめ:変化に強い、しなやかな組織を目指して
社内の人を動かすことは、一朝一夕に実現するものではありません。ナッジ理論のように小さく始めたり、ADKARモデルで相手の状況を分析したりしながら、ボトルネックを一つひとつ解消していく地道な作業が必要です。
私たちコンサルティング会社としては、お客様と長く契約を結ばせていただくことが売上には繋がります。しかし、私たちが本当に目指しているのは、お客様の会社の中に変化に対応できる文化や仕組みが根付き、最終的には私たちがいなくても自走できる状態になって「笑顔で卒業」していただくことです。
AIの台頭により、既存の資産の価値が変化する中で、状況に応じて皆で動ける「足回りの良さ」こそが、これからの企業の競争力になります。今回の内容が、そのための第一歩となれば幸いです。
おすすめ資料
- 雑誌『日経トップリーダー 2025年8月号』AI活用特集
- 書籍『ナッジ 行動経済学による意思決定の科学』
関連エピソード
Web活用の「最初の一歩」に関するよくあるご質問
- ナッジ理論とは何ですか?
- 小さな後押しで行動を変える行動経済学の考え方です。強制や報酬ではなく「やってもいいかも」と感じる仕組みを設計します。
- ADKARモデルの5要素は何ですか?
- 認識( Awareness )、欲求( Desire )、知識( Knowledge )、能力( Ability )、定着( Reinforcement )の5段階で行動変容を整理するフレームです。
- 社内を「お客さま視点」で見るメリットは?
- 動いてくれない理由をニーズや不安として捉え直し、解決策をマーケティング発想で設計できるため、抵抗が減ります。
- 生成AIは最初に何から始めるべき?
- まずはスマホアプリで日常的な簡単質問を試し、正解よりも「気づき」を得る使い方から始めると定着しやすくなります。
- スモールスタートが重要な理由は?
- 大きな施策は失敗コストが高くモチベーション維持も難しいためです。小さな成功を積み重ねる方が長期的に成果を生みます。
詳細はPodcastをお聞き下さい。
配信スタンド
- Apple iTunes 公式ストア Podcast(おすすめ) https://itunes.apple.com/jp/podcast/zhong-shan-yang-pingno-non/id750899892
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投稿 第562回:ADKARモデルでスモールスタートを成功させる、中小企業のウェブ活用 は 中小企業専門WEBマーケティング支援会社・ラウンドナップWebコンサルティング(Roundup Inc.) に最初に表示されました。























